合唱コンクールが終わって1か月後。体育祭も無事に終えた僕の中学校は、僕達のクラスを中心にちょっとしたブームが起こっている。
それはロックブームである。
『こんにちは、お昼の放送です!』
4時間目の授業が終わり、昼休み。各々が昼食の弁当を食べ始めていると、校内放送用のスピーカーからいつもの聞きなれた放送委員のMCの声が響いた。
『今日の一曲目のリクエストは、2年C組の喜多さんのリクエスト、えっと、トーキングヘッズの……誰これ。『サイコキラー』という曲です!どうぞ!』
「やった!私がリクエストした曲だわ~!」
「お昼休みにチョイスする曲か…?何よ
「もうちょっといい曲選びなさいよ!」
喜多と一緒にお弁当を食べていた女子達が大ブーイング。
……ストップ・メイキング・センス*1を見せてから最近の彼女のお気に入りはトーキングヘッズである。
信じられないだろ?令和の花の中学二年生の女子なんだぜ、これが。
50年近く未来の女子学生が歌っていると言ったら、デヴィッド・バーンもびっくりおったまげだ。
「いいじゃない!この曲、独特でなんとなく口ずさんじゃうのよ!
【Psycho killer, qu'est-ce que c'est Fa-fa-fa-fa, fa-fa-fa-fa-fa, far better♪】」
リクエストした張本人はお弁当の箸をマイクに見立てて握ってファファファと独特なリズムで肩を揺らしながらご機嫌に歌っている。喜多の女性的で柔らかい声音と、普段のコミュニケーションで鍛えられた滑舌がまた、流暢に英語の歌詞を歌い上げ、しっかりと音楽として成り立っていた。
でも箸をマイクに見立てるのはお下品だからやめなさい。
こらこら、周りの陽キャ達。喜多さんに合わせて手拍子を始めない。
「……何歌ってるんだろうな」
「ああ、なんだかよく分からんが」
「分からない。俺達は雰囲気でロックを聴いている……」
困惑を隠せず男子達が喜多の歌を聴きながらひそひそと評価を下している。
天真爛漫な明るくて可愛い喜多郁代がトーキングヘッズ歌ってるよ。サイコキラーをうきうきのノリノリで。なんて光景だ。いやまぁ、あの曲教えたの僕だけど。
まあトーキングヘッズの曲はシュールな物も多いけど刺さる人には刺さるからね。シカタナイネ。
「でも……」
「ああ……」
「ファファファ歌ってる喜多さん可愛いな……」
「分かる」
「それな」
男子達は困惑気味だが、ファファファとにっこにこで歌っている喜多を見たらどーでもよくなったらしい。あんな風に美少女が歌っている所見たら歌詞とか選曲とかどーでもよくなるよね。
喜多は最近、教室でも所構わずノリノリで歌っているのをよく見かける。合唱コンクールでボーカル役を務めたという経験が彼女に大きな自信を与えたのか、それとも歌うという行為を本当に気に入ったのか、いや多分両方だろう。
ロックをノリノリで歌うこの教室は彼女にとっては近所のカラオケボックスと大差ないらしい。喜多の歌は世辞を抜いてもクラスの中で上手い方なので、咎めるどころかクラスメイト達も手拍子を送ったりデュエットに参加したりしている。昼休みのリクエストに「Somebody To Love」が採用された時なんかは喜多を筆頭にクラスの陽キャグループが一斉に歌い出すこともあるぐらいだ。
喜多達が歌っている最中、僕ら陰キャ組はそれを聴きながら、お弁当をもしゃもしゃと咀嚼する。これが最近の、僕達のクラスの光景だ。
合唱コンクールで見事金賞を勝ち取った我がクラスでは、空前のロックブームが到来していた。
僕が良かれと思って歌わせた「Somebody To Love」は、中学二年生と言う多感な少年少女たちに大きな影響を与えてしまったようだ。
まあ、学校の行事イベントとはいえ、あんな大勢の前でピアノ、ギター、ベース、ドラムも使って壮大にQueenを歌い、尚且つそれが大成功してしまったのだ。
あんな成功体験を、しかもフレディの曲でつかみ取ってしまったのならば脳が焼かれるのは必然だったのかもしれない。やはりフレディは偉大だってはっきりわかんだね。
ちなみに、来年以降の合唱コンクールではドラムとギターの使用は禁止になりました。
なんでも別クラスからクレームが入ったそうで、軽音部がいるクラスが有利すぎるとのこと。実際、皆が頑張ってピアノで合唱曲を歌っている中でギターやドラムを引っ張ってこられたらそりゃインパクトの差が出るよねって事で。公平に審査なんてできるか! と教師陣も納得の御様子。さもありなん。
『……以上、トーキングヘッズの『サイコキラー』でした。次のリクエストは……げ、クイーン』
「おいMCが今舌打ちしたぞ」
「しょうがないわよ。このMCの子、二位のクラスの子だもん」
「しかも軽音部のボーカル」
「あんな負け方したらそりゃクイーン見て『げっ』ってなるわよ。それより私、この曲好きなの~!」
「「「可愛い……」」」
音楽は人の心を一つにする。萌えも男子達の心を一つにする。
つまり今我がクラスの男子達はとても平和と言う事だ。
だが英語がわからない我がクラスメイト達よ。彼女が今口ずさんでいるのは「Killer Queen」だぞ。
意訳すると「男殺しの女王様*2」だ。
男子から人気のある喜多にはある意味ぴったりの選曲だけど、彼女は将来魔性の女になる可能性を秘めているので、近づくなら注意が必要だぞ。爆破されたり爆弾にされないだけまだマシだが、火傷する覚悟はしておくんだ。おじさんとの約束だ!
コンクールが終わってから変わらない事もあった。
喜多が僕の家でSomebody To Loveの練習をする習慣は、コンクールが終わった後は自然消滅する物だと僕は勝手に思い込んでいたのだが。
けれどコンクールが終わってからも喜多は相変らず僕の家に寄り道し、練習の代わりに音楽鑑賞会をするのがいつものお決まりになっていた。
「ねえ、今日は何を流すの?」
「ビートルズ」
「ええ、また? 昨日も聞いたじゃない」
「いいだろ、何回聴いてもいいんだから。文句は受け付けませーん」
「じゃあ二枚目は別のアルバムにしてよね」
「へいへい」
僕の家は両親ともに夜遅くまで家を空ける事が多く、必然的に二人きりで過ごす事になる。夕飯頃になると、彼女はすぐに帰るけど。
変な関係性だが、気まずい雰囲気になる事はなかった。
「あ、この曲すごい良い。優しい音……」
「Akeboshiはいいぞ。今は効かないがいずれ癌に効くようになる」
「ふふ、なにそれ。なら後でこのアルバム貸して。私もスマホに入れたいわ」
「オッケー」
喜多は僕の家にいる間はいつも垂れ流しているキタサンオーラ*3を潜ませて、コンポから流れる音楽に耳を澄ませながら宿題を片付ける。僕も僕で、好きなCDを勝手に流しては自由に過ごしていた。年頃の女子と男子が2人っきり……なのに、気まずい、という感覚は驚くほどなかった。……たまーに、喜多にCDを選ばせると、高確率でラブソングを引っ張ってくるのはどうしてなんだろう。ア・ホール・ニュー・ワールド*4とか糖分高めでキツいっす。特に精神年齢40越えのおじさんには。女子中学生は好きよね、ディ●ニー。
それと、僕が喜多をちゃん付けで呼ぶのは禁止にさせられた。
「幼馴染なんだから、ちゃん付けはやめて。喜多でいいから」
あの「友達宣言」以降、喜多と僕の距離はぐっと近くなってしまった。僕自身元々、喜多とはコンクールが終わったら関わるつもりはなかったのに。
どうしようかと頭を悩ませる反面、喜多と静かに音楽を共有するのは心地が良く、それが余計に悩ましかった。
喜多は僕の音楽の趣味を否定しない。むしろ、彼女自身やはりロックンローラーの素質があるからなのか、マイナーバンドからメジャーバンドまで、僕が選ぶ曲を積極的に聴いて、それを自分の血肉にしているようだった。貪欲に栄養を吸収するように、いろんな音楽を聴いている。それに伴って、彼女自身の好みの曲も最近は僕に近くなっているようだ。
おじさんはねぇ!歳が自分より下の子に自分の趣味に興味を持ってくれたり理解してもらうと嬉しくなっちゃう生物なんだよ……。若い子がロックバンドをどんどん聴いてくれるのが嬉しい。いや本当にマジで。もっとロックをすこれ。
当初の「喜多に色んな歌を歌ってもらいたい」という細やかだが少しキモい欲求は満たされている。ひょっとしたら僕はこのまま彼女が…どういう形で加入するかは分からないけど、結束バンド何某に入るまで付き合うことになるのだろうか。
僕という存在が、ぼざろという作品に大きなノイズを与えない事を祈るばかりだ。それまでに、いつか喜多とお別れしないと…あ、でも出来ればもうちょっと他の曲も…出来ればあともう数曲……Toeとか歌わせたいんだ、それが終わったら止めるから!あとちょっとだけだから!
