1人ぐらい食べてもまぁバレへんやろ 作:こだまりパン
毎度おなじみとなった二人組(江戸川コナンと毛利小五郎)と不本意な遭遇を果たした目暮は、ここではなんだからと二人を嫌々引き連れて近場の喫茶店に場所を移した。
時刻は既に夕方を過ぎている。
太陽がビル群の陰に沈み始め、喫茶店の奥まったボックス席に腰を落ち着けたコナンが窓ガラス越しに外をちらと見れば、家路へと急ぐ人たちのまばらな姿が見えた。
「……して警部殿。話とは?」
口火を切ったのは小五郎から。この喫茶店まで自分たちを連れてきた目暮の様子が、普段事件について調べている時よりも明らかに硬さを感じるものだったことから既に気を引き締めていた。
人数分運ばれてきたコーヒーの香りを一通り堪能していたのはコナンだけ。大人二人はさっさと最初の一口を啜ると、それで務めは果たしたと言わんばかりにコーヒーを置き、話に移る態勢になっている。
「実は今、とある事件の捜査をしているのだが……」
目暮は言葉を選びながら
話を聞く二人は真剣だ。【東都連続猟奇殺人事件】と言えば、今東都で最も話題となっている恐ろしい事件である。その内容を捜査本部で直に指揮を執っている本人が、あくまで一市民でしかない二人に語ってくれているのだから、これがどれほど貴重な機会で、そしてリスクのある行為か理解できない二人ではない。
目暮の説明は、ニュースであらかじめ知っていた内容が大半ではあったが、そこに時折挟まれる補足は初めて知る情報ばかりだった。ニュースでは被害者の人数やその大雑把な身元、事件現場同士の位置関係などは特集を組まれるほどに取り上げられていたが、被害者の詳細にわたるプロフィール、事件現場の実際の様子、そして遺体の損傷が激しいことを含めた生々しい情報などは決して手に入れられなかった。
(しかし目暮は一部の情報*1については「同一犯だとすぐに断定できる特殊な殺され方をしていた」として、わざと詳細を濁している。事件解決への貢献度が大きい名探偵「眠りの小五郎」が相手といえど、さすがにこれを部外者相手に明かそうとは思えなかった。)
「……そして一連の事件発生から一か月以上が経ち、今、ついに恐れていたことが起こった」
「け、警部殿、それはまさか」
「ああ、そのまさかだ毛利君。起こったのだよ、第4の事件が……!」
机の上で組まれた目暮の手が力みから小さく震えている。
一警官として現場からの叩き上げで場数を踏んできたベテラン刑事の迫力に、小五郎とコナンは知らず小さく息を呑んでいた。
と、そこで頭の回転が速いコナンがあることにいち早く気づき、まさかの思いで尋ねる。
「ねえ、さっき目暮警部が出てきたマンションって……」
「! ……君は本当に目ざといな。あのマンションこそが第4の事件現場だ」
「なんですと!?」
「やっぱり……」
そして目暮は今度こそ、まだメディアが一片も取り扱っていない最新の情報を教えてくれた。
第4の事件現場となったマンションの中、現場の様子、被害者の身元、事件発生から遺体発見までの時間や流れ、遺体の様子など。これも、先ほど同様に一部濁した表現にはなったが、それでも目暮から明かせるギリギリの内容ではあった。
話を聞き終えた小五郎とコナンは、いつの間にか詰めていた息をか細く吐き出した。
吐息と共に強張っていた肩の緊張も抜け、やや冷めてしまったがコーヒーの香りを意識するだけの余裕が出てくる。
それだけ事件の詳細を語っていた時の目暮の迫力は凄まじかった。これは確かに普段とは様子が全然違うぞと、小五郎ほど目暮との付き合いが長くないコナンでも気づけた。
「毛利君、……今回の場合はコナン君もかな。この子どもに見覚えはないかね? もし見かけたら我々に連絡が欲しいんだ」
「子ども、ですか?」
目暮が懐から出したのは、折り畳まれた5枚ほどのプリントだった。かさかさと音を重ねながらテーブルに広げられていくそれに二人の視線が注がれる。
並べられたプリントは、全て同じ人物を写した画像だった。おそらくはどこかの監視カメラから引っ張ってきたカラーの静止画。それなりに粗い画質の中でも比較的状態が良いものを選別したのだろうことがわかる。
それを目にした瞬間、コナンの記憶に引っ掛かるものが。
(……? あれ、この子……どこかで……)
店のレジで会計を済ませている姿。キックボードに乗って町中を移動する姿。店の軒下で壁に背を預けて佇む姿。どこかのマンションの一室、この一枚だけはやたら高い解像度で顔が拡大された姿。そして、撮影時が夜だったのであろうオフィスビルの中、薄暗い廊下の真ん中で突っ立っているだけの姿など。
全体的にアウトドアに適していそうなスポーティーな服装。
黒とも白ともつかない、ともすれば男と見間違えてしまう灰色の短髪。
病的に白く見える肌。
かなり使い込まれた跡が残るキックボード。
吸い込まれてしまいそうな薄暗さの黒目。
──お肉かなー!
