フジサンケイの「万骨」 5
「女帝」の誤算と外資ダルトンの楔
ついに届いた! 外資アクティビストからMBOの株主提案。業績も株価も低迷する「老人天国」は、人事の強権で辛うじて支えてきたが、ポニーキャニオンで解雇や懲戒が頻発するのもその縮図。挙句にお手盛りの役員報酬を貪って、事実上のグループ解体を迫られた。内憂外患、さあどうする株主総会。 2日間は全文無料、以後は一部有料。
クリエーターの乱 5
知る人ぞ知るだろう。昨年3月19日、ポニーキャニオンでウィッスルブロー(内部告発)の先鞭をつけたインハウス弁護士、つまり法務部所属の榊原拓紀弁護士のことだ。
前職は内視鏡のトップメーカー「オリンパス」の社内弁護士だった。
そう、2011年6月、1200億円に達する巨額損失「飛ばし」が発覚して、菊川剛会長らが逮捕されたあの東証1部(現プライム)企業である。榊原氏の入社は事件後の16年だが、粉飾の陰に隠れて中国・深圳でも贈賄疑惑が残っており、調べようとした社員が左遷されたため、18年にパワハラと公益通報者保護法違反でオリンパスを相手に東京地裁に訴えた。
自宅謹慎処分を受けて干されても怯まず、同年11月21日、日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見を行った。前日転んだとかで、額の擦り傷と目尻に微かに青あざの残る顔ながら、滑らかな英語で受け答えしたため、オリンパスの株価が急落、予定していた社債発行が取りやめになったという武勇伝の持ち主である。
敵に回したら怖い人材のはずだが、その彼がなぜポニーキャニオンに?
係争を終えて21年3月末でオリンパスを退社してから、エージェントなどを通して新しい就職先探しを始め、22年4月13日、ポニーキャニオンの一次面接を受けた。面接官は法務本部を率いる深町徳子取締役と伊藤倫生法務部長ら4人だったという。
面接で「胸キュン」
むろん、オリンパスでの内部告発などの経歴を包み隠さず明かした。法務部内から「お台場(フジテレビ)との関係は大丈夫か」と心配そうな声も出たが、深町氏は乗り気だった。「3階のスタジオを見ていったら」と勧めてくれたという。
後で聞いたら、彼を一目見て「胸キュン」だったとか。
彼に何を見たのだろう。彼女の牙城は10人ほどの小所帯の法務本部。深町氏には法曹資格がなく、榊原氏が加われば鬼に金棒と思ったのか。それとも立て板に水の英語?学歴?職歴?まだ童顔の榊原氏に母性本能をくすぐられたのか。
彼女は佐世保生まれ、82年に津田塾大学に入り、外国語学科(英文科)を卒業した。86年にポニーキャニオンに秘書採用で入社、同年成立した男女雇用均等法の第一世代である。1年上の古川陽子元専務とは、若いころから励まし合って男性優位のガラスの天井にチャレンジしてきた。
しかし、欠かさずイヴ・サンローランのスカーフを巻くあたり、おしゃれというよりレトロな1980年代ブランド志向の名残か。入社年次はTBSドラマ『不適切にもほどがある!』の小川市郎がタイムスリップした年と同じであり、彼女のなかにもセクハラ、パワハラ野放しだった昭和と、もはやそれが許されない令和が同居しているのだろうか。
音楽プロデューサーと結婚して一人娘が生まれたが、夫がプロデュースした曲がヒットしてすれ違いになり別れた。育児に手のかからない娘だったようで、産休育休中に一念発起して、米国公認会計士(USCPA)に挑戦を始めた。仕事の合間の受験勉強だったので、合格したのは娘が結婚して手がかからなくなった2022年。その後もグロービス経営大学院に通うなど向学心は強い。
榊原氏の「ウィッスルブロワーの性分」は、自分なら手なずけられると思ったのだろうか。そこに彼女の誤算があったと思える。
「トロイの木馬」へのきっかけ
4月20日は二次面接で、深町氏に人事総務本部の小榑洋史本部長に引き合わされ、「好きなアーティストは?」と聞かれて「オリンパスに干されていた時代に、ひたすらロックを聴いていた」と答えたのが気に入られた。
28日には吉村隆社長らとの役員面接で、そこでも内部告発のことを聞かれたが、深町氏の事前の「推し」があったせいか、社長も含め誰も警戒心をみせなかったという。
5月12日に条件通知書が届く前から懇親会も開かれたので、恩義を感じて即日オファーを受諾した。正式には7月入社だが、この時点の榊原氏は、ポニーキャニオンをウィッスルブローが必要な企業だとは毛ほども思っていなかったのである。
