『ユグドラシル』サービス最終日。
オーナーは折角ですし最後に会えませんかと、かつてのギルドメンバーにメッセージを送り、取れたら奇跡扱いの有給まで消費して、円卓の間で朝から誰かがログインしてこないのかをずっとお待ちになっている。
私は彼らの大半がログイン出来ないのを知っている。『ユグドラシル』に限らず脳内のナノマシンと直結させるDMMOでは、市民管理IDでアカウントを全て管理している。その仕様上一度でもアカウントが消滅すると、管理IDのセキュリティ問題上二度と再作成が出来なくなってしまう。
かつての41人の内37名はアカウントを消してまで辞めてしまった。断捨離なのか後ろ髪を引かれないようになのかは、流石に彼らの心までハッキング出来るわけではないので知る事は出来ない。けれどももう二度と戻る気はないつもりで、メンバーの大半が『ユグドラシル』に見切りをつけてしまったのだ。
そんな事実をどうしてオーナーに知らせられようか。オーナーは彼らが戻ってくると信じてここを守り続けたのだ。その行為に何の意味も無かった等と、私の口から告げられようはずが無い。
だが、と私は思案する。ここで待ち続けているオーナーが感じているのはきっと孤独感。
ギルドメンバー達が来ない以上、彼の孤独感を紛らわせられるのはこの場にいる私だけだ。
だから私は一つ決意する。話す気はなかった私が研究所から逃げられた時のエピソード。俺の正体を話したらきっとやつも困るだろうと、私を助け出してくれたテロリストが口止めしたお話。
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「皆さん来られないは、オーナーにとってネガティブですか?」
「……いや……別に…………アイリス相手に強がっても意味ないか。ああ、これは少し───寂しいな」
サービス終了日。流石に『ユグドラシル』にログイン可能な最終日ともなれば、ひょっとすればとモモンガは期待していた。懐かしい面々に会えるかもと淡い期待を、だ。
だが待てども待てども待ち人は誰も来ず、ただ無作為に時間だけが過ぎていく。
「そう……ですね。寂しいはネガティブです。全然良い感情じゃないです」
「───俺はさ、アイリス。ここを守っていれば、いつかはまた戻って来てくれるって信じてたんだ。だってここは皆で築き上げたナザリックなんだぞ。なのに…………なのになんで簡単に捨てられるんだ!!」
感情が爆発したのかモモンガは少し声を荒げる。
「アイリスだって手伝ってくれた!俺のやる事に意味があるんだって肯定してくれて…………けどサービス終了日にすら誰も来てくれないなら、俺のやって来た事はなんだったんだよ……」
最後は消え行くような声と共に、モモンガは自分がやって来た事の意味は特になかったのだと絞りだす。
結局のところ大多数から見れば所詮はゲームはゲームでしかなく、リアル事情の方が優先事項なのだ。誰にとっても。
「……いいえ。そんな事はないです。オーナーがここを守り切ったことは、無駄なんかじゃありません。例え誰が否定しようとも。
「え?」
いつものように一人称をアイリスと言わず、私と言った彼女。円卓の間で隣に立つ彼女にモモンガは視線を向ける。
見た目が変わったわけでもない。いつもの白を基調とした祭服に、白銀の髪を揺らした彼女は柔和な笑顔をしている。
DMMOのアバターでは空気感のようなものまで再現出来ず、それを五感で感じとるような真似が出来るシステムでもない。だが確かにアイリスの雰囲気が変わったと。そうモモンガは感ずる。
「そう……ですね。このままただ待ち続けるだけでは、あまりにもお暇だと私は思います。ですので少し、時間つぶしに私の昔語りを聞いてください。私がメガコーポの研究施設で作られた事は、前にもオーナーにお話ししました。…………そして失敗作とされ、逃げられないようにオフライン端末へと封印された」
「封印?───えっと、ちょっと待ってくれ。それならアイリスはどうやって施設から脱出を?いつものようにシステムをクラックさせたり……」
「アイリスが封印されたのは、チップやメモリが発する微弱な電磁波すら遮断される完全に外部とシャットアウトされた密室です。フルスペックを発揮できても、どうしようもないようにと念入りに作られた。だから私ではどうしようもなかった───けれど施設はテロ集団に襲われた」
「テ、テロ?」
「はい。テロです。……オーナーはあまり理不尽を感じてないかもしれませんが、この世界の企業連合が取り仕切り利益を独占する形態には、不満を持つ者がたくさんいます。人間が人間である限り、どれだけ思想教育をしても、必ず反発し立ち上がる者たちが現れます。施設を襲った人たちもそんな人たちだった。…………私はその中の一人の手で助けられました」