コナンの中で一つ記憶が繋がった。
「我々は現在事件の重要参考人としてこの子どもの行方を調べている。間違いなく、一連の事件に関してかなり重要な立ち位置にいることがわかっているのだ」
「んんんー……、この子どもがですか……。……警部殿、申し訳ないのですが私からは特に……」
「──知ってる」
「ん?」
「ボク、知ってるよこの子」
「なに……!?」
「なんだとボウズ……!?」
大人二人が揃って目をむき、頭一つ以上小さい位置にいる子どもの方を向く。
「こ、コナン君! 知っているとはいったい……!」
「もう一か月以上前かな。学校からの帰り道、少年探偵団のみんなと歩いてる時に話しかけられたんだ。ほら、覚えてる? 第3の事件が起こった後、東都の色んなところで指輪とか宝石とかが見つかって、お宝さがしがブームになった──」
「実際に会ったというのかね!? 君たち怪我は──いや無事、ではなく、違う…、そうではなく……っ、その……!」
「警部殿っ」
「目暮警部、お、落ち着いてっ。急にどうしちゃったの」
「──…、あ。……あぁ、その、すまん。……取り乱した」
すわ何事か、とカウンターからこちらを覗く店員に三人で慌てて頭を下げつつ、それぞれがコーヒーに口をつけて仕切り直し。
「こ、コナン君。少年探偵団のみ、みなは元気かね?」
「え? うん。みんな元気にしてるよ?」
「そ……そうかそうか! うむ、子どもは元気が一番だからな! ならば良かった!」
そして明らかに不自然なご機嫌伺いを挟みつつ。
浮かせていた腰を落ち着け直した目暮は「すまない、もう大丈夫だ」とコナンに話の先を促した。
コナンは記憶を掘り返し、当時のやり取りを詳細にわたって説明した。
瞬時に動揺から復帰した目暮は懐から取り出した手帳に、コナンがつらつらと語っていく証言を事細かに書き込んでいく。コナンの隣では小五郎も、普段であればガキが調子に乗るなと拳骨一つ落とすこともあるというのに、今はその内容に耳を傾けている。
コナンからの証言は本当に細かかった。まるで当時の様子を機械で記録していたのかと思うくらいには。
相手──その少女の背格好。口調。身振り手振りなどリアクションの傾向。どんな話題にどんな返し方をしたのか。自然に受け答えた時もあれば、子ども相手だからとさりげなく煙に巻いたような返しもあったこと。喫茶ポアロに着くまでの間、蚊帳の外に置かれても平然としていた落ち着き具合。喫茶店でコナンと同じブラックコーヒーを頼み、ごく普通に味を楽しんでいた様子。名乗られた名前。推測ではあるが察せられる家庭環境の悪さ。あえて少年探偵団の面々には言わなかったが、どうしても透けて見えてしまった自己肯定感の低さ、周囲や物事への興味関心の薄さ、など。
コナン当人による簡単なプロファイリングも交えたその証言は、目暮からすれば値千金ものだった。この時ばかりはたかが小学一年生の言葉として話半分に聞こうとは思えず、不意に、その姿にとある推理小説家と高校生探偵の親子の影が小さく重なった。
「こんなところかな。どう? 目暮警部」
「──…」
「目暮警部?」
「警部殿?」
「、ん? …お、おお、すまんな。ありがとうコナン君、とても参考になったよ」
「警部殿、もしやお疲れなのでは……?」
「か、かもしれんな、はは……!」
あまり似合っていない愛想笑いから、ごほん、と咳払い一つ。
目暮はやや気まずくなった空気を無理やり払うと、今度はコナンにいくつかの質問をした。みんなで歩いていた時の並び順や、喫茶店での席の並びに始まり、小銭を支払っていったというがどんな財布だったか、お札など他の中身は確認できたか、喫茶店から出る際にどっちの手を振ったか、キックボードを掛けた肩は右か左か、喫茶店を出た後に向かった方向は、首から下げていたという防犯ブザーの色・形は、etc、etc…。