だが、彼が「トロイの木馬」に変じるきっかけが、しだいに見え隠れし始める。
法務部所属の弁護士として、初仕事はレジェンドベースボールの後始末だった。税務上損金扱いになっていなかったので整備が必要だった。
スマホ向けアプリゲーム「18TRIP」の契約交渉のミーティングにも参加、同僚から「前にポシャった件があって深町氏は気を遣っている」と言われたのが、後に『けいおん!』の失敗を知るヒントになった。
そして女性契約社員に対するセクハラ事案に遭遇する。
榊原氏と同じ5月、大阪で入社した女性Aが、正社員の男性プロデューサーB氏からセクハラを受けたとの苦情だった。B氏に同行して放送局など媒体を訪れた際に「AV女優と同じ名前なんだよね」と紹介された。その場で「それって通報案件ですよね~」と軽く言い返すと、「覚えてもらってよかった」「冗談やん」「本当に冗談が通じない」と言われた。
他の媒体でも下ネタや名前をからかわれたほか、その場にいない人を「あいつは使えねえ」とか、冗談まじりに「バカ」「デブ」などと暴言を吐いていたという。5月13日にAさんから担当を別にしてほしいと相談を受けた上司のマネージャーは、「社員の尊厳を踏みにじり、会社の名誉を傷つける恐れがある」と判断して、すぐに内部監査室に直訴した。
いきなりの諭旨解雇
14日土曜に上席にあたる今井一成本部長が小榑人事総務本部長に報告、夜に小榑氏がオンラインでAさんからヒアリングすると、翌15日日曜にB氏に対し「就業規則に抵触する恐れがある」と詳細な理由を示さず自宅待機が告げられた。
確かにこの「不適切」発言はジェンダーに敏感な今の時代では弁護のしようがないが、AV女優の名を口にしたのは2回、訪問先での不規則発言1回という割に、やけに性急だった。18日には賞罰委員会が発足、31日にB氏のヒアリングが行われ、6月1日に常務会で処分が正式に決まった。
結論は、サラリーマンにとって〝極刑〟にひとしい諭旨解雇である。そして勧告に従わない場合は「懲戒解雇とする」とも。
問答無用なのは、19~21年にも三度通報があり、研修もし反省文も書かせ、取締役や上席、人事総務から口頭で再三注意があったにもかかわらず、会社は堪忍袋の緒を切らしたというのが理由だ。とはいえ、B氏は一人だけでヒアリングに臨み、弁護士同席で釈明する機会も、Aさんに対する謝罪の機会もなく、いきなり解雇のレッドカードが切られた。
6月14日に本人に通知されたが、賞罰委員会の通知文書は妙にヒステリックな文面で、「カッコ悪いこと(周りの変化に合わせること)はしたくない」という自分本位が改まらなかった、と決めつけている。このセクハラは、金太郎飴に抗う「出る杭」の罪という認識だろうか。吉村社長は大阪に出向き、Aさんに会って謝罪したという。
雇用均等法一期生の意向
就業規則違反とされたこの発言が、労働契約法16条でいう解雇の「正当な理由」にあたるかどうかは、法務部内にも「ヤバい」とする声があった。事前に顧問弁護士に相談したところ「懲戒には値しない」とされ、退職勧奨などのオプションを勧められた。
榊原氏は正式入社前でもあり、自分の意見を述べなかったが、B氏の代理人との折衝役を任され、賞罰委員会の録音も聞く機会があった。小榑本部長、今井一成執行役員、古宇田隆之助内部監査室長らが発言していて、小榑氏の上司にあたる深町氏も同席していたがほとんど発言しなかったという。だが、この通知書の過剰なまでの女性目線には、雇用均等法一期生の深町氏の意向が働き、「女性蔑視の男社会は許さない」との強い意思が感じられた。
榊原氏は後日、入社の前年に起きた『けいおん!』関係者4人の懲戒と批判厳禁の指示書を知るに及んで、その非寛容に首をかしげるとともに、人事権の乱用ではないかとの疑念を抱きはじめた。
深町氏に部下が居つかないことは、2017年12月に大手出版社に転職しようとした部下C氏の一件でも裏付けられる。先にこの出版社の部長に転職していた先輩に誘われて、C氏ら2人が続いて退職しようとしたところ、深町氏が激怒。不法に営業秘密などのデータをダウンロードしたとの理由をつけて懲戒解雇に踏み切った。当時はテレワーク環境が整っておらず、個人用パソコンにデータを移して自宅で作業することは誰もがやっていたため、「こんなことで懲戒解雇になるなら社員の大半がひっかかる」と社内では不気味がる声が多数出たが、報復を恐れて黙るしかなかった。
処分するほうも辛い?
