「スネイプ教授の過去を見たぁ?」
曾祖父との会合から一夜明け、グリフィンドール寮へと招かれた俺を出迎えたのはそんな意気消沈した英雄殿の言葉だった。
「何がどうしてそうなったんだよ」
「閉心術の訓練中に……」
話によれば閉心術の訓練を受けていたハリーは、同時に繰り出されるスネイプ教授の嫌味にキレ、そして閉心術を掛けられた瞬間に盾の呪文で防いだら教授の心を覗いてしまったらしい。
「そりゃ心を覗かれればキレるのも当然か……」
「けどスネイプだって!」
「そりゃダンブルドアから言い渡された訓練なんだからお前を鍛えるのは当然だろうさ」
うぐ……とハリーが押し黙る。まぁ、ハリーの気持ちも分かる。訓練中に毎度のごとく嫌味を言われたら誰だって反抗するだろう。
「なんでダンブルドアはスネイプに……ルーピン先生とか君のお父さんでも……」
「二人ともわざわざホグワーツに呼び出すわけにもいかないだろうが」
「分かってるよ……けど、けど父さんがあんな……」
「は? 何だってそこでジェームズさんが出てくるんだよ?」
「スネイプの過去を見たときに父さんがスネイプを苛めてて……」
天を仰いだ。こりゃ教授にとって知られたくない過去なのだろう。それを覗いたとなればハリーの訓練に付き合ってくれるか分からない。しかもハリーもハリーでなんか落ち込んでるし……。
「ジェームズさんについては父さんやダンブルドアから聞いてるんだろ?」
「うん……レックス先生は父さんを傲慢な子供だったって言ってた……けど、まさかスネイプを苛めてたなんて……」
「あー……なぁハリー。俺はそれを見た訳じゃないから分からないけどさ、あのスネイプ教授がただやられてるだけなんてあるか?」
あの人の性格的にやり返しててもおかしくない筈だけど。そう言って不安げに揺れるハリーの目を見る。
目の前の少年は何かと一人で抱えすぎなのだ。俺も人のことは言えないがそれでもアドバイスくらいはしておこう。
「スネイプ教授の過去を見て実の父親にガッカリするのは分かる。けどな、それでスネイプ教授に同情するってのは違うと思うよ」
「え……どうして?」
「だって、勝手に憐れまれて同情されるなんてあの人が喜ぶと思うか? 少なくとも一方的に苛められてたなんて教授は絶対に認めないだろ」
あの人、ああ見えて結構意固地だし苛められて泣き寝入りするタイプには見えないんだよなぁ。
「それに、ジェームズさんの事だってそうだ。確かにジェームズさんはスネイプ教授を苛めていたのかもしれない。それが良いことだなんて言うつもりはないけど、それだけがジェームズさんの全てじゃないだろ? お前の見た過去だけがジェームズさんを造り上げてる訳じゃない。
あの墓場で霊体としてヴォルデモートの前に立ち塞がったのも紛れもない彼だ。自分の父親なんだ、信じてやれよ」
「……うん、そうだね」
ようやくハリーは笑顔を見せた。まったく、世話を焼かせる奴だ。
イースター休暇も終わり、いよいよ『ふくろう』も間近に迫ってきた。結局、ハリーはスネイプ教授から訓練を放り投げられたらしい。
何とかしてやりたいとは思うが、こっちもこっちで色々と忙しかった。
「ふむ。今のところお前が闇祓いとなるのに成績は問題ない」
「ホントですか? それは良かった」
そう、進路相談である。椅子に座るスネイプ教授は机に並べられた資料に目を通して、次いで俺を見る。
「知っての通り闇祓いとなるためにはO.W.L.課程の五つの教科で『良.E』以上の成績を修める必要がある。お前の場合、現在の成績は薬草学は『良』、闇の魔術に対する防衛術と呪文学と変身術、我輩の魔法薬学は『優』だ。つまりこのまま行けば『ふくろう』を合格し、
「教授のお墨付きですか。ありがたいですね」
スネイプ教授はフンと鼻を鳴らし、またペラペラと資料を捲る。
「闇祓い以外で考えている進路はあるか?」
「……どうでしょう? 一応家督を継ぐことにはなってますし、もし闇祓いになれなかったらそっち方面に進むかもしれませんね。あ、後錬金術も学んでおきたいなと」
「錬金術だと?」
教授が意外そうな顔で俺を見た。俺が錬金術を学びたいと言うとは思ってもなかったのだろう。
「えぇ。昔から錬金術にはちょっと興味がありまして。もし学べるなら学んで、錬金術師の資格を取っときたいなと」
「そうか……これで話は終わりだ。寮に戻れ」
「スネイプ教授。最後に一つよろしいですか?」
「なんだ」
立ち上がりかけたスネイプ教授を呼び止める。彼はいささか不満そうな顔をしながらも大人しく席についた。
「ハリーの訓練を止めたとお訊きしました。再開するつもりは───」
