1人ぐらい食べてもまぁバレへんやろ   作:こだまりパン

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10-Faulty-Trio(フォルティートリオ)

 おれやで!

 なんか堅苦しい空気の夢を見ていたような気がするけど、なんかやたら肩が凝ってるような気もするけど……まあ気のせいかな!

 

 前回は佐藤刑事&高木刑事のポリスカップル(予定)から逃げた先で陽キャの♡撮影パーティ♡にお呼ばれしてめっちゃはしゃいだ()ところまでお伝えしたわけだけど。

 まぁ、あれだね。

 

 

 やりすぎたね。

 

 

 町がなんか物々しいわ。

 いや別に一般市民の方々までピリついてるわけじゃないのよ?

 けどなんか、似たようなニオイした険しい顔のおじさんお兄さんお姉さんとかが町の至るところをうろついてたり、その人らをこっそり建物の屋上伝いに尾行してみたら、町行く市民Aとか店員Bとかに旭日章付きの手帳見せて取材()を始める場面がちらほらと。

 近くの物陰にそろっと移動して、グールイヤー&アイで覗き見盗み見してみれば、まぁ見覚えのある顔(おれじゃん)の写真と一緒に目撃情報を尋ねてらっしゃるわけで。

 

 ……。

 

 うわぁ。

 

 めっちゃ探されてんなぁ。

 

 え、なんか情報出回るの早くない?

 そりゃ割と後先考えずに動いた自覚はあるけどさぁ……。

 これってもう、なんだ、警察の中じゃ最悪「容疑者」扱いにでもなってるってことなのかな?

 

 グールがいない世界で?

 見た目小学生(中学年程度)のロリチビ相手に?

 

 ……は? 警察優秀か?(半ギレ)

 

 まぁでもあれか。ヤクザビルで赫子&グールスペックの大盤振る舞いしたからなぁ。

 ビルの中の天井とかの出っ張り、あれ監視カメラとかだったんかね。

 ふっつーにバッチリ撮られまくっただろうしなぁ……。

 けど楽しかったんだ。キラーごっこ。たぶんカメラ越しに見た人たちにもハラハラドキドキの素敵空気感は伝わってくれたと思う。ぜひおれが感じた興奮を君も感じてくれ!(押し売り)

 

 ……あれ?

 じゃあなんでおれを探してるお巡りさんたちは普通装備のパンピー刑事ばかりなんだろ?(刑事なのにパンピー扱いとは?)

 赫子とかおれの暴れっぷりとかがカメラに映ってたんなら「人間そっくりで謎の身体器官を振り回す新種危険生物」ぐらいには認識されてると思うんだけど……。

 

 おれ、バカだからわかんねーけどよぉー。警察内でも共有してる情報のレベルに差があるとかあんのかぁ? ……なんて。

 ……ありえそう。

 

 ちなみに、都内あちこちをうろつくお巡りさんはやたら多くなったけど、アジトというか拠点についての心配は今んところなさげかな。

 日中の移動手段は公共交通機関は使わないようにして、もっぱらマウンテンバイク(これも中古。TPOによってキックボードと使い分け)とか、建物の上を跳んだり跳ねたりとか、防犯カメラがない路地裏をジグザグ通ったりとか、色々と小細工を弄してるからかマイ拠点(幽霊屋敷)の周辺にまで捜査の手は伸びてきてないのが現状。

 ……あ、警察の捜査って街中の防犯カメラをチェックする部署もあるんかな? もしあるんだとしたら、ワープ移動のごとくあっちゃこっちゃから消えたり現れたりするおれを見てどんなリアクションになってるのか気になるな。

 

 まぁ、それはそれとして。

 ……こりゃ下手に明るいうちから町内観光なんかした日にはすぐに通報かなぁ。

 それかお巡りさん方のサイレント包囲網なんかで逃げ道塞がれてたり。

 おれからすればハトじゃない人たちの肉壁包囲網なんてオヤツが肩組んでマイムマイム踊ってるようなもんだから特に危機感はないんだけどさ。それでも誰かに追われてるっていう状況自体がイヤじゃん?

 

 でもなぁ。警察にまで手ぇ出したら、それこそ国に喧嘩売るようなもんじゃん? もうすぐにでも日本国内全部が敵に回っちゃうようなもんじゃん?

