① 配達
一人前の寿司職人になるためいなり男は修行していた。
最近は親方から出前を任されるようになった。
今日の配達先はアパートの一室だ。
ところが階段を上る途中で疲れて腹が減ってしまった。
いなり男は手元の寿司桶を見る。
「ちょっとくらい、食べてもばれへんか」
そして寿司桶からいなり寿司を取り出し、食べた。
②ジラーチ
部屋のインターホンを鳴らすと、客の████が出てきた。
「新人さん?いくつ?」と聞かれて「ジラーチっす」と答えた。
現金を受け取り家を後にしようとする。
しかし████は何かに気づいたようで、「あれ?」と声を上げた。
「稲荷が入ってないやん」
③開戦1
「僕がさっき 食べちゃいました」
「食べたぁ?」「すいません」
いなり男は急いで土下座する。
「土下座されたってさぁ...」
すると何かが回っている音が聞こえた。
顔を上げて見てみると、████の手のひらで寿司が回っていた。
この男は「客の寿司を勝手に食べた」という弱みをネタに『弱みの握り』を握ったようだ。
④海鮮2
つまりスシブレードの戦いをしなければならないということだ。
もし負けたり逃げ出したりすれば親方に電話されてしまう。
それはクビを意味している。
いや、それだけではないかもしれない。
先日2人の先輩がクスリを使っているのがばれた。
すると闇親方は2人の手を二度と寿司が回せないようにしてしまった。
やはり親方に知られるわけにはいかない。この戦いには勝たなければならない。
いなり男は横にあった干からびた観葉植物を握った。
⑤精霊
「3、2、1、へいらっしゃい!!」
玄関に2人の声が響く。
████はどうやら相当な手慣れらしい。
いなり男の寿司よりも明らかに速く回っている。
弱みの握りに何度もアタックされて、観葉植物の握りはスピードを落としてゆく。
確実に負ける。まずい。
いなり男は強く目を閉じた。
3秒後、目を開けると、何かがいなり男の回る寿司の上に立っていた。
スーツ姿の男。████を見つめていた。いなり男はその人物を知らなかった。
だが前に聞いたことがある。
スシブレードでは優れた選手の回す寿司に精霊が現れることがあると。
いなり男は全くの初心者で、精霊を出せるとは思っていなかったが、それは精霊としか言いようがなかった。
⑥赤城
精霊は弱みの握りに向かって手に持っていたバインダーを投げつけた。
弱みの握りに当たる。これは勝てるかもしれない。
しかし████は精霊に向かって「なにが日本一やお前」や「このサルゥ」などと怒鳴った。
いなり男には言葉の意味が分からなかったが、精霊はダメージを受けている。
やがて精霊は消え、いなり男の寿司は止まってしまった。負けた。
⑦記憶
いなり男はパニックになりドアを開けようとした。
しかし開かなかった。いつの間にか鍵をかけられたようだ。
恋昏崎という町の寿司屋の店主は必ず入り口に鍵をかけ、さらにライフルを持っているらしい。
もしかしたらこの客も。
いなり男は崩れ、再び土下座をした。
「土下座されたってさぁ...」「すいません」
「でも精霊出せるのはすごかったわ」「一緒にな、もっと寿司回してくれたら今回の事内緒にしてあげる」
「ちゃんと一緒に回してくれる?」「はい」「中入り」
いなり男は安心した。だが次の瞬間████はスプレーを吹きかけた。いなり男は倒れた。
⑧処理
翌日も同じようにいなり男は修行をしていた。
ただなぜか昨日の記憶が消されたかのように思い出せない。
今日の配達先はアパートの一室だ。
ところが階段を上る途中で疲れて腹が減ってしまった。
いなり男は手元の寿司桶を見る。
「ちょっとくらい、食べてもばれへんか」
遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。