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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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362.幕間  あれからの聖女は 前編





前略 教皇様


もうじき帰ります。

得た物は多く、実り多き日々を過ごせました。


細々した申請と調整、ありがとうございました。

再会した時、改めてお礼の言葉を伝えたいと思います。


用件のみですが失礼します。


    レイエスより





 聖教国セントランス。

 大聖堂にいる教皇アーチルドに、簡素極まりない手紙が届いたのは、数日前のことだ。


 聖女レイエスの遠征が終わったことを告げるものだ。


 帰りにセントランスに寄る予定なので。

 いわゆる先触れの意味もあるのだが――


「――教皇様、神官フィレアがやってきました」


 来客の対応をする神官フォンが言うと、アーチルドはもう何度も読んでいる手紙を机にしまい。


 そして、立ち上がった。


「通してくれ」


 ようやく。

 ようやく、レイエスが帰ってきた。


 この時を首を長くして待っていたアーチルドである。


「――お帰り。待っていたよ」


「――はい。ただいま帰還しました」


 さあ、気になる話を始めよう。





 応接用のテーブルに着き、神官フィレアと向かい合う


 一応、この対面は仕事だ。

 だから出すのは酒ではなく、お茶である。


「帰ってきたばかりなのに済まないね。どうしても気になっていたんだ」


 もう深夜だ。

 アーチルドも、教皇としての一日を終えて、疲れているが。


 長旅を終えたばかりの神官フィレア。

 ついさっき帰ってきたばかりの彼女の方が、よっぽど疲れているだろう。


 しかも彼女は風魔術師で、移動は彼女の魔術頼りだったはず。

 疲労も溜まっているだろう。


 だが、それでも。


 どうしてもすぐに話がしたくて、アーチルドの執務室に呼んでもらった。


 今日はもう遅い。

 明日でもいいだろう、という気持ちも、なくはないのだが……。


 アーチルドは、我慢できなかった。

 こんなにも堪え性がないのか、と自分で驚くほどだ。


 ずっと待っていたから。

 遠征終了の手紙が届く前から、ずっと。


「わかります。聖女様がよその国にお忍び旅行なんて、前代未聞です。教皇様の心中お察しいたします」


 その通りだ。


 ――この神官フィレアを付けている、聖女レイエス。


 彼女はつい先日まで、ヒューグリア王国にいた。

 遠征に出ていたのだ。


 辺境の地へ行き、開拓の手伝いをするとかなんとか。


 そんな聖女が。

 娘同然のレイエスが、帰ってきた。


「どうだったかね? レイエスは何不自由なく過ごせたかな?」


 一ヵ月。

 そう、一ヵ月もだ。


 一ヵ月も、男も交じった仲間たちと、旅行に行っていたのだ。

 男友達もいる中、旅行に。


 レイエスが。

 大切な娘が。


 しかも、一番引っかかる同期クノン・グリオンも一緒にいたのだ。


 もうアーチルドは気が気じゃなかった。


 どうしよう。

 日焼けして、髪なんかうねうねっとして、しかも金色に染めて帰ってきたらどうしよう。


 清らかなる神官服を大胆にアレンジして、太腿とか出るくらい丈が短くなっていたらどうしよう。


 これまで聞いてきた信者たちの「娘の悩み」が。

 そのままレイエスに起こってしまったら、どうしよう。


 うちの娘に限って、まさか。

 いや、ありえん。


 でもレイエスは尋常じゃないほど素直で、物事を信じやすい傾向がある。


 美徳である反面、危うさも感じる。


 ああ不安が止まらない。

 気になりすぎておかしくなりそうだ。


 言え。

 早く答えろ神官フィレア。


 早く安心させてくれ――


「不自由はなかったと思いますが、ただ……」


 どっと、アーチルドの背中に悪寒が走った。


 語るフィレアの言葉が、濁った。

 表情が、どうにも渋い。


 なんだ。

 何を言うつもりだ。


 安心させてくれないのか。


 待ってくれ。

 怖い。

 嫌だ。


 レイエスに、娘に男ができたなんて、嫌だ。


 せめてアーチルドが許せる男を恋人にしてくれ――


「なぜだか地面に埋まり始めてしまいまして……」


「……え? 埋まる?」


 どうやらアーチルドが心配している類のものでは、ないらしい。


 が、今度は違う意味で嫌な予感がしてきた。


 意味がわからなすぎて。





「個人的見解なので、間違っているかもしれませんが……」


 説明されてもわからなかった。

 恐らく、説明している側のフィレアも、掴みかねているのだと思う。


 開拓地で、聖女が地面に埋まり出した。

 なぜ?


