第5話 ネペンテス、集合
基地の特別小作戦会議室に既に来ていたリリア・アーチボルト特務中佐は煙草を吹かし、時間の十分前に入室したレイヴンとハウンドを一瞥し、にっこり微笑んだ。
「仲良くなれたみたいで何よりだよ」
「これのどこが仲がいいんだ博士。このセクハラ野郎今朝は俺のっ——」
「ええ、とっても仲良しです! お風呂で裸の付き合いもしましたし」
両者、言うことが真逆だ。
リリア博士はやはりというか満足げに頷き、着席を促す。
煙草を携帯灰皿で擦って揉み消し、吸い殻をその中に入れて蓋を閉じた。
レイヴンたちが座る。途中のドリンクサーバーでもらってきた熱いブラックコーヒーが、紙コップから湯気を上げていた。ハウンドも頭を傾けつつ、犬フェイスの口にブラックを流し込む。
さっきからレイヴンたちは砕けた態度だが、軍隊といえど一から十まで常に叩いて固めたような態度で過ごすわけではない。ラフに過ごす時はそうするし、通すべき時は通すという感じだった。
リリアはホロモニターを操作して、マップ情報を映し出した。レイヴンとハウンドが紙コップを握り込み、パイプ椅子に前のめりに座り込む。
「今回の作戦は少々規模が大きい。新設されたネペンテスの本領と言えるだろう」
と、ゴンゴン、とドアがノックされた。リリアがニッと笑って「入りたまえ」と入室許可を出す。
一体誰が入ってくるのか。レイヴンが上半身を捻りつつドアの方に振り返ると、力強く開かれたそこから二人のサイボーグ——もしくはアンドロイドが入ってくる。
一人は漆塗りのような黒い姫カットの生身比率の高い、背の高い女。胸と尻はムッチリしており、エネルギーの効率がどうとかじゃなくてリリア個人の好みを疑いたい義体をしている。
長い後ろ髪をポニーテールに結い、しなやかな歩き方だレイヴンの席から一つ空け、隣に座った。二重の東洋系だ。小麦色とも黄色とも取れる肌に、どちらかといえば扁平な顔立ち。それでいて奥ゆかしく、雅な雰囲気はまさにそうだ。
彼女はレイヴンと目が合うと、フッと微笑んだ。
その控えめな笑みが、真っ直ぐに目を合わせておくには気恥ずかしくて、思わず逸らしてしまう。
「レイヴン、浮気は許しません」
「浮気? ものは言いようだな」
「オウルも。レイヴンは私のものです」
「あら、彼は誰のものでもないと思うけれど」
オウル、と呼ばれた和風美女が異を唱えた。レイヴンもその通りだと賛同したかったが、レイヴンとオウルの間の席にどっかりと、大女が座る。サイボーグ用の耐荷重パイプ椅子が、悲鳴をあげた。
「でけえ……」
大女がこちらを見た。
褐色肌にセミロングの銀髪、筋肉質な体をしている。おそらくはブーストマンとサイボーグのハイブリッド。腕と足は機械化し、胴体は生身だ。ムチムチでムキムキ。身長は、ゆうに二メートルを超えている。
頭部には鬼の角のような黒いユニットが、一対。
「レイヴン、だな」
「あ……はい」
「俺はレオ。重装兵だ。よろしく頼む」
「こちらこそ……」
差し出された大きな手を握り返す。無骨な態度の割には意外と優しい手つきだった。
リリアがぱんぱんと手を叩いた。
「親睦は後程深めてもらうとして、アサルト・ストライカー〈ネペンテス隊〉のメンバーが揃ったね。レイヴン、ハウンド、オウル、レオの四人にはこれから重めの任務をこなしてもらう」
モニターを操作。映し出されたのは、この沿岸部のフィオヴィレ市周辺のマップだ。
このフィオヴィレはディオネア・インダストリーズが支配する州都・ディネレスの周辺都市圏——つまりはディオネア州の南西に位置し、西の玄関口でもあり海の通用口でもある。