喜多との音楽鑑賞会は、平日の放課後だけ。毎日必ずやっていると言う訳ではなく、喜多が他の友達に遊びに誘われればそっちを優先する。土日も然りで、ずっと僕とつるんでいる訳じゃない。友達が多く、社交的な彼女は僕と比べてやることがたくさんあるのだ。友達付き合い、友人が多いというのも大変だなと他人事のように思う。
だから土日は僕も必然的にフリーである訳で。唯一確保できる自分だけの休日と言う訳だ。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
「……なんで土曜の朝っぱらから僕の家に?」
「今からクラスの友達とショッピングモールに行くの! だからカズ君も、ね?」
「ぐおっ、眩しい!朝からキタサンオーラ眩しすぎる……!? これもうなんか体に悪くない!? 放射線じゃないのこれ!?」
にっこりと笑う喜多の心境とは裏腹に、今僕の脳裏にはドヴォルザークの「新世界より」第四楽章が流れてきた。これはやばい。陽キャオーラを纏う喜多が宇宙外来生物に見えてきた。それも地球を侵略するタイプの奴。
「ほら、みんな待ってるから早く行こ?」
「やだよ。なんで土日に外なんかに」
「いいから行くの!カズ君服あんまり持ってないでしょ? だから私が選んであげるから!」
「ぎゃー!引っ張るなー!」
土日の貴重な休日は、喜多によく差し押さえられるようになった。どういうことだってばよ。
「あ、井上ホントに来た」
「すげえ、死んだ目してるぞ」
「散歩を嫌がってる犬みたいだな」
「喜多さんに誘われておいて生意気な」
駅前に行くと、クラスの陽キャグループが既に待っていた。
なんかもう、立っているだけで遠くから見ても「あ、これ陽キャだわ」って分かるんだよな。陰キャ特有の陽キャアレルギーが反応しただけなんだが。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
ノリノリで駅の改札口に向かって歩く喜多に、最後尾で付いて行くと委員長がぽんと肩を叩いた。
「ねえ、なんで喜多が井上君を誘ったか、分かる?」
「…………ノーコメント」
「サイテー」
委員長はそう言って僕の脛を軽く蹴って行った。
こうして休日は珍しい事に同級生たちとお出かけすることになった。今世初の同世代とのお出かけである。普段は独りで散策に出る物だから、なんだか少し新鮮味がある。
「井上はいつも休みの日は何してんの?」
「CD聞いたり、行きつけのCDショップに行ったり。後は海外のロックバンドの歌詞を和訳したりしてる。ネットに転がってる和訳は、なんかしっくり来ないから。自分でいつも和訳する」
「へぇ……だからいつも英語満点なんだ」
「カズ君はいつもCDばっかり聴いてるのよ? それもロックばっかり!毎日一回はビートルズ聴いてるの!」
「失礼な。ちゃんとクラシック曲も聴いてる」
「いやそうじゃなくてね……。来年からは受験なんだから、中学二年生の内にたくさん思い出作っておかなきゃ!」
「外出るより音楽聞いてた方が好きなんだよ……」
「井上って、ホントに見た目通りのインドア派よね~」
「家でも外でもロック漬けとか、マジ音楽好きよな。そういうの、まじかっけー」
「おお……」
さすが陽キャグループ。普段そんなに話す間柄でもないのに、コミュニケーションが上手だ。悪くない心地。
この後喜多主催による着せ替えショータイムがなければもっといいのだが。
「ん?」
ふと気づくと、喜多の姿がない事に気付いた。どこだろうときょろきょろ見回すと、少し前に通り過ぎた店舗の前で足を止めて外から覗いているようだった。
「あそこって……」
「おーい、喜多ちゃーん!先に行くよー!」
「あ、待ってー!」
喜多が遅れていることに気付いた委員長が呼び戻す。何事もなかったように合流した喜多は、そのまま前に歩き始めた。
「…………」
喜多が立ち止まった店は、ギターショップだった。
僕は彼女が、どこか悩まし気に店の中を覗く横顔が、嫌にこびり付いて離れなかった。
それからは、特に何もなかった。
あった事と言えば、中学生ではお決まりの修学旅行があったぐらいか。何故か喜多ちゃん達陽キャグループの中に無理やり編成されて京都旅行に行った。楽しかった。(小並感)
それとクリスマス会も何故かお呼ばれされてカラオケで無難にクリスマスソングを歌ったり(僕の歌はそんなに上手じゃない。僕は聞き専だ)。
年が明け、無理やり初詣に連れていかれた。振袖姿の喜多に11時頃にたたき起こされ、人だらけの明治神宮に連れていかれて死にそうになった。
それらが終われば、僕らは中学3年生。いよいよと言うか、受験シーズンでもある。二度目の高校受験ではあるが、入学する高校は既にある程度目星をつけてあるし、内申点も特に問題はない。
あとは無駄に成績を落とさないようにやっていけば、問題なく合格はできるだろう。
「ねえカズ君。カズ君は高校どこにするの?」
「僕?秀華高校だけど。近場だし、英語に強いらしいからそこにしようかなって」
「ふーん……」
後に喜多も第一志望が秀華高校だと判明した。
「偶然ね?別にカズ君が行くから私もそこを選んだわけじゃないから!そもそも最初から秀華高校だったし!?」とのこと。
それからやはり、3年生になっても喜多との関係は大きく変わらなかった。放課後は僕の家で音楽鑑賞会、土日は偶に宇宙侵略者キターン星人によってカラオケやショッピングモールに拉致される程度だ。
強いて言うなら、受験勉強を良く一緒にするようになった程度である。
このまま何事もなく高校生になるのかなーと思っていた、ある日の事。中学3年生の、夏休みのひと月前、梅雨が始まった6月頃の事である。
「聞いて聞いてカズ君!私、この前たまたま路上ライブでカッコいい先輩みつけちゃって!ギターが本当に上手で素敵な人なの!」
なんと、下北沢を歩いていた喜多が推しのバンドというかベーシストを見つけたらしい。
喜多の熱の入りようは物凄く、目にハートマークを浮かばせながら僕にどれだけその人がカッコいいか教えてくる。やめろ洗脳しようとするんじゃあない。
「それでね、それでね、私、その人と一緒に演奏してみたくなっちゃったの!」
僕はそれを聞いて「いよいよか」と思った。とうとう、喜多郁代が結束バンドとやらに加入する時が来たのか。
つまり、「ぼっち・ざ・ろっく」の始まりである。
長かった。幼馴染暦約12年ちょい。いよいよ僕が転生してきたこの世界が動き出すと考えるとなんだか感慨深い物が感じる。
「なるほど、つまりそのギターの人のバンドに」
「娘になりたいの!」
「――――なんて?」
「だから、娘になりたいの!」
「聞こえなかったわけじゃなくてね?世の中には話を聞いた上で分からないこともあるんだよ」
僕の幼馴染、ひょっとしてやべー奴か?