 たぶん今までは、まだただのパンピーとか893モンとかにしか被害出してないから、警察側も普通(?)の犯罪者を相手にするような流れでしか動いてないだけなんだよな。きっと。

 これでもし本当に警察に被害者を出したらさぁ、絶対なりふり構わなくなるよね。世間に解禁する情報も一気に多くなって、ぱっと見で未成年でしかないおれのことでギリギリ崖の上を行くように配慮されてたプライバシーとかそういうの、もう絶対に雑な扱いになるよね。

 

 どうしたもんかなぁ。

 

 

 

 

 

 てことでまずは髪を染めました。

 さすが激安の殿堂は品揃え豊富ですよ神。

 おれの灰色髪なんてこのガキンチョボディとセットで個人特定情報の塊ですしおすし。

 

 新しい髪色は安定の黒。

 黒中の黒にしたおかげで若干の青みが出てるような気もしないでもないけど染髪初心者のバージントライならこんなんでえーやろ。

 にしても染めたての頭ってくっさいのな。自分の髪だからまだ我慢できるけど、なんか薬臭さがいまいち抜けないっていうか。

 ちゃんと髪も普段より丁寧に洗ったんだけどなぁ。っかしーな、何が駄目だったんだろ。いやこれがふつうなのかもしかして?

 うーん、わからん……。

 ……。

 ……あ、……そうだこういう時は。

 

 教えてヤッホー知恵袋!

 

 以前パクったままのスマホでヤッホーサイトにー、顔は入らないように匂わせメスガキ薄着ボディーの写真つきでー、質問を投稿してみればー……。

 

 

【小学3年生です*1。髪ぞめについて質問です。わたしの地毛はほかの子より明るいんですが、学校の先生にそめろって言われました。なのでお母さんとお風呂で(~以下略~)最近少し胸がふくらんできました*2。】

 

 

 これでよし。

 

 ……うおっ、早速回答きやがったな。一分とかかってねえぞ……。

 あ、待って、また回答きた、え、もう一個……あ、また、早い早い……待て待て、待てってば、うわまた回答きた、シュバッり過ぎだろ……え、またっ、わ、うわわわわ……ページ更新するたびにやたら回答数増えてる……。

 え、なに、え、こわ、群がんなやキッショ。平日の真昼間から場末の質問板に張り付いて暇なのこいつら……。

 

 ……まぁいいや。キショいシュバり魔の生態はどうでもいいとし、て……、……え、これ初心者の失敗典型パターンなの? シャンプーはできれば2回……ふんふん、へー……ほーん……え、めっちゃふつうにタメになるんですけど。ていうか他の回答もバカにしてくるようなやつ以外やたら詳しく教えてくれるじゃん……。わ、みんな良い人だらけやん。え、ごめ。おれの早合点? ごめんな……! キモ野郎扱いしてごめんな……!

 

『顔も見せて』

『シャツめくってみて』

『ママとお風呂入ってるの? かわいいね』

『小学生? てかラインやってる?』

『家の外からはどんな建物が見える?』

『部屋の中もっと見たいなー』

『http://****.***.***/****.html』

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 きっしょ。

 

 

 

 用が済んだのでスマホの電源を落とし、すっかり暗くなったお外を眺める。

 明かりのない幽霊屋敷の中から見上げた夜空に現在月はなく、この星空も街並みもつい一か月ほどですっかり見慣れてしまった。

 

 時刻は夜の八時過ぎ。

 どの家も明かりが(とも)り、外を出歩いているのはそれこそ残業帰りの会社員か、用事があってわざわざ外出した部屋着族か、素行の悪いオトモダチ連中か、あるいは……。とはいえ閑静な住宅街にあたるこの幽霊屋敷周辺にはそんな人影なんて珍しすぎて全然見当たらないけど。

 

 お腹が減っているわけではないけど、何となく手持ち無沙汰になってお腹をさすってみる。

 食事は十日ほど前に済ませたばかりだからまだ余裕がある。

 アメちゃん感覚でつまみ食いをしたくなる衝動はあるにはあるが、それだっておやつを我慢するのと同じ感覚だから無視してオーケー。ヤク中とかアル中みたいな人間のそれとは違うから本当に大したことはない。

 けど、まぁ、あれだ。

 

 暇なのだ。

 

 警察とか公権力に捕捉されないことが第一目標だから今の状況に満足はしてるけど、だからって食事だけ済ませたら何もしないで拠点に引きこもり続けるとか何それ生きてる意味あるの? 状態やんけ。

 

 寝れば良いのか? 非文明時代の農民のごとくお日様が出てない時間は全て家の中でシコシコ寝ていろと……?

