エリザベス女王亡きあと、イギリスで最も国民の支持率が高い王室のメンバーは、ウィリアム皇太子とその妻キャサリン妃である。そんな夫妻に災難がふりかかった。今年1月、キャサリン妃が腹部の手術を受けて、2カ月ほど公の場で姿を見せなかったことから、SNS上ではさまざまな噂や臆測が飛び交った。
懸念を払拭するために夫妻が公開したキャサリン妃と子供たちの写真が「加工されていた」ことが判明し、大きな批判の嵐が起きた。しかし、同妃が自らがんを告白すると、メディアは一気にキャサリン妃の「勇気」をほめたたえる流れに一変した。
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王室人気トップ2のウィリアム皇太子夫妻
調査会社Ipsosの世論調査(1月末時点)によると、ウィリアム皇太子を「好ましい」と思う人は62%、キャサリン妃は61%で、イギリスにおける人気度ではトップと次点を占め、皇太子の父チャールズ国王の50%を上回る。
そんな皇太子夫妻の災難が始まったのは、今年に入ってからだ。
まず、1月17日、王室はキャサリン妃が前日にロンドンの病院で腹部の手術を受け、公務を数カ月休むことを発表。「がん関連ではない」と説明された。同日、今度はチャールズ国王が前立腺の手術で治療を受けると明らかにされた。
チャールズにもしものことがあれば、ウィリアム皇太子が国王になる。父に加えて妻キャサリン妃も病気となると、いったい王室はどうなってしまうのか、ウィリアムは大丈夫かーー。一抹の不安がイギリスの国民を襲った。王室の主要メンバーが病気であることを公表するのは、非常に珍しい。このため、国王もキャサリン妃も相当重い病気なのではないかという懸念が生まれた。
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この時から、ソーシャルメディアを中心に王室の将来、病状の重大さについて、臆測や噂が広がっていく。
2月上旬、チャールズ国王ががんを患っていることが発表された。がんの種類は明らかにされなかったものの、国王は自らの声明文で診断公表の理由をこう説明。
「臆測を防ぐためと、世界中でがんの影響を受けるすべての人のため、世間の理解の助けになれば」。国王のがん公表は、がんについての人々の意識を高め、がん患者やその家族へのメッセージとなった。
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SNSで広がった究極の臆測
一方のキャサリン妃は「腹部の手術」というだけで、追加情報が出なかった。「がんであることを国王でさえ公表した。キャサリン妃が病状を公表できないのは、相当に重い病気なのではないか」「死にそうになっているのではないか」「ひょっとしたら、もう死んでいる?」などなど、ソーシャルメディアでは究極の臆測が尾ひれをつけて広がった。
こうした中、3月上旬になって、アメリカの芸能情報サイト「TMZ」が療養中のキャサリン妃の写真を掲載。ウィンザー城近くを走る車の中で、サングラスをかけたキャサリン妃は助手席に座っていた。
パパラッチが撮影したこの写真は複数のアメリカメディアでは報道されたが、イギリスのメディアは取り上げなかった。王室から「プライバシー保護と皇太子妃の回復」のために、掲載しないよう要請があったという。
「キャサリン妃は失踪したのではないか」などの陰謀論まで広がる中、イギリスの「母の日」となった3月10日、皇太子夫妻はソーシャルメディアのアカウントで家族の写真を公開した。
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撮影したのはウィリアム皇太子。カメラの前で、椅子に座ったキャサリン妃を3人の子供たちが囲んでいる。元気そうなキャサリン妃の姿、一斉に笑顔を向ける子供たちの構図ですべての懸念、臆測を解消させる意図があった。
しかし、事態は意外な方向に進んでいく。10日夜になって、アメリカのAP通信が「写真が加工された可能性がある」として配信を取り下げた。翌日までにほかの通信社も続々とこれに続いた。
APでは、デジタル写真に対し、色の補正やトリミングなどの微調整は認めるものの、背景をぼやけさせる、明暗差を変えるなど元の画像を大きく変える編集が入ったものは使わないことになっているという。
公共放送BBCを含む主要メディアはどこがどう変わったのかを調べ上げ、ウェブサイトに掲載した。通信社による画像の一斉取り下げは異例だ。
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写真を「編集していた」とSNSで謝罪
主要報道機関が「加工していること」と判断したということは、「キャサリン妃は実は同席していなかったのではないか」という観測までソーシャルメディアで出るようになり、火に油を注ぐ結果となる。