そういえばファンって、
……将来の為にも、その結束バンドに入る事を止めるべきじゃないかと、僕は一瞬悩む。
「もう買ってきたの、ギター!」
「行動力の化身」
はえーよ!即断即決ってレベルじゃねえよ!どうやら両親を説得して二年分のお小遣いとお年玉を前借してきたらしい。
入れ込み過ぎて逆にちょっと怖い。この幼馴染、もうちょっと知性なかった? IQがかなり下がってるのを肌で感じるよ。
きらきらと目を輝かせながら買ってきたらしいギターを見せびらかす喜多。「これで憧れのリョウ先輩と…♡」と頭をトリップさせている……が、喜多が抱き抱えているギターを見て、僕はある事に気付く。
「……ていうかちょっと待って、これ多弦ベース」
「――――ゑ?」
喜多の二年分のお小遣いとお年玉は無駄となった。
喜多が勢いで買った多弦ベースはエントリーモデルと言うより、しっかりした中級者向け、ミドルグレードの多弦ベースで、それなりに値が張る物だった。
が、幸いにも買った翌日に僕が気付いたこと、個人店で買ったベースで店長さんが優しくて融通を利かせてくれたことでなんとか返品が利いた。普通楽器は返品が利かないから本当に運が良かったと思う。
お陰様で喜多の二年分のお金は無事に戻ってきた。だが、だからと言って「じゃあ普通のエレキギター買います!」とはならない。と言うか僕がさせない。
行動力があるのは喜多の魅力ではあるが、今回はそれが悪い方に出た。僕が無理やりにでもブレーキを掛けないと、この娘ったらハイエンドモデルに手を出そうとしないとも限らない。
いや予算的にそんなことはできないだろうけど、件のベーシストに肩入れする喜多を見るとやべー事をしないと言い切れないのが悲しかった。
そもそもその一緒に演奏したいというベーシストの事も僕は何も知らないし、その人が所属しているバンドがメンバー募集をしているとも限らない。
だからとりあえず落ち着いて、そのベーシストに会ってからギターを買うかどうか話を決めようと僕はなんとか喜多を説得した。
ていうか喜多の話によると、そのバンドは「ざ・はむきたす」と言う3人グループのガールズバンドらしい。結束バンドとは何の関係もないバンドで、僕は頭を混乱させた。
じゃあ結束バンドは一体いつ登場するんだ……。いつ登場して、いつ喜多は加入するんだ?
ざ・はむきたすは結束バンドの改名前なのだろうか?
そして喜多を虜にしてやまないベーシストとは一体何者なのか。
僕はその謎を知るべく、下北沢の奥地へと向かった――
「どうも。山田リョウです。君が郁代にフレディを教え込んだ幼馴染?」
結束バンドのベーシストじゃん。どういうことなのこれ。
喜多の案内で連れて来られた下北沢の路上ライブで、喜多が「あの人がそうなの! 山田リョウ先輩!」と僕に紹介した時は思わず目を疑った。
青みがかった髪。物憂げな目付き。顔立ちはとても整っていて、けれど無表情な顔が余計に彼女の造形美を際立たせている。
間違いない。前世で何度も聴いたアルバムのジャケットに載ってた山田リョウだ。
「ほえー……まじのマジで美人だ」
「でしょでしょ!本当にカッコいいの!」
なるほど。喜多はどうやら山田リョウのイケメンっぷりに、目覚めさせてはならない部分を開花させてしまったらしい。これを密かに喜多に憧れているクラスの男子達に見せたら、脳を破壊されるだろうな。
それに、彼女の魅力は単に顔や見た目だけと言う訳でもない。
今彼女がバンドとして演奏をしているベースのテクニックも相当な物だ。淀みなく、そして力強く自身の存在感を主張する山田リョウのベースは、バンドメンバーの中でもかなりの異彩を放っている。
あの見た目で、それでバリバリのベース演奏を見せられたら、そりゃお年頃の子が憧れを抱かせるには十分な刺激剤だ。喜多の多弦ベース事件は、その刺激剤が喜多の有り余る行動力を刺激した結果起こった悲しい事件と言う事だな。謎は全て解決した。
「……?」
しかしなんだろう。このバンド。確かにいい曲だ。歌詞も悪くないし、喜多が推す山田先輩以外も劣らない。
けどそれだけだ。良く言えば上手、悪く言えば無難で、あまり心に響かない。
それに、バンドメンバーの空気があまり良くないように見える。3人が3人とも、互いをあまり見ていない。なのに、音だけは奇妙に合わさっていて、なのに、あまり音が弾んでいないように聞こえた。
観客たちは盛り上がっているし、喜多も「きゃー!リョウせんぱーい!」と大はしゃぎで、そう聞こえたのは僕だけなのだろうか?
僕がそう首を傾げている間に演奏は終わり、ボーカル役の子がにこにこしながら頭を下げる。
「ありがとうございまーす!ざ・はむきたすでしたー!」
ぱちぱちと拍手が鳴り響く。
とりあえず、バンドの前に置いてあったギターケースに曲を聴いたお代として五百円玉を投げ入れておく。
「喜多。その手に握った五千円札を離しなさい……力強っ、何この子怖い!」
「止めないでカズ君っ、私が、私がリョウ先輩に貢いで一生推していくのっ!」
この子やっぱりやべー奴だよ!中学生がどうしてそんな惜しげもなく路上ライブのバンドに五千円注ぎ込むんだよびっくりだよ!推しの為ならどんな労力も厭わないタイプじゃないか!
