第6話 襲撃
「ショルダーホルスター失礼します」とハウンド。
「自分でやる」
「レッグホルスター、巻くわね」とオウル。
「いらん」
「ジャケットは防弾装備にもなるぞ」とレオ。
「おいお前ら」
とうとう我慢ならなくなり、レイヴンはクアッドローター式のヘリ——ドローンによくある、四つのプロペラで飛び回るマルチコプターだ——のカーゴ内で、自分のことを蝶よ花よと言わんばかりの扱いをする仲間に低い声で喉を鳴らした。
ショルダーホルスターを取り付けつつさりげなく胸を揉むハウンド、レッグホルスターを巻きながら足を撫で回すオウル、ジャケットを着させながら抱きすくめてねっとり密着してくるレオ。
「おい、俺は安っぽいハーレム風俗に来たんじゃねえんだぞ」
「ええ、ここはネペンテス所有のクアッドカーゴ、キルシェの機内です。そしてこれは金銭を受領して行う性的サービスではなく、親愛と愛情からくる純愛の——」
「俺にまだ人間としての権利があれば訴えてるよ」
「博士に弁護士を雇ってもらうので怖くありませんね」
ハウンドがしれっとそう言って、しっかり争う姿勢を見せた。
なんでこいつは性犯罪まがいの行為を肯定するのか。生体脳にインストールした学習データの大半は、ひょっとして薄い本の類だったんじゃないかと疑いたくなる。
レイヴンはカーゴの棚に固定されている兵装を掴んだ。
PDWのレグルス-71、高電磁ブレード、ハイパワーリボルバーのハンドガン・ミザールー51。その他、各種手榴弾にプラスチック爆弾。
仲間たちもふざけるのをやめ、各々、準備に取り掛かった。
キルシェはステルスコーティングを施した隠密機動・隠密離脱を主眼に置いた空挺機である。兵員輸送と言いつつも、その実態は打開力の高いアサルト・ストライカーの運用に特化していた。
アンドロイドの管制官が操縦を担当し、万が一撃墜されてもそのまま作戦遂行を可能とする継戦能力を兼ね備えている。アサルト・ストライカーの空挺機のことを特攻機、と揶揄する兵士もいた。
ちらりと仲間たちを見た。
しかし、どう見ても素晴らしいほどのムチムチ具合だ。インナーが窮屈そうにパツパツに張り、レイヴンとオウル以外はトランスなのか、股間にはペニスの膨らみがはっきりとある。
オウルは二〇ミリ対物多薬室狙撃銃を抱えていた。一六六センチの彼女と、同じだけの身の丈がある。
「オウルは、スポッターはいらないのか?」
「ファンネルを飛ばして計測や警戒を代行させるから必要ないわ。一時期レオに頼んでたけど、ボディタッチがひどくてやめちゃった」
「戦えないとムラムラする。そんなときにオウルのようないい女がいると、陰茎が苛立つ」
「はっきり言うなボケ」
レイヴンは辛辣に突っ込んだ。こいつらは平気で下ネタを——しかも直裁的でエグいネタを——ぶちこんでくる。歩くエロ同人語録みたいな連中だった。
自分は基地で、こいつらと同じくらいの色狂いだと思われているんだろうか。
軍隊という組織がそう言ったことに寛容——というか、オープンだという話は聞いていたが、想像以上である。
何はともあれ傍迷惑な話だ。
オウルは涼しい顔で「レオは余裕で十回戦超えるからあそこがヒリヒリして大変なのよね」とぼやく。
だから聞いてねえよ、と思いながら、レイヴンは装備を整えた。
そのレオは、ゴテゴテした鎧のようなものを着込んで、体が二回りも大きくなっていた。
管制官の機内放送が、無線で届いた。
〈当機キルシェはエルドシェルド州空域に侵入。航空警戒網の欺瞞に問題なし。地上部隊はすでに山岳部まで侵攻しています〉
〈あらかじめ地上部隊は動かしていたんでしょう。兵器である我々に拒否権なんてありませんから、任務を受けること前提で進んでいたんでしょうね〉ハウンドがジャケットに袖を通し、言った。
