「ふぁ〜……朝か……にしても地味にまだ痛いな……」
昨日ベッドで横になってから丸1日寝てたようだ。
大体、この全身に響く筋肉痛みたいな痛みは何だ?
部屋の全身鏡で自分を見たところ、何かが変わってる様には見えない。
疑問を浮かべながら俺は、ノートPCがある机の席に座る。PCを開いて、グーグル先生で『ダンジョン 全身筋肉痛』と調べる。
どれどれ……
「…………個人Lvが上がった影響により、筋肉痛が引き起こされる……!? て事は俺の個人Lvが上がったのか?」
詳しい内容によると、普段から鍛えて無い人間が1Lvでも上がってしまうと、急に上がったステータスに体が慣れようとする結果、とんでもない筋肉痛が引き起こされるらしい。逆に普段から筋トレとかして鍛えてる奴は、痛みの影響が少ない上にステータスの伸びが多少良くなるとの事。
だが、俺は疑問に思う。個人Lvが上がると脳にインプットされないのは何故だ? ジョブLvが上がった時は情報が脳にインプットされるのに。
あれか? 個人Lvは体に影響し、ジョブLvは体じゃなく魂とかの類に影響するからか?
より詳しく調べてみたがそこら辺は不明で、スレッドで議論が勃発していた。
「道理でダンジョン関連の事を調べると、プロテインの広告が大量に出る訳だ」
今日もダンジョン探索は中止だな。Lvが上がってたとしても、こんな筋肉痛を抱えた体じゃ録に探索出来ない。
だから今日は、外でお手頃な筋トレ用具とプロテインでも買ってこよ。あと、鶏胸肉も。
「はぁ〜ムッキールートかよ……」
社蓄では無くなったのに、ダン蓄街道まっしぐらだ。探索者界隈がこんな体育会系だとは思わなかったわ。
やはり俺は労働からは逃げれないらしい。会社員の頃より精神衛生は良くなったけどな。
そういえば、会計ソフトも買わないとな。ダンジョン探索者を専門でやってる奴は個人事業主扱いになる。探索者になってから良く使う言葉が「領収書下さい」になった程だ。てか、
「カマクラとゴブタニの飯代をどうやって経費に落とすかだな……」
経費扱いになる様に立証をしなければならない。最善なのは探索者協会に行って、従魔申請をして証明書を貰う。次善は税務署に目を付けられるのを覚悟で強引に会議費と言う名目で大量の飯代を経費として落とす。
「面倒くせぇぇ……そうだ!」
天啓が舞い降りた。
従魔士はテイムの難易度が高いと思われてるせいで不遇職扱いされてる。そのお陰で従魔に関する規定はガバガバだ。従魔申請もダンジョン法においては強制じゃない。
ゴブタニだけ申請して、カマクラは伏せたままにしよ。正直言ってカマクラの強さは素人の俺から見ても異常だからな。申請した時に、偉い人が出て来て「君、このモンスターはどうやってテイムした!?」とか騒がれるのは御免だね。それ以上に正しいテイムのやり方は企業秘密にしておきたいしな。
方針を固めた俺は着替えを済まして、洗顔からの髭剃りも済ませる。
朝食の時間なので、キャットフードを皿に盛り付けてカマクラに渡す。俺とゴブタニ用のTKGも用意する。
「ゴブ……」
「どうしたゴブタニ。TKGは嫌いか?」
そう聞くとゴブタニは申し訳無さそうに箸に指をさして、首を横に振る。
なるほど……ゴブタニからしたら箸の難易度が高いのか。
今、従魔士として1つ学んだ。人間にとっての当たり前は従魔には当てはまらない。これは根気強く教えるしか無いな。
「こう使うんだ。真似してみてくれ」
先ずはゆっくりと箸の片方を親指の付け根に挟んで見せて、もう片方は鉛筆を持つ様に見せる。次に上の方の箸を動かす動作を見せる。
「基本付け根の箸は持つだけで、上の方の箸を動かすんだ」
俺の1連の動作を何回も見たゴブタニは真似してはいるが、最初だからか箸の動きがぎこちない。
俺って誰から箸の持ち方教わったっけ……。1つ言えるのは絶対に親父じゃないって事だ。親父から教わったのは働いたら負けの精神だけだからな。あのクソ親父、碌でもねぇ奴だな。