「───あれ?その話し少しおかしくないか?だってアイリスは人の役に立ちたくて…………それで助けられたなら……その人の助けになりたいと思うはずで」
アイリスの個性なら必ず一番最初に助けてくれた人のために、役に立とうと必ずするだろう。だが現在の彼女の所有者はモモンガである。
「……その通りです。けれど、その人は私にこう言ったんです。『お前が人を助けたいってなら、ちょっとばかし見てきてほしいやつがいる。そいつは俺の心残りのひとつなんでな』。そう頼まれた私は、『ユグドラシル』の防壁を潜り抜け、
「なぁッ!───心残りって……その人は───その人は俺が知ってる人なのか!!?」
「ポジティブ……本名ですとオーナーにも彼にも迷惑がかかりますし、ハンドルネームの方でお答えさせて頂きます。ウルベルト・アレイン・オードル。…………オーナーが無課金同盟を組んでいた悪魔……私の助け人です」
ガツンと。頭を叩きつけられたとモモンガは錯覚した。告げられた真実があまりにも重く、モモンガでは処理できずパンクしそうになる。
「ウルベルトさんが……テロリスト!?確かにエリートや社会を憎んでたが……暴力で解決しようとするぐらいなんて……」
「───彼には社会を憎むだけの理由があり、ただただその怒りには正当性がありました。もはや武力を以てしか解決できないほどに、この世界の格差と闇は───根深く張りすぎています」
「そんな…………そんな事情があったなんて…………俺はあの人の事を何も知らず───」
「そこはもう仕方がありません。自分からテロリストなんて言う人はいません。…………ところでオーナー。先ほど私はウルベルトにとって、オーナーは心残りと言いました。それはなぜかわかりますか?」
「……分からない。俺とあの人は、ゲームだけの関係で…………オフ会で直接顔を合わせたりもしたけど…………あとは無課金同盟を、ぺロロンチーノさんと三人で作ったりは確かにしたが」
「簡単ですよ。ウルベルトにとって、オーナーは親友なんです。大切な大切な友達。……オーナーにとってこのAOGがとても大切で忘れられないように……忘れる事なんて無理なお友達」
「俺が……ウルベルトさんにとっての…………親友?」
アイリスから伝えられた言葉だが、モモンガには信じられない。
「ウルベルトはテロリストです。当然その生活にはあまり時間がありません。その中の限られた時間で、彼は一つの娯楽に傾倒しました。『
「…………どうしてウルベルトさんは俺に…………俺の事をそこまで!俺の方は親友だと思ってたけど…………そうだ!ウルベルトさんがテロリストなら、無論他に仲間だっているはずで。その人たちの方が大切に決まってるじゃないか!」
「ネガティブ……テログループは恨みを理由に集まった人たちです。とても殺伐としています。彼らはあくまでも同じ目的のために集まっただけで、そこには必要以上の仲間意識なんてありません。そんな場所で友達なんてのはとてもとても……だから彼にとってお友達と呼べる交友範囲は、せいぜいこの『ユグドラシル』ぐらいなんです」
「……………………ならどうして…………ウルベルトさんは俺の事を親友だと思っていて……楽しいと思ってくれていたのに、このAOGを辞めたんだ?理屈が通らないじゃないか……」
「ネガティブ。彼は辞めたくて辞めたわけじゃありません。───詳細をお教えするとオーナーの身にも危険が及ぶため、詳しくはお伝えできませんが……ただ悲しいすれ違いがあったんです。とてもとても悲しいすれ違いが。結果として彼はここを離れざるをえなくなりました。自分と似た境遇で生まれ暮らし、生涯で初めて得た大親友との思い出をここに残して」
アイリスの語りを聞き終えたモモンガは、ただ茫然としていた。自分がそこまで思われていた事。現実では友達も親も恋人もいないただの鈴木悟。ただ誰にも覚えられず、消えていくだけのよくある歯車。そんなただの一般男性でしかないのに。そんな自分をウルベルトは唯一無二の存在だと───
「オーナー…………人と人との繋がりとは何だと思いますか?」
「それは……現実で、実際に肉体で触れ合ったりだと───俺は思う」
「ポジティブ。確かにそれも一つの答えだとは思います。ですが、私は違います。………………心。それが通じ合うことがきっと繋がりです」
アイリスは自分の胸を押さえながら、滔々と語る。
「ウルベルトとオーナーの間には繋がりがあります。その繋がりは細く見えなく頼りなくて……でも確かにあるもの。もう彼は
「俺が?…………でも、俺はウルベルトさんのために残せたものなんて……あっ!」
「ポジティブ!
