「一度つぶすという話」学術会議、会員選考方法の政府変更案を警戒
日本を代表する科学者機関「日本学術会議」に、政府がどこまで関与すべきか――。独立性につながる法人化を促す政府側に対し、学術会議側は政府への勧告機能を含む「役割の維持」を重視する。法改正の見送りから1年余り。一致点を見いだすための議論が続くが、改革のゴールは見えてこない。
「ある程度、方向性が見える議論ができた」。17日に開かれた政府の有識者作業部会後、主査の相原道子氏は、学術会議の会員選考基準や助言組織の必要性などの議論について手応えを語った。
政府は昨年4月、猛反発を受けて学術会議法改正案を撤回。その後も「改革」を諦めず、12月には学術会議を「国から独立した法人格を有する組織とする」とした大臣決定を発表した。
政府が今年4月に設けた二つの作業部会には学術会議の執行部も参加しているが、政府側が「(学術会議は)現状を変えることが嫌だというふうにしか聞こえない」と一方的に学術会議を非難するような場面も目立つ。
今月7日、日本学術会議は急きょ、東京都内の学術会議庁舎で記者会見を開き、光石衛会長は「議論が進むにつれ、ますます懸念が大きくなっている」と作業部会での議論を進める政府を牽制(けんせい)した。
学術会議執行部も法人化そのものは否定していない。一方、大臣決定で「徹底的に保つ」と明記された独立性や自主性が脅かされかねないことには強い懸念を示す。
7日に「制度的条件」として政府に出した文書では、法人化後も運営費の国費支出や政府への勧告機能の堅持を要求。その上で外部有識者らが加わる会員選考の助言委員会を設ける政府案には反対する。
特に警戒するのが「新・学術会議の発足時には、特別な選考方法を検討する」という大臣決定の条項だ。具体的な議論は深まっていないが、現会員が学術の観点で次期会員を選んできた方法を大きく変えることを意味するため、学術会議側はこの条項の取り消しを、政府側に求めている。学術会議関係者は「今の学術会議を一度全部つぶすという話で極めて危険だ」と話す。
学術会議側は、作業部会の議論は今夏にもまとまるとみる一方、溝が埋まらないまま「議論は年単位でかかるのではないか」(光石衛会長)との見方も出ている。
学術会議全体の合意形成も難しい。昨年4月に学術会議法改正案について、政府側が学術会議の総会で説明した際には、会員から一斉に反発の声が上がった。
総会は学術会議の最高の議決機関にあたる。今年4月の総会でも会員からは「法人化は不要だと主張すべきだ」「このままでは押し切られるとの懸念が多く出ている」と政府への批判だけでなく、光石会長ら執行部の姿勢にも注文が相次いだ。
法人化をめぐる議論が長引くことで、学術会議の本来の提言機能などに影響が出ることには執行部も危機感を抱く。別の学術会議関係者は「学術会議は学会ではなく国の機関。最後は物事を決めなければいけないが、ゴールが見えない」と嘆く。(竹野内崇宏)
根に持つ官邸 予算で譲歩迫る
一方の政府側。もともとある学術会議に対する不信感は、さらに強まっている。
林芳正官房長官は17日の会見で「(改革は)学術会議の意見も聞きながら具体的な検討を深めている」と述べた。一見、丁寧に向き合う姿勢に映るが、内実は「模様眺め」だ。
2020年12月、自民党プロジェクトチーム(PT)が「学術会議は国からの分離が望ましい」とする提言を出すと、学術会議は強烈に異を唱えた。
政府は学術会議を国の機関として残す一方、委員選考に第三者が関わる「折衷案」を提示した。しかし、学術会議側は反対。このまま法改正に突っ込めば混乱が深まると判断した政府は昨年4月、法案提出をいったん見送った。官邸幹部は「折り合えていた改正案をひっくり返したのは、学術会議側だ」と批判する。
組織のあり方が問われるきっかけとなった会員選考についても、政府は「ブラックボックスであり問題」との立場を崩さない。内閣府関係者は「国費を出す以上、選考に注文をつけるのは当然。それが嫌なら、国と一切関わらない法人になればいい」と突き放す。
もっとも岸田文雄政権にすれば、一連の学術会議問題は、前政権が残した「負の遺産」との思いも強い。菅義偉政権は、会員改選にあたり学術会議側が提出した候補の一部の任命を一方的に拒否し、理由も説明しなかった。現政権が結論を急がない背景には、強権的な手法で世間の反感を買うことを避ける狙いもありそうだ。
とはいえ、議論がまとまらない状況にいらだちも募り始めている。内閣府幹部は「いつまでも進まなければ自民党を怒らせ、億単位で予算が減ってしまう。学術会議は落としどころを見つけた方が良い」と揺さぶりをかける。予算削減をちらつかせ、譲歩を迫る構えだ。(宮脇稜平)
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