 いやまぁそれが正解なのはわかってるさ。追われてる身だし。ハトがいないからって調子乗って好き勝手したツケがさっそく回ってきただけの話だもんね。おバカには暮らしにくい世界だよまったくー。

 

 あーあ……暇だなぁ。

 お外で遊びたいなぁ。

 でも一旦ほとぼり冷めるまではっつーか、次の食事タイミングまでは極力おとなしくしてた方が身のためだよなぁ。

 わかってるんだけどさぁ……。

 むーん。

 ぬぇぁー。

 のぁーん。

 ぬぅー……──、ん?

 

 ……?

 

 ……ん、んん?

 

 んー?

 


 

 幽霊屋敷の外に、こそこそと動く影が三つほど。

 新月の夜は星の明かりしかなく、地上を照らすには心もとない。

 閑静な住宅街は家の数こそそれなりにあれど、この幽霊屋敷とは敷地の広さのせいで距離があり、家から漏れる明かりで人影が照らされることもない。

 

 三人は寝袋に包んだ長く大きな荷物をキャラバンの後ろから降ろすと、全員でえっさほいさと幽霊屋敷の塀のそばまでにじり寄り、何度か振り子の要領で勢いをつけてから当の荷物を放り投げた。

 

 荷物は重量を感じさせる鈍い放物線を描き、端をかすかに塀に掠らせながら敷地内に落下。

 ぼす、とも、どす、ともつかない中身の詰まったこれまた鈍い音が立ち、すぐに住宅街の静けさに紛れて消える。

 

 すると今度は男たちが塀に飛びつき、がしゃがしゃとそれなりに音が鳴るのも構わず次々と塀を越えて敷地に降り立った。

 動きはそれぞれ身軽さに差があったが、まだ若さを余らせていることがわかる体の動かし方だった。

 

 男三人は再び荷物の周りに集まると、せーので重そうに持ち上げ、のそのそとした足取りで屋敷の裏手へと回った。

 家主不在となってひと月以上が経つ敷地は、次回の業者の手入れまでまだ日があるため既にそこかしこが雑草だらけであり、足の運びをいちいち邪魔する名もない草花にかなり辟易している様子。

 

 屋敷の裏手は、それこそ人の目が滅多に入らない幽霊屋敷の中でも輪をかけて存在感がない場所だった。

 屋敷そのものが塀に囲まれ、建物自体が目隠しにもなり、表側の柵状のものと違って裏手は完全にブロック塀で視界そのものが遮断されている。

 まさに隠し事には打ってつけのロケーション。

 

 男たちは大切に運んできたはずの荷物を忌々しそうに雑に放ると、背負っていたリュックから各々道具を取り出した。

 三人ともが折り畳みのスコップ。

 がしゃんかしゃんと展開し、きぃきぃとネジ締めをすれば準備完了。

 三人は庭師でもないのにざっくざっくと同じ場所を掘り始めた。

 

 明かりもつけず、星の明かりも届かない、幽霊屋敷の不気味な裏庭で、男たちは文句ひとつこぼさず穴を掘り続けた。

 夜に浸り過ぎた視界は(ふくろう)でもないのに、ぼんやりとお互いの輪郭は追えるのだから不思議なものだ。

 それと互いの息遣い。

 風のない夜だからこそ感じられる、体の動きから漂う空気の乱れ。

 この時ばかりは自分たちが何かの達人にでもなったかのような気がして妙に可笑しかった。

 

 穴掘り用のスコップといえど、折り畳み式のそれは先端があまり大きくなく、一突きで掬える量も高が知れている。

 ざっくり、ざっくり。

 じゃ、じゃ。

 じゃぎ、じゃり。

 三人が土を削り、細かな石に悪戦苦闘する音が十分、二十分。

 そうして三十分にもなろうとする頃、やがて敷地の裏庭には、人ひとりが寝転んですっぽり収まるほどに大きい穴が出来上がっていた。

 

 やっとか、と、スコップ三本が放られ、リュックから出した飲み物を一気に呷ったり、雑草の上に尻餅を突くように腰を落ち着けて一休みしたりする三人。

 ふう、ふーっ、と息を落ち着ける時間が少しだけ流れると、三人はやおら立ち上がって、放置していた荷物の周りに集まった。

 

 すると男の一人がファスナーに手をかけ、チィー…と独特な音とともに寝袋の上から下に向かって開いていく。

 やがて完全に開ききり、寝袋の中身が視界も何もない宵闇の中で露わになると、男たちは揃って顔を顰め、一人は鼻を摘まんだりした。

 荷物が傷み始めていたのだ。

 

 中身は人間だった。

 