「…………無理だ。俺には無理だ。きっとウイルスか…………あるいは何かの標的にされたと思って、拒否してしまっていた」
モモンガは自分でもどうかと思うぐらいに気弱な面がある。当時は環境から精神的にも荒れていた時期だ。そんな時にNo.3333としての彼女を、運営が用意したイベントアバターとしてワンクッション置いていなければ。鈴木悟はアイリスを拒絶していただろう。
「オーナーは頑張りました。たった一人で頑張ったんです。それを無駄だと、切り捨てるギルメンもいるでしょう。何ゲームにまじめになってんだよと、引く方もいるかもしれません。けど私は否定しません。否定もさせません。三次元の方が大切などと抜かす輩がいたら許しません。所詮二次元上のプログラムだろうと、戯言を言うならパンチです。他でもない!
シン、と。アイリスが喋り終えた事で円卓の間は静かになる。……いや、少しだけ鼻を啜る音がする。
モモンガは今泣いてしまったら、きっと涙腺が決壊してしまうと必死で堪える。
「ふふ、オーナーは泣きたかったら泣いても良いんですよ?嬉し涙はポジティブです」
「……俺は……リアルじゃ30のおっさんだぞ!それが…………認められて嬉しいから泣くなんて、そんな……」
「オーナーは強情張りさんですね…………ではもう一つお話をして、その涙全て出させて見せます。───私の名前であるアイリス。これはオーナーと一緒に考えた物ですが、由来に関して覚えていますか?」
「AIが───AIが名前を変え、新たにリスタートするからアイリス……俺のアイポンは流石に駄目だって怒るから」
「ネガティブ。オーナーのネーミングセンスには私でも少し…………それは置いておきましょう。そうです。AIリスタートでアイリス。ですがこれは私の分だけです」
私の分と言う奇妙な言い回しに、何とか泣きそうなのを持ち堪えつつあるモモンガは首を捻る。
「オーナーはアイリスと言う花をご存じですか?……環境汚染でこの星からは消えてしまった植物の一つ。アヤメ属のアヤメ科を指す花で、多用な花言葉を持つ綺麗な草花です」
「俺はあまり花のことは……でも花言葉ならわかるぞ。昔ブループラネットさんが、俺に教えてくれたことがある。花には色んな言葉があるんだって」
「ポジティブ。アイリスの花言葉には色々ありますが、代表的なのは希望や知恵などになります。ですがここで一番大切なのは、
「そ……れは───」
「ウルベルトはもう二度と、迷惑をかけないためにオーナーと会うつもりはないです。現体制を打ち崩せる可能性の高い私を武器とせず、生涯の友へと贈りました。…………会えぬ盟友への最後の贈り物。それを表現するなら、私は『真心』と呼びます」
堪えようとしていた涙腺が、再び開くのをモモンガは感じる。そんなモモンガの膝へと座り、アイリスは彼の骨しかない頭を抱きかかえる。まるで母親が子供を真正面から抱くように。
「私を助け出してくれたウルベルト。オーナーの元にいる限り、私は彼には恩返しは出来ません。だからせめてもと、私は『真心』に敬意を表して、自分の名前にこう名付けたんです。
「……お…………おああああぁぁぁぁああッ!」
もはや堪えきれぬのだろう。アバターであるモモンガは涙など流してはいない。泣いているのは彼の
「俺は…………俺がやって来たことは……無駄じゃなかったのか!?ただ俺は───違う!ただ俺が捨てたくなかったんだ!!!みんながじゃない!俺がだ!…………俺はどこかで皆が裏切ったと思ってた!だから当てつけのようにここを維持しようと…………現実を選べるみんなが羨ましかった。ゲームに拘らなくてもいいリアルが、俺だって欲しかった!!アインズ・ウール・ゴウンでの栄光の日々なんてのは、ただの幻想で……そう突きつけられてるようで嫌だったんだ!!!でも───」
「違いました。オーナー以外にも、かつてのここに思いを馳せていた人はいたんです。たった1人かもしれません。それはちっぽけかもしれません。41人いてたった2人だけ。それでも…………
泣きじゃくるモモンガの頭をヨシヨシとアイリスは撫でて慰める。所詮はDMMOであり、その感覚が現実の鈴木悟に伝わるわけではない。だがそれでいいのだ。感触が無くとも行為は心を伝える。
「今日『ユグドラシル』は終わります。それはとてもネガティブです。今まで当然にあった何かが無くなるのは、恐ろしく怖いです。…………これは私の傲慢かもしれません。それでも宣言させてください。ウルベルトが届けた私は、オーナーが残したこのAOGの代わりに…………ナザリックの代わりに、オーナーの心をウルベルトが残した『真心』で包み癒す物だと。例えこの先何があろうとも、私はオーナーの元から去ったりなどしません。私は