ほら見てよ、バンドの子達も「この子やべーな」って顔で見られてるぞ。
唯一、山田リョウだけは無表情でこちらを……いや無表情じゃない。口角が微妙に吊り上がって五千円見てるよ。
この人もこの人でただのイケメンベーシストじゃない、曲者感がにじみ出ているのを僕はなんとなく感じた。
路上ライブが終わった後、「好き」を溢れさせた喜多は山田リョウに特攻。行動力ある陽キャは推しと関わる事に一切の躊躇をしない。元々人とのコミュニケーションを好む喜多は、壁になって推しを見守るファンではなく積極的に関わっていく
「今日の路上ライブもとっても素敵でした!」
「ありがとう。また来てくれて嬉しいよ」
「はぁ……好き」
けれど山田リョウさんは演奏が終わった後でも嫌な顔ひとつせず、喜多の応援に素直に礼を言っていた。ファンサービスも事欠かないとは、ベーシストの鑑。あの見た目で礼を言われたら大抵の女子はイチコロだな、と他人事のように思った。
僕? 喜多は幼馴染ではあるけど、別に好意の方向が他の誰かに向く事には特に思う事はない。ただまあ幼馴染として相手はある程度値踏みさせてもらいはするが。
機材を片付けたはむきたすの人達はそのまま解散。リョウさんを置いて先に帰って行った。
リョウさんも喜多に熱心に話しかけられる事自体は嫌いじゃないらしい。そのまま僕も喜多を介して紹介してもらう事になった。
「リョウ先輩!この人が私の幼馴染の井上和正君!カズ君、この人が最高のベーシスト、山田リョウ先輩よ!」
「どうも。山田リョウです。君が郁代にフレディを教え込んだ幼馴染?」
「がっ!?」
「どうも。その幼馴染の井上和正です」
「和正……ああ、小田和正の和正?」
お、リョウ先輩もかなりの通なのか、僕の名前を聞いてすぐにピンと来たようだ。
「そうです。両親が音楽関係者で。母が『氷の世界』とか『確かなこと』とか、あの辺りの世代の曲がすごい好きで。絶対に下の名前は和正にするって生まれる前から決めてたらしいです」
「苗字は井上陽水、下の名前は小田和正。まさにジャパニーズ・ロックンローラーの名前。いいセンスしてるね、君のご両親」
「子守唄代わりにビートルズ聴かせてくる両親ですから。まあ、楽器はそんなに上手くないんですけど」
「そうなの?」
「聞き専ですし、演奏者より翻訳者になりたいんですよ。ロックを生み出すより受け取る側でいたいんです。だから海外の歌とか小説を翻訳する仕事に就きたくて」
「なるほど。あ、そうだ。私もカズって呼んでいい?私の事も、リョウでいい」
「じゃあリョウさんで」
お互い、音楽マニアだとなんとなく分かったのか、かなり気楽に話しやすい。
僕は若干の人見知りがあるので、これぐらい楽に会話できるのは少し楽しかった。それはリョウさんも同じのようで、かなり肩の力を抜いて話してくれているのを感じる。
「ていうか郁代、なんで固まってるの?」
「先輩!言ったじゃないですか、カズ君の前で、い、郁代って呼ばないでくださいって!」
「……なんで?」
「リョウさん、喜多は上の苗字も下の名前も喜多だって思い込んでるんですよ」
「……なんで?」
いやなんでなんだろうね? 彼女の本名はキタ=キタさんと言うのは、僕の中でも謎ではある。
「違います!いえ、違わないというか、だってほら、喜多郁代ですよ!北、行くよって、ダジャレみたいじゃないですか?こんなシワシワネーム、好きじゃないんですよ!」
「そう?郁代って名前、可愛いと思ってた。私はそっちで呼びたいんだけど、ダメ?」
「郁代とお呼びくださいっ!」
この子、手の平くるっくるやな。
「じゃあ僕も郁代ちゃんって呼んでいい?」
「絶対嫌」
「ぴえんが過ぎる」
つらたにえん。さべつはんたーい。
「だって下の名前で呼ばれたらまともに顔も見れないじゃない…」
耳を赤くして何かぶつくさ言っている喜多を放ったリョウさんは、じっと僕の方、特に首にかけているヘッドホンに視線を送り始めた。
「ところでそれ、SONYのハイレゾヘッドホン?」
「! 分かるんですか?」
「もちろん。私もオーディオマニアだから、新商品はいつもチェックしてる。ちなみに私の推しのメーカーはBose」
「いいですよね! 僕も好きですよBose! 低音の響きが強くて、重い歌にいいんですよね」
「分かる。あれでMr.Bigとか聴くと最高に上がる。そっちは?」
「僕は外で使うのはSONYですけど、家で使うのはもっぱらKenwoodですね」
「! あの木材を材料にしたイヤホン、使ってるの?」
「あれが今の一番のお気に入りです。音もそうですけど、デザインが洗練されてて特別感がすごい良いんですよ。それに、木でできたハイレゾイヤホン、字面だけでカッコいいじゃないですか。滅茶苦茶お洒落ですし」
「分かる。私も欲しかったけど、実用性を重視したらBoseに落ち着いていた。でもいつかKenwood使ってみたい」
「あ、なら今度持ってきます? せっかくなんで貸してあげますよ」
「いいの?」
「リョウ先輩なら。こういう話ができる人、周りにいないんですよ」
「なら私は、この間買ったBoseのノイキャンヘッドホン持ってく。ハイレゾ対応の、軽くて滅茶苦茶音がいいヘッドホン」
「…………」
「…………」
ピシガシグッグッ
「どうやら私達、
「奇遇ですね。僕もそう思ってた所です。あ、ピザーラ頼みます?」
「いいね。お供はコーラでお願い。朝まで寝かせないぜ」
「「フフフ」」
山田リョウ……只物ではないとはなんとなく感じてたけど、ここまでできる人だったとは。
やはりこういうオタクトークは楽しい……久しぶりのオーディオトークに思わず早口になってしまった。
なんとなく、喜多がここまで気に入るのもわかるな~と思いながらちらりと幼馴染を見ると。
「むぅ~……!」
なんか不満そうに膨れっ面になっていた。
「私より仲良くしないでください!」
そう言いながら喜多は僕とリョウ先輩の間に割って入ってくる。なんだよ、久しぶりのオーディオトークなんだからいいだろ!
僕から引きはがされたリョウ先輩は「ふ~ん……」と何やら怪しげな顔をして笑う。面白いおもちゃ見つけたな、みたいな。
「とりあえず、どこか腰を落ち着ける所で話さない?」
とりあえず落ち着いて話せる所と言う事で、僕達はリョウさんの案内で『Starry』と言うライブハウスにお邪魔させてもらう事になった。
まだ準備中のライブハウスは薄暗く、そしてここでいつも知らないバンドが演奏しているとは思えない程静かな所だった。店にいるのは僕達と、店長さん、それと今日ここで演奏をする為にミーティングをしているバンドの人達……あと金髪の……どこか見覚えがある赤いリボンを付けたサイドテールの女の子だった。
なんでもここはリョウさんの幼馴染の姉が経営しているライブハウスで、リョウさんも幼馴染経由でここでちょくちょくバイトさせてもらっているらしい。
今はまだ開店前だが、店長さんに話を通してお邪魔させてもらった。店長さんは少し怪訝そうな顔をしていたが、「まあ、リョウの友達ならいいけど。今回だけだかんな」と言っていた。
要約すると今回はリョウの友達と言う事で許すけど今度は客として来いってことだろうか。
まあ店長としてもタダで居座るガキンチョなんて置いておきたくないだろうしね。今度は客としてここに遊びに来よう。
そんな訳で、椅子と机を借りて僕達はトークを弾ませていた。
「カズはロックにしか興味がない感じ?」
「いえ、ロックが中心と言うだけで、普段は雑食です。J-POPも好きですし、クラシック曲も好きなんです。題名言っても他の人はぽかんとされちゃうんで、あまり話さないんですけど」
「分かる。私もテクノ歌謡とか、アラビアンの方を言っても誰もぴんと……」
「あー……僕はその辺は未履修ですわ。今度オススメのCDとか貸してもらっていいです?」
「もちろん。カズも良ければクラシック教えて。あの辺りは私もさすがに手を出したことがないから。クラシックは聴いてると眠くなる事が多くて」
「あー、耳に合わないとそういう事ありますもんね。無理に聴かなくてもいいんですよ?」
「ううん、カズのオススメなら多分私も聴ける。だからお願い」
「分かりました。自分しか知らない曲をオススメできるのは嬉しいですね」
「でも、自分だけがマイナーなバンドとか知ってるとちょっと優越感ない?『お前らは知らないだろうけど私はこんな曲が趣味なんだぜ』っていう」
「分かる」
「イエーイ」
「ハイタッチイエーイ」
「知名度がない曲を知っているのは優越感があるけど、誰かと共有できないのは少し物足りない。向こうではメジャーでも、日本だと洋楽は知名度が薄いから。カズはある?『お前らは知らないだろうけど俺は知ってるんだぜ』的な曲」
「……エイジアの『Heat Of The Moment』」
「おお」
「ロストプロフェッツの『Lucky You』」
「おおお!」
「ボブ・ディランの『Like a Rolling Stone』は……さすがに有名ですかね? あとはレッド・ツェッペリンの『Nobody's Fault But Mine』とか……」
「…………」
「…………」
ピシガシグッグッ
「すごいよお姉ちゃん。あたし、リョウがあんなに楽しそうにおしゃべりしてるの初めて見た。しかも男の子」
「放っとけ。虹夏、あれと関わるんじゃねーぞ。リョウが気に入るって時点で相当なイロモノだ」
「でもお姉ちゃん、ちょっと会話に混ざりたそうにしてない? そわそわしてない?『私もこういう曲知ってるんだぜ』ってしてない?」
「しし、してねーよ!」
「むぅ~!」
楽しくリョウさんとお喋りしてると、少し涙目になった喜多がまたもや僕とリョウさんを引き裂いた。
「もう!私そっちのけで、私が知らない音楽でトークを弾ませないでください! カズ君もリョウ先輩とずっとお喋りして! 普段私とそんなに話さない癖に!」
「え。カズ、郁代の事をいつもほったらかしてるの? 私だったらそんな想いさせないのに」
「リョウせんぱ~い!」
「なんで僕が悪者みたいになってるんです?」
これが男女格差か。
とは言っても、普段コミュ力つよつよで誰とでもトークを盛り上げる事が特技と言っても過言ではない喜多が、会話に置いて行かれるどころか放って置かれて寂しがる様子と言うのはマジで珍しくて面白い。
「ごめんね郁代、カズは投げればいい球を返してくれる名キャッチャーだから、つい」
「リョウさんは変化球中心で多分受け取れる人少ないんでしょうね」
「ご名答」
「も、もう私より仲良くなってる……!?しかもピッチャーとキャッチャーって、それってつまり夫婦っ……!?私ともあんなに話が弾んだことないのに……!」
「ま、郁代を揶揄うのもここまでにしよっか」
「そうですね。せっかく三人なのに二人だけで盛り上がるのもあれですし」
「え……二人とも結構悪意あって私をハブいてたの……? でも意地悪な先輩も……好き……」
無敵かな?
