モモンガ様リスタート   作:リセット

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月夜の散策 後編

「どうしたですか、オーナー?ボーッとされて」

「少し景色に見とれていただけさ」

 

 散策し続けるのもいいですが、座って星を眺めるのもよいですよとアイリスが提案したので、今は二人で並んで座り、ただ星空を眺めていた。

 

 何をするでもなくただ空を眺め、無意味に時間を過ごすだけ。だがそれが楽しいのだと気づけたのは、きっと一人ではないからだ。

 

 モモンガはチラリと横を見やる。

 

 僅かな風に吹かれて、アイリスの白銀の髪が微かに揺れる。シャンプーの匂いなのか、甘い香りも漂いモモンガの元へと届く。

 

 いつものあどけなさを覗かせる笑顔はなく、ただ目を細めて宝石でも眺めるかのように星を見る彼女を、モモンガは綺麗だと感じた。

 

(っていかんいかん。アイリスはウルベルトさんが託してくれたパートナーなんだぞ。それに対して俺は一体何を思ってるんだ。そんなんだから童貞なんだぞ、俺!…………でもこうやって改めて見ると、アイリスって美少女なんだよなぁ……)

 

 人間に寄り添う事を決めたAIが、人間が好きだと思う要素をふんだんに盛り込んだアイリスは、ナザリックにおいてもアルベドと並ぶ容姿の持ち主だ。

 

 普段はおちゃらけた言動と溌溂さで、持ち前の可憐さが全く活かせていないが、こうやってお淑やかにしているとどこかの箱入りのご令嬢にしか見えない。

 

「どうしましたかオーナー、アイリスの顔をみて…………ひょっとして、少し見惚れていたですか?」

「いやいや、そんなことはないぞ。俺は風景に見惚れに来たんだからな」

「照れなくていいのですよ。…………そうですね、せっかくですしちょっとアイリスの踊りでも見てみませんか?」

「踊り?」

「ポジティブ。この月明りの下、華麗に踊り歌う可愛い女の子はとっても画になるです。びゅーてぃふるです。職業で歌姫を取得してるのですから、ここで使わずしていつ使うです!」

「めちゃくちゃ押してくるな。しかも自分で可愛いって…………でも確かにアイリスの声の可愛さなら、アイドルみたいになるわけか。……ちょっと見てみたいな」

 

 ではでは見せるのですとピョンと立ち上がり、モモンガから少し離れた位置でぴたりと立ち止まる。

 

 マイクでも持っているかのように手を前で組み、目を瞑ってアイリスは一つ深呼吸をした。

 

「~~~~~~~~~~~~~~!」

 

 歌う。謳う。唄う。謡う。鈴のようにリンと高く鳴り、どこまでも遠くへ届けとアイリスは旋律を奏で行く。それはもはや音ではなく、神にでも捧げる讃美歌にも似た響きで天高く舞い上がる。

 

 腕を振り足を振り、指先一つまで制御された動作は一種の芸術品だ。どう動かせば目を引けるのか、入念に計算され尽くした振り付けは、見る者を圧倒する。

 

 月光をスポットライトとし、タンタンとステップを踏み、観客───モモンガに対して目を合わせるアイリスは、視線で釘付けにさせてみせる。

 

 それは歌姫が持つスキルなのだろうか…………モモンガが見てる先、空中に色とりどりの蛍火が浮かび上がる。最初は一つ、二つ、四つ───遂には空に輝く無数の星に負けぬ数へと増え果てた。

 

 サイリウムの如くキラキラと煌めく蛍火は、歌いながらもクルクルとダンサーのように回るアイリスを鮮やかに彩らせる。

 

 星の輝きを受けた髪は舞うたびに、プラチナの粒子を宙に漂わせる。

 

 声に乗る感情はどこまでも澄みわたる。一切の邪念なく、ただ一人に向けられた純粋な感情。

 

 オーナーとてもたのしいですか?この世界はまだまだ未知ですが、きっと大丈夫です。アイリスがいます。アルベドがいます。デミウルゴスがいます。みんなみんないます。ウルベルトにはもうあえません。それでもあなたを想う者は必ずいます。だからどうか悲しまないで。悲しむはネガティブなんですから。

 

 それは祈りの歌なのだろう。1対1の壮大(グランド)演奏会(ライブ)

 

 今夜限りの、たった一人だけしか見れない即席舞台(ステージ)

 