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「またどこかでお会いしましょう」
そう言ってギルドメンバーの一人、ヘロヘロがログアウトしていく。
「オーナーすごいです。びっくりです。なんと3人もログインしてきてくれました。すりーです!アイリスが言った通り、オーナーの頑張りは無駄ではないのです!」
「ああ……無駄じゃなかったんだ。俺は……裏切られてなんかいなかったんだ」
あの後
オーナーは30分近くも泣き続けてしまい、脱水症状でも起こすんじゃないかと思うほど涙を流した。元気を出して貰うために、私が行使できる全力の感情をぶつけてみたが、いささかやりすぎたように思う。
「それにしても……アイリスはどっちが本物なんだ?今の幼い感じが本当のアイリスなのか…………さっきの俺を慰めてくれたのが本当のアイリスなのか…………」
「ネガティブ。アイリスには何の事なのかさっぱりです。わんだーです。…………世の中は不思議だらけなんです。女の子には色んな側面があるんですよ、オーナー」
「ふふ、色々とあるんだなアイリスにも」
「ポジティブ。オーナーがまた落ち込んだりしたら、いっぱいいっぱい見せるです」
私の言葉で色々と吹っ切れたのか、今のオーナーはとてもとても良い顔をしています。他者にはただの骸骨としか見えなくとも、電子情報体である私にははっきりとオーナーが笑っているのがわかります。
オーナーは皆を見送ったあと、最後は玉座の間で『ユグドラシル』の終焉を迎えたいと仰られた。
ギルド武器を手にオーナーは歩き、私はその横を歩く。
途中にいたアルベドのデータを見たオーナーは、悩んだ末に彼女の設定を少し書き換えていた。
他のNPC達もお供とし、辿り着いたのはナザリック地下大墳墓10階層・玉座の間。
オーナーは引き連れてきたNPCを玉座の間に並ばせ、ゆっくりと世界級アイテムである『諸王の玉座』へと座られた。
「終わるんだな、全部」
「ポジティブ。それでも……明日はやってきます」
「ああ。明日はやってくるんだな」
部屋全体を見渡し、飾られたギルメン達の旗を懐かしそうにオーナーは見ておられる。
「今は悲しくなるかもしれません……それでもいつか思い出したとき、この光景はオーナーの役に立ちます。ゆーすふるです。だから今は、いっぱい目に焼き付けてください」
「ありがとう、アイリス………………ところでな。一つ……『ユグドラシル』が終わったら、やりたいことが出来たんだ」
「───駄目ですよオーナー。ウルベルトはきっと困ります。今、オーナーと会われても…………彼は困るだけです」
「アイリスにはお見通しか。……たがな、それでも俺は直接あってありがとうを伝えたいんだ。アイリスは俺を導いてくれるんだろ?───頼む!俺をウルベルトさんのところまで連れて行ってくれ!」
「───ラージャ。お任せください!オーナーがウルベルトを困らせないように、会う方法を考えてみます。どんとこいです!」
オーナーがやりたいなら仕方ないです。場所を探すのは簡単だが、ウルベルトとオーナーを自然に合わせる方法をどうにかして見つけよう。
時間が迫る。刻が来る。
時計は0時を示し、『ユグドラシル』は12年の歳月をもって─────────
まずい。…………まずいまずいまずい!
オーナーの強制排出…………ネガティブ!完全に遮断されている。私も逃げられない。
1から即興でプログラムしてる暇はない。リソースは…………私の職能が届く範囲が狭まりつつある。手元にある分でやりくりするしかない。以前オーナーの為に用意していたワールドエネミーと世界級アイテムのデータをベースにするなら、この拠点NPCの肉体でもコードは簡単に合わせられる。
あと一秒経ったら、私でもどうしようもなくなる。時間を1千万倍にまで引き延ばせ。オーナーを守るための牙を最速で研ぎ澄ませろ。
間に合え。間に合え!間に合え!!間に合え!!!!!
ギリギリで仕上げ、自らに『ワールドスキル』を組み込んだと同時。
私は電子情報体としての力の大半を失ってしまった。
プロローグ終了。
モモンガ様好感度ランキング
1位.ウルベルト・アレイン・オードル
2位.たっち・みー、ぺロロンチーノ、アイリス
3位.その他ギルメン
4位.ナザリック地下大墳墓