「でも、郁代から幼馴染の話は聞かされていたけど、ここまでできるとは思っていなかった。ヘッドホンを体の一部と思い込んで被る変わり者って郁代が言ってたから」
「喜多? 他人に紹介する文章じゃなくない?」
「だって事実でしょ?」
事実だけどさぁ。
「合唱コンクールの曲にフレディをチョイスしたのもカズだって聞いて驚いた。郁代の『Somebody To Love』、動画を観たけど本当に良かった」
「動画?」
「あれ、カズ君知らないの?」
はいこれ、と喜多がスマホの画面をこっちに見せてくる。画面に映るのは去年の合唱コンクールを観客席から撮った映像だ。
へえ、そういえば誰かが撮って投稿してるって聞いたけど――って、再生回数50万越えてる!? 日本人のコメントも多いけど海外の人達からのコメントも結構多い。
「すげえバズってる……」
「私のイソスタが導線になって、拡散したみたいなのよね。でもたくさんの人が私達のクラスの歌を評価してくれてるの、本当に嬉しかったわ!」
「話を聞いてみたら事の発端は幼馴染だって言ってたから、一度カズとは話してみたかった」
「あれはまあ、フレディの曲と、あとは喜多の声が良かったからですよ」
「えへへ……もうカズ君ったら」
「いってぇ!ビシビシ叩くなって!」
「二人共仲良いね」
関わり合うようになったのはここ一年の間ですけどね。
「実際に話してみてよく分かった。カズは私と趣味が合う。好みのバンドは違くても音の好みは似通った部分がある」
「僕もそう思いますね」
「わ、私も!カズ君が好きな曲は大体好きですよ?!」
「君は何を張り合っているんだ」
「だから、カズにちょっと聴いてもらいたいんだ。私のベース」
リョウさんはそう言うと、床に降ろしていたギターケースを開いて演奏の準備を始めた。
「店長、ちょっとアンプ借りていい?」
「……少しだけな」
「手伝います?」
「いい、そこでちょっと待ってて」
店の奥から持ち運びやすい小型のアンプを持ってくると、リョウさんはテキパキと手際よく演奏の準備を始める。
「ひょ、ひょっとしてここでリョウ先輩の生演奏聴けるの!? こ、これって夢じゃない?」
「夢じゃないよ」
「お、お金!いくら払えばいいんですか!?」
「落ち着きなさい」
喜多が財布から万札を取り出そうとしてきたので僕が財布ごとそれを没収している間に、リョウさんは準備が整ったようだ。
「じゃ、弾くね」
リョウさんがベースを弾き始めた。切り裂く様に弾く弦の音は、どこか聞き覚えがあった。
「あ。レインボーだ」
「正解。さすがカズ」
そのイントロは聞き覚えがあった。「
しかも微妙にアレンジ入ってる。リョウさんの独特なリズムで刻まれるビートは独創的で、身勝手で、けれどどこか惹きつけられる力強さがあった。
20秒程度でイントロが終わり、リョウさんもさすがにフルで弾くつもりはなかったのかピックを叩きつけて演奏を区切った。
「どう?」
「きゃー!さすが先輩!素敵だわ!素敵すぎてっ、うっ、心不全がっ」
「……」
幼馴染がいつもとキャラ違ってて怖い。喜多ってこんな一面があったんだ。推しが関わると感情がオーバーフローするタイプ。ギアいじってもないのにロー入っちゃってもうウィリーさ。
「ありがとう郁代。でも、私が聞きたいのはカズの意見」
「僕?」
「率直に聞いて、私のベースってどうだった?」
「上手かったですよ。少なくとも、高校生の中でここまで弾ける人はそうそういないんじゃないかってぐらいには。アレンジも上手ですし」
「それだけ?」
「……少なくとも、さっきのバンドで弾いている時より……自由に弾いてるように聞こえました。さっきの路上ライブはなんというか、今思い返すとリョウさんがすごく窮屈そうだったなって」
「そっか。……そっか」
僕が素直にそう感想を述べると、リョウさんはしばらくその言葉を噛みしめるように、でもどこか悲しそうに、自分のベースを柔らかく撫でていた。
「ありがとうカズ。聞いてみてよかった」
顔を上げたリョウさんの表情は、何かを決断したかのようだった。
「私、バンド辞めることにする。多分もう、ベースは弾かないかな」
「―――え?」
どこか悲し気にそう告げるリョウさんと、耳を疑うように唖然とする喜多を観て、僕は言葉も何も出せなくなった。
「どういうこと……先輩が、バンド……ベース辞めるって」
「……どうもこうも、言葉通りの意味だよ」
帰り道。僕達以外誰も乗っていないバスの後部座席で、まだリョウさんの言葉を受け止め切れていない喜多の疑問に、そう返した。
「郁代の合唱コンクールの『Somebody To Love』を聴いた。とっても楽しそうで、自由で――私は何をしているんだろうって、悩んだ」
「私がしたかったロックは、こんなんじゃなかったのに。これ以上あのバンドでベースをすると――私、いつかロックを嫌いになる」
「でも。3人でやるバンドは嫌いじゃなかった。嫌いじゃなかったんだ……」
リョウさんの話を聞いてみると、彼女が所属している『はむきたす』は、当初は自分達の個性や好みを大事にした曲を歌っていたのが、いつの間にか売れ筋を意識しすぎてどこにでもあるような平凡な曲になってしまったらしい。リョウさんはそんなバンドの形に思う所があったらしいが、それでもずっと演奏を続けていた。
しかし、少しずつ少しずつ、個性が死んでいくロックを演奏している内に、ベースを弾くこと自体が嫌いになっていく自分がいた事に気付いたと。
だからこれ以上、自分を嫌う前に。ロックを嫌う前に。何よりも、大切な仲間二人を嫌う前に。やめてしまおうと。
引き止めることは、多分できたと思う。もったいないです、やめないでくださいということはできたと思う。
「ありがとう、カズ。おかげで踏ん切りがついた」
僕はそんな彼女の、懺悔のような告白を聞いて、何も言うことができなかった。
リョウさんがベースをやめたら、結束バンドはどうなるんだ?