 三人がせーので引っ張れば、ずずぅと滑るようにして裸の死体が雑草の上に出てくる。

 長く触っているのはごめんだと、だいぶ前に熱を失ったままのそれの手足などの末端を、山の中で拾った枯れ枝か何かのように掴んでずるずると引きずる。

 そして死体は、クサフグを捨てる釣り人のそれよりも雑な扱いで、ぺっ、と穴の中に放られた。

 ず、とも、ど、ともつかない音が穴から鳴り、落下の衝撃で跳ねた手足がぐにゃりと曲がる。

 

 死体は妙齢の女性のものだった。

 

 それなりに豊かな胸。

 張りがあり、ふるりと上向いた乙女の先端。

 脇から腰にかけての細身の輪郭。

 わずかに浮かんだ腹筋。

 手を這わせて曲線を堪能したくなる腰回り。

 (すべ)らかな鼠径部と、ほんのり薄く茂った恥丘。

 太ももは適度な太さをした根元から、膝に向かって引き締まり、擦れていない綺麗な膝を過ぎ、脹脛(ふくらはぎ)から(くるぶし)(かかと)から爪先までのラインは美しく、見ているだけでも飽きが来ない。

 指先はパールが乗った赤色のネイルで丁寧に整えられ、お揃いの色が艶やかな唇に乗っている。

 可愛らしい短さの人中。コンパクトに“つん”とまとまった小さめの鼻。

 頬からあごにかけてのラインはすっきりとした卵型で、後頭部から骨ごと砕かれた(こめかみ)がとろりと中身を露出している。

 変形時の圧でこぼれたのであろう眼球は辛うじて、水気を失って笹身(ささみ)の筋のようになった視神経がぷらぷらと頼みの綱。

 

 男たちは死体がすっぽりと穴に収まったことを確認すると、さっき掘り出したばかりの土を、今度はせっせと穴に戻し始めた。

 暗闇に青白く、ぼう、と浮いてさえ見える美しい裸体は一瞥もされず、小石や名もなき虫の雑ざった庭土が、ばっさばっさと景気よくかけられていく。

 体力的にも、精神的にも、掘っていた時よりも楽な作業は男たちの動きを軽快にする。

 掘るのに三十分近くかかった大穴は十分と経たずに埋まり、三本のスコップによってぺんぺんと丹精込めて(なら)された。

 

 スコップを畳み、嫌な臭いが移ったらしい寝袋を別の密閉用の袋に押し込み、男たちはそそくさと裏庭から立ち去った。

 来た時よりも軽い足取りで表に戻り、塀に飛びつき、侵入時よりも物音に気を遣うことなく乗り越える。

 ざっ、ず、どっ、と三人分の着地音がアスファルトを鈍く鳴らし、がちゃ、ばたっ、バンっ、バム、と音を立ててそれぞれがキャラバンに乗り込んだ。

 

 低いエンジン音を立て、三人を乗せた車が幽霊屋敷を離れていく。

 ルーフの上には小さい人影。

 


 

 幽霊屋敷を離れて閑静な住宅街を抜けたキャラバンは、人気(ひとけ)が減った都道を走り、ちょうど赤信号に捕まっていた。

 今時にも関わらず感応式でないため待ち時間が長い。

 

 車内は静かで、ラジオやCDの音楽も流れていない。

 流れているのは一仕事終えた余韻に浸る男三人ばかりの沈黙と、煙草をふかす吐息が時々。

 低く漏れるような型落ちエンジン音と適度な揺れが眠気を誘う。

 

 信号が赤から青に変わり、フロアシフトがNから1速へ。

 半クラからの緩やかな加速に低速特有の高い唸り声が合わさり、やがてキャラバンは2速、3速と足を速めていく。

 

 ギアが切り替わる度に一瞬浮くような心地と、ぐ、と体が座席に沈む感触が交互に。

 若葉マークを卒業したばかりの運転ならこんなものだろう。

 

 そして4速。

 速さが安定すれば、むしろ車内の揺れは大人しくなった。

 

「……疲れたな」

「ん? あぁ」

「あ゛ー……風呂入りてぇ」

 

 しばしの沈黙の後、運転席の男──加藤が取り留めもなく口を開けば、残り二人も半ば条件反射のように声を漏らした。

 そして一度口を開けばべらべらと、今までの沈黙が何だったのかと思うほどに車中は会話であふれる。

 