管制官が続ける。〈敵基地周辺空域に突入後、貴官らをカタパルトで射出します。着地後は、速やかに制御ボード破壊を目指してください〉
〈待て、カタパルトってなんだ。パラシュートとかじゃないのか!?〉
レイヴンが慌てると、オウルが〈そんなことしたら狙い撃ちにされるでしょ〉とごもっともなことを言う。
〈昨今の空挺作戦はカタパルトによる射出を使った高速機動が普通だ。特にサイボーグは。我々は最新鋭の第七世代だ。自分と博士の腕を信じろ〉
〈マジで言ってんのかよ……体感、おとといまで平凡な作業員だったんだぜ、俺〉
〈人生逆転じゃないですか〉
〈転落だろこんなの。くそっ〉
考えたのは二秒。
すぐに決断。
〈いい、やる。駄々こねてたら無理くり射出されそうだ〉
〈相変わらず思い切りがよろしいようで。その調子で私の愛も受け入れてください〉
〈肉欲の間違いだろうがよ〉
管制官が〈射出まで九〇秒。射出カタパルトへ移動してください〉と言った。
レイヴンたちは機体のサイドに並ぶ棺桶のようなスペースに入る。
上下左右にレールがあり、投射物を押し出す台が設置されていた。ホロブレインへの負荷を軽減するために、高電磁の電磁式カタパルトではないらしい。おそらくは前時代的な、炸薬で射出するタイプのものだろう。
どのような姿勢を取るかは、すでに知っていた。例によって睡眠学習で。
両手をファラオのように胸の前で重ね、足を出口に向ける。
〈三〇秒〉
いやが上にも緊張が高まる。
レイヴンは深呼吸をした。鼓動が加速し、それを落ち着けるように大きく息を吸い、吐く。
〈一〇秒〉
間もなくだ。
キルシェは敵基地の防空圏内に入っている。長居すれば、ステルスコーティングで欺瞞している電子迷彩も見破られるだろう。
〈五、四、三、二、一……射出します。
ドガンッと鼓膜と脳をぶん殴るような炸裂音、頸椎が折れそうなほどの衝撃が駆け巡った。
視界が凄まじい速度でスライドし、あっという間に空に投げ出される。
速度メーターは時速四〇〇キロを突破。
叩きつけるような雨が、体を襲う。昨晩フィオヴィレを襲っていた雨は、こちらに来たらしい。それか、偶発的に別の雨雲が発生したのか——まあそれはいい。
一五四〇時、作戦開始だ。
〈レイヴン、バリアフィールドを展開しろ〉レオがそう言った。
〈バリアっ……これがなんになる!?〉
〈物理的な衝撃を大きく和らげるものだ。我々を銃弾などから防いだり、要人を事故や暗殺から守るものだ〉
そういえば昨日、敵が使っていたっけか——あの時は咄嗟にその効果やなんかを理解していたが、なるほど、睡眠学習の知識とはあくまで知識であり、経験ではない。慌てて咄嗟の状況になると、「知識だけ」の情報はなかなか出てこない。
レイヴンはバリアフィールドを展開した。
眼下まで一〇〇メートルを切っている。下は、木々がまばらに生える丘。
足を下にして、斜めに突き刺さるような姿勢でレイヴンは地面に激突した。
岩を粉砕する破砕音が響き、石塊が宙を舞う。レイヴンは派手に五回ほどバウンドし、なんとか止まった。
「最高に……生きてるって感じだ」
うなじに手を当て、首をバキバキ鳴らしながら起き上がる。
常人なら今頃目も当てられないような悲惨な肉片になっていただろう。
バイオスキンが切れて血が出ていたが、すぐに経絡回路から染み出したナノマテリアルが損傷を修復し始める。
〈ハウンド、着地。レイヴンに合流します〉
〈オウル、タッチダウン。同じく合流する〉
〈レオ、了解。無事着地だ。レイヴンに合流する〉
仲間たちも無事らしい。
レイヴンはほっと胸を撫で下ろし、装備品を確認。
さすがにこうした無茶苦茶な空挺作戦を想定した設計なだけあり、壊れている様子はない。
三人が集まってきた。怪我も傷もない。まあ、多少の傷ならナノマテリアルが修復してしまうのだが。