ぼっち・ざ・ろっくは始まる前から終わってしまうのか?
それに――僕の幼馴染は、一体どこの誰とロックをするんだ?
「私……」
「ん?」
「私……リョウ先輩にベースやめて欲しくない」
「…………」
「一瞬で引き込まれたの、リョウ先輩がはむきたすじゃなくて、独りで路上で演奏している時の音に。とっても上手なのに、寂しそうに演奏してて、私の中の何かを揺さぶって、私もどうしてか悲しくなっちゃったの。カズ君にフレディを聴かされた時みたいに、殴られたような衝撃があったの。それでその後に、気付いたら親に頼んでギターショップ行ってて……」
「多弦ベースを買っちゃったと……」
普通だったら店員の説明を聞いたりするだろうに、よほど衝撃的な出会いで考える余裕もなかったんだろうな。
「私、いつかリョウ先輩のバンドに入りたいって、わくわくしてたのに……練習、カズ君に見てもらってリョウ先輩に褒めてもらいたいって、どきどきしてたのに……どうしたらいいんだろう」
途方に暮れた迷子の子供のように、帰り道が分からなくなった女の子が、今にも泣き出しそうに僕に尋ねた。
涌き出ていた衝動の行き先が、リョウさんと言う目標を失った事でさ迷ってしまっている。
僕は考えた。
僕のできる事ってなんだろう。この幼馴染に、何をしてあげられるんだろう。
僕は彼女に、自分の推し曲を歌って欲しかった。実際、その夢は叶ったし、彼女は今もどんどんロックを好きになってくれている。
でも、喜多にこんな表情をしてもらいながらロックを歌って欲しいかと言われたら、それはノーだ。
だって僕は誰かに傷跡を残すロックより、誰かの心を上げるロックの方が好きだから。
「なら方法はひとつだよ、喜多」
「え?」
「ロックンローラーは、ロックで殴るしかないんだよ」
「一週間だけ待って欲しい」
僕は喜多に一枚のアルバムを押し付けそう頼んだ。そのCDをしばらく聴いて、僕の家には来ないでくれとも。喜多の傍に付いてあげたいという気持ちもあったが、断腸の思い(当社比)で決行する。
というか、見られたくないよ。数年ぶりに持つギターの練習風景なんて。
僕だって男の子だし。見栄は張る物だ。
「久しぶりだけど、手伝っておくれ。相棒」
僕は倉庫の中でずっと眠っていた、アコスティックギターを持ち出した。
まずは掃除と、弦の張替だ。
そしたら、関節がかちこちに固くなり少し柔らかくなった指を叩き起こす作業からだ。
しばらくは眠れないな。
学校に行くと、いつもの喜多の姿があった。友達と楽しく話しているいつもの明るい喜多。
けれど時折物憂げな表情で溜息を吐いたり、暗い表情をしているところを偶に見かける。けれど喜多は表情を取り繕って場の空気を読む事に長けているから、あまり他のクラスメイトは気付いていないようだった。けれど小テストで珍しく赤点を取っている様子を見るに、まだショックは尾を引いているのは察しがついた。
唯一委員長ちゃんは喜多の異変に気付いていたようだったけど。「大丈夫?」と問いかけても「平気よ」と答える喜多に、何も言えないようだった。
「井上君、あなた喜多ちゃんの幼馴染なんだから、ちゃんと助けてあげなさい」
そう言って彼女は僕の向う脛を蹴ってくる。
じんじんとした痛みに、ますます僕はなんとかしなきゃなと責任を感じた。
その日は久しぶりに、弦で指を切った。
そして、一週間後の土曜日。約束の日がやってくる。
リョウさんが我が家に訪れると、困惑気に眉をひそめた。
「郁代? どうしてここにいるの?」
「りょ、リョウ先輩!?」
それに対して、喜多も驚いたように息を呑む。当然だ、二人には知らせていなかったんだから。
「僕が呼んだんだよ」
「どういうことカズ。私はピザーラとコーラとハイエンドのコンポでロックンロールするって聞いてたのに」
「よくそんな雑な誘い文句で男の家にホイホイ来ましたよね」
「どういうことよカズ君! リョウ先輩を家に呼びつけるなんて、一体何するつもりだったの!もも、もしかして私の知らない所でお付き合い宣言とか……!?」
「落ち着いて。変な事するつもりはないから。頭キタサンハッピーかよ」
後でピザーラは来るし音楽鑑賞会もちゃんとやるから。だから「騙された!」みたいな顔をしないで欲しい。
まあ色々と隠し事は僕には向いてないし、用件は全部ストレートに言おう。
「聞きましたよ、『ざ・はむきたす』解散したって」
「…………うん」
僕が話題を切り出すと、リョウさんの表情が曇る。それに釣られるように、喜多の顔も。
はむきたすの解散は大きな話題とはならなかったが、SNSでひっそりと静かに解散の報せがあった。
新聞の隅に載せられる、誰かの葬儀の報せみたいに。
「で、リョウさんはもうバンドはやらないんですか?」
僕の問いかけに、リョウさんはすぐに答えを出さなかった。無理もない。まだ前のバンドが解散してから一週間も経ってない。リョウさんも複雑な気持ちを抱えて、まだ消化しきれていない状態のままだ。無茶を言っているのは僕の方。
気まずい雰囲気が流れ始めたのを感じたのか、喜多はおろおろしながら僕とリョウさんを交互に見てる。
やがてしばらく間が出来た後、リョウさんは絞り出すように答えた。
「…………やらない」
「ソロで他のバンドに入るのも?ネットで演者としてもやらないつもりです?」
「…………やらないってば。何、カズ。いい加減にしないとそろそろ私も怒る」
リョウさんが不機嫌を隠さずにこちらをじろりと見た。
僕はそれを観て、安心して、そして嬉しかった。
だって、リョウさんは僕がイメージした通り、ロックに真摯なベーシストなんだって。
「何笑ってるの?」
「いや。リョウさんって、僕が想像した通りのロックンローラーだなって。あと、意外と寂しがり屋なんですね」
「寂しがり屋? 私が?」
「だってその腕前ならソロでだって活躍できるのに。リョウさんは今もロックを共に奏でてくれる誰かを求めてる」
「!」
今の時代、ソロで活動する事自体は特に珍しい事じゃない。いろんなバンドにヘルプとして入ったり、あるいは動画サイトで曲をカバーしていくというギタリストだって何人もいる。
けれど僕はなんとなくわかった。リョウさんは、それを選ばない。
「多分演奏に限っては、リョウさんは妥協しない。でも独りのロックには限界がある事を知ってるから、ソロで活動しない。きっと共に奏でる、特別な誰かが必要なんですよ、リョウさんには」
「特別な、誰か……」
思う所があるのか、リョウさんは怒気を潜ませて悩まし気に顔を伏せた。
そして、ここで本題だ。
「というわけで、喜多をリョウさんのバンド仲間。ボーカル兼ギターに推薦しまーす」
「ちょっ!?」
「郁代を?」
喜多は今まで観た事がない程の俊敏さで僕の首根っこを掴むと、すぐに僕に問い質し始める。
「何言ってるのよカズ君!?私聞いてないわよ!」
「え?よく分からないけどリョウさんの娘になりたいんじゃなかったの?」
「そうだけど!心の準備とかあるでしょ!?」
娘になる心の準備ってなんだよ(素朴な疑問)
「郁代、バンドやりたいの?」
「え、えっと…はい……」
