「今回の問題がなかったら自民党総裁選は大チャンスだった。残念だ」。5月中旬のある夜、兵庫県明石市の飲食店。前経済産業相の西村康稔は、親しい同市議らに悔しさを隠さなかった。「あの人にやられた」
あの人とは、党幹事長、茂木敏充のこと。安倍派の裏金事件による党内処分を主導したのは、首相の岸田文雄と茂木だった。1年間の党員資格停止で、9月の総裁選に立候補できない西村の怒りの矛先は、「ポスト岸田」のライバルだった茂木に向かう。
西村は自民が下野した後の2009年総裁選に出馬。本命の谷垣禎一に退けられ、最下位の3位だったが、安倍派の有力者「5人衆」で立候補にこぎつけた唯一の経歴を誇る。政権復帰後も閣僚経験を重ね、派内でも「総裁候補」(若手)との見方が広まっていた。
しかし、いま総理総裁のイスははるか遠い。
周囲が西村に課せられていると口をそろえるのは、次期衆院選での「みそぎ」だ。選挙のタイミングによっては党の公認を得られない。西村は初出馬で敗れた00年、初当選した03年はいずれも無所属だった。後援会幹部はいう。「初当選の21年前に戻るしかない」
盤石だった5人衆の足場は、気付けば「砂」になっている。典型は5人のうち、ただ一人、党を追いやられた前党参院幹事長の世耕弘成だ。安倍派の衆院側の形式的トップだった塩谷立とともに、参院側トップとしての離党勧告を受けた。
5日午前、参院本会議場。世耕は、若手らとともに前方の席にいた。自民幹部として後列に陣取っていたが、現在は無所属だからだ。昨年秋の参院本会議では、首相の岸田文雄に「『リーダーとしての姿』が示せていないことに尽きる」と代表質問で迫り、さざ波を立てた政治力は見る影もない。
離党勧告を受けた翌日の4月5日、世耕は参院議員会館の会議室で、参院安倍派で構成する「清風会」のメンバー約30人を前に、こう言った。「党は離れるがこれからも仲良くしてほしい」。会は非公開で行われたが、淡々と終わったという。出席した中堅は言う。「幹事長の職を失った世耕氏には興味ない」
地盤を失いかねない元党幹部もいる。衆院福井2区の前国会対策委員長の高木毅だ。高木家は、父が地元の敦賀市長を務めた政治家一家。00年の初当選以来負け知らずで、順調に永田町での出世の階段を上ったが、裏金事件を契機に嫌悪感が地元から噴出する。40代の男性支援者は「出世させたくて必死にパーティー券を買ってきただけに頭にくる」。福井は全国有数の「自民王国」。自民でないならば存在価値はないとばかりに、2区支部長を差し替えるべきとの声もある。
永田町でも居場所を失いつつある。処分後も、国対委員長としてあてがわれた国会内の部屋に度々顔を出すが、党国対中堅は「誰も相手にしていない」と冷たい視線を送る。高木は周囲にぼやく。「なんでこんなことになったんだ」
処分を受けた議員の多くは、反省するどころか、まるで「被害者」のように処分を下した岸田らへの不満を漏らす。岸田が真相究明を尽くさず、処分の基準をあいまいにしたからに他ならない。5人衆から責任を押し付けられるような形になった元安倍派座長の塩谷は「恣意的な処分だ」と今もいぶかる。
「火の玉になる」と語ったにもかかわらず、幕引きを急ぎ、自身への処分を避けたままの岸田には、地方から厳しい批判が相次ぐ。党全体に広がる無責任体質。責任を押し付け合う党内の批判合戦……。その果てか、政権党としての自民の支持率は01年以来、初めて20%を切っている。=敬称略(小木雄太、鈴木春香、川辺真改)
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