原作の紅花の章でやったガルグ=マク防衛戦がモチーフ。
その報は突如もたらされた。
「報告! 敵襲です! 旗印からしてセイロス騎士団と思われます!」
「何ですって!?」
執務室に飛び込んできた兵の言葉を聞き、エーデルガルトは椅子を蹴るように立ち上がった。横で同様に聞くヒューベルトも目つきを鋭くして兵の報告に耳を傾ける。
「周辺警戒に出ていた部隊が北方から接近する大軍を発見、確認できた旗からセイロス騎士団であると断定。部隊は即時とって返しガルグ=マクへ帰還いたしました」
跪いた兵の報告を聞き、危機感が満ちてくる。
元より警戒していたことだ。セイロス教団にとって要地であるガルグ=マクを奪われたままレアがよしとするわけがない。再びこの地を取り戻さんと襲撃する日が来るだろうと思っていた。
だが、よりにもよってこのタイミング。同盟との会談に向けて準備している今攻めてくるとは。将として恐れ入る判断である。
「北から……オグマ山脈はセイロス騎士団にとっては庭のようなもの。潜みながら進軍することも奴らならできるということね」
拳を握り締めて呟くも余裕は少ない。
「陛下、御指示を!」
「敵の中に大司教、もしくはセテス、カトリーヌのような将官を見つけて、いるならそこに兵を集中させて少しでも動きを阻みなさい! 後は、アビスに伝令を。私の名前を出してユーリスを呼んで協力させて、市街の住民を地下に避難させるの! 各部隊と情報の連携を密に取りなさい!」
「はっ!」
一礼した兵が執務室を飛び出すのを見送ってからエーデルガルトは机を叩く。
「できれば接近される前に気付きたかったのだけれど……」
「不利な戦いになりそうですな。ガルグ=マクの調査を急がせてはおりますが、まだまだ把握し切れていない通路や仕掛けも多い……恐らく我々の思いもせぬところから入り込まれるでしょう」
五年前にガルグ=マクを制圧した時から調査を続けていれば少しは有利な状況で迎え撃てただろうが、この地を一度は手放し、最近になって改めて調べ始めてから幾らも経っていない。一帯への理解度は間違いなく帝国側が劣る。
エーデルガルトが口にした苛立ちにヒューベルトも続けるが、嫌な時期を突かれたこと、敵の動きに対する称賛も込めた口ぶりは存外軽い。
例え苦境に追い込まれようと関係ない。やるべきことをやるだけだ。
しかし、懸念はある。
ガルグ=マクに備えられた兵は帝国から派遣された精鋭ではあるが、襲い来るセイロス騎士団に対抗するには数が心許ない。
守りに優れた要塞都市だとしても、相手はガルグ=マクを知り尽くしている騎士団だ。地の利が自分達にあると楽観できない。
さらに、セイロス教の聖地を取り戻さんとする騎士団の士気は高いだろうと予想できる。精神的な勢いは大きな力を生むものだ。
このように、セイロス騎士団と戦うに当たって不安材料は多い。
「防衛の戦力は?」
「守護に留まっているアロイス殿。遊撃軍からは陛下、私、都合よく訪れていたベルナデッタ殿。主だった面子はこれくらいですな。アビスに参戦を呼びかければバルタザール殿なら加わってもらえるかと」
「……
「帰還の報告は届いておりません。姿が見えれば何を差し置いてでも報せるよう命じてあります。未だにないということは、つまりそういうことでしょう」
ヒューベルトが挙げた名前を聞いて最低限の戦線は張れるかと考えはするも、続く言葉につい視線を落としてしまう。
同盟とは会談の準備が進められていて、フォドラ東部への警戒は緩めて元からその地を治めるベルグリーズ伯に一任してある。
代わりに王国と教団の連合軍を相手にする西部では、何としても大きな混乱を起こしてはならないこともあって多めに兵力を割いており、ラディスラヴァとランドルフに加え、
帝国内の安定もこれまで以上に気を遣っていて、ドロテアとマヌエラが率いるミッテルフランク歌劇団が領地を巡っている。
ある密命を任じられたシャミアは現在ガルグ=マクを離れている。イエリッツァを伴わせた今の彼女は帝国東部に潜伏しているので動かせない。
となれば、やはり問題はここガルグ=マク。
セイロス騎士団という強敵。万全を期して戦いたいところだが、フルメンバーとは言えない現状で相手をしなくてはいけない。
そして何よりの気懸り。
(師がいない……)
特訓のためにガルグ=マクを離れたベレトがまだ戻らない。彼と同行したカスパルも同様だ。
特訓の場所にザナドとアリルを使うと言っていた。どちらもガルグ=マクの北部にある土地だ。北から進軍してきたセイロス騎士団と鉢合わせた可能性がある。
まさか、彼らは既に交戦した? ベレト達を撃破してガルグ=マクに来たのか?