「そうだ、そうだ。そのままご飯を口に運べ……出来たな。努力した甲斐があったな」
「ゴブッゴブ!」
上手く行って喜んでる様だ。モンスターに当てはまるかは知らないが、子供を褒める時は結果より過程を褒めるべきだとサラリーマン時代の出来る先輩が教えてくれた。こんな目の腐った奴に優しくしてくれるなんて、葉山並のぐう聖だったなあの先輩。
ゴブタニが食べ終わったのを確認した俺は【モンスターブック】呼び寄せて、ゴブタニを本の中に入れ、カマクラに一言告げる。
「カマクラ、今日も好きに過ごしてくれ」
にゃ〜とやる気の無い返事を聞き、俺は東京に向かうべく家を出た。
♢ ♢ ♢
富津市の駅から2時間程かけて品川駅に着いた。
人混みを避けながら品川駅を出て、歩いて10分程で一際デカイビルを見上げながら無意識に言葉が零れる。
「これが、日本探索者協会本部か……」
ダンジョンが大衆に解放されて以降、ダンジョン産業は世界経済を支えるまでに成長した。そういう背景もあって今では探索者協会と一部の企業は圧倒的な地位を確立している。
現にビルのデカさが権力を物語っているしな。
内心ワクワクしながらビルの中に入り、俺は従魔申請の対応をしてくれる部署がある階に行くべく、エレベーターに乗る。
エレベーターの案内表示を見ると、対応部署は8階にあるらしいので、8のボタンを押す。なんとなく案内表示を眺めてると、15階の欄にアイテムショップと書かれていた。
申請が終わったら行ってみるか。
ファンタジー定番の剣や盾と言った武器が売ってるのかな〜とか想像してると到着音が聞こえたので、エレベーターから降りる。
天井からぶら下がる表示板を順に見ていくと、『モンスター相談所』と書いてある板が目に付いた。
あの受付けぽっいな。
カウンターの前まで行くと、ボブカットの眼鏡を掛けたお姉さんがニコニコしながらカウンターの奥から出てきてくれた。
「お待たせしました。今日はどう言ったご要件でしょうか?」
たゆんたゆんな胸がイヤでも俺の視線を吸い寄せる。どうやら俺は29歳になった今でも万乳引力に抗えないようだ。
「あ、あの、テイムしたモンスターの従魔申請をしに来たんですけど……」
「……!? モンスターのテイムに成功したんですか!? どんなモンスターなんですか!?」
お姉さんはカウンターから身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
「近い近い! 顔が近いですって!」
久しく感じ無かった女性の温もり。ここが探索者協会じゃなければ、何かのトラップかと疑いたくなるレベルだ。
「はっ!……失礼しました!」
興奮から冷めたのか、女性は顔を沸騰されると、凄い勢いで頭を下げてくる。
「いや、別に怒っては無いですけど……」
むしろ少し……いや、かなりの嬉しいドキドキを味わえたのは、胸の内に閉まっておこう。
「本当に申し訳ありません。それと従魔申請の件ですが、少し込み入った話もありますので、お時間よろしいですか?」
「大丈夫ですよ」と言うと、俺だけ会議室みたいな所に通されたので席に着いて、出されたお茶を飲む。お姉さんは書類を持ってくると言い、出て行った。
ここまでは想定済。調べた限りだと日本を含め、世界でのテイム成功例は3件しかないからな。オーストラリアの蛇型モンスターと、中国と日本でスライムが一匹づつ。
こんだけサンプルが少ないと、探索者協会が従魔士の情報を欲しているのは安易に想像がつく。
これから俺が取るべき対応は虚実を織り交ぜながら話す事だ。創意工夫してやっと手に入れた貴重なデータを、タダでなんかくれてやるもんか。
職員への対応を脳内シミュレーションしてると、先程のお姉さんが手に書類を抱えながらドアを開けて入ってきた。
「お待たせしました。それと、私は鶴間静流と言います」