「ぶっちゃけ()せぇ」

「オメーもだろ。タバコ消せ」

「バっカお前、アレのせいだっつーの」

「グロかったなぁ」

「つーか暗くて良かったわ。はっきり見えてたらたぶん吐いてた」

「初手後頭部にフルスイングかました奴が何か言ってら」

「よ! 野球部仕込み!」

「落ちぶれた元4番!」

「う──うるせえぶっ殺すぞ!」

「運転あざーっす」

「事故んなよ~」

「……死なば諸共って知ってっか?」

「ちょ、やめろおまっ」

「怒りじゃ! 主様の怒りじゃあ! ……ここはこのメビウスでひとつ」

「メビウス?」

「エクストラライトでおじゃる」

「死ね」

「ほぎゃあ!」

「茶番うるせぇよ!」

 

 ぎゃいのぎゃいの。

 走るキャラバンが小さく揺れるほどの騒ぎよう。

 男三人集まれば、箸が転がるだけでも面白い。

 そんな気安さが彼らの間にはあった。

 そこに人殺しや死体遺棄への特別な感情は窺えない。

 彼らはそういったことに手慣れてしまっていた。

 

「で? 今回のでいくら貰えんだっけ」

「んぁー……確か一人110ずつだったか」

「は? 前より下がってね? え……?」

「うぅわぁ、ぜってぇ足元見てるわ……」

「……やっぱナめられてるよな」

「チッ、なぁにがバーボンだ。舐めるなら俺のチ ──」

「チョッコレート! チョッコレート! チョコレートはぁ!?」

「「森永!!」」

「……だから舐められるんだよ」

「人生ナめずにっ、これナぁめぇてぇ~~~」

「死ね!」

「生~きるっ!」

 

 馬鹿丸出しの会話をしている間にも信号をいくつも通り過ぎ、街灯を置き去りにしていく。

 住宅の数はめっきり減った。

 

「つーか上手いこと考えたよな。ヤっちまうと後処理が一番クソだりぃし」

「な? な? そうだろ? あのチョイスは我ながらナイスアイデアだったわ」

「家主不在の幽霊屋敷だもんなぁ。ちゃんと業者の次の出入り日まで調べたんだから俺たち偉い!」

「この時期だし一か月もあれば草ぼーぼーだろうしな。敷地の裏側は元々あんま手入れもしねえみてーだし、半年もあんだから十分すぎる」

「しっかしもったいねえよなぁ。あんな可愛い子ちゃん滅多にいねえべ」

「バットフルスイングマンが何か言ってら」

「『もう良いですよ、彼女は用済みです』って言われてすぐ『おかのした』で一撃必殺は頭おかしいんよ」

「うるせえよ! つーかお前らだってそーだろ? ちょっとぐらい遊んでからでも良かったじゃねえかよ」

「それはまぁ、まぁ……うん、ちょっと思った」

「あれは御幹部様のバボちゃん様様がいたからしゃーない。俺ら人手要員で駆り出されたわけだけど、ぶっちゃけあれ、ついでに俺らが馬鹿仕出かさねえかメッチャ見張られてたじゃん。おっぱいモミモミしたかった」

「きっしょ」

「したくないの?」

「したい。あわよくばチュパりたい」

「バブちゃんかよ」

「あー、さっさと昇進してぇー」

「バブー」

「さっさとしたら?」

「チャーン」

「できたら苦労しねンだわ」

「それな」

「ハーイ」

「イクラ黙れ」

「はい」

「上の椅子とかさぁ、いつ空くんだっつー話よ」

「そもそも椅子っていくつアんだろうな」

「知らね。つーか上がれたとして何て呼ばれたい?」

「ピルスナー」

「ビールかよ! ただの好みじゃねえか!」

「チッ……じゃあ何だよテメーは」

「あ? 俺? もち飛露喜(ひろき)

「銘柄じゃねえか! つくわけねーだろ! 日本酒だし……!」

「だって覚えやすいじゃーん」

「本名と一緒とかバカ丸出しなンだわ」

「いえーい俺バカ~! お前ら類友~!」

「こいつ降ろしちゃえば?」

「どうせ迎えに行くのも俺らだろ……」

 

 

──コン

 

 

「……お?」

「なんか当たったな屋根」

「虫でも乗ったか」

 

 暗い車内で加藤はハンドルの正面から視線を外してちら、と後ろを一瞥。

 後ろの二人が揃って天井を見上げている。

 

「……今のだけか?」

「雨かと思った」

「音的に石だろ」

「やめろよマジでー。凹んでたらイジんの面倒なんだからよぉ」

 

 暇になりやすい道中はどんな些細なことでも格好の話題の種だ。

 だはは。がんばれぇ。なんて声をかけ合いながら、助手席の後ろの席に座っていた男──岸部がふと、明るいスマホ画面でゲームを立ち上げながら窓の外に目を向けた。

 

