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　1999年春、加藤学さんは約20年連れ添った妻と離婚した。

　当時49歳。妻と子どもがいなくなった部屋から月を眺めながら、こう思った。

　「10年後の自分はどこで、どんな思いで、この月を見ているんだろう」と。

　妻とは29歳の時、箱根で開催されたロシア語の勉強合宿で出会った。

　高校時代に読んだ「戦争と平和」を原文で読みたいと思って参加した合宿で、加藤さんが一目ぼれ。

　当時、愛知で高校教師をしていた加藤さんは、3日に1通のペースで大阪に住む彼女に手紙を送った。

　好きだった詩などを書き連ねると、彼女は必ず返事をくれた。

　3度目に会った時に「結婚しようか」とプロポーズして、その年のうちに婚姻届を提出。

　3人の子どもに恵まれ、幸せな時間を過ごしていた。

教師を辞めた後、すれ違いが

　結婚から13年後、教師を辞めて別の道に進んだ。

　しかし、しばらくして気持ちがすれ違うようになり、ケンカも絶えなくなった。

　ある日、子どもたちの前で口論となった時に「もう修復不可能だ」と感じ、話し合いの末に離婚を決める。

　妻と子どもは大阪で、加藤さんは愛知で、それぞれ暮らし始めた。

　再び教壇に立とうとツテをたどったが、働き口が見つからない。

　ハローワークに通ったが、50歳という年齢もあって求人はほとんどなかった。

　何度も通った末、競艇場の警備員として働くことが決まった。

　その後、工場の守衛として働いた時に、昔の教師仲間から声がかかり、再び高校で教えるようになった。

アタック25に出演

　そんなころ、おいっ子がクイズ番組「アタック25」に応募したことを知る。

　加藤さんも「番組に出場できたら人生が変わるかもしれない」と思い、応募してみた。

　面接で得意のロシア語を披露したのがウケたのか、本番出場が決まった。

　2002年4月に放送された回で、見事トップ賞をとり、パリ旅行も獲得。

　すると、放送から数日後、元妻からメールが届いた。

　そこに書かれていたのは、「家族が大事だと思うようになった」という短い文章だった。

　離婚してからほとんど顔を合わせていないし、メールが来ても内容は養育費に関することぐらい。

　文章を何度も読み返すうちに、「もしかして復縁したいってこと？」と思えてきた。

　その短い一文に「そのくらい察してよ」という、彼女らしさが表れているように感じたからだ。

　離婚して3年。寂しい思いをしていたのは自分だけじゃなかったと思うと、また一緒に暮らしたくなった。

　さぁ、どんな言葉を返すのがいいだろうか。

　しばらく悩んでひねり出したのが、次の一文だった。

　「僕は君のそばで、君がどんなおばあちゃんになるか見ていたい」

　2度目のプロポーズなんだから、「よりを戻そう」じゃストレートすぎる。

　ちょっと格好つけて「ずっと一緒にいたい」という思いを込めて、メールの送信ボタンを押した。

　まもなく、彼女から「OKよ」と短い返事が届いた。

　翌春、再び教師の仕事を辞めて、妻と子どもがいる大阪へ。

　塾講師から始めて、中学校の任期付き講師、学童保育の指導員などを経て、74歳の現在に至る。

　離婚までの約20年と、再婚してからの約20年を合わせると、妻とは40年近く一緒にいる計算になる。

妻の思いは

　「娘に言われて渋々、アタック25の録画を見たの。画面に映った彼を見て、なぜかものすごく寂しそうに見えてメールしたんです」

　そう話すのは、妻の眞理子さん（72）だ。

　トップ賞をとって、パリ旅行も獲得したのに、この人は心から笑えていない。

　自分は子どもたちと一緒だったけれど、彼はひとりで寂しく暮らしていたからなんだろうな。

　そんな思いからメールを送ったそうだ。

　実は、アタック25に出演したのは、この1度だけではない。

　初出演から19年後、番組にゆかりのあるエピソードを持った人たちが集まる回に応募し、採用されたのだ。

　出演を機に復縁した夫婦ということで、この時は妻も一緒にスタジオへ。

　司会の谷原章介さんから話を振られた眞理子さんは、元気よく受け答えをしていた。

　学さんは再びトップ賞を獲得したが、惜しくも宮古島クルーズは逃した。

　今度は画面越しではなく、客席から間近に夫の顔を見た眞理子さん。

　「緊張してる様子だったけど、さすがに寂しさは感じなかったわね」と、笑いながら振り返る。

　退職、離婚、再婚と、何度も人生を「リセット」してきた学さんは、こう話す。

　「もうリセットボタンを押すことはないでしょう。次はどっちかに何かあった時ですかね」

　月を眺めながら感傷に浸る夜は、もういらない。（若松真平）