アマチュア写真家として知られ、3人の子供や王室メンバーの写真を撮影して公表してきたキャサリン妃にとって、配信者から取り下げ措置を受けるのは面目丸つぶれだったに違いない。家族の写真公表から2日後、キャサリン妃はソーシャルメディアのアカウントを使って、「編集をしていた」ことを認め、謝罪した。
王室のメンバーを謝罪させることに至った事件についての記事をイギリスの新聞のウェブ版で読むと、読者のコメント欄には、「誰でもスマホの写真編集ぐらいやっている」「これって、報道するような話なの?」「キャサリン妃がかわいそう」などの同情的な声が目についた。
王室が編集前の画像を公開しないと発表したことで、「真実を知りたい」という国民の渇望感がさらに強まった。
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これに応えるかのように、キャサリン妃の謝罪後まもなく、夫ウィリアムとウィンザー城近くのファームショップで買い物をしている動画を大衆紙サンが掲載。たまたま目撃した人が撮影したものだ。これさえもフェイクではないかという人もいた。
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動画公開でイギリス国民が「悟ったこと」
そして3月22日夕方、衝撃的な動画が映し出された。キャサリン妃が「がんが発生していたことがわかった」と自らの言葉で語ったのである。1月に腹部の手術をした時にはすぐにわからなかったが、後にがんが発生していたことわかった、と。「非常に大きなショックでした」。自分ががん患者となったことを夫や子供たちが受け入れるまでに最大の努力を続けてきたという。
この時、動画を視聴した国民はなぜキャサリン妃の容態について何も発表されなかったのか、なぜ公に姿を現さなかったのかを悟った。まずは家族の中で事実を反芻し、それを受け入れるまでの時間が必要だったのだ。特に、3人の子供たちに病状を伝え、母親は大丈夫だと理解してもらうことに注力していたのだという。
BBCが撮影を担当した動画の中のキャサリン妃は縞の長そでTシャツにジーンズというカジュアルな格好だった。もともとスリムなキャサリン妃は一段とやせたようだ。そのやせぶりが心身の疲労を想像させた。
キャサリン妃は国民から寄せられた愛情と激励のメッセージに感謝し、「治療が終わるまで」家族のプライバシーを尊重してほしい、と訴えた。最後は、がん患者やその家族へのメッセージだった。「どうか信頼と希望を捨てないでください。あなたは1人ではないのです」。
「あなたは1人ではないのです」は、故エリザベス女王が2020年12月のクリスマスの日に、国民に呼びかけるメッセージとして使った言葉である。
直接自分の言葉で事情を語ったこと、そしてなぜ公表までに時間がかかったかの説明、国民からの支援に感謝するとともに、同様の状況にいる人々へ温かいメッセージが入った動画は、情報飢餓状態にあった国民を満足させた。
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家族の写真を加工したことが判明した時、メディアはどこが「フェイク」だったのか詳細に分析して報道した。「皇太子夫妻の広報戦略の失敗」として今回の事件を追ってきた。
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ガラリと変わったメディアの「キャサリン妃」評
しかし、動画発表を境にキャサリン妃は一夜にして、「がん患者という事実を自ら発表した勇気ある人」に様変わりした。
「ケイト(キャサリン妃の愛称)、私たちはあなたを支援します」(デイリー・ミラー紙)、「イギリスはキャサリン妃とその家族への共感で『1つになった』」(タイムズ紙)、「お大事に」(デイリー・メール紙)。王室支持のデイリー・エクスプレスは王室の「希望」はウィリアム皇太子夫妻にあるという。一家は「このばらばらとなった世界に平和と調和をもたらす存在だ」。
BBCは親ががん患者となった時、小さな子供にどうやってこれを伝えるのか、パートナーや友人、隣人らがどのような支援をすれば喜ばれるのかなどをウェブサイトやポッドキャストの番組の中で紹介した。
冷静になって考えてみると、王室の主要メンバーの中で国王と皇太子妃ががん患者となり、十全には公務を行えない現状は王室の将来に懸念が出る状況だ。左派系ガーディアン紙がいうように、王室は「最悪の年」を迎えているのかもしれない。
イギリスは3月末から4月中旬まで復活祭の休暇期間に入る。皇太子一家にはゆっくりと水入らずの時間を過ごしてほしいものだ。
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