「ははっ、まじウケ──」

 

 

 真っ赤な目をした笑顔の子どもが窓に張りついている。

 

 

「──る んン゙ッ!?」

 

 日本語未満の濁音が喉に詰まって破裂した。

 「うおっ!?」とハンドルを握っていた加藤の肩が跳ね、「うわっ、んだよ」と運転席後ろの席に座っていた男──深崎がダルそうに視線を寄越した。

 そしてぽかんと固まる表情。

 

「……は? なにそれ?」

「なに? どした? なになに?」

「いや、なんか、赤い……手? 手形みてえのが窓についてる」

「はぁぁ?」

 

 窓には小さい子どものような──赤い手形がべたべたと残されていた。

 岸部のスマホ画面の明かりによって真っ黒な窓に浮かび上がる、季節外れの赤椛。

 

 至近距離で直視してすぐに恐怖から思わず目をつむっていた岸部は、窓に残されているのが手形だと知って恐る恐る目を開けた。

 

「え、子どもは……え、は?」

 

 体を守るように手を突き出した格好のまま動けずにいる岸部の手のひらの中で、女性キャラの明るいタイトルコールが虚しく響く。

 たった今起こったことが信じられず、かっ開いた目で赤い手形を凝視することしかできない。

 暑くもないのに流れる汗が一筋。

 加藤と深崎はそんな岸部を放置して好き勝手言葉を交わしている。

 

「手形ぁ? まじで?」

「まじ。チョー真っ赤。ウケる」

「ウケんなし。つーかいつからだよ……」

「最初からじゃね?」

「昼過ぎまではなかったろ」

「さっきの仕事中?」

「出発の時はなかった」

「じゃあ屋敷から出る時か?」

「もう暗かったしなぁ……」

「つーかキッショ。ガチで血かも」

「やめろや縁起でもねえ」

「そんなの今さら気にするようなタマか俺ら? 罰当たりヤリまくりじゃん」

「勝ちまくりモテまくりみてーに言うな。わざわざ口に出すなっつー話で──」

 

 

──ト、トトッ、トト、ト

 

 

 屋根の上から音が再び。

 ぴた、と今度は全員の空気が止まった。

 三人が三人とも、他人の急な接近に驚いた猫のように固まっている。

 気のせいでなければ今の音は、ルーフの後方からちょうど運転席の辺りまで動いたような。

 

 三人の目は皿のようになり、口はピタリと閉じ、異音一つ聞き逃さまいと澄ませた耳には相変わらずアスファルトを転がるタイヤとエンジンの音ばかり。

 鼻は車内に染みついた酒とヤニと芳香剤のブレンドアロマを吸い込むだけで何の役にも立たない。

 10秒、20秒、と何もない時間がただ過ぎていく。

 

「……ふ、…ざけんなよぉまじでぇ…」

「……え、なに。もしかしてガチ?」

「う、わ……うぅ……っ」

 

 キャラバンはちょうど郊外を抜けるところだった。

 暗い道の先を見ても信号は一つも見当たらず、等間隔に並んでいた街灯もその間隔をだいぶ広くしている。

 口をわなつかせた岸部は思わず自分の恐怖を吐露した。

 

「足音……さっきの幽霊! ……いやあれは子ども、……でも、なんだ、まさかあの女のせいか……? 俺たち呪われたんじゃ……」

「幽霊ぃ? 呪いぃ? 岸部ちゃ~ん頭ダイジョーブー?」

「み、見たんだよ! こんな手形なんかじゃねえ! さっきそこに! 窓に! 気味悪りぃ笑顔のガキが映ってて……!」

「……真性かよ。馬鹿かよ。とりあえず落ち着けや」

「俺はッ……俺ぁ落ち着いてる。俺は馬鹿じゃない。馬鹿じゃない……!」

「なら聞けよ。いちいち噛みつくな。テメーの心配はムダなんだよ……つーか誰かから恨まれるなんざ今更過ぎんだろ。だったらもっと前から色々となきゃオカしいだろうが。今さらガキの幽霊だの女の呪いだのギャーギャー騒ぐな鬱陶しい……!」

「それはッ、……それも、そうかもだけど」

「そうだよ。……まぁ確かにその手形は意味不明だが」

「うえええ、幽霊とかマジ勘弁。俺最近のホラー苦手なんだよねぇ。『うらめしや~』じゃなくて『バァ!!』ってのばっかだし」

「やっぱり虫か……猫とかなんじゃねえの。さっきの足音? だって人だったらもっとこう、二本足だから規則的だろ。幽霊に足があるか知らねえしどうでもいいけど。犬とか馬みてえな不規則なタカカッって感じだったじゃねえか」