B氏のほうは長文の嘆願書を書いたが、聞き入れられず、復職を求めて大阪地裁に提訴した。結局、ポニーキャニオンが懲戒を取り下げる代わりに和解金1200万円で会社を去った。事実上の退職金だが、額をはずんだのは後ろめたさの〝温情〟だろうか。
深町氏は榊原氏に懲戒について「処分するほうだって辛いのよ」と言ったことがある。B氏の場合、小榑氏に報告した今井本部長は、『万骨』3で取り上げたBelieveとの包括契約を主導し、のちに部下だった鄭淇輿氏にパワハラで訴えられた人だ。前職のビクター子会社でも、パワハラを受けた社員が組合を通じて親会社に訴えた、と関係者は口をそろえる。ポニーキャニオンで懲戒の片棒をかつぐ資格が彼にあったのだろうか。
吉村社長にしても、人材派遣会社からやんわりと女性派遣を断られたのは、疑惑があったからではないか。B氏を指弾した「会社の名誉を傷つける恐れ」とは誰のことか。ヨハネ福音書8章に言う通り――汝らのうち、まず罪なき者、石を擲て、である。
22年6月の株主総会で、深町氏は常務に昇格した。吉村社長の後ろ盾もあり、平取締役2年で異例の出世を遂げた。ライバルだった古川専務が『けいおん!』で干されたあと退社したため、社内では並ぶ者なき「女帝」と囁かれるようになる。法務部は吉村社長と一心同体の「深町帝国」と言われた。
ウィッスルブローの一の矢
白ワインが好きな酒豪の彼女に連れられて、榊原氏も何度かお相伴にあずかったが、あるとき銀座の地下のバーで「あなたが辞めるんじゃないかと心配してるのよ」と探りを入れられた。突然、『けいおん!』の処分の話になり、言い訳がましい説明を受けて、この人の下では働けないなと感じた。深町氏も彼を誘うことがなくなり、「トロイの木馬」を警戒し始めたと思われる。
23年に入って、吉村社長に度々苦言を呈していた経営企画本部長の吉田周作氏を、本人の同意なく降格しようとしていると聞いた。常務会では「本人の希望」になっていて、外堀が埋められていた。その状況に榊原氏は、吉村・深町ラインの人事権乱用を確信した。
榊原氏には二択あった。オリンパスのように残って最後まで戦い切るか、静かに去るか。深町氏には採用の恩があるが、背に腹は代えられない。後者を選んだが、ウィッスルブロワーの一の矢は自分が放つことにした。それが昨年3月19日の内部通報である。
オリンパスに続いて、二度目の笛を鳴らすことになったが、狙ってのことではない。
親会社フジ・メディア・ホールディングス(FMH)調査チームのヒアリングは、ポニーキャニオン退職目前の5月だった。すでに転職先は決まっていた。敵前逃亡と思われたくないので、最後まで見届けるつもりで10月の最終報告会には出席し、調査チームの口頭説明を録音した。質疑応答では『けいおん!』処分について質している。
自主返納の任意性で食い下がる
「いちばんヤバいと思ったのは、要は金銭的なサンクション(制裁)なんですよね。降格とかいわゆるそれだけならまだしも、一般の従業員に対して賞与の自主返納させたってところがいちばんまずいと思ったんですけど、そこは問題ないっていう評価なんですかね。自主返納の任意性は認定したんですか」
調査チームの辻勝吾弁護士は「任意性を疑わせるような事情は我々は確認できていないというか、認められなかったという……」と語尾を濁した。榊原氏は、給与は労働基準法でも強く保護されているのに、社員に事実上損失を補償させるのはパワハラと考え、「トカゲの尻尾切り的に現場の皆さんを懲戒処分して、結局、古川専務1人だけ役員賞与の返納、減俸で終わらせたっていうのは変で、かつレジェンドは誰も無傷だったのはおかしい。二つの大きな特損案件の処理でバランスを欠いている。私がそもそも内部通報を始めたきっかけの生の肌感覚はそこでした」と食い下がったが、はぐらかされて終わった。