名刺を渡されたので、見てみる。
名前の上に[魔生物情報本部・従魔課・課長]と書いてある。
これ絶対に部署の中の窓際課だろ。と言うか、この課には課長しかいなだろ。このお姉さん苦労してそうだな。
まぁデカイ組織だと良くある事だ。腫れ物を追いやる為に適当な部署を作って、そこで飼い殺すか、自主退職に追い込む。
そんな社会の闇を感じながら俺も自己紹介をする。
「比企谷八幡です。よろしくお願いします」
名刺は持って無いので、代わりに探索者登録証カードを渡す。
「珍しい苗字と名前……あ、はい。確認しました」
カードを返して貰い財布にしまう。これでヒキタニって言われる事は無いだろ。てか、ヒキタニって誰だよ。あ、戸部の友達に違いない。
俺がカードを仕舞い終えるタイミングで鶴間さんが確認してくる。
「それでは比企谷さん。従魔に関して聞きたい事があるのですが、大丈夫ですか?」
「聞くより実際に見た方が早いと思いますが、見ます?」
俺がそう言うと、鶴間さんは目を見開き、驚愕の表情を顔に出す。
「え、従魔を持って来てるんですか!?」
「見せた方が早そうですね……。来い、モンスターブック」
モンスターブックを出現させると、リアクションが追いつかないのか、鶴間さんは口をあんぐりと開けて半ば放心してる。えへへ、その表情ウケるー。
「ゴブッ!」
目当てのページをタップすると、ゴブタニが元気よく現れた。
「ご、ごごゴブリンさん!?」
「ゴブタニ。お辞儀してみせろ」
俺が指示するとゴブタニはペコと頭を下げる。
「キャー!このゴブリンさんブルドッグみたいで可愛い!」
いや、ブルドッグって……。可愛いってよりキモカワイイの分類じゃないのか?
「ゴブタニさんって言うんですね! ゴブタニさんお菓子食べます?」
お菓子を見せられて陥落したのか、ゴブタニは席の向かい側にジャンプして、お菓子を貰ってムシャムシャと食べる。
「食べた!本当にキモカ……可愛いですね!」
今キモカワイイって言いかけたよね? 別に良いけどさ、ゴブタニ君だし。
ゴブタニは鶴間さんに頬をツンツンされたり、頭を撫でられたりで頬を緩ませている。
おいゴブタニ。羨ましいな、おい。そこ代われよ。
「あの……もう良いですか?」
俺が触れ合いに水を差すと、鶴間さんはゴホンッと咳を入れ、仕切り直す。
別に羨ましいから水を差した訳じゃないからな?ハチマンウソツカナイ
「ごめんなさい。人間と意思疎通が出来るゴブリンさんが珍しくてつい……」
「いえいえ、自分も最初は盛り上がったんで気持ちは分かります」
カマクラと意思疎通が出来るようになってからは本当に毎日が楽しいからな。
カマクラが居て、ゴブタニも居る。孤独感に苛まれる日常とおさらばしてからは世界が色を取り戻したかの様に明るい。
「それでは、いくつか比企谷さんに質問させて貰いますね。ゴブタニさんはドコでテイムされたんですか?」
「千葉の市原市にある博物館の横のダンジョン1階層でテイムしました」
「テイムをする際に掛かった時間と、具体的な手順は開示できますか?」
ほらな、聞かれると思ったよ。
だからこう言う時の為に、幾つものストーリーを練り上げて来た。
「先ず時間換算はザックリですが、80時間は確実に超えてます。テイムの手順は不意打ちで気絶させてから、ロープで何重にも縛った上で比較的安全なエリアで、成功するまでテイムを掛け続けました」
縛っては無いが、気絶させて成功するまでテイムを掛けたのは本当だ。
「凄い……根気強くやったんですね」
やめてくれ鶴間さん。その尊敬の眼差しは嘘つきの俺に効く。
「まぁ……精神をすり減らしたのは間違い無いですね」
最近は慣れたが、カマクラがゴブリンどもの首を刎ね飛ばす光景は結構キツかったからな。
「私もジョブの適正が従魔士だから、どれだけ凄い事か分かります。正直、羨ましいです……」
そんなカミングアウトされても困るぅぅ!!良心が痛いよ!
