ごをすと・ぱれえど!

裡辺ラヰカ

プロローグ ようこそ、魅雲村へ

 神奈川県某市。沿岸部の街で暮らす漆宮燈真しのみやとうまは、その日迎えに来た車に乗って県内の魅雲山地に向かっていた。

 車窓から流れる景色は緑緑緑の連続で、飽き始めていた。七月の終わり、夏休みに入った燈真を待っていたのは父からの突然の海外出張の知らせと、そして古い知り合いの家に燈真の面倒を見てもらうから、という拒否権のない決定だった。


「何もないところだけど、がちゃがちゃした都会よりは静かに過ごせるから。ね?」


 運転席に座る、栗色のボブカットの女性――山囃子伊予やまばやしいよはそう言って、バックミラー越しに微笑んだ。

 なんとなく、たぬき系美女を想起させる女性だ。歳は知らないが、三十半ばかそこら。控えめに言っても美女で、とにかく母性が物凄く溢れている。世の疲れ切った男が見ればバブみを感じるとか、オギャりたいとかいうに違いない。

 伊予はハンドルを操作して葛折の山道を進んでいく。燈真は事前に酔い止めを飲んでいたので、酔わずに済んでいた。


「燈真君は、……不思議なもの、オカルトにはどれくらい興味があるかしら」

「ええ……何、急に」

「ちょっと気になったから。どう?」


 どう、と言われても、なぜそんなことを唐突に聞いてきたのだろうという疑問が真っ先に湧いてくる。どういう意図の質問だろうか。ひょっとして伊予さんはオカルト女子なのだろうか。

 燈真は言葉に迷ったが、素直に答えた。


「あってもいいし、なくてもいいって感じかな。月見そばの卵みたいなもんだよ」

「月見そばの卵は、あったほうがいいと思うけど?」

「それは……ごめん、そうかもな例えをした俺が悪かったです」


 伊予はくすくす笑った。

 山道が晴れる。


「ついたわ」


 視界が開け、燈真は窓を開けて景色を眺めた。

 魅雲湖が太陽光を反射して青くキラキラ輝き、クルーズ船の停泊場からはレイククルーズに向かう船が出航している。

 村と聞いていたからその発展具合には、失礼だが期待していなかったが、地方都市の町くらいには設備が揃っている印象だった。決して田畑が延々と地続きというわけではなく、コンクリートとアスファルトも存在していた。


「ようこそ、魅雲村へ」


 伊予がそう言って微笑んだ。——と、


「! それっ、」


 彼女の頭頂部に、丸っこい狸の耳が現れる。

 カチューシャを今し方つけたという様子ではなかった。というか、髪の毛を掻き分けて耳が跳ね起きるのをはっきり見たのだ。

 先ほどの質問の意味を、喉の奥で噛んで、吐き出した。


「伊予さんは、化け狸……? なのか?」

「ええ、そうよ。この村の住民はその大半が妖怪」


 車が村に入る。外周部の田園で働いているのは、角が生えた鬼だったり、伊予と同じ化け狸である。


「じゃあ、俺が暮らす稲尾いなおの屋敷も……」

「そう、妖怪屋敷よ」


 伊予はそう言って、やはりバックミラー越しに微笑むのだった。

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