しかし最高裁は24年4月26日、「職種限定の合意がある場合、使用者は本人の同意なく配転を命じる権限がない」とする初判断を下し、吉村社長が吉田氏を毛嫌いして〝獅子身中の虫〟を排除しようとした人事には明らかに逆風が吹きだした。
それが解雇や懲戒、降格や左遷を乱発するポニーキャニオンの「内憂」だとすれば、フジサンケイ・グループにはもっと大きな「外患」の影が忍び寄っている。
忍び寄る外資アクティビスト
22年7月4日のポニーキャニオン取締役会で、FMH専務を兼任する清水賢治監査役が以下のように述べたが、これはなかなか意味深長だった。
〔FMHの〕課題は来年、議決権行使助言会社ISSとグラスルイスの基準がもう一段厳しくなり、バツをつけるところが増えるだろうと思う。海外だけでなく国内投資家も厳しくなっている。女性役員がいないことや一番肝心なROE(自己資本利益率)の低さの改善等、時間が限られている中でできることをやっていくしかない。シルチェスターが1%買い増して持ち株比率で約11%、海外投資家なので議決権ベースで5.7%。来年は株主提案してくる危険性も出てくる。
「シルチェスター」とは英国のアクティビスト・ファンドのSilchester International Investors LLPのこと。1994年、米投資銀行モルガン・スタンレー出身のスティーヴン・バット氏がロンドンで設立、2018年末の運用資産は4.4兆円、うち1兆円を日本に投じているという。従来は穏健派とみられていたが、約8%を保有する京都銀行に対し、ROEが低すぎるとして1株62円の特別配当などを求める株主提案を行い否決された。市場では「態度が不遜」なファンドとして知られているが、「村上ファンドと組んでいる」ともみられている。
彼らだけではない。FMH株の大量保有報告書では、シルチェスターは4月10日時点で5.83%とシェアを下げたが、それと入れかわりに米国系のアクティビスト、ダルトン・インベストメンツが2月20日時点で4.88%まで増やしているのが目につく。ここは1999年にジェームズ・ローゼンワルド3世(James B. Rosenwald III)ら3人が創設したファンドで、翌2000年には東京にオフィスを構え、現在は日本で80社に投資している。
侮れないダルトンとマラソン
03年にはMBO(経営者による買収)に特化したJMBOファンドを立ちあげ、帝国臓器製薬にMBOを提案したが拒否されている。07年にはフジテックと日本精化に対しMEBO(経営者と雇用者による買収)を提案したが、プロキシーファイト(委任状争奪戦)で敗れた。以前は穏健派といわれたが、お行儀がいいわけではない。
ニッポン・アクティブ・バリューファンド(NAVF)は、2020年にダルトンのローゼンワルド氏が個人で英国で立ち上げたファンドで、ダルトンの事実上の別動隊とみられる。NAVFセレクトなどと合わせるとFMH株のシェアは6.55%に達していて、資産運用総額は24年3月末で44億ドルとされ、お台場には不気味な存在だろう。
外資系の株主ではもうひとつ、マラソン・アセット・マネジメントがいる。シェアは低下気味だが、5月20日現在で4.65%と侮れない数字である。1986年設立で、ここもロンドンを拠点とする独立系非公開ファンドで、ブルース・リチャードが創業者で会長兼CEOを務めている。アクティビストとしてのマラソンの名を高からしめたのは、2019年に住宅機器大手のLIXILで起きた創業家追放劇だろう。
創業家2代目、潮田洋一郎会長と、CEO(最高経営責任者)を解任された瀬戸欣也氏が対立、3%しかLIXIL株を保有していないのに独断専横が目立つ潮田会長の会社側提案が株主総会で敗れ、瀬戸氏復帰を含む株主提案が賛成票53.7%という僅差で勝った。決め手となったのは、マラソンが主導して海外の4機関投資家と、国内のINAXの旧オーナーなどを取り込む戦略だった。
