広島の日本酒・がんす 円安で地場産業に影響が
- 2022年12月16日
私たちに身近なモノの値段にも大きく関わる円安について、気になって取材を始めました。円安は、海外に商品を輸出する企業にはメリットがある一方、原材料などを輸入する業者にはマイナスの影響が及びます。広島の地場産業への影響を見ていきます。
(広島放送局記者 児林大介)
日本酒の輸出は円安が追い風に
最初に訪ねたのは、広島県三次市にある創業から100年以上、従業員7人の小さな酒蔵です。地元の米と湧き水をいかして、酒作りを行っています。これまでは主に国内向けに販売していましたが、国内需要は頭打ちになっていると感じて、数年前から海外展開にも力を入れ始めました。今では、フランスや中国、ブラジル、シンガポールに輸出しています。
社長の山岡克巳さんは、円安になると海外の人が買うには割安感が出ることから、輸出の追い風になっているといいます。
山岡社長は「最近の円安で、いま、お酒を輸入しておこうかという動きが出ているようだ」と言います。世界で日本酒の認知度が高まってきていることや、海外で新型コロナによる行動制限が緩和されて、経済活動が活発になっていることに加えて、このところの円安が追い風になっていると話していました。
実はいま、広島県内からの日本酒の輸出が好調です。広島県酒造組合のまとめによりますと、新型コロナの影響で輸出量は一時落ち込みましたが、2022年6月末までの1年間では50万リットルを超え、過去最多となっています。
取材した三次市の酒蔵でも、2022年は、前の年の2倍を超えるペースで輸出を増やしています。海外の品評会にも積極的に出品し、フランスの日本酒コンクールで2年続けて入賞を果たすなど、国際的な知名度を高めています。海外の人に興味を持ってもらおうと、入賞したことを示すタグもつけてアピールしています。
この酒蔵では、いま、海外に輸出しているのは全体の5%程度ですが、今後は輸出先をアメリカなどにも広げ、輸出の割合を20%~30%程度に増やしたいと考えています。
山岡克巳 社長
円安で少し手頃な価格で出回るようになって、外国の人がちょっと手を出して「あぁこんなにおいしいのか」と分かってもらうようになるきっかけは、円安であるかもしれないですね。今まではほとんどが国内一辺倒でやっていましたけど、今後は国内と海外と両方のバランスを取りながら、海外での販売を強化していきたいですね。
広島名物「がんす」には大きな影響が
次に訪ねたのは、魚のすり身にパン粉をつけて油で揚げる、広島名物の「がんす」など、魚の練り物を製造・販売する広島県呉市の企業です。円安で大きな影響を受けているといいます。鍋物用の天ぷらやちくわなども作っていて、冬の時期は、夏に比べて需要が1.5倍ほどに伸び、かき入れ時だといいます。
しかし、原料はほとんどを輸入に頼っていて、すり身は、アメリカやチリ、タイから輸入しています。このところ、世界ですり身の需要が高まっていることや、円安の影響もあって、この1年で3割ほど高くなりました。
さらに、「がんす」を揚げるのに欠かせない菜種油は、1日に40リットルほどを使うといいます。オーストラリアやカナダから輸入していますが、ロシアによるウクライナ侵攻などで世界的に食用油の価格が上がっていることに加えて、円安も重なり、2021年2月時点で1缶2750円だったものが、2022年9月には6340円と、ここ1年ほどで価格が2倍に跳ね上がりました。
社長の三宅清登さんは、原料価格の高騰を受けて、2022年5月、商品をおよそ10%値上げしましたが、それでも経営は厳しいと言います。
三宅清登 社長
結局、すべてが輸入なので、円安が最大の課題ですね。円安になれば、それだけ仕入れ値に跳ね返る。それが価格を引き上げた要因ですね。今回の場合は、それに尽きます。いち企業の努力ではどうにもならないですね。
この会社の商品は、宮島など観光地にも出荷しています。新型コロナの感染が落ち着いたことし夏ごろからようやく需要が回復し始めました。しかし、今も続く原材料高によるマイナスの影響のほうが大きいといいます。
5月の価格改定は、それ以前のコスト上昇分をカバーするための値上げでした。それ以降も円安の影響で原料の価格は高止まりが続いていることから、会社では年明けにも再び商品を値上げできないか、検討を進めています。
三宅清登 社長
まず従業員の家族を守らんにゃいけん。それから会社も守らんにゃいけん。会社としてやっぱり厳しい状況に立たされますのでね。5月に一度価格を改定させてもらっているので、まだ半年でしょ。どう納得いただくかですよ、消費者の皆さんに。せめて、1ドル=120円台くらいまで落ち着けばいいですよね。
専門家「付加価値をつけて価格転嫁を」
広島県内の経済に詳しい帝国データバンク広島支店の藤井俊 情報部長に、円安のメリットを感じている企業と、デメリットを感じている企業の割合を聞いてみました。
帝国データバンク広島支店 藤井俊 情報部長
海外からの観光客を受け入れる業界や、主に輸出関連企業がメリットを感じることになりますが、その数は限られると思います。輸出関連企業でも、海外から部品や原材料を輸入して作っている所もありますし、電気代・ガス代の値上がりもありますので、円安でマイナスの影響を受けている企業は7割~8割はあるんじゃないかなと思います。
それでは、円安によるデメリットをどう乗り越えたらいいのか。専門家は、「仕入れ値が上がっている分は価格に転嫁して、会社としても収益を確保する。そして、確保した収益で賃金を上げていく。そうした好循環が必要になってくる」と話していました。ただ、「がんす」の製造現場でご紹介したように、価格転嫁をするには、消費者や取引先に理解してもらわないといけませんので、非常に悩ましい問題です。そこで、「ひと工夫して価格を上げる」ことがポイントだと指摘します。
帝国データバンク広島支店 藤井俊 情報部長
例えば、広島のプロスポーツチーム、カープ・サンフレッチェ・ドラゴンフライズなどありますが、そうした所とコラボしたパッケージに作り替える、商品の形を変えてみる、キャッチフレーズをつけてみる、などというアイデアもあるかもしれません。円安による輸入価格の上昇は、まだしばらく続きます。その中で製品価格をどういうふうに上げていくかというのが、1つポイントになってくると思います。
取材を終えて
円安になると、どんな影響があるのか。取材した酒蔵などの輸出関連業者や、外国人観光客を相手にビジネスをしている人にはメリットがありますが、身近な所で多くの人が感じるのは、スーパーで輸入品などの値段が上がったり、電気代・ガス代が上がったりして家計が苦しくなるという思いではないでしょうか。そうした個人レベルだけではなく、「がんす」の製造現場で見えてきたのは、経営者の「会社や、従業員の家族を守らなければならないが、どう対応するか難しい面もある」と苦しむ姿でした。今後の為替の動向はどうなるのか、県内経済へはどんな影響があるのか、取材を続けたいと感じました。