「ない」
「……ですよね。言ってみただけです」
不機嫌そうに顔を歪めたスネイプ教授に肩を落とす。どうやらハリーに相当お冠のようだ。
スネイプ教授に頭を下げてから部屋を出て寮に向かう。周りにはちらほらと五年生がいて、皆進路相談の件について話し合っているようだ。
「アーデル。少しよろしいですか?」
「ん? あぁ、マクゴナガル先生。どうかされましたか?」
と、そんな俺を呼び止める声があった。振り返り、その人物がマクゴナガル先生だと分かり姿勢を正す。
「そう固くなる必要はありませんよ───アーデルは進路相談の方は終わりましたか?」
「丁度今終わったところで、寮に戻る途中です。何か気になることでも?」
そう訊くと、マクゴナガル先生はしばし考え込み、やがて俺の進路先について聞いてきた。
「ええと、一応闇祓い希望です。もし闇祓いに合格できなければ家督を継ぐのでそちらに専念しようかなと」
「では教師はどうです」
「教師ですか……?」
意外な選択肢を提示したことに目を丸くするが、マクゴナガル先生の目は至って真剣で冗談を言っているようには見えなかった。
「アーデル。貴方はスリザリンでありながら他寮の生徒と積極的に関わり、尚且つ下級生には勉強も教えているとか。同じスリザリンならともかく犬猿の仲であるはずのグリフィンドールにすらそのようにするスリザリン生など長く教師を勤めてきましたが見たことがありませんでした」
「ありがとうございます……?」
とりあえず褒められているのだろうことは分かったので感謝を告げておく。先生は頷き、続けて言った。
「もし貴方が良ければ変身術の担当になってみるのはどうかと」
「変身術ですか? え、マクゴナガル先生はどうなさるんです?」
「私も長いこと勤めてきました。無論まだまだ引退するつもりはありませんが、もし私の後を継ぐのなら貴方が適任と考えています。貴方が教師になると決めたのなら私が推薦状を書きましょう」
思った以上に先生が乗り気であることに戸惑いつつも肝心の先生はどうするのか聞けばそんな答えが返ってきた。
本気だ。本気でこの人は俺に後を継がせる気でいるのだ。
「……スリザリンですよ俺は。変身術は代々グリフィンドールが教えてきた学問でしょう」
「だからどうしたのです。そのような決まりはありませんよ。それに、どうやらあまり気にしていないと思っていましたが、やはり貴方はスリザリンに組分けされたことが気になるようですね?」
「そりゃあ……アーデル唯一の異端児ですから」
自嘲するように小さく笑んだ。あの墓場の一件の後、我が祖レオダンデが言っていたことを思い出す。『唯一の例外、イレギュラー』と。
思い詰めているわけではない。スリザリンになったことを苦に思ったこともないが、やはり心の何処かで小さな針になって巣食っているのだ。割り切れれば良いのだが。
「貴方がスリザリンだからと言ってご両親は貴方の事を軽んじた訳ではないのでしょう?」
「はい。一度その事を言ったことがあるんですが、父さんに『そんな顔をするな。俺達も、歴代の当主様たちもそんなことでお前を見放さないよ』と言われましたね」
「ならばそう思い詰めることはありません。代々その家系であるからと言って必ずその寮に組分けされるわけではないのですから。ですので、スリザリンが変身術の教師となることも何の問題もありません」
すっぱりと言い切った先生が優しい眼差しで俺を見つめる。呆気に取られた俺は言葉が出なかった。『公平な魔女、厳しいが深い優しさを秘めている子』とは祖父エドワードの言だったか。
まさしくその通りだと、この会話を通して知ることができた。
「分かりました。頭に留めておきますね」
「えぇ。なりたくなればいつでも言いなさい」
◆ ◆ ◆
いつぞやトレローニーを解雇した夜のように、玄関ホールには大勢の生徒とアンブリッジが居て、違うところと言えばそんなアンブリッジに迫られているのが二人の生徒であることくらいか。
「それで───貴方達は廊下を全て沼地に変えれば面白いだろうと考えたわけね?」
「あぁ。まったく面白いね」
アンブリッジの圧にも屈することなく、むしろ煽るようにフレッドがアンブリッジを見上げて言い放った。
そして鞭と羊皮紙を手にしたフィルチが父さんと話しているときの母さんのような顔──要するに幸せの真っ只中にいるような顔だ──をしながら生徒たちを押し分けてアンブリッジの下に寄ってきた。
「校長先生、書類を持ってきました。それに鞭も準備してあります──あぁ早く執行させてください」
