ビースト・ネペンテス — 瀕死になった俺、機械化置換手術を受けてムチムチ爆乳スケベボディの女サイボーグになる —
裡辺ラヰカ
【EP1】セカンドライフの始まり
Chapter1 初陣
第1話 悪魔の取引
まさか、古典ラノベの人気ジャンルだったTSなんてものを体験する日が来るなんて思いもしなかった。
もちろん、こんな時代だ。機械的な措置であれ人体工学的なものであれ、後天的に性別をいじることなんてお茶の子さいさいである。男が女に、その逆も、あるいは両方の性別を両立することだってできる。
だがまさか、生涯を平凡な男として過ごすと思っていた工場作業員が……ドスケベな体の女サイボーグになって、同僚の美女たちからチヤホヤされる傭兵生活を送るなんて、普通夢にも思わないだろう?
そんな、夢のような——というわけでは、決してないが……とにかく、異様な事態に、ある青年は巻き込まれていくのだった。
始まりは、いつも通り早出で出勤した日のこと。
ありふれた仕事日和の、昼休憩の時だった。
×
ある下請け企業のありふれた部品組み付け工場。超極小の精密電子基盤に、専用の機器を使って素子を組み付けていく淡々とした仕事をする場所だ。
ミオ・ドローメルはこの仕事について三年が経っていた。十八で高校を出てすぐに就職したのは、世話になった孤児院に恩返しをしたかったから。二十一歳の彼は、今日も早出で勤務についていた。
「ミオ、今日終わったら飲みに行かないか」
隣で作業する友人のアスハが、浅黒い肌を覆い隠したマスク越しに笑うのが想像できた。
「どうせストリップだろ。行かねえよ」
「つれねえなあ。女っ気がないお前に気を遣ってんだぞ?」
「その気遣いを女にしてやれば、彼女もできるだろうに」
「今時万能細胞の人工授精が当たり前だぜ。めんどくせー女と恋愛するなら、俺はアンドロイドと手ぇ繋ぐさ」
ふん、とミオは鼻を鳴らす。その気持ちはわからなくもない。
性の多様化によって世界的に出生率が下がった際に行われた施策。それが万能細胞を用いた人工授精だった。人工的に作られた精巣や子宮で子供を作ったのである。
人工性器同士によって生まれた、
一昔、二昔前までは異常と思えるであろうこの光景も思想も、今となっては当たり前だ。アンドロイドに育てられた生身の子供は普通だし、ミオもアンドロイドの先生を、親だと思っている。それにアンドロイドと恋愛をしたり、結婚するのも今では珍しくない。
「はぁ……目ぇ疲れてくるぜ」
「視力矯正受けろよ」
「受けてるよ。見えすぎるから疲れたんだ。くそ、調子こいて七・〇まで視力上げた俺が馬鹿だった」
「お前は裸眼の狙撃手にでもなりてーのか」
「いいだろ別に。てーか物理的ってか、視界投影で疲れるんだよ」
「そりゃ目じゃなくて脳が疲れてんだ」
雑談しながらも、手は止めない。アームを操作し、組み付けていく。アームはトレース回路を搭載したグローブで動き、超精密機器の回路を形成していく。視界は、電子的に拡大されていたそれをデジタル投影するハイパーマイクロスコープを使っていた。その映像は、コードによるラグのない有線接続によって目に直接投影されている。
人間が堕落する——というよりは、仕事がないと落ち着かない人間のために、あるいは社会生活保障では収入が満足できない層のために、仕事は存在していた。アンドロイドにはアンドロイドの仕事があり、人間には人間の仕事がある。その職種が絡まることもあるが、だからといってそれが普通だから、旧時代的にアンドロイドに仕事を取られると喚く人間は、支離滅裂な陰謀論を喚く者ほどしかいなかった。
そのとき、昼休憩を伝えるベルが鳴った。
「おーし、飯だ飯!」
「合成肉によくはしゃげるな。合成肉とゼリーだろ、どうせ」
「しゃーねーだろ。ホンモンの肉は嗜好品で、俺らにゃ高くて手ぇでねえんだから」
「課税率もえぐいしな。ナマの肉は今、税率いくつだっけ?」
「五〇〇パー。百円の肉買おうとしたら六〇〇円だぜ。まあ百円の肉なんてありえねえけど」
動物の人工性器受精は、愛護の観点から許されていない。
人間は無の親から生まれるのに、動物はダメなんだとか。ミオは、そんなことはどうでもよかった。本物の肉なんて、一回も食ったことがない。なのでその良さがわからなかったのだ。
動物を殺すのは、人道に反するとかなんとか。意味がわからなかった。あちこちで人間が人間を殺すのに。あるいは、アンドロイドも人を殺すのに。
アスハがうなじに接続していたコードを抜いて立ち上がった。腰を、パキパキ鳴らす。彼の右腕は機械化されており、滑らかなメタルスキンがライトを反射する。
ミオもジャックからコードを抜いた。視界が、いつも通りの工場の景色に戻った。
「行こうぜ。一時間の貴重な休憩だ」とアスハ。
「はいはい。そう急かすなって——」そう言ってミオは立ち上がって、ふと周りが慌ただしいのを察した。「なんだ……?」
直後、けたたましい防災サイレンが鳴り響く。
「火事です。火事です。B区画で火災が発生。従業員は直ちに避難してください。防災プロトコルに則り、三〇〇秒後に当該区画を隔壁で閉鎖します。繰り返します——」
ミオとアスハは顔を見合わせた。