「……50キロ以上出てる車の上で、か?」

「いや、そりゃあ……動物ならなんか、意外とあんだろ……たぶん」

「たぶんって何だよ……」

「俺だって知らねーよ。つーか俺が知ってるわけねえだろさっきからグチグチとうざってェ!」

 

 手形一つでうだうだと……。岸部の弱気な態度に苛ついていた加藤は顔だけ振り向いてぎゃんと吠えた。

 吠えられた岸部は一瞬びくっと固まり、気まずそうに外を向く。

 しかし相変わらず存在を主張する手形が視界に入り、最後は目のやり場に困って俯いてしまった。

 

「……、…」

「……チッ」

「うへぇ、空気悪ぅ~」

 

 深崎はあえて空気を読まない(たち)なのか、そんな二人をわざとらしく茶化した。

 

 車内の空気は最悪だ。

 といってもこのようになるのは初めてではなく、この三人に限ってはある意味普段通りの光景とも言える。

 

 慎重派(ビビり)の岸部。

 リーダー気質(パワーハラスメント)の加藤。

 自称マイペース(共感性ゼロ)の深崎。

 

 通称“黒の組織”と呼ばれる巨大犯罪組織の末席に辛うじて引っ掛かり、簡単な恐喝(おはなし)や殺人、死体処理などを雑に押しつけられてばかりいる下っ端トリオのやり取りは常にこのような感じだった。

 

 そしてメンバー間の雰囲気が悪くなった時、空気を読まない深崎が真っ先に口を開くのもいつものことだった。

 

「そういやもう少し行ったら道の駅だっけ? この際だから一回休憩しようぜー」

「っ、降りるのか!?」

「ぶっちゃけ漏れそう」

「お、おまっ」

「岸部! ……おめえビビりもいい加減にしろや。いつまでママのおっぱいに甘えてやがる」

「さっきの屋敷戻る? 吸っちゃう? 臭そうだけど。流石の俺も()姦趣味はないわー」

「ッ……、…」

「はい休憩ね休憩~。着いたら自販機な。コーラ買おうぜ。喉乾いた」

「またすぐ便所行きたくなるぞ」

「そしたら漏らすわ」

「ふざけんな!」

 

 郊外を抜け、山道を登り始めてしばらくすると、深崎が言ったとおり道の駅が見えた。

 ぽつぽつと街灯が立つ、さほど大きくない敷地の中に小さい建物がいくつか。

 

 減速したキャラバンは人っ子一人いない無人の駐車場を突っ切ると、これ幸いと行儀悪く駐車スペースを無視して、公衆トイレのすぐそばでエンジンを止めた。

 

「う~、トイレトイレ」

 

 深崎は意気揚々と車から降り、女子トイレの方に飛び込んだ。

 

「……あいつ、また」

「白昼堂々じゃないだけマシだろ……」

 

 呆れたようにそれを見送る岸部と加藤。

 深崎の奇行はいつものことらしかった。

 

 女子トイレの中を物珍しそうに眺めた後、深崎は適当な個室を選んだ。

 わざわざ便座を上げ、裏側の黄ばみを見つけるや初めてアダルトコンテンツに触れた小学生のようにはしゃぎ、満足したところでさらに汚れを上書きするかのように立ったまま用を足した。

 

 汚い水音を立てながら、ふぃぃ……、と謎の満足感が吐息となって漏れる。

 別に深崎に特殊な性癖があるわけではなく、今回は普通に男子トイレに入るよりも面白そうだから女子トイレを選んだに過ぎない。

 雑な言い方をすれば深夜テンションが成した行いだ。

 

 やがて深崎の汚い水音が途切れる頃。

 

──ト、ト、ト、ト、……バタ、カチャッ

 

 別の個室に誰かが入る音がした。

 

 お、と思った。

 こんな遅い時間に誰だかな、とも。

 一瞬さっきの幽霊? 手形騒ぎ? が頭を(よぎ)るも、幽霊がこんなはっきりと音を出すもんかいな、と深くは考えなかった。

 

 道の駅は深崎たちが着いた時には本当に誰もいなかった。

 ということはあの後五分にも満たない時間差で新しく誰かが来たことになる。

 しかも女の子。

 年食ったオバさんやバアさんがこんな時間に山道まで足を運ぶわけないだろうという偏見が多分に含まれている。

 

 便器の水を流した深崎は個室を出ると、他の個室に目をやり、一つだけ扉が閉まっている箇所に目をつけた。

 