「いいでしょうアーガス。わたくしの学校で悪事を働けばどういう目に遭うかを思い知らせてやりなさい」
恍惚な表情でアンブリッジを見上げるフィルチが、親愛なる校長先生──校長室にさえ入れないハリボテだが──に許可された事で鞭をしならせながらフレッドとジョージに近付いていく。
「ところがどっこい」
そしてそんなフィルチを見て尚、余裕の表情を崩さないフレッドが横にいる己の半身を見やる。
「思い知らないね───ショージ、どうやら俺たちは学生稼業を卒業しちまったな?」
「あぁ、俺もずっとそんな気がしてたよ」
「俺たちの才能を世の中で試すときがきたな?」
「まったくだ」
そして杖を掲げた二人が「アクシオ!」と唱えると、どこか遠くでガチャンと何かが外れるような音と共に頭上を二つの箒が放たれた矢のように飛び出し、それぞれの主人の前でピタリと静止した。
「またお会いすることもないでしょう」
「あぁ、連絡もくださいますな」
「上の階で実演した『携帯沼地』をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁九十三番地までお越しください。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店』でございます。我々の新店舗です!」
「我々の商品を、この老いぼれババアを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には特別割引をいたします」
周りを囲む生徒を見回しながらフレッドとジョージが晴れやかな笑顔で語る。「二人を止めなさい!」とアンブリッジが親衛隊に指示を出すがもう遅い。
二人は床を蹴って空に浮かぶと、同じく空でフワフワしていたピーブズに近寄った。
「ピーブズ、俺たちに代わってあの女を手こずらせてやれよ」
ピーブズが他人に敬礼する姿など、俺はこの五年間で初めて見た。しかしフレッドとジョージの行いに敬意を表してのことだろうと想像はついた。
そうしてフレッドとジョージが扉を開けて夕焼けの空へと消えていくのを生徒が喝采と共に見送り、彼らが去っていくときにばら撒いていったのであろう『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』のビラを掴む。
そして伝説を残していった勇敢なる悪戯双子へと惜しみ無い拍手が送られた。
伝説を目撃した生徒たちの間で悪戯が大流行した。アンブリッジとフィルチ、そして親衛隊はその事態を収拾するのに追われ、西へ東へと走り回っていた。
悪戯双子が売りに出していた商品を買い付けた生徒たちはそれでアンブリッジへとささやかな嫌がらせを試み、アンブリッジの顔の皺を増やすという何よりも素晴らしい行いに貢献しているようだった。
双子が設置した沼地も、マクゴナガル先生達なら容易に消せるだろうにその後始末をアンブリッジに任せていた。無論アンブリッジへの嫌がらせが目的である。
たまたま目撃して、急いで空き教室に潜り込み人払いの結界と防音呪文を素早く敷いてから大いに爆笑してやった。
しかし何よりも凄まじいのはピーブズである。あっちこっちで大迷惑な悪戯を行使してはアンブリッジとフィルチをカンカンに怒らせていた。
普段ならばこういうことは真っ先に止めるであろうマクゴナガル先生でさえ、シャンデリアを落とそうと躍起になるピーブズの近くを通りかかったと思ったら「左に回せば外れますよ」とだけ言い残して去っていったのだから恐れ入る。
◆ ◆ ◆
そんな出来事から数日。休日の午前11時頃。窓の向こうに広がる湖をゆったりと泳ぐ大イカを眺めながら、リオンはスリザリンの談話室でソファに腰掛けてゆったりとしていた。
そんな彼の耳にゾロゾロと大勢の人物の足音が入り込むと、その方向に目を向けた。
「おーっす連れてきたぜリオン」
「悪いなブレーズ、それにダフネも」
「構わないわ」
リオンの前に現れたのはリオンを除いたスリザリン五年生──つまり同寮の同級生全員をこの場に集めたのだ。
「おいリオン、何のつもりだ? 『ふくろう』が間近に迫ってるこんなときに」
「そうよ。大した用事じゃなかったらブッ飛ばすわよ!」
「ならその時は私が貴女を伸すわよパーキンソン」
ドラコとパーキンソンが苛立たしげにリオンを睨み、パーキンソンの物言いにダフネが笑顔で口を挟んだ。
「あー、悪いな集まってもらって───で、だ。今回五年生の皆に集まってもらったのは他でもない。今一度皆に聞いておきたい事があってね」
「聞きたいこと?」