「結界」の可能性を考えたら地面に埋まって頭だけ出していた。

 なぜ?


 空も飛んだ。

 なぜ?


 ささやかな聖女降臨祭が開かれた。

 ……それはわからんでもない。


 と、そんな説明をされたが。


 アーチルドには本当にわからなかった。


 ついでに、控えて聞いている神官フォンも、難しい顔で考え込んでいる。

 彼にも理解できなかったのだろう。


「今、レイエス様の感情が成長しています。表面的にはわかりづらいですが、間違いないと思います。

 そう考えないと辻褄が合わない行動を起こしていますから。


 ――いわゆる、感情が先走った衝動的な行動、ですね」


 それはわかる。


 怒りで我を失ったり。

 感動して泣いたり。

 思わず笑ってしまったり。


 思考より感情で動くことは、よくある。


「このところのレイエス様の動きは、なんとなく、子供の成長に当てはまるところがあるんじゃないかと思いまして。

 衝動的な行動も、子供にはよくあることですし」


 確かに子供は衝動で動くことが多い。


 まだ言葉だけで意志を伝え切れないからだろうか。

 子供は、感情のまま癇癪を起こしたり、感情のまま急に走り出したりもする。


 理屈に合わない行動ばかりする。


「レイエスもそれだ、と」


「なんとなく、ですが。

 今、あの方は、いろんなことに疑問を抱くようになっています。


 なぜなぜ期、って聞いたことありませんか?」


 なぜなぜ期。


「あれかな。子供の『なんで?』とか『どうして?』とか、やたら質問する時期」


「そう、それです」


 ――フィレアは、開拓地で地面に埋まっていたレイエスを思い出す。


 あの時、確かに聖女は言った。


「愛とはなんだ」と。


 あんな思春期の女の子が考えそうなことを、レイエスが考えている。

 そのことにかなり驚いたのだ。


 まるで思春期の女の子みたいじゃないか、と。

 まあ、思春期の女の子で間違ってはいないのだが。


 実際十三、四の女の子だから。


「そもそもの感情が薄いレイエス様なので、わかりづらいですが。

 でもずっと一緒にいると、結構伝わるんです。


 レイエス様は魔術学校へ通うようになってから、どんどん感情が成長しています。


 だから、少しずつ成長して、今がその時期なのではないか、と……」


 ――意外な意見だ。


 女性だからこその視点ではなかろうか。

 アーチルドにはきっと思いつかない発想だ。


「本当に?」


「申し訳ありません。

 レイエス様を普通の人と捉えること自体が間違っている気もしますので、本当に私見でしかありません」


「……いや、ありがとう。貴重な意見だ」


 レイエスは魔術学校へ行ってから、随分変わった。


 それはやはり、感情の成長のせいだろう。


 その成長のきっかけは?


 ……同期、友達、教師、魔術、雑貨屋のガキ……それと生活も、だろうか。


 どれも大神殿にはなかったものだ。


 それらの影響が、刺激になっているのだろう。

 それが感情の成長に繋がっている。


 そう考えると――


「あ……」


 アーチルドは再び嫌な汗を掻き始めた。


 来るんじゃないか?

 フィレアの意見が合っているとすれば、来るんじゃないか?


 このまま成長すると。

 イヤイヤ期とか。

 反抗期とか。


 お父さん大嫌い期とか!

 反抗期とか!!

 グレる時期とか!!


「……ふうぅぅぅぅぅぅ……」


 アーチルドは胸に手を当て、深く息をついた。


 そして、祈る。


 ――輝女神キラレイラよ、どうか慈悲を。どうか、どうか……!





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