エスケープフロムハロウィン

「デデェ?ニンゲンの様子がなんかおかしいデスゥ」
住宅地にぽつんと開けた空き地の隅で野良の実装石は
人間たちが集まって何かの支度をするのを見ていた
空き地の前の道路上にテントと長机を設置し、それらを飾り付けているようだ
次々と人間が何か持ち寄り長机の上に置いていく
談笑しながら作業を進める人間たちのことも気になるが
実装の興味は机の上に置かれた物に移っていた
「あれは…お菓子デスゥ?」

茂った雑草の陰から目を光らせるこの野良実装が、この空き地に住み始めたのはつい先日のことだった
住んでいた公園で突如始まった一斉駆除から命からがら逃げ出し、ここへなんとか流れ着いたのだ
そのためここがどんな場所で、どんな人間が住んでいるのかもわからない
そんな警戒心からこの空き地から出てゴミを漁りに行くことも躊躇していた
当然ながら食料にはありつけず、ひもじさは増すばかりであった
そんな状況で大量のお菓子を見つけたのである
人間には見つからずに、どうにかして手に入れたい
飢えのせいか胃袋を締め付けるような鈍痛に、腹を抑えながら耐え
野良実装は人気のなくなるのを待ち続けた

どれほど待っただろうか
空も暗くなり始めたが、人のいなくなる様子は一向に無く
野良実装も飢えと疲れからまぶたの重くなるのを感じ始めた
そのときだった
ライトアップされたテントから音楽が流れ始め、それぞれの家からぞろぞろと人間が出てき始めたのだ
辺りが暗くなってきたせいでよく見えないがテントを中心に集まり、ざわつき始めた人間たちの様子に
野良実装の眠気もどこかへ消え去った
何かが起きるのはわかるが、それが何かはわからない
先日の一斉駆除のこともあり野良実装は身構えた

日の落ちた暗がりの中、シルエットでしか様子がわからないが人間は何かを祝っているようだった
そんな中、テントで何やら作業をしていた人間が、大人に混じって遊んでいた子供たちに声をかけたようだ
列を作った子供たちが先頭から順番にテントで何かを受け取っていく
そして列が進むにつれ長机に積んであったお菓子が減っていくのがわかった
「デスゥ?」
次々と進む列の中に一際小さな見慣れた姿がまばらにいる事に気がついた
あれは自分と同じ実装石だ
あの中に混じっているということは飼い実装だろうか
周りの人間は実装石がいる事になんの疑問も無いようだった

「デデェ…」
狙っていたお菓子がどんどん無くなっていくことに野良実装は焦った
焦るあまりに自分が次第にテントの方に近づいていることにさえ気付かなかった
そして列にいた飼い実装の番が回ってきた
飼い実装はくるりと廻って媚を売るような仕草をすると
「お菓子くれなきゃイタズラするデス!」
とウインクしながら叫んだ
「おっ、ミミちゃんも仮装してるねぇ!じゃあおっぱいお菓子あげちゃおう!」
「デッス~ン♪ありがとうデスー。イタズラするのは勘弁しちゃうデス!」
人間の言葉はわからないが、聞き取ることの出来た飼い実装の言葉に野良実装は色めき立った
ここに住むニンゲンは子供や実装石にイタズラされるのを恐れているのだ
実装石への貢ぎ物のためにこんな用意をしていたのだ
自分も脅せば簡単にお菓子が手に入るに違いない


ようやく食べ物にありつけると思った野良実装は満面の笑みで涎を垂らしながら草陰から躍り出た
そしてテントの前で先ほど飼い実装がやったようにくるりと廻ってこう言った
「ニンゲン!お菓子よこせば見逃してやるデスゥ!」
突然空き地から現われた野良実装に周りの人間も飼い実装も目を丸くして驚いた
しかし野良実装はそれ以上に驚くことになった
こちらに驚いている飼い実装をよく見ると、頭に何か突き刺さっている
他の飼い実装たちもよく見れば首が取れていたり、それどころかカボチャの化け物までいる
恐る恐る周りの人間の方に目を向けると、飼い実装たちと同じようにみな異様な姿をしていた
体中が血塗れの者、翼や牙の生えた者、およそ人間とは思えない者ばかりである
「デ、デ、デェエエエー!?」
それはまるで怪物の巣窟だった


野良実装には状況がまるで飲み込めなかった
「アナタだれデスゥ?」
とカボチャの化け物が近づいてきたのを見て、野良実装は恐怖からその場から逃げ出した
人間を脅してお菓子をもらっていると思ったら、人間は化け物で飼い実装は怪我をしていて…
必死で走りながらも頭の中を整理しようとするが、理解が追いつかない
とにかく化け物たちから逃げるために普通の人間がいそうな、にぎやかな場所を探して走った
「デヒィ…デヒィ……、あそこが明るいデスゥ…」
やがて息も絶え絶えに大きな通りに出ると、野良実装は我が目を疑った
先ほどとは比べ物にならない数の化け物たちが通りを練り歩いていたのだ
「デピャアアアアーーッッ!?」
あまりに恐ろしい光景に野良実装は思わず糞を漏らしながら踵を返して走り出した

どれだけ夜の闇の中を走っただろう
「だれでもいいデス…。だれかいないデスゥ…?」
今までと何もかも違ったこの夜は、野良実装にとって地獄だった
たとえクソムシでも普通の同属に会いたい思いでずるずると歩き続けた
しかしこのあたりを住処にしていた野良実装たちは、不幸にも先日の駆除で一掃されたばかりであった
同属を探し彷徨ってはみても普通の人間も実装石はどこにもおらず、行く先々で化け物たちがお祭り騒ぎをしていた
それはまるで人間に取って代わってこの世界を支配したこの夜を祝福しているようだった
汗と涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら歩いているうち
野良実装は以前住んでいた公園へと無意識にたどり着いた
この公園も以前の静けさはなく、あちこちが飾り付けられ化け物たちのパーティ会場と化していた
「も、もうこの世の終わりデスゥ…。きききっと高貴な、ワワワタシだけが生き残れたんデス。
 そうデス、そうにちちち違いないデスッ。デヒッ、デヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
飢えと疲れと恐怖で極限まで追い詰められた野良実装の精神は、がくりと膝をつくと同時に崩れ落ちた


「あれぇ?実装石って駆除されたんじゃなかったか」
パーティを開いていた人間の一人が、公園の入り口で座り込む一匹の実装石に気がついた
実装石の仮装をしていたこの人間は、自分と同じ姿をした野良実装に何となく親近感を感じたのか
それともただ酔っ払って気分が高揚していただけなのか
へたり込む野良実装によろよろと近づくと、手に持っていた袋からお菓子を取り出した
「あははは!なんだかえらいボロっちぃなぁお前。まぁ今夜はハロウィンだからな!おすそわけしてやるよ」
人間はそう言って野良実装の口に中に、飴玉を一つ放り込むと
笑いながら化け物たちの輪の中に戻っていった
「で、でっかいナカマ…デスゥ。デ、デヒヒ…。…ばけもの…デヒッ」
人間の気まぐれで、ようやくお菓子にありつけた野良実装だったが
壊れた心は口の中に広がる甘みを認識することは無く
力尽きるまでその場でただ虚空を見つめるだけであった