「B……ここだぞ、ミオ!」
「逃げるぞ!」
周りの工員たちも、一斉に逃げ始めていた。スプリンクラーが作動しているが、火の手に比べてあまりにも水の出力が足りていない。
精密機械、特にそこには企業の特許に関わる技術が用いられている。技術情報を火事場泥棒で荒らされるよりは、工員を閉じ込めて蒸し焼きにしたほうが損失は少ない——昨今の企業らしい考え方だ。
ミオたちは人に揉まれながら前に進み、だんだん迫る焦げ臭い炎の匂いと充満する煙、熱気に精神が焦り始める。
「隔壁が閉まるぞぉ!」
「逃げろ、逃げろ!」
「しっ、死にたくねえっ!」
押され揉まれ、アスハがつまづいて転んだ。火の手は、すぐそこ。隔壁は目前だが、目の前の扉は今にも閉まりそうだ。
「ミオっ……俺はいい、いけ!」
「ふざけんな!」
ミオはアスハを助け起こし、隔壁の向こうへ突き飛ばした。アスハはわずかに迷ったが、ミオを尻目に閉まっていく隔壁を匍匐前進で進んでいく。
「ミオーーーーッ!」
「くそっ……」
炎が目の前まで迫る。
ミオは閉まった隔壁を前に、何度も殴りつけた。
「くそっ、くそっ! 開けろっ、畜生! このっ——!」
炎がすぐそこにあった。足と背中が焼けるように感じられ、やがてそれは錯覚ではなくなった。
激しい煙が喉と肺を焼き、呼吸ができなくなる。
「ぐ——が……っ、ふぅっ……」
涙が溢れ、全身が丸まっていくのをどうにもできなかった。焼けて、筋肉が萎縮しているのだ。骨が軋み、全身に言葉にならない激痛と苦痛が迸る。
意識が薄れていく。焼ける苦痛が、肉体の外と内から広がって、視界が色を失い黒ずんだ。
目が焼けているのか、意識を失っているのかわからない。
やがてミオは、その命を失った。
走馬灯なんて見なかった——そんな、大層な人生じゃなかったということだろう。
ミオ・ドローメルの二十一年の人生は、そのようにして終わりを迎えるのだった。
×
暗い、寒い。
死んでもなお、この暗闇が続くのだろうか。東洋には八寒地獄というものがあるというが、それはこのようにして始まるのだろうか……そんなくだらないことを考えた。
ミオは何もない真っ暗闇の中で、身を刺すような冷気に凍えていた。いや、凍えるというのもおかしい。とっくに体は焼け爛れ存在しないのだから。
「あー、あー。ミオ・ドローメル君。聞こえているかね」
声。
何者かの、低い女の声が脳内に響いた。
「聞こえているなら答えてくれ。念じるだけでいい」
「……これは、古典ラノベの異世界転生ってやつか?」
「よかった、聞こえているね。残念ながら私は女神ではない。女でもないし。まあ男でもないが……と、冗談はさておき、単刀直入に質問しよう」
一体、これはなんだ?
お前は誰だ、これはなんだ、ここはどこだ。様々な疑問と質問が湧いて出てくる。
「私はディオネア・インダストリーズの一技術者だ。リリア・アーチボルトという。現在、超法規的医療制度に基づき、君の深層心理に質問をしている」
「ちょう、ほう……?」
「通常医療では許されない技術で君を救うということだね。……君、新型義体に興味はないかい? 我が社ではその被検体を探していてね。新設される傭兵部門に配属するための兵士ということになる。まあ、扱い的には兵士というより兵器だが」
「誰がそんな取引……何言ってんだてめえは」
声の主は、低く笑った。嗜虐的とも取れる笑い方である。
こいつ、
「ミオ・ドローメル。レヴィディア州オルゴヴィスの出身。典型的なペアレントレス・チルドレン。孤児院に毎月仕送りをしているそうだね」
「それがなんだよ」
「君が機械化置換手術を受けるのなら、その補償金として孤児院に資金援助を行うと約束しよう。半永久的にね」
「な……」
「そんな取引、いやかね?」
畜生、足元を見ていやがる。
ミオは喉を鳴らすように唸った。この深層心理とやらの世界に喉なんてないが、もしあったら獣のような声が出ていただろう。
「……その話、本当だろうな」
「しっかりとした書面も作成する。約束しよう」
この取引に乗れば、自分は義体化——サイボーグになる。傭兵として生きることになる。しかも口ぶりから察するに、人としての扱いは望めそうもない。
それはつまり、場合によっては人殺しに加担するということだ。淡々と、殺人兵器として運用されるということ。
けれど、自分が手を汚せば……先生も、子供たちも不安を取り除いて暮らせるのだ。もしかしたら、老朽化した建物も新しくできるかもしれない。
先生の顔を、同級生や小さな子供たちの顔を思い浮かべ、ミオはゆっくりと考えたのち、
「嘘だったら、呪い殺す」
「取引成立ということでいいかな。……ありがとう、最高の義体を君に与えよう」
声の主はそう言って、問いかけを止めた。
フッと、ミオの意識に光の輪がいくつも流れてくる。何かにスキャンされているのだ。
これは——ホロスキャン? そう思っているうちに、ミオの意識は今度こそ、溶けて消えていった。
せめて最後に、先生にぎゅっと抱きしめて欲しかったな。
そんなことを、思った。
★★★
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