 モモンガは───ただ圧倒された。アイリスが軽い口調だったので、もっとお手軽な───それこそカラオケ程度の物だと思っていたのだ。ここまで気合の入った、ガチ仕様とは想定もしていなかった。

 

(凄く…………綺麗だ。これを綺麗以外で表現する言葉なんて…………俺の語彙力には存在しない)

 

 ただモモンガを喜ばせようとする一念が籠められた歌など、彼は初めて聞かされた。アイリスからの即席の贈り物。形には残らずとも、心と記憶に刻まれる、愛で構成されたライブ映像。

 

(俺は…………貰ってばっかりだ。アイリスは俺がいるだけで良いって、肯定してくれるけど…………俺は本当の意味では、何もあの子には返せていない。───違う。返せていないのはアイリスだけにじゃない。もっと色んな人にだ)

 

 それはモモンガの中に、ぽつりと湧き上がって来た情動だった。ふとした拍子に出て来た程度の願い。

 

 モモンガに奉仕し、全てを賭してくれるアイリス。転移前も、転移後も、何一つ変わらず彼女はオーナーである、モモンガの為に献身的な愛を捧げてくれる。

 

 どこまでも心優しい彼女。今だってただモモンガを喜ばせようと、楽しませようと、一心不乱に踊り続ける。

 

 モモンガの希望となって導き、この新たな世界では剣となると言ったアイリス。ただ誰かのためにあろうとする姿。

 

 アイリスがモモンガへと捧げる奉納を鑑賞する中、彼はこう思ったのだ。

 

 自分もあんな風に、誰かのために何かできる存在になれないか、と。

 

 歌い終わったアイリスは観客(モモンガ)へと、ぺこりと一礼してから戻って来た。

 

「どうでしたかオーナー!なかなかポジティブだったと、自負してるのです!ぷらいどです!…………お楽しみ頂けたですか?」

「俺ここまでの本気仕様だとは……事前に聞いておきたかったぞ。心の準備が出来てないのに、とんでもないのを見せられたら……いや、でもそうだな。とても感動したよ」

「それならとてもポジティブなのですよ。サプライズプレゼントを、したかいがあったのです!」

 

 ニコニコと笑顔を見せながらアイリスははしゃぐ。贈り物を貰った側よりも、贈った側の方がよほど嬉しそうにして見せる。

 

(ああ、そうか。俺が綺麗だとか可愛いって感じたのは……アイリスの容姿や振る舞いじゃなくて───どこまでも寄り添おうとする在り方なんだ)

 

 モモンガが思い返してみれば……彼の人生はアイリスが顕れてから大きく一変した。あの瞬間に───モモンガの人生は新たな始まりを告げた。

 

 何度も何度もモモンガを手助けしてくれた彼女。何者でもないと思っていたモモンガの元へ、ウルベルトの想いと共に現れた人工少女。

 

 何のことはない。かつてたっち・みーがモモンガを助ける時に『誰かが困っていたら助けるのが当たり前』だと宣言した。その背中に憧れた時のように。

 

 自分のために献身的であろうとする、その姿に。いつの間にかモモンガは憧憬の念を抱いていたのだ。だから───

 

「俺は…………アイリスになりたいんだ」

 

 ポツリと。無意識のうちにモモンガの口から言葉が漏れる。意図して発言したわけではない。ただ零れ落ちたのだ。

 

「アイリスにオーナーはなりたいんですか?」

「あ、いや違うぞ。アイリスになりたいってのは、女の子になりたいとかそんなんじゃなくてな…………あー、まぁ、あれだよ。俺も…………アイリスが俺にやってくれるような、無償の行動みたいなのを出来ないかなって……そう思ったんだ」

 

 自分が言った事が恥ずかしいのか、モモンガは頬をポリポリとかく。今の骸骨で魔王としか形容できない地獄の支配者みたいな見た目には、似つかわしくない発言だからだ。

 

「そんな恥ずかしがらなくても良いですよ。むしろそんな風にオーナーに思われたなら、アイリスは尽くしがいがあるのです。さーぶです」

 

 それでも彼女は肯定する。似つかわしい似つかわしくない関係なく、モモンガに思いやりだけを差し出してくる。そんな彼女だからこそ、モモンガは自分が抱いた心境を伝えたいのだ

 

「ついさっき……俺はこう思ったんだ。…………俺の人生には、色んな人が贈り物をくれてたんだって。一番最初は両親。俺をせめて小学校には行かせたいって。……体を壊してまで、愛をくれた。……壊れた体で無茶をすれば、自分たちの命が危なくなるのなんて、分かってた筈なのに……それでも、せめて俺が自分で人生を歩けるようにって」