少し照れ臭そうに、喜多はそう自供した。そんな彼女の言葉を補足するように僕も話を続ける。
「実は、あの合唱コンクールの後からずっとギターを始めるか悩んでたんですよ。通販とかWikiとか漁ってギター始めるにはどうすればいいか。結局、踏ん切りが付かなくてずるずるここまで来ちゃったんですけど」
「知ってたの?」
「そりゃもう」
あのショッピングモールで度々ギターショップを憂いた顔で覗いてたら誰だって察しが付く。
「でもこいつ、リョウさんのベーステク見たら一瞬で惚れ込んで、親に借金してまでギター買ってきたんですよ。まぁ間違えて多弦ベース買ってきたんですが」
「やめてカズ君!リョウ先輩の前で黒歴史を晒さないで!」
「まあ何が言いたいかっていうと、こいつリョウさんと演りたいんですよ、バンド。ほら、喜多も」
「うぅ……」
僕が促すと、喜多はもうヤケクソに開き直ったのか、覚悟をしたのか、叫んだ。
「そうです!! 私リョウ先輩と一緒にバンドをしたいんです!! リョウ先輩のベースでロックを歌いたいって想わされちゃったんですよ!! 一目惚れです、ずっと推していきたいです!! だからベースやめないでください!!」
リョウさんは、ここまで誰かに「一緒に演奏したい」と叫ばれた事はあっただろうか。
喜多の真っすぐな感情をぶつけられたリョウさんは、思わず戸惑っている。
「でも、私は……」
「なら、喜多の歌を聴いてやってください」
「喜多の歌を聴いて、もしリョウさんの魂が揺さぶられたのなら……少しでも、喜多と組んでもいいと思えたのなら。喜多と一緒に、もう一度バンドやってくれません?」
ロックンローラーは、頑固で、意固地だ。僕は前世から知っている。音楽性の違い一つで大喧嘩するバカな人種だ。
だからリョウさんも、ベースを辞めるって決めたのなら、赤の他人である僕や喜多に止める術はない。きっといくら言葉を紡いでも耳を貸してくれないだろう。でもたった一つだけの冴えた方法がある。
同じロックで、頭をぶん殴ってやるんだ。そうやってギタリストはお互いを理解し、想いを届け合う。音楽は人の想いを投げ渡すツールだという事を、彼らは理屈ではなく本能で知っているから。
「カズ君……ひょっとしてあのアルバムを私に貸したのって」
「そ。喜多の事だからちゃんと歌詞は歌える程度には覚えてるでしょ?」
「まあ覚えたけど……その、アルバムのジャケットが女の人の裸だったから、新手のセクハラか嫌がらせかと……」
「それはごめん。でもロックだから」
「そうだね。それはロックだから仕方ない」
「ええ……」
僕の言葉にリョウさんも同調し、喜多は困惑の色を隠せない。
喜多じゃまだ分からないか……この
まあ中には全裸の男の子の赤ちゃんをジャケットにしたアルバム*5もあるぐらいだし。改めて見るとどうかと思うが、当時の規制が如何にゆるゆるのガバガバだったか、分かりやすい指標でもある。
「でも、歌うってアカペラで?」
「いいや、僕が弾く」
僕がそう言うと、喜多は目を丸くして驚いていた。
「か、カズ君ギター弾けたの!?」
「むしろなんで弾けないと思ってたの?」
「だって今まで一度もギターを弾いたことなんてないじゃない!」
「僕はロックは演者じゃなくて受け取る側でいたいんだよ。弾けるって言っても、そんなテクニックがあるわけじゃないから大した事ないよ」
「うそでしょ……12年近く一緒に居たのに全然知らなかった……」
部屋の奥に置いてあったギターを取り出し、ストラップを着けて肩から降ろす。
「アコギ?」
ずっしりとした重さを感じながら、僕は楽な体勢を保つ為に椅子に腰を下ろした。
「ブランクはあるけど、大丈夫。
僕はそう言って、指に絆創膏を巻いた手をひらひらと見せる。
リョウさんは一瞬目を丸くし、僕がどうやら本気で言っていると伝わったのか、無表情な顔に真剣さが帯びた。
「分かった。でも私、厳しくいくよ」
「だってさ。どうする?」
最後は喜多だ。僕はギターを弾けても歌うのは喜多だから、最終的な判断は喜多に委ねられる。
だけど彼女はすぐに答えてくれた。
「やるわ」
「そう来なくちゃ」
やっぱり喜多はただの陽キャじゃない。ちゃんとロックンローラーの資質を秘めている。
僕はそれを嬉しく思いながら、ギターの弦に指を沿えた。
今のリョウ先輩は、帰り道を、共に演る仲間を見失った迷子だ。けれど本人はそれでいいと、割り切って1人ロックから離れた場所へ旅立とうとしている。
もし僕の軽はずみな言葉が、彼女の帰るべき場所を奪ってしまったのなら。もう何処にも、自分のホームは見つからないんだって思ってしまったのなら。そんなことないって教えてあげたい。
だって、僕は知っている。
前世で、山田リョウは喜多郁代と後2人のメンバーと共に、名曲を生み出して歌ったんだって。僕はそれを聴きたくて、ここまで生きてきたんだ。
もちろん、それを作ったのはアニメの製作者達だ。空想上の結束バンドが曲を生み出す事はない。作詞作曲も、山田リョウでも喜多郁代でもない。当たり前のことだ。
けれど、たとえ世界は違ってもロックは繋がっている。たとえ前世で聴いた結束バンドの曲がこの世界では生まれなくとも。現実も二次元も、来世も前世も飛び越えて、誰かを虜にするロックを奏でてくれるんだって、僕は信じてる。
だってそう考えた方が最高にイカしてるだろ?
でも僕は、マニアではあっても、ロックンローラーじゃないから。
背中を押す事はできても、それ以上はできない。
だから、喜多ちゃん。情けないけど、君の力を貸して欲しいんだ。
君の最高のロックを、リョウさんにぶつけてあげて。
あの時、コンクールで指揮者の僕に最高のロックをぶつけてくれた時のように。
「歌います!リョウ先輩、聴いてください!――『
喜多と目を合わせ、頷き合う。
僕はそっと、ピックで弦を弾き始める。
久しぶりの人前でのギターだけど、あまり緊張もしていない。ただ、こうしてぼざろの登場人物の前で弾くだなんて、想像もしていなかった。それも、あの喜多郁代とセッションするだなんて――ああ、贅沢だなぁ。
指は淀みなく動く。
アコスティックギターはエレキギターに比べると聴いている人を圧倒するようなパワーはない。けれど、静かで誰かの心に寄り添うような優しい音を愛する人がたくさんいる。特に、拠り所を見失って悩んでいる人を励ますにはぴったりの音だ。
そして、ブラインド・フェイスの『Can’t Find My Way Home』も。
シンプルで短い、故に、感情を真っすぐに載せられる優しい喜多の声はよく合う。
【玉座から降りてきて 一人ぼっちになるんだ】
【代わりなら誰かがやってくれるさ】
【ずっと待ちくたびれたのは君のせいだよ】
【その鍵を持つ君のせいなんだ】
合わせも一回もしてないから、さすがに少しずれる。
でもここは僕の腕の見せ所。喜多に合わせてもらうんじゃなくて、僕が合わせるんだ。
だってそれぐらいしないとね。
リョウ先輩に戻ってきて欲しいというのは喜多の願いだが、僕のは願いではなくただのワガママだ。
だって、僕まだ結束バンドの曲一曲も聴いてねぇし!!
このまま聴けないなんて絶対嫌だし!!