本当に捜査に必要なのかと思うほどに細かいところまで確認してくる目暮からは鬼気迫る様子を感じた。
コナンは文句一つ言わず、その一つ一つに対し記憶の限り丁寧に答えた。
質問を終え、情報を整理し終えた目暮は肩の荷が降りたような雰囲気になっていた。「ありがとうコナン君。毛利君も長々と引き止めてすまなかったな」と、最初喫茶店に入った時とは違い、その表情からは硬さが大分なくなっている。
三人は喫茶店の支払いを済ませ、外に出た。支払いについては「捜査に協力してくれたお礼だ」「ついでに蘭さんに
すっかり薄暗くなった喫茶店の外。目暮と、小五郎とコナンはそれぞれ方向が反対のようで、ちょうど店の前で別れることになった。
「すっかり暗くなってしまったな。遅くなってしまった分、蘭さんには謝っておいてくれ」
「いやいやそんな、お土産までいただいて。この毛利小五郎、警部殿の頼みとあらばいつでもお呼びください!」
「ははっ、今日ばかりは頼もしく思うぞ毛利君。……それと、コナン君」
「なに? 目暮警部」
「ふむ……、…ははっ! なーに、君も立派な探偵のようだな、と、そう思っただけだよ。今日は本当にありがとう。君のおかげで捜査がだいぶ進みそうだ!」
「け、警部殿ぉ、いいんですよそんなぁ。こいつにそこまで気を使っていただかなくとも……」
「いやいや、冗談ではないぞ毛利君」
「ですが──」
そして少しの歓談の後、あいさつをして和やかに三人は別れた。
夕日を背に並んで歩く小五郎とコナン。
ややあってコナンの方が口を開く。
「……ねえ、おじさん」
「なんだ?」
「目暮警部、ちょっと変だったね」
「あぁん? お前そんな失礼な……」
「………」
「……、…まぁ、確かに、少しな。だがそれだけ大変な事件ってことなんだろうよ」
「それもそうだけど……」
「……だけど? なんだ?」
「んー……」
「………ったく、言いたいことがあるならハッキリ言いやがれ。ガキはガキらしく思ったことを素直に喋ってりゃ良いんだよ」
ぶっきらぼうながら、コナンの言葉をちゃんと聞くつもりがあることが伝わる小五郎のそれに、コナンはいまいち煮え切らなかった態度をしっかりと改めることにした。
「目暮警部はあの子のこと『重要参考人』って言ってたけど……たぶん正確じゃないよね」
「………おう」
コナンの発言はともすれば突拍子もないことのように思えるが、小五郎は即座に否定しなかった。彼自身、普段と違った目暮の様子を見ていてやはり思うところがあったのだろう。
「目暮警部は、ボクたちがあの子と実際に会っていたことにすごく驚いてた。『怪我は』とか『無事』とか、どう考えても行方が心配で探している子どもを想定した反応じゃなかったと思う……」
この時のコナンのそれは会話、というよりも、自身の考えを改めて整理するための独り言にほとんど近かった。小五郎はそれを邪魔することなく、自分よりもとても小さい歩幅にゆっくりとペースを合わせ続ける。
「考えにくいことだけど……もしかしたらあの子が、何か犯行に関与していたり……」
あごに手を当て思索にふけるコナンの顔はほぼ足元を見ていた。
「おい」
「──…」
「……おい! ボウズ!」
「、へっ」
コナンは小五郎からの呼びかけに、肩を小突かれたところでやっと反応した。
「ちゃんと前見て歩けよ」
「え、あっ、うん」
「それと、あまり考えすぎるんじゃねえぞ。ガキが無い頭回したところでロクなことになりゃしねえんだ」
「え、えぇ……?」
「ガキはガキらしくしてろってこった!」
小五郎はコナンに合わせていたペースをわざと自分のものに戻してさっさと歩き出した。
慌ててその背を追うコナンの耳には「たくっ、最近のガキはみんなこうなのか……?」という小五郎のぼやきが届いた。