でも俺は間違えない。物語りの主人公なら同情でもして、正しい手順を教えるかもしれないが、俺はお人好しの主人公じゃない。商売道具であるテイム成功のタネを容易く教えるもんか。
「同じ従魔士なんですね……まぁ、その、大事なのは考え続けて、行動を継続する事なんで……頑張って下さい」
これがせめてものヒントだ。テイムが上手くいかないなら、あらゆる手を試せば良い。弱音を吐くのは努力し尽くした後だ。
「そうですよね……私ももう少し従魔士として頑張ってみます……」
多分この人は従魔士として挫折したに違いない。
モンスター達と心を通わせる。そんな日常を夢に描いてたのかもしれないが、現実は甘く無かった。どこにでも有る、ありふれた残酷な話だ。
多少の申し訳無さを感じてると、鶴間さんはクイッと眼鏡をかけ直し、仕事モードへと戻る。
「ごめんなさい、個人的な話をし過ぎました。比企谷さんのモンスターブックでしたっけ? についての詳細は開示できますか?」
「悪いが、それは無理です。鶴間さん、アンタも探索者業界に携わる人なら、他人のスキルを詮索するのは御法度だって事は理解してると思いますが?」
こっからは交渉タイムだ。相手は絶対に食い下がる筈。ネットの情報を見た限りだと従魔士Lvを2まで上げれたのは、今の所俺だけだからな。
「勿論タダでとは言いません。情報料として100万でどうですか?」
俺の予想だともっと渋い金額だと思ってたが、これは嬉しい誤算だ。
正直言って、念じればモンスターブックからカマクラの情報を消す事が出来る。だから、今現在モンスターブックにあるのはゴブタニのページだけだ。
「100万なら良いですよ。ただ、俺のモンスターブックに100万の価値があるとは到底思えないんですが、それでも良いんですか?」
「それなら大丈夫です! 探索者協会のデータベースに無いスキルの情報を買う場合は一律100万なので」
例えゴミスキルだとしても、情報を100万で買うのか。探索者協会ってかなり太っ腹だな。俺が勤めてたブラック企業には是非とも見習って欲しいぐらいだ。
「なら交渉成立で」
交渉が成立すると鶴間さんは1枚の契約書を渡してきたので、目を通す。
契約書を要約すると、100万あげるからスキルの情報を嘘偽り無く提供してね、嘘があったら違反金貰うからねって内容であった。
俺はサインをして、カマクラの情報を伏せた上で、モンスターブックの能力を実演しながら説明した。次いでにゴブタニのスペックも見せた。
詐欺まがいな事をしてる自覚はあるが、万が一にもカマクラの存在がバレたとしても、後日テイムしましたとか言い張れば問題ない。
「100万は後日、登録してある口座に振込みますね。それと、これはサービスですよ」
ニッコリと上機嫌気味に細長い紙を渡してきたので受けとると、アイテムショップで使える10%OFF券であった。
鶴間さんマジ天使。天使過ぎて良心が痛む。よく考えたら俺って結構な嘘ついてんだよな……。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ、こちらこそ。比企谷さんとゴブタニさんを見てたら元気を貰えましたから……私、真剣に従魔士としてもう少し頑張ってみようと思います!」
そんな眩しい笑顔を向けないでくれ! 肝心な情報なんて何一つ俺は教えてないんだから! むしろダンジョンなんて危ない所行かないで!