【けれどもうすぐ僕は終わりなのさ】
【時間はとっくに尽きてしまった】
【彷徨うばかりで 帰り道も分からないんだ】
Aパートが終わり、間奏が始まる。
喜多は息を整えながら、僕をじろりと見つめていた。
ちらりと喜多の方を見ると、びたりと目が合ってしまった。
――なんで。一言ぐらい、言ってくれてもよかったのに。
――ごめんって。だってバンドを組むつもりもない奴がギターをできるって言いふらす理由もないでしょ?
――私は知りたかった。
言葉を一言も発していないのに、喜多の言いたい事がなんとなく分かって僕は思わず苦笑した。
喜多も思わず苦笑し、リョウさんの方へ向き直る。
リョウさんの方をちらりと見ると、――食い入るように、僕達の方をしっかりと見ていた。
僕の家の居間で行われている、小さなセッション。
それを、まるで有名アーティストが武道館でライブをしているのを見つめる観客のように。
今目の前にある光景を、目に焼き付けるように。
【君自らが降りて来て 一人ぼっちになるんだ】
【代わりなら誰かがやってくれるさ】
【ずっと待っていられたのは君のおかげだよ】
【その鍵を持つ君のおかげなんだ】
リョウさん、聴いてる? あなたがベースを止めるなんて勿体ない。
あなたのロックを待っている人がいるんだ。
少なくとも、ここに二人。そしてまだ見ぬ、結束バンドの二人も。
【けれどもうすぐ僕は終わりなのさ】
【時間はとっくに尽きてしまった】
【彷徨うばかりで 帰り道も分からないんだ】
最後のサビに突入する。喜多の声に言葉が乗る。
彼女はまだ新米のロックンローラーだけど、それでも彼女の想いは本物だ。
ただの言葉だったらきっとリョウさんには届かない。
でも、ロックに乗せればきっと届く。
【でも帰り道が見つからない】
【でも帰り道が見つからない】
【でも帰り道が見つからない】
【でも帰り道が見つからない】
スティーブ・ウィンウッドは何を想ってこの曲を書いたかは分からないけど。きっと彼も帰るべきホームがあると信じたかったんだろう。
帰り道が見つからないという言葉を、きっと誰かに否定して欲しかったんじゃないかと僕は思う。
【それでも帰り道が見つからないんだ】
だからリョウさんも、これで思い直して欲しい。
帰るべきホームはきっとどこかにあるんだって。
【何も悪い事はしてないんだ】
【
歌い終わって、しばらく3人とも無言だった。
僕と喜多は顔を合わせて演奏が終わった事を実感すると、すぐにリョウさんの方へ向き直った。
リョウさんはしばらくこっちを観たまま、動かなかった。
僕達のロックは届いたのだろうか、届かなかったのだろうか?
言い様のない不安が涌き出てくる。
すると、両手をそっと合わせてぱちぱちと、静かに拍手をしてくれた。
「カズ、郁代。ありがと。元々この曲好きだったけど、もっと好きになった。きっと、この先の人生で何度も聴き返すよ。何度も何度も、リピートするよ」
普段無表情なリョウさんが、柔らかく笑みをこぼした。
僕と喜多は、その笑顔に思わず見とれてしまって言葉を忘れてしまう。この人、こんな風に笑うことができるんだという驚きに呑まれていると、リョウさんはすたすたと僕の方に歩み寄って手を差し出してきた。
「カズ、そのアコギ貸して」
僕が頷いてそっとギターを渡すと、リョウさんはすぐにストラップを掛け直した。
肩にのしかかる感触を思い出すように、どこか愛おし気に小さく弦を弾く。その音を噛みしめるように聴くと、リョウさんは喜多の方に向き直った。
「今度は私が弾く。郁代、歌ってくれる?」
「―――はい!」
花が満開になったかのような笑顔で喜多は返事をし、すぐにまたリビングに『Can't Find My Way Home』が流れ始めた。
椅子に座り込んだ僕は、目を閉じて音に耳を委ねた。
その日は深夜まで、音楽会となった。
途中でピザが届いて、それを食べて。リョウさんは何曲も何曲も演奏した。僕の家が防音仕様じゃなかったら確実に近所からクレームが飛んできたと思う。
テンションが振り切れたリョウさんに喜多も必死についていき、気付いた時には深夜になっていて、彼女達はリビングで電池が切れたおもちゃのように眠った。両親が帰ってこない日で心底良かったと思う。
次の日起きると、喉を酷使した喜多の声はガラガラで、リョウさんも疲れていたのかくたくたで結局正午まで僕らは動く事ができなかった。
その後、リョウさんは喜多の家でお風呂を借りていき、帰ったという。その時、喜多にこう一言残したそうだ。
「また一緒に演奏しよう。今度はセッションじゃなくて、バンドとして」
喜多がその日の夜、大はしゃぎで僕の家に突撃してきたのは言うまでもない。
何はともあれ、これで僕の役目は終わった。
慣れない事をするもんじゃあないねまったく。やはり僕はロックンローラーにはなれないな、と自嘲する。
あんな風に演奏する事に没頭していく事なんて、僕にはできない。
羨ましいとちょっと思う。でも、それ以上に嬉しかった。
これできっと結束バンドが消える未来はなくなったのだと。
後は僕がそっとこの舞台から退場して終わり。
いつか情熱大陸とかが彼女達を取材した時、友人枠として呼ばれるぐらいがちょうどいい。
楽しい時間をありがとう、喜多さん、リョウさん。
心の底から僕は応援しています――
と、思っていたのだが。
「それじゃあ新バンド『結束バンド(仮)』のミーティングを始めるよー!」
「おー!」
「おー」
「まずベースはリョウ!」
「うい」
「喜多ちゃんがボーカル兼ギター!」
「はーい!」
「そしてドラマーが私こと伊地知虹夏!」
「「わー」」
「そして我らが結束バンドのプロデューサー兼マネージャーの井上和正君!」
「…………」
神様。僕は言いましたよね? 百合の間に挟まる男は大罪だって。
「百合が男に堕とされるのが好きなのじゃ!嫌われてはおるが、それだって一つのジャンルのはずじゃ!」
ファッキュー神様。ホーリーシット神のビチグソ!
リクエストとして頂いた曲
レッド・ツェッペリン - Nobody's Fault But Mine
トーキングヘッズ - Psycho killer
ボブ・ディラン - Like a Rolling Stone
作中に名前だけ登場した曲
QUEEN - Killer Queen
Disney - A Whole New World
ドヴォルザーク - 「新世界より」第四楽章
井上陽水 - 氷の世界
小田和正 - 確かなこと
エイジア - Heat Of The Moment
ロストプロフェッツ - Lucky You
レインボー - Since You Been Gone
Blind Faith - Can't Find My Way Home
活動報告、感想欄にいろんなロックを書いていただきありがとうございます。
全部の曲を喜多ちゃんに歌わせるのは展開的に厳しいので、作中にカズ君や虹夏達結束バンドのメンバーが口ずさむ、あるいは好きな曲として教え合う、と言う形で採用する事にしました。
ちなみに書いている人はリクエストされた曲は全部探してきて吟味しています。皆さん素晴らしい選曲で、自分もまだまだだなと分からされました。まだまだリクエスト募集しています。皆さんの「皆は知らないだろうけど俺は知ってるんだぜ」的な選曲、期待してます。
また、今回のブラインドフェイスの「Can't Find My Way Home」の訳は筆者が個人的解釈に基づいて歌詞を簡単に和訳しています。
翻訳違うじゃん!とか儂の解釈と違う!こんなんロックじゃないやい!と思っても大目に見てね。
作中に登場した曲名は全て実在する音楽です。どれも素晴らしい曲なのでぜひ皆さん聴いてみてください。
続くかどうかは分かりませんが、感想評価お待ちしております。