リオンの言葉にクラップが返す。この五年で初めてクラップが話すところを見たリオンは少し目を見開いたものの、すぐに表情を元に戻すと少し厳しい眼差しで同輩達を見回す。
「さて───唐突だが、この中でアンブリッジ親衛隊に属している奴は?」
少し冷たい声音のリオンに生徒たちは困惑するものの、やがて何人かがパラパラと手を上げた。その中にはドラコとパーキンソン、クラップとゴイルにブルストロートも含まれていた。
「成る程ありがとう───さて。なんで俺がこんなことを聞いたか分かる奴は?」
「“何故親衛隊に入ったのか”、“何故アンブリッジの味方をするのか”───それを聞きたいからだろ?」
「流石セオドール。スリザリンの一匹狼だな」
「一言余計だ馬鹿め」
質問にセオドールが律儀に手を挙げて答え、それに対してリオンが感謝を告げると、呆れと共に辛辣な返事が返ってきた。
「と、セオドールが言った通りだ。俺はなんでお前達がアンブリッジ親衛隊に所属しているのか、なんでアンブリッジの味方するのかが聞きたい」
「……それを、聞いてどうする?」
「どうもしないさ。ただ言わせてもらうなら───お前ら誇りはないのか?」
何人かがヒッと短い悲鳴を上げた。怒ってる。あのリオンが、それはもう表に出さないだけで内心でキレてる。
それを感じ取ったドラコが後退りながらも問い掛ければその鋭利に研ぎ澄まされた眼が親衛隊だと手を上げた生徒たちを縫い止めた。
「そりゃあアンブリッジの懐に潜り込めば甘い汁を吸えるだろうさ。俺だって今はあのガマガエルに取り入ってるしな。それにドラコなんて、“どうせアンブリッジに従えば合法的にポッター達を苛められてラッキー”とか考えて付いてるんだろうしな?」
「うぐっ……!」
図星であった。全くもってその通りだとドラコは俯くしかなかった。そしてそんなドラコを見たパーキンソンが焦がれる彼を糾弾した男へと牙を剥く。
「ちょっとアーデル……アンタ監督生のドラコにそんなこと言って私が許すと──」
「スリザリンの誇りも、掲げる純血の尊ささえ投げ捨ててハリーに執着して醜態を晒す奴を諌めるのは当然だろう。監督生云々の前に聖二十八一族の人間として礼節くらい弁えろと言っているつもりだけどな?」
噴火寸前のパーキンソンを前にしてもリオンは態度を崩さない。尚も言い募ろうとするパーキンソンをブルストロートとデイビスが押さえ込んで下がらせる。
「話が逸れたな──まぁ俺が言いたいのは、アンブリッジなんて女の下で嫌いな奴を苛めて嘲笑うのがスリザリンなのかと改めて問いたかったんだ。そんな馬鹿なことをして時間を潰すより、あの気に入らないガマガエルを追い出してホグワーツの正常化を図る方が建設的だと思うけどな?」
「赤裸々に語るな……」
「そりゃそうさ。あんな校内を彷徨いてるだけのゴーストより価値のない女をホグワーツに留まらせて嬉しいことあるか?」
誰も何も言わなかった。分かっていたことだ、あんなガマガエルに従ったって何の意味もないことくらい。
黙り込み、俯く親衛隊のメンバーとそれを眺める他の五年生を見て、リオンはいつものように優しい穏やかな声で諭すように言った。
「別に気に入らない奴へのイビりをやめろとか、そんなことを言ってるんじゃない。ただ、今のスリザリンの上級生は殆どがアンブリッジに従ってる状態だ。幸い下級生には被害がないから、そんなときにこそ正常な奴が多い五年生の俺達が助けてやらなくちゃ。正しいスリザリンの矜持を、誇りを教えるんだ。
あのサラザール・スリザリンもマーリンも、あんな品性の欠片も無い奴に付き従ってる後輩を見て何て思うかな? 特に今の俺たちは『ふくろう』が控えてる。あんな奴に従って人生を棒に降りたくないだろう?」
その言葉にドラコ達がハッとしたように顔を上げた。そんな彼らに、リオンはよりハッキリとした声で告げた。
「さぁ選択する時だぞスリザリンの生徒諸君。アンブリッジに従って嫌いな奴をイビるか、邪魔なアンブリッジを──言い方は悪いが排除して──より確実に『ふくろう』への意欲に費やすか。二つに一つだ」
さぁどうする? その時のリオンはこれまでに無いほど悪童のような笑みを浮かべていたと、後にあるスリザリン生は語った。
スリザリンの誇りを重視するリオンにとって、アンブリッジに付き従って威張り散らかしてる奴らは見るに堪えなかったので強攻手段ではありますが、彼らのケツをひっ叩く事でアンブリッジを除く方向へ舵を取らせました。
とはいえそんなリオンもアーデル家唯一のスリザリンであることを少なからず気にしてはいました。まぁ今はなんやかんや気にしなくなりましたが。