これは単に株主権利を主張して、増配や自社株買いを迫るというアクティビストのイメージをがらりと変えた。株主構造に弱みを抱えていれば、村上系以外のファンドでも手を突っ込んで、レジーム・チェンジができるようになったことを意味する。その肉食系のマラソンに、FMHはすでに食いつかれているのだ。
「女性」と自己株取得のカード
フジサンケイ・グループ総帥の日枝久代表も、創業家を駆逐して全権を掌握した経営者である。だが、横っ腹からライブドアに油揚げをさらわれかけたことを忘れてはいまい。第二のプレデターになりかねないアクティビストには気が気でないはずだ。昨年6月の株主総会でFMH初の女性取締役に柾谷美奈氏(フジテレビ出身)が起用されたのも、「女性取締役ゼロ」をつつかれたくないからだろう。今年の総会では、さらに2人目の女性取締役として総務省元官僚、吉田(山田)真貴子氏を迎えようとしている。
「女性」だけではない。FMHはこの3月28日、25年3月期には150億円の自己株式取得を実施すると発表した。21年3月期、24年3月期にもそれぞれ100億円の自己株買いを行っているが、それを5割増しとして、株主利益配慮を強調している。配当も50円配と前期より2円増配の見込みだ。
泣かせるのは決算説明会資料の欄外の注記である。「放送法の規定(外資規制)により議決権割合が20%以上となり、株主名簿への記載を拒否する外国人に対しても、配当の支払いを行っております」とわざわざ謳っていて、ちゃんと配当を払うから、どうぞよしなに、と気を遣っている。
無理もない。そこまで腰をくねらせなければならないほど、FMHの株価はあまりにも長く低迷している。日経平均株価が一時4万円台をつけた上げ潮基調からも置き去りにされ、直近では一時1600円台とホリエモン騒動の20年前に比べ半分だった。連結ROEは4.3%、同PBR(株価純資産倍率)0.44と同業他社に見劣りする。時価総額は3800億円にすぎず、外資規制という放送法上の「毒薬条項」がなければ、たちまち外部資本に食いちぎられる裸の王様なのだ。
視聴率三冠王などと自画自賛していた1980年代の黄金期とどこが違うのか。稼ぎの大黒柱だったフジテレビが芳しくないからだ。コンテンツも経営戦略も時代についていけなくなった象徴といえる。23年3月期決算のセグメント別の営業利益を見てみよう。
フジテレビが前年度より22億円減らし、伸びているのはサンケイビル・グランビスタなどの都市開発・観光部門だけで、あとはチョボチョボ。売上高の伸びでもサンケイビルが群を抜き、次いでフジテレビ以外の、ポニーキャニオンを含むメディア・コンテンツ部門なのだ。
組織も個人も責任逃れ
昔はインテリが新聞をつくり、ヤクザが売ると言われた。いまは不動産屋がメディアを支え、コンテンツは借り物の時代と言っていい。それがクリエーター受難の時代の真相といえる。5 月31日、日本テレビ放送網の社内調査特別チームは、ドラマ「セクシー田中さん」の調査報告書を公表した。死亡した漫画の原作者とのトラブルの「原因の究明を目的としたものでない」という驚くべき報告書である。
シリーズの最後に下ろされた脚本家の〝尊厳〟を擁護しつつ、その陰に隠れて日テレも悪くなかったと言いたいらしい。ドラマ化の条件をめぐって原作側の小学館との間で「改変の程度」について認識に齟齬があったという結論なのだ。小学館側とはヒアリングどころか、文書回答だけで済ますというお粗末さ。結局、ミスコミュニケーションが原因であって、テレビ局という組織とその幹部の責任をひとつも問わない点では、FMHの調査チームが出した結論と大同小異といえる。
クリエーターの「改竄」批判にまともに答えず、ひたすら責任逃れは予想通りで、石澤顕社長の原作者へのお悔やみの言葉が空々しい。ビジョンなき既存メディアは迷走している。フジサンケイにはかつて、鹿内三代目、宏明議長が立てた2兆円企業へ飛躍する「2001戦略」があったが、1992年のクーデターで創業家が追放されると、たちまち反故にされた。
