第8話 ジュブナイル・サイボーグ
〈
大雨に打たれながら、レオは
爆発が噴流となり、装甲を抉り、削り、貫く。
レオを狙っていた固定式の対戦車砲座が、どこからともなく飛来した狙撃弾によって砲身を叩き折られ、機能を停止した。
〈こっちはあらかた終わったか?〉
〈本隊の仕事を残しておきなさいよ。ほとんど一人で機甲師団を壊滅させてるじゃない〉
〈根性が足りん。腰抜けめ〉
低い声で吐き捨てる。
〈オウル、戻ったら脱いで待っていろ。昨日してないからムラムラして敵わん〉
〈呆れた。ほんと、凄い性豪ね〉
二人の視線が、東棟に向いた。
〈援護に向かわないの?〉
〈あいつらには俺たちの援護なんぞ必要ないだろ。後ろから挟撃されんように、ケツを守ってやるさ〉
×
東棟のビルにいたのは兵士と内勤が半々。内勤とはいえ訓練を積んだ企業軍の軍人だ。こちらを見るなり拳銃やPDWを抜いて撃ってくる。
レイヴンは拳銃弾を歯で噛み潰して受け止め、銃を握る女の首を切り落とし、怒号をあげる若い男の顔面を握撃で握り潰しつつ通電。頭部が黒焦げに焼け爛れ、炭のようになる。
ハウンドは個人兵装を温存しているのか、ライフルで応戦。というか、先行するレイヴンの援護に徹していた。
サーバールームは最上階。そこに制御ボードがある。
地上十五階建て——現在、十階。
敵の侵入を考慮してか、階段室が一貫せず、いちいちフロアを突っ切って行かなくてはならない。当然エレベーターなんて使えるわけがなく、二人は東奔西走しながらビルを上へ上へ登っていく。
「ああっ♡ レイヴンの胸が上下左右にっ♡」
「うるさい黙れほんと!」
十三階。敵がロケットランチャーを構え、撃ってきた。四連装のそれが唸るように連射される。
やばい、と思っているとハウンドが押し倒してきた。危うく直撃するところだった、たっぷりの成形炸薬弾が壁に激突し、爆発を引き起こす。
「はぁー……ムラムラする。一発ヤらないと収まらない」
「何言ってんだてめーは!」
レイヴンはハウンドの腰から拳銃を抜き、近寄ってきた兵士の頭を撃ち抜く。
別の兵士がライフルを構えるが、すぐにハウンドがそちらを見ずに、二挺目の拳銃をショルダーホルスターから抜いて撃ち殺した。
「だって、こんなに私好みな女の子いないって……他のやつに汚される前に、マーキングするんです。身体中に、顔に、口の中に、耳の穴にも鼻の穴にも、目玉にもおへそにもお尻にも子宮にも!」
ハウンドがレイヴンを掴み、上下を入れ替えた。
「私のことも好きにしていいですから」
ぷるん、とハウンドの大きな乳房が揺れる。ドットのフェイスにはハートマークが浮かんでいた。機械の犬耳が踊るように跳ねる。
レイヴンは駆け寄ってきた兵士二人を射殺。ハウンドも、足の方の通路からやってきた男女を撃った。
「ぐっちゃぐちゃに絡み合いましょうよ……私が全部教えてあげます。ぜぇんぶ。トランスの
「イカれ女。手が滑って、お前を撃ち抜くかもな」
「釣れない男」
ハウンドは冷めたようにレイヴンを押し除けて、立ち上がった。苛立ったように、レイヴンに銃を向ける。
レイヴンも、いい加減うんざりと思ってハウンドに銃を向けた。
「色狂いめ」
「失敬な。純愛ですよ」
両者が、同時に撃った。撃つ、撃つ、撃つ。ホールドオープンするまで撃ち尽くす。
やがて倒れたのは、二人の背後から迫っていた兵士たち。
「弾切れだ」
「拳銃のマガジンはそんなにありません。これで最後です」
レイヴンは四〇口径のマガジンを受け取って、リロード。スライドを戻し、薬室に弾を送り込む。
「言っておきますが、さっきのは冗談ではありませんから」
「あ?」
「必ずレイヴンを落とします。あなたは、私の専属メス奴隷にしますから」
「言ってろ、クソ駄犬」
十四階。装備は心許ない。
レイヴンは自前の銃火器を破棄し、ハウンドはライフルが弾切れに、予備拳銃を分け合って両方ともラスイチのマガジンだ。
だが彼らには強力な個人兵装と、ブレード、そしてその肉体がある。