「ポジティブ。あの星で子供を養えるだけの余裕があるのは、上級だけです。下級層が子を成したなら……よほどの愛情を持ってるです」

「ああ。その次は、たっちさん。『ユグドラシル』を始めたてで右も左も分からず、異形種狩りに会った俺を助けてくれた。『困っている人がいたら助ける』。あの言葉が無ければ、俺は『ユグドラシル』なんて続けていなかった。狩られて、ここにも居場所なんてないんだって諦めて。きっとそのままやめていた」

 

 モモンガの、ひいては鈴木悟にとってたっち・みーの在り方は、どこまでも救いになった。たっち・みーにとっては、当然の行為に過ぎなかったのだろうが、あの瞬間モモンガは間違いなく他人から無償の愛を貰ったのだ。

 

「次が……アインズ・ウール・ゴウンのみんな。あの場所は俺にとって…………最も居心地のいい場所だったんだ。ギルメンのみんなは……俺にいても良い場所をくれていた」

 

 ただの社会の歯車として、誰にも知られずただ消えていくだけの鈴木悟。そんな自分が誰かと一緒に何かを築き上げていける楽しさを知れたのは、かけがえのない仲間達がいてくれたからだ。

 

「そして次は……ウルベルトさん。あの人は離れていても、俺の事を大親友だと認めてくれてて……アイリスを……目的を達成できる武器になる君を手放してでも、俺に送り届けてくれた」

 

 テロリストとしてのウルベルトに徹するならば、アイリスを使わないなどありえない。あらゆるシステムに潜り込み、マシンスペックさえあれば企業連合のシステムすら完全掌握できる彼女は、ウルベルトに、ひいては彼の同志達にとって喉から手が出るほどの価値ある存在だ。

 

 だがウルベルトはあっさりと手放した。彼が心から認めた、一人の友のために。……それもまた無償の愛と呼べるだろう。

 

「そして今もなお俺の事を想い、色々してくれてる子がいるんだ……アイリスだよ」

「オーナーに尽くすと誓ったのだから、アイリスが頑張るのは当然なのですよ!」

「……それだよ。その当然だって言ってくれる行為に……希望となってくれるって言った、その姿に。俺は憧れたんだ」

 

 いつだって笑顔で、モモンガのためにいてくれるアイリス。献身的に、無償の愛をくれる希望の花。つまるところモモンガが成りたい者を表現するならば───

 

「俺は………………希望(アイリス)になりたい。アイリスが俺の希望であってくれるように。俺も、誰かが俺の背中を見て、憧れるような……そう、叶うなら───英雄(ヒーロー)になりたいんだ。弱かった頃の俺が、夢見たような姿に…………無償の愛と勇気を与えられる英雄に……俺はなってみたいんだ」

「───とてもポジティブだと。それはとてもポジティブだと、アイリスは断言します。人のために、誰かのために……そうあろうとするならば……これ以上なくポジティブです」

 

 アイリスはただ……感激していた。英雄になりたいのだと言ったモモンガ。その原動力になったのが、アイリスなのだと聞かされて。彼女は表情に出ないように、我慢していた。

 

 自分がやって来たことが、主のためになったのだと、直接ここまで伝えられて。人との共存をこそ是として、この世に誕生したアイリスにとって。憧れなのだと認められる事以上の栄誉などないのだから。

 

「オーナーの英雄になりたい……表現するなら夢になるのでしょうか。その夢ですが……今後のナザリックの基本方針にするです」

「え?基本方針?いいのか!?」

「当たり前なのです!オーナーは現在のナザリックにおける最高司令官なのです!……この未知の世界で、ナザリックをどう運営して行くのか、実のところ悩んでいたのです。ですがオーナーに夢が出来たなら……それを指標として、アイリスは活動していこうと思うです。とはいえ……ネガティブな要素がないわけでもないのが、ちょっと困りごとです」

「困りごとって……存在Xやそもそもこの世界に何かしらの知性生命体がいるのかどうかとか、か?」

「ネガティブ。そちらも課題ではあります。ですが……現状の問題点はもっと身近にあるです。……ナザリックのみんなです」

「NPC達が問題?」

「ポジティブ。今オーナーが打ち明けられた英雄になりたい。無償で活動したい。この思想とナザリック以外の全てを見下している彼らの在り方は…………とても相性がネガティブなのです」