 女の子の一人歩き(車かもしれないが)は危ないよぉ、などと自分の行いを棚に上げたことを考えながら、うきうき気分でその扉の前に立つ。

 女性らしさが皆無の、聞けば男性のものだとわかりそうな大仰な足音をわざと立てた深崎は、さて、中の子の反応はどんな感じかなぁ、なんて傍迷惑な期待に胸を躍らせる。

 

 深崎は女の子の困った顔を見るのが好きだった。

 これは幼稚園の頃から変わらない彼の(へき)である。

 幼稚園ではわざわざ虫を見せに行ったり、スカートを引っ張ったり、クレヨンを取り上げたり、気の弱い先生の局部を狙って手を伸ばしたりし、小学校や中学校では同級生の髪を勝手にいじくったり、更衣室の扉をわざと開け放したり、成長の早い女子に下着や生理のことを馬鹿みたいに尋ねたり。

 高校以降その行為はさらにエスカレートし、一度警察を呼ばれたことで表立っての行為は落ち着きを見せた。

 裏で激しくなっただけとも言うが。

 実のところ加藤らを含めた三人の中で一番“性”に関して奔放なのが深崎だったりする。

 最近までクラミジアで通院していた。

 

 深崎は個室の前に立ち、中の様子を音だけで窺った。

 あからさまに扉の前に立ったものだからか、中からはまったく物音が聞こえなかった。

 息を潜めているのか、衣擦れの音ひとつ聞こえてこない。

 音の立たなさからして用を足すことすら我慢しているのかもしれない。

 いじらしくて可愛いねぇ、と憐みすら覚えた。

 

「出ておいで──よ!」

 

 深崎は扉を蹴りつけた。

 ガンッ。深夜の公衆トイレに場違いな音が響き、元々頑丈な作りをしていない扉ががたつきを見せる。

 この扉、意外とイケるのでは? なんて思ったが最後。

 面白くなった深崎は二度、三度と扉に向かって前蹴りを繰り返し、ついには簡素な鍵一つで成り立っていた頼りない密室をこじ開けてしまった。

 別に中にいる女の子に乱暴するつもりはない。

 がたがた縮こまっている可愛い小リスちゃんの反応を堪能したらさよならするつもりだ。

 少なくとも今この瞬間は。

 

「ご対()~…──ん?」

 

 けたたましい音を立てて外れた扉を押しのけ、中に踏み込んだ深崎の動きが止まる。

 

 個室の中は空っぽだった。

 

「あ、……んれまぁ」

 

 は? いない? さっきの足音は?

 だって扉……閉めて鍵かけてたじゃん、確かに、誰かが……。

 

 深崎の頭の中で、車の中での一連のやり取りが思い出される。

 

 

──足音……さっきの幽霊!

 

──俺たち呪われたんじゃ……

 

──み、見たんだよ! こんな手形なんかじゃねえ!

 

──さっきそこに! 窓に!

 

──気味悪りぃ笑顔のガキが映ってて……!

 

 

(そういやさっきの足音、大人にしちゃ小さかったな……それこそガキみたい、な)

 

 ひゅ、と背筋が一瞬寒くなった。

 

 

 P r r r r r r … !

 

 

「うお!?」

 

 ズボンのポケットから無機質な着信音が響く。

 

 やや慌てながら取り出したスマホの画面には【岸部】の二文字。

 画面上部の時計表示は、深崎がトイレに入ってから既に十分近くが経過していることを示していた。

 

 あ、やべ。と、通話に出るため手慣れた操作で画面をスライドさせる。

 

『もしもし? 深崎? ……聞こえてるか深崎?』

「……き、岸部ちゃ~ん」

『深崎! おま、ちょい早く出てこい! 早く!』

「あぁ? なんで」

『小便終わったんだろ!? ならさっさと戻ってこい! 今、加藤がバーボンからの電話に出てて、全員で話したいからお前も呼べっつって……』

「え、まじ!?」

 

 やば。遊んでる場合じゃねえわ。

 岸部ごときに呼び出されるのは正直むかつくが、雲の上の人からの呼び出しとあらば戻らにゃならんか。

 

 寒気は気のせいだったようだ。

 もう薄気味悪くも何ともない。

 

 続けて小言を(のたま)う岸部に適当な相槌をしながら、すぐに踵を返した深崎は、

 

 

「きゃー! へんたいよ!」

 

 

 真っ赤な目をした笑顔の子どもに襲われた。

*1
嘘だゾ

*2
嘘だゾ


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