十四階は、静かだった。
と、突如電源が落とされる。
〈サーバーが落ちたか?〉
〈非常電源で動かしているんでしょうが、そういうわけではなさそうです。ひょっとしたらレオが変電室を破壊したのかもしれません〉
ドッ、ドッ、ドッ、と重たい足音。
仕切りのガラス板が、弾けるように砕け散り、吹き飛んでいく。
レイヴンとハウンドは左右に跳んで、散った。
視界を暗視モードに切り替えると、顕になるのはゴリラのような体躯のサイボーグ兵。
「パパ……パパが電話してくれない」
「……?」
「泣き声がして、それで、大きい音と……先生が、お前らのせいだって、それで、僕は……」
「レイヴン」
「ジュブナイル・サイボーグか」
純粋で、聞き分けがなく、幼稚で残虐。
道具として扱いやすく、コスパのいい子供の脳という素材を使った、最悪の虐殺兵器である。おそらくはよりコストパフォーマンスを、そして親というものへの神格化を高めるためにペアレントレスの脳を使ったに違いない。
「クソが」
レイヴンは、そのジュブナイル兵というよりは、それを強いる社会に強い怒りを抱いた。
救うとしたら、その方法は脳を破壊し、休ませること。
すぐに銃を照準。撃つ。
しかし四〇口径程度の豆鉄砲は、頑強な鉄仮面のバイザーに弾かれてしまった。
ゴリラのような少年サイボーグはその剛腕を振るい、レイヴンを殴り飛ばす。
「レイヴン!」
咄嗟にブレードを盾にして直撃を凌いだ。だが、掌から、肘から、肩へ駆け抜けて脳にまで衝撃をもたらす打撃力に、視界には俄かに星が散る。
ハウンドが気を逸らすためにホールドオープンするまで撃つが、やはり効果はない。
「パパぁあああああああああああ! うわああああああああああああ!」
野太い声で泣き喚きながら、めちゃくちゃに暴れ始めた。
あれでは近づけない。
レイヴンは遮蔽をうまく利用しつつ、サイドに回った。スキャンは、連続では使えない。相手がいつ使ってくるかはわからないが、サイボーグ相手でも隠密行動は無駄ではないのだ。
〈バリアフィールドにエナジーを回すと、個人兵装が使えなくなります。レイヴンは?〉
〈同じだ。それにバリア張っても、二発防げれば御の字って感じだぞ。あの手の筋肉ダルマの弱点ってなんかないのか〉
〈頸部。肉の装甲が唯一薄く、脳と胴をつなぐ弱点です〉
〈なるほどね〉
ゴリラのように唸り、暴れ、当たり散らすようにスチール机を投げ飛ばす。
ハウンドが狼のような雄叫びをあげた。
直後、〈
突然のことに敵も、レイヴンも怯んだ——だが、意図を察し、レイヴンは駆け出した。
〇・八秒後、被スキャンの警告。
軌道修正。レイヴンはすんでのところで止まり、後ろへ宙返り。一瞬後、目の前を幹のように太い拳が打ち下ろされていた。
レイヴンはブレードを振るってその丸太のような腕を切り付ける。
人工筋肉の分厚い装甲に阻まれ、刃が滑って骨格フレームに達さない。
レイヴンは振り回される腕を回避。屈んで、半身になって、ダッキングして避け、電磁を纏う左拳で顎にアッパーカット。だが、分厚すぎる顎が衝撃を吸収してしまう。
「こっちです!」
ハウンドが机を蹴って跳躍。胸を膨らませ、大音量の咆哮を上げた。〈
激しく波打った表層が、ベリ、と剥がれる。
超振動によって掘削されるようにその表皮が剥がれ、背中の肉が捲りあがり、血が吹き出した。
ゴリラサイボーグは「このやろう!」と叫びながら乱暴に腕を薙ぎ、ハウンドを打ち飛ばす。
「ハウンド! おい!」
〈平気です! ご自身の心配を!〉
レイヴンはハッと顔を上げた。すぐ目の前に、拳。
なんとかブレードを盾に凌いだが、そのブレードが半ばから叩き折られ、先が宙を舞う。
勢いを殺し切れず床と水平に十メートル吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
ゴリラサイボーグがさらに迫り、壁に寄りかかるレイヴンを殴りつけた。
一発、二発、三発——五発、十発。