レイヴンは銃を構え、丘の下に広がる敵基地を睨む。
「中央管制室があるのは、東棟。最優先でそこを襲撃したいが、警備も厚いと思う」
「じゃあ、どうします?」
「二手に別れよう。俺とハウンドが東棟を叩いて、レオの火力で陽動してもらう。いや、三手か。オウルには援護を頼みたいからな」
「心得た、存分に暴れよう」
「狙撃なら任せて」
レオが背部バーニアを噴かし、飛翔。
「先手必勝だ。すぐに仕掛けるぞ」
くるりと身を翻し、レオは加速した。レイヴンとハウンドも人工筋肉の出力を上げて、駆け出す。
オウルはバイポットを立てて狙撃銃を地面に固定、伏せ撃ちの姿勢を取る。ボルトを引いて、薬室に弾丸を送り込んだ。同時に、太腿に取り付けていたファンネルを四機飛ばし、観測機動を開始する。
レイヴンとハウンドは丘の斜面を滑り、疾走。基地の外壁にジャンプして飛びつき、爪を立てて駆け上がっていく。
壁上に出ると、早速歩哨の兵士に気づかれた。「なんだお前ら——」と言ってライフルを向ける左腕を掴み、捻り上げ、へし折った。
すぐにその手を離して喉を掴みあげ、ゴキ、と砕く。
ビクビク痙攣した体が、その股から糞尿を漏らして、脱力した。
ハウンドは見張りの兵士の喉笛に喰らいつき、展開した高電磁牙で噛み切っていた。超高温の牙に肉と頸動脈を抉られ、蒸発した血液が赤い血霧となって舞う。すかさず、槍の穂先を連ねたような蛇腹剣のような尾で心臓を貫き、大腿部の動脈を掻き切る。
手慣れたものだった。
死体を捨て置き、基地の全容を睨む。
雨に煙る基地は、北西で騒ぎが起きていた。
爆発、爆発、また爆発。重装サイボーグのレオが大暴れしているのだ。恐らく個人兵装を使っているのだろう。
兵力がそちらに集中しているうちに、レイヴンはハウンドに目配せした。彼女のドットモニターにサムズアップが浮かぶ。
壁から飛び降りて、侵入。真下にいたサイボーグの脳天を、抜き放った高電磁ブレードで刺し貫く。
ホロブレインを破壊されたサイボーグは悲鳴もあげずダウン。白い人工血液をぶちまけ、沈黙した。
ハウンドがスキャンを行なって、見張りの位置を探る。
〈最低限の警備を置いて、全員レオの元に向かったみたいです〉
〈後ろから撃たれても面倒だ。道中の邪魔者は始末していこう〉
レイヴンは銃を腰に提げ、代わりに高電磁ブレードをしっかりと右手で構えた。刃渡り七十センチほどの直刀である。刃の部分が、青色の高エネルギーを纏っていた。
ハウンドのスキャン情報を同期し、レイヴンは倉庫の曲がり角にいた若い男の喉に刃を差し込む。じゅう、と音を立てて瞬時に血が沸騰。ゴボゴボと、血と黒ずんだ焦げ臭い煙を吐いて、白目を剥いた。激しく痙攣するその男を投げ捨て、奥の小道から出てきた女がこちらに気づく。
「侵入者か——」
すかさずハウンドが羽交締めにした。
「私と遊んでぇ」
ネットリと絡みつきつつ、抵抗を許さぬ万力のような力を込め、全身の骨を砕く。この世ならざる凄まじい音が響いた。
さながら軟体動物のように
「お前ってバイオレンスだな」
「
レイヴンは、そのとき警報が鳴ったのに気づいた。
「さっきのサイボーグ、定時連絡を担っていたんですかね」
「監視カメラは欺瞞してるし、それだろうな。……やれやれ」
ため息をついて、赤いランプが回転するガレージを睨んだ。
前方、五〇メートル先の重たそうな隔壁が開く。
そこから現れたのはムチムチした生体脚を二本持つ、首のないずんぐりとした巨人。
鳥脚の逆関節脚に、箱型の胴体と、銃火器のハードポイントを兼ね備えた肩。
世界中に流通する無人兵器・ドヴェルグがその姿を現すのだった。
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