幻の2001戦略の掉尾を飾っていたのは、グループを横断するマルチメディアソフト制作会社の設立であった。計画では92年12月に資本金10億円でフジサンケイハイパー・ラボを発足させ、「マルチメディア先進企業を糾合、マルチメディアソフトの一大企業を目指す」と位置づけた。お台場の新本社ビルが完成する5年後には、電子出版、音楽、ゲーム、映画・アニメなどソフト制作の中核会社として入居する予定だったが、これも相対的にフジテレビの地位低下を招くことから、雲散霧消した。(中川一徳『メディアの征服者』エピローグ)
本気でマルチメディアの帝国に衣替えするのなら、ポニーキャニオンはその核にいなければならない。だが、頼みのフジテレビまで、タッグを組んでいた電通とともに凋落した。つまりは勝った側も追われた側も、似たり寄ったりの「共同幻想」を夢見て、いまは臍を噛むだけなのだ。19年3月期から採用した新たなセグメント分けは、子会社個々の業績を隠しただけの自己満足で、デジタルプラットフォームの侵食にはなすすべもない。
「太った猫」の役員報酬
求心力が失われゆく日枝体制を維持しようとすれば、人事の強権しかない。それがいよいよグループを委縮させる。ポニーキャニオンの解雇と懲戒はその縮図、ミニチュアなのだ。
そして権力は腐る。経営陣のお手盛り、ファットキャット(太った猫)が肥えるだけだ。
ポニーキャニオンは21年3月期に役員報酬の総額が、前期の1億9181万円から4億1299億円に一気に急増した。『けいおん!』の懲戒で古川専務が賞与ゼロで減俸処分を受け、3期分割の特別損失が始まった年に、この大盤振る舞いは何事だろう。役員数は7人と横ばいなのに、平均でも5900万円近く、吉村社長は1億円に迫る報酬だったと推計される。この期のポニーキャニオンの役員賞与は一人あたり1142万円、一般社員の賞与の平均は24万8000円だった。2ケタちがいのこの落差!やはり万骨枯るなのだ。
FMHの役員報酬総額が役員11人でしめて3億円だったから、さすがにこの突出はグループ他社にしめしがつかない。22年3月期は総額3億円台、23年3月期以降は2億円台と漸減させたが、FMHが100%子会社の役員報酬すらきっちり監督できていないルーズさを、外資系アクティビストが見逃すと思うか。
ついに来たMBO提案
案の定、狼煙があがった。5月30日、あのダルトンがFMHにMBOを要求する書簡を送ったと日経が報じた。外資規制の上限いっぱいの20%までダルトンがFMH株を保有し、残りを未公開株ファンド(PE)や経営陣・社員などで取得して株式を非公開化し、コンテンツビジネスなど放送事業に特化するよう提案している。MBOの資金は、保有不動産の証券化や持ち合い株の売却で手当てするというものだ。これはフジサンケイ・グループの解体提案にひとしく、ロイター電によると、FMH側はすぐ「実現性に疑義がある」と反論した。
だが、31日の株式市場で思惑買いが拡がり、一時は前日比9.84%も跳ね上がった。直近急落していたFMH株価を押し上げようと「ダルトンが空手形を切ったのでは?」との見方もあり、「このテコ入れは倫理的に問題がある」と指摘するファンドマネジャーもいた。
とにかく風雲を告げてきた。その2日前にも気になる動きがあった。清水専務が危惧していた議決権行使助言会社ISSとグラスルイスは、トヨタ自動車の豊田章男会長の取締役選任に反対するよう推奨した。ダイハツ工業などで不正が相次いだ責任があると判断したためだが、FMHにとって他人事ではない。
ダルトン書簡の英語原文は、取締役の平均年齢が「日本企業ではもっとも高齢な企業」であることを理由に、6月26日のFMH株主総会では「社内」取締役全員の再任に反対するよう株主に訴えているからだ。もう社員株主のやらせ質問で、他の株主の質問を封じ込めるような小手先の小細工ではしのげない。
取締役選任で危ういのは、69歳の金光修社長より、むしろ86歳の日枝氏ではないか。(次回へつづく)■