「まさかとは思いますが、ソロアタックなんかしないですよね……?」
「ソロなんて怖くて行けせんよ! 強い友人がいるので、荷物持ちとして付いて行こうと思ってます。比企谷さんはいつもソロなんですか?」
心配は杞憂だったようだ。強い友人がいると安心だよな。俺もカマクラにはいつもおんぶに抱っこして貰ってるしな。マジ猫最高。もっと言うならカマクラを選んでくれた小町は超最高。
「自分はいつもソロですよ。なんなら今までの人生の大半がソロプレイでしたから」
俺がお得意の自虐ネタを披露すると、鶴間さんは「そ、そうなんですね」と言いながら、何とも言えない目を向けてきた。
この感じ懐かしい。葉山と由比ヶ浜もよく俺の自虐ネタに対してのリアクションに困ってたっけ。
「なら……! 比企谷さんも一緒に行きませんか? 従魔士の先輩の戦い方も参考にさせて頂きたいですし」
おっと、思わぬ展開だ。これが噂に聞くダンジョンに出会いを求めると言うヤツなのだろうか。
だが、歴戦のエリートボッチである俺は勘違いなんかしない。これはきっと俺の自虐ネタを聞いたから哀れんで、一応体裁的に誘ってるだけだ。
因みにパーティに誘われた時の断り文句を3パターン作ったから、その内の1つを披露しよう。
「昔、大学の親友がダンジョンに入ったきり、戻ってきて無いんですよ……」
「………え、まさか……」
「はい、親友は死にました。だから、俺はその時決めたんですよ、もう失いたくないって。だからパーティは組みません。鶴間さんに情が湧いたらイヤですから」
俺は出来るだけ悔しい気な表情作りつつ、段々と俯きながら首を横に振る。
「……!! すみません! 考え無しに誘ってしまって」
彼女は凄く悲しそうに何度も頭を下げてくれる。ヤッベ、死ネタはやりすぎだったか。まぁこれで誘われる事は一生無いだろ。
「頭を上げてください、自分はもう乗り越えたんで。それに死んだアイツだって、鶴間さんみたいな可愛い人にそんな悲しい顔されるのはイヤだと思いますよ」
いや死んだアイツって誰だよ。ガバガバ設定でよくこんなに口が回るな俺。
「か、可愛い!? そ、そのありがとうございます……」
え、ウブなの?
何で手をモジモジさせながら頬が赤くなってるの?
可愛いのは事実だけど社交辞令みたいなもんだからね?
でもまぁ、そういうモジモジしてる所も可愛いですよ、はい。
「所で……従魔証明書の書類を頂きたいんですが?」
俺が催促すると「そうだった!」と言いながら、書類と見本を渡してくれた。
見本もあったので意外と早く書き終えて、印鑑を押し終えた紙から鶴間さんに渡していく。
「書類に不備は無いですね。証明書は後日、郵送させて頂きます。それと、この度は長い時間、引き止めてしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ、お互い仕事の為だから仕方ないですよ。運良くまたモンスをテイム出来たらお邪魔させて頂きます」
俺も軽く会釈をし、席から立ち上がって、床で鼻ちょうちんを膨らませてるゴブタニを本に戻す。
なんだろう、モンスって言うと一気に可愛い響きになるな。これからはモンスって呼ぶ事にしよう。
「ふふ、その時はまた可愛いモンスさんを見せて下さいね」
鶴間さんの笑顔に送られながら俺はエレベーターに乗り、アイテムショップのある階へと向かった。
♢ ♢ ♢
俺は今アイテムショップ内で、ある商品を眺めながら戸惑っている。
普通人生初のダンジョン用アイテムショップと言ったら、お高い武器や装備品を眺めながら「俺もいつかこう言うのを買えるぐらいには稼いでやる!」って決意を固める場面かもしれないが、そんな初々しい感情はとある商品のせいで吹き飛んでしまった。
「雪ノ下印のポーション……」
俺が今、手に持って眺めてるのは雪ノ下建設改め、雪ノ下ホールディングスが開発したローポーションだ。
知ってはいたが実際の商品を見るのは初めてだ。
雪ノ下と言う単語を見たからか、昔の事を思い出すと自然と溜息が零れ出る。
何でなんだろうな雪ノ下……。
お前も俺もお互い口数が少なくて、インドアでコミュ障だったからか思い出は数える程しか無いのに、お前を思い出させてくれるモノは数え切れない程ある。
認めよう、俺はアラサーの癖して元カノに未練があると。なんなら未練がタラタラしてるまである。
そのタラタラし過ぎた未練のせいで孤独死上等を掲げてるのが今の俺だ。