強化鉄筋コンクリートの壁が抉れ、蜘蛛の巣状のヒビが入る。レイヴンのスキンがズタズタに剥がされ、白血が溢れていた。
人工臓器が激しく圧迫され、白い血を吐血する。
「ゲブッ、ゴボッ……」
「お前のせいだ……パパ、こんな汚い女に殺されたんだ……見せ物にして、わからせてあげるからね」
インナーに手をかけ、それをビリッと破った。
裸体が顕になり、ゴリラサイボーグが泣きながら胸を鷲掴みにする。
「こんな、無駄な肉……」
「……エロ、ガキ。男との喧嘩ってのはな、金玉狙うもんだぜ」
レイヴンは、右足を跳ね上げた。宣言通り、股間を蹴り潰す。
「〜〜〜〜〜〜!!」
サイボーグとはいえ、必ず一定規程の痛覚は備えている。そして、電子ドラッグで麻痺していても、男の急所に駆け抜ける、全身の骨を粉々に粉砕された挙句臓物を槍で突き上げられた後で、胃を雑巾搾りにされるようなあの苦痛は、完全には御し切れない。
ゴリラサイボーグは情けなく前のめりになり、レイヴンは青い稲妻を左手に圧縮し、放射。指向性を持って放たれたそれが、鉄仮面バイザーに吸い込まれるようにして命中した。
「ギッ——がああああああああああああああああ!」
両目を高電圧に焼かれ、沸騰させられた激痛に、相手は絶叫した。
両手で顔面を押さえ、掻きむしるようにしてもがく。
うずくまって震える彼の背中にハウンドが飛び移った。
「筋肉ダルマなら、うち、間に合ってるので」
そう言って鋭いテールソードを振り下ろし、うなじを貫いた。尻尾の剣先が相手の口から飛び出し、白い血を滴らせる。
肉が固まる前に素早く剣を抜いたハウンドは、物言わぬ骸となったサイボーグから離れた。
「これが企業のすることか」
「嫌になりました?」
「いや、別に。周知の事実だったからな」
「おっぱいモロ出し♡」
「あのエロガキに感謝しろ」
レイヴンは最後の階段室を睨んだ。
二人は敵の気配が完全に消え失せたビルを進み、最上階のサーバールームへ入る。
海の中のように青い、深い青色のライトが灯る空間だった。
培養槽に浮かぶのは、生体サーバーとしてその脳を捧げたかつての人間たち。
その数は、千をくだらない。
「爆薬をセットしましょう。タイマーは三分です」
「ああ……」
これから無抵抗な千人を殺す。
しかし彼らは遠からず脳を焼き切られ、死ぬ定めにある。約束された死が、予期せぬ形で早まるだけだ。
それに、レイヴンはある意味ではこの仕事は天職と言える。
その時々に義憤や正義感を感じても、結局は殺人を犯したところでそこまで深刻な後悔や、精神的外傷に悩まされない。まだ一日しか経ってないとはいえ、自分はそういうものに対して鈍感というか、ひどく無感情なのだろうな、という気がしていた。
今だって信管を爆薬に突き刺してセットしている手が躊躇いに震えることも、良心の呵責に苛まれることもない。
流れ作業のようにそれを行なっている。
「セット、終わったぞ」
「こちらもでず。屋上に出て、飛び降りましょう。あと三分もせず起爆します」
「急がねえとな」
二人は走り出し、屋上のヘリポートへ出た。軋む鉄扉を蹴りあけて、横殴りの雨が降り注ぐ中、正方形のヘリポートを走り、そして飛び降りた。
ブワッと体が浮く感覚。
加速していく、その背後で十五階のサーバールームから爆発の炎が噴き出した。
轟音と、瓦礫の破片が降り注ぐ。
レイヴンとハウンドはバリアを張って着地し、無事仕事をやりおおせた。
〈こちらレイヴン。終わったぞ〉
〈愛を
〈あら、羨ましい〉
〈俺も混ぜてくれ〉
やはり好き放題言ってくれる。
レイヴンらの状況を見ていたリリアが、通信を入れてきた。
〈お疲れ、諸君。任務完了だ。現場は本隊が引き継ぐ。君たちは帰島したまえ〉
任務完了——そう聞いた途端、レイヴンの中の緊張の糸が切れた。
視界がふらっと揺れ、平衡感覚を失い、
「お、っと」
ハウンドの胸に倒れ込み、そのまま意識を失ってしまうのだった。
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