経済の発展を担う重要な拠点であると同時に、敵にとっては狙うべき最優先目標に設定される土地でもあった。
それは昨日のような
命の値段が、どうしようもなく安い時代——企業勢力の台頭と、文明の発展に伴う人々のモラルの変化がもたらした弊害であった。
富めるものはより私服を肥やし、貧しきものは明日の食事のために人を殺す。
レイヴンは今の時代がそういったものであることを知っているし、そしてそれはおそらく、取り繕う表層は違えどいつの時代もそうだったに違いない、と思っていた。
人間は、そこまで他人の命を尊重しない。レイヴンが二十一年の人生で学んだ教訓である。
「君たちに襲撃してもらうのはフィオヴィレの北西一二〇キロ地点山中にある敵前進基地だ。エルドシェルド・グループのFOB18。チャフクラウドの影響で衛星からの映像は当てにならなかったが、幸い広域無人偵察機が一機戻ってきた。どうやら、順調に軍備を拡張しているらしい」
映し出される映像は、広域の無人機が捉えたものだろう。荒い画質の写真が何枚か映る。
小銃で武装した歩哨に、無数に並ぶ戦闘装甲車両。履帯式、四脚式など多様だ。
別の写真では、兵士の訓練の様子が映っていた。
「懲罰を受ける立場の者を射殺、腕を落としているらしい。少年兵にやるような訓練だが、実際そうなんだろう」
リリアは続けた。
「サイボーグならいくらでもガワは作れるが、精神年齢まではそう簡単にいじれん。精神治療で誤魔化せても、根本的には変わらないからね。おそらく、少年兵の脳を搭載した
レイヴンは、眉ひとつ動かさなかった。
「少年兵なんて、珍しくないだろ」
ただ、そう言った。
ハウンドも頷き、
「今時珍しくはないですね。生活のため……より正確には、贅沢のために、あるいは刺激を求めて少年兵になりたがる子供もいますから」
「悲しい時代よね。まあ、私は別に命を粗末にするガキの一人二人、捻り潰したところで心なんて痛まないけど」
オウルが冷淡に言い切り、レオも「同感だ。刺激のある仕事なら他にいくらでもある」と女にしては低い声で言う。
リリアも「そうだね。悲しい時代だ」と無感情に頷いてから、続けた。
「私が注意したいのは、少年兵は死を恐れないことだ。おそらくは電子ドラッグの類で規定された痛覚や恐怖心をかき消しているだろう。会敵した場合の選択肢は『死ぬまで殺し切ること』だ。それが彼らのためにもなる」
レイヴンは残りのコーヒーを呷って、紙コップを握り潰した。黒い義手がギチ、と軋む。
初陣の翌日に受ける任務としては、ハードだ。精神的に? ——いや、労力的に。
普通、基地をひとつ落とすなど軍隊の仕事だ。いや、ネペンテス隊も軍の一組織だが、そう言う意味ではない。もっと、隊伍を組んだ兵隊が、戦闘機とかの支援を受けながらやるような仕事、と言う意味である。
決して、サイボーグ四人で行うことではない。
「作戦最優先目標は、敵制御ボードの破壊。無人機や広域戦術ネットワークを制御している制御ボードを破壊するんだ。その後、本隊が突入する手筈となっている」
「一応、後詰はいるんだな」
「当たり前だろう? たった四人で基地を制圧するなど物理的に不可能だ」
言われてみればそうだ。一騎当千の戦士でも、その肉体はひとつ。広大な空間を、単独で完全掌握することは無理である。
レイヴンは頷いて、ハウンドを、そしてオウルとレオを見た。
「よろしく頼む」
三人の同僚は力強く頷き、「任せてください」「こちらこそ」「ああ」と各々、頼もしく返事をするのだった。
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