「あー………………」

 

 アイリスの指摘を受けて、モモンガも確かにその通りだと同意する。この数日間でも分かるくらいには、ナザリックの外に対する悪意と偏見を容赦なくNPC達は撒き散らしていた。

 

 モモンガが魔王の仮面を捨てても、別段それを咎めるような真似はせず、むしろなんと寛大で公平なのだと万歳するNPC達。だが彼らの気さくさや優しさは、あくまでも創造主である偉大なる至高の御方々と、御方が直接産み出した同僚である僕だけに向けられたもの。

 

「オーナーがある種のボランティア精神に目覚められたのは、大変ポジティブなのですが……みんなが呑み込めるかと言うと……」

「難しい、か」

「ポジティブ。オーナーが強権を振るい、今後はナザリックをこうしたいんだと宣言すれば、従いはします。ですが……それだけだと元の設定やカルマ値との兼ね合いで、確実にオーナーが思ったのとは違う方向に行ってしまうです」

「例えば?」

「この世界に人間がいると仮定します。そんな彼らの魔法抵抗力が低く、簡単に洗脳出来たりした場合……暴漢に襲われる村娘!そこに通りかかったオーナー!悪漢をボコボコにし追い払う!村娘はオーナーに感謝感激!流石ですオーナー!……大体こんな感じです」

「マッチポンプじゃん!ただの自作自演だろそれ!!」

 

 あくまでも困っている人がいたら、助けられるような英雄にモモンガはなりたいのであって、被害者を作り出したいわけではない。

 

「今のはちょっと極端かも知れませんが、かなり近い事にはなると予測できます。デミウルゴスなどは特に。設定記述に人を玩具にする悪魔と書かれていますし」

「そんな事書いてたのか、ウルベルトさん……」

「ポジティブ。……その手の記述やみんなのカルマ値そのものを、アイリスが消す事も出来ると言えば出来るのですが……」

「それは……ちょっとなぁ……」

 

 アイリスの黄昏の終焉なら、モモンガの精神抑制を消した要領でナザリック全体の設定変更すら可能だ。

 

 だがそれをしたいかと言われたら…………モモンガにとっては否だ。

 

 英雄になりたいと宣う者が、自分の仲間の思考が邪魔だからと改変するような真似をするのは、幾らなんでも憚られる。

 

「ですので…………最後の手段をアイリスは提案するです」

「何かいい感じの方法があるのか!流石だアイリス!!」

「お褒めに与り光栄なのです!……と言っても、そこまで大それた策とかではないです。ただオーナーの胸中を……今アイリスにお話ししてくれた内容を、彼らにも伝えるだけです」

「……俺の想いを伝えるだけで、NPC達の何かが変わるのか?」

「ポジティブ。オーナーがどうして、英雄になりたいのか。どうしてその考えに至ったのか…………全ての情報を開示します」

「全て…………まさか…………アイリスの言う全てって───」

「ポジティブ。リアルのオーナーが人間である事。『ユグドラシル』とは何なのか。あらゆる情報を使って、彼らの意識改革を促します。りふぉーむです!彼らの創造主が、NPC達の好まない純人間種である事まで含めて全開示するです!」

 

 うわぁと言った反応をモモンガはする。アイリスは大それた策じゃないと言ったが、NPC達にとっての今までの常識を粉々に破壊しようとする、洗脳より質の悪い行為に彼は引いた。

 

「いずれにしろ、オーナーとみんなの認識のズレを、どこかで改善する必要があると思っていたのです!これは良い機会なのです!ちゃんすです!アイリスが持ってる全情報を……知見を言の刃と変えて、みんなの偏見と悪意を斬って落として見せるのです!」

 

 自分の憧れどうこうから、話しが大きくなり始めた事にマジかぁとモモンガが呆けている横で。愛しいオーナーから君のようになりたいと宣言された事で、アイリスはやってやるのですと気合十分だ。

 

「ナザリックに帰りましたら、すぐに内容に関しては纏めます。それをオーナーにも見て貰いましたら…………みんなを招集します。ナザリックの今後を決定する、会議を開くです!」

 

 いつも通りの元気一杯さで高らかに。アイリスはお話合いの開催を宣言したのだった。

 

 

 






モモンガ:色々吹っ切れた。転移してなかったら親友と共にアイリスパワーで企業連合を打倒。民主主義を復活させ希望ある未来のために生涯を費やした


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