いや、そんなはずはない。如何にセイロス騎士団と言えど、ベレトと戦って損害が出ないわけがない。もしそうならガルグ=マクを襲撃する余裕などなく撤退するはずだ。
想像でしかない。こうであって欲しいという願望……冷静な思考ではない。
師が負けるはずがない。
師が死ぬはずがない。
師がいなくなるはずが──
「エーデルガルト様」
「っ!」
「御気を確かに」
ヒューベルトの声で意識を戻す。
彼が陛下ではなく名前で呼びかける時、それは臣下ではなく従者としてエーデルガルトに進言する時だ。
考え込む余裕などない。今は戦う時である。
「防衛戦を始める! 私達も出るわよヒューベルト!」
「はっ!」
各所へ指示を出すためヒューベルトと共にエーデルガルトは執務室を飛び出した。
五年間、ベレトがいなくても戦い続けてきた。その時と変わらない。
そのベレトが帰ってきた今、全てがよい方向へ変わってきている。
この流れを止めさせない。彼が示してくれた道を無駄にしてたまるものか。
ガルグ=マクの北西。分かれて進軍させた部隊を、都市の外壁が見える位置で集結させたセイロス騎士団は最後の準備を進めていた。
「あそこで暮らしていたのが、昨日のことのようだな……」
遠目にガルグ=マクを見てセテスはしみじみと呟く。
部隊の再編成を済ませて、今は一息入れていたところだ。この後に激しい戦いがあると予想して他の騎士達にも力を溜めるように言ってある。
一部の部隊がまだ合流できていないのだが作戦時間に変更はない。集結できた戦力で攻める予定だ。
「愚か者たちに示さねばなるまい。ガルグ=マクを侵した業の深さを……!」
「でも、向こうには先生もいますわ。この戦いでもきっとぶつかります」
強い言葉に静止をかけるように傍に立つフレンが言う。
大修道院に向ける彼女の目はセテスとは違って不安の方が大きい。
「分かっている……フレンを救った恩人で、私にとっても友人と呼べる相手だ……」
意気を落としたセテスは俯いてしまう。彼にとっても悩ましいことだから。
ベレト。
ジェラルトの息子にして、自分達眷属に連なる親族とも言える存在。
フレンの命を救い、自身の頑なな私見を広げてくれた大恩人。
任務に協力してくれて、肩を並べて戦った戦友。
他人に隙を見せられないセテスにとって、数少ない気を許せる友人である。
だが、レアが狂乱した理由がベレトの行いが原因であることは明白。聖墓を襲った帝国に味方するという暴挙はセテスとフレンにも絶大な衝撃を与えたのだ。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。友が裏切ったなどと、考えたくもないことだ。
それでも怒りを露わにして剣を取ったレアを見れば信じないわけにもいかず、直後にあった帝国軍との戦いの中でエーデルガルトに味方するベレトを認め、二重に衝撃を受けた。
その後は何故か五年に渡って行方が分からなかったが、最近になって急に方針を変えた帝国について調査すると浮かび上がった姿に気付く。
翠の髪と翠の瞳。レアと同じ色を持つ黒衣の青年と言えば一人しかない。
帰ってきたのだ。我らの友が。
ベレトが神祖の器として生み出された人間だということはレアから聞いている。禁忌を犯した彼女を責める気にはなれず、さりとてベレトを詰る気にもなれなかった。
レアから期待を寄せられ、天帝の剣まで託されたベレトがエーデルガルトの邪心に引きずられてしまったのかと考えたのだが、どうしてもそう思えなかったから。
セテス自身が見聞きしてきたベレトという人間は、無表情であっても他人を助け、感情がないように見えても常に誠実であり、確かな善性の持ち主だった。
厳しい授業で生徒をしごきながらも、いつだって彼らを守り導いた教師だった。
その揺るがぬ姿勢は自分もフレンも信頼を寄せられるものだった。
そんなベレトが、本当に変わってしまったのだろうか?
レアのことだって気にかかる。彼女が苛まれているのは紛れもない事実だが、その彼女の心も揺れている。
再びガルグ=マクを占拠した帝国を許してはおけないとこうしてセイロス騎士団を差し向けることになったにも関わらず、レア自身はこの部隊にいない。
彼女は西部で睨み合う帝国軍本隊を引き付ける陣営に加わり、ガルグ=マク奪還はセテスに任せることにしたのだ。
ベレトと顔を会わせるのを避けるように。
あれだけ怒りを向けていたベレトが姿を現したというのに。
その心臓を抉ってやると息巻いていたというのに。
これではまるで、レアも今のベレトを討っていいのか分からず迷っているみたいではないか。
(もはやこの戦い、勝っても負けても元の教団には戻れないのかもしれんな……)
幾つもの迷いを抱えて、それでも戦わねばならない状況に胸が痛む。
ガルグ=マク奪還のための戦いに臨もうというのに、心からの力が湧いてこない。
「……お兄様?」
黙り込んでしまったセテスを案じてフレンが見上げてくる。その視線を受けて、何よりも大切な想いだけは揺らがせてはいけないとセテスは思い直した。
「フレン、今やお前の実力は誰もが知るところだ。私もお前の力を信じている。それでも決して油断するな。前に出すぎてはいかん。お前に何かあれば……私は生きていけない」
「も、もちろん分かっていますわ。わたくしだって、お兄様に何かあったら生きていけません」
騎士団の中でも指折りの魔法使いに数えられるにまで成長したフレンは、戦力的な意味でも重要である。
それ以上にセテスにとっては生きる意味そのもの。絶対に失いたくない。
そしてそれはフレンにとっても同様で、彼女の言葉を聞いてセテスもまた覚悟を決める。
「……先生と戦わずに済む方法は、ないのかしら」
しかし、続くフレンの呟きに返せる言葉をセテスは思いつけなかった。
そうして始まった戦いは拮抗した。
このガルグ=マク攻略の要点をどちらも理解していることもあって、両陣営は同じ目的でぶつかることになったのだ。
セテスは叫ぶ。
「空を抑えろ!!」
自身も駆るドラゴンの部隊に指示を飛ばし、制空権を奪わんと声を張り上げる。
対してエーデルガルトも叫ぶ。
「空を抑えられるな!!」
皇帝自ら大型種のドラゴンを駆り、前線で斧を振るいながら声を張り上げる。
ガルグ=マクは都市そのものが要塞のように堅固な作りになっている。外壁から大修道院のあるところまで何層もの防御壁があり、それぞれに対空迎撃用の砲台まで備えてある。
元々の作りに加えて、帝国軍により補修されたこの都市を地上戦だけで攻め落とすのは難しい。
五年前の襲撃でガルグ=マクが攻め落とされた時、その経験は勝者側の帝国と敗者側の教団どちらにも大きな教訓を与えていた。
即ち、この都市を攻略するには地上戦と空中戦を同時に進めなければいけない、ということ。
外壁に市街と遮るものが多い地上を急いで進もうとしても空から襲われて侵攻は遅れる。かと言って空中の戦いに気を取られてしまえば地上からの対空射撃に手間取られる。
帝国軍がガルグ=マクを落とした時のような圧倒的な物量による攻め方はセイロス騎士団にはできない。効率よく、同時侵攻が求められた。
そして、地上戦と空中戦を連携して攻めるのは練度の高いセイロス騎士団には問題なくできることだった。
「撃ちます撃ちます西側上空撃って撃って! ああ下も下も、撃ちまくってえ!」
弓矢を連射しながらベルナデッタが叫ぶと、彼女の矢がそのまま攻撃先の指示になると知っているヴァーリ弓兵隊が一斉射撃でセイロス騎士団の進軍を遮る。
それでもベルナデッタ一人が率いる弓兵隊だけでは相手の飛行兵を押し留めるには手数が足りないようで、地上戦と併せてじわじわと戦線を押し込まれつつあった。
「ヒューベルトさんまずいですよう! あたし達押されてますって!」
「そのようですな。伏兵を潜ませる暇もなかったのが惜しまれます。このままではジリ貧かと」
「落ち着きいいい!? でもでも、そういうとこ頼もしいです!」
「くくくっ……では私は逆転の手を探りますので、