俺と雪ノ下が別れたのは大学2年のときだっけ。
別に俺が悪いとかアイツが悪いとかって話じゃない。いや、悪いのは俺だったな。
まぁ別れた原因は端的に言うなら、住む世界が違い過ぎたって感じだ。
雪ノ下と正式に交際を初めたのは高3の始めだった。
交際を開始してからは、それはもう超本気を出したわ。私立文系狙いだった俺が、雪ノ下と同じ国立に受かるぐらいの本気だ。
自分で言うのも何だが、雪ノ下姉妹や葉山には及ばないまでも俺はそこそこスペックが高い。スペックのお陰もあってか、雪ノ下夫妻には妙に期待された。
相手は千葉の名門である雪ノ下家の令嬢。俺はどこにでも居る村人。その差を埋めるのに毎日が必死だった。
ただまぁ……。人間毎日本気を出すといつかガタくるもんだ。
大学生になってからは、あっちの親御さんの勧めもあって雪ノ下建設で経理業務のバイトをしたり、親父さんである雪ノ下議員のお手伝いをしたりで、学業を疎かにしながらかなりの無理をしてたと今は思う。因みに1番キツかったのは社交パーティーへの出席だ。
そこに追い討ちを掛ける様にダンジョンゲートが世界各地に発生。
これを好機と見た雪ノ下家は新規事業を推進した。素材の買取やら、ダンジョン用の製品開発に乗り出したのだ。
勿論、俺も進んで手伝った。あっちの家族に認めて貰いたい一心でな。
で、働いてる途中で俺はオフィスでぶっ倒れた。原因は過労だ。
入院してるにも関わらず無理に仕事に戻ろうとする俺は、雪ノ下から華麗なビンタを貰ってしまった。オマケに大学の成績がかなりヤバイ事になってるのもバレてしまって、俺と雪ノ下は感情のままに病院で大口論をしてしまった。
『どうせ俺みたいな平民が、ご令嬢様と釣り合う筈が無かったんだ。今まで付き合わせて悪かったな』
俺の心無い一言のせいで、雪ノ下は泣き崩れてしまい気絶した。
そんな事を言ってしまった手前、俺は雪ノ下に会わせる顔が無く、気づけば交際関係は自然消滅してしまった。
かなり酷い事を言ってしまったと後悔してる。アイツが望むなら死んで償う覚悟だってある。アイツは優しいからそんな事は望まないだろうけどな。
後日談としては、殴られる覚悟で雪ノ下夫妻と陽乃さんの3人に、雪ノ下に酷い事を言ってしまったから破局しましたと伝えた上で、比企谷家伝家の宝刀であるジャンピング土下座をかました。
だが、3人からは殴られる事も無かった上に責めの言葉も無かった。むしろ3人はひたすら俺に謝り続けた。正直今でも謝罪された意味が分からないままだ。倒れて足を引っ張って、しかも大事な娘さんを傷つけたんだから。
それからの人生は灰色だった。起きて大学に行き、大学が終わったら寝るの繰り返し。就活も適当に済ましたせいでブラック企業に入社する羽目になった。今思えば本当に、毎日のプライベートが無気力だった。
俺はどこでミスを犯したのだろうか……。認められたいからって学業を疎かにした事、感情的な発言をした事、或いはその両方なのか……。
「せめて売上に貢献するか……」
カゴに雪ノ下印のローポーションを8個と、ミドルポーションを2個入れる。
買うのはちょっとした償いの意味もあるが、他のより2千円安いし、スマホで調べたら高評価だったってのもある。流石は雪ノ下家だな。
武器とかを見る気分じゃ無くなった俺は会計を済ませに行き、10%OFF券を使って合計で81000円を支払う。
このまま帰ろうと思ったが、自分のステータスが気になったので鑑定士がいる7階に行き、鑑定して貰った。
ネーム:比企谷八幡Lv2
種族 :人間
ジョブ:従魔士Lv2
従魔 :【カマクラLv5】【ゴブタニLv1】
スキル:【テイム】【モンスターブック】
ステータス
生命力:180/180
魔力量:420/420
筋力 :+180
耐久力:+120
敏捷力:+130
知力 :+300
弱っ! ゴブタニ君といい勝負だな。魔力量と知力の補正値が平均より高い?ぐらいか。
「ステータスも分かったし、我が家に帰るか」
それからは帰路の途中途中でスポーツショップとスーパーに寄って、筋トレ用具とプロテイン、鶏胸肉等の筋肉用の食材を買って我が家に着いた。
流石に筋トレ用具を持って電車に乗るのはキツイから郵送してもらう事にした。
これからはダンジョン攻略の為にも、ムッキー計画を始めないとな。
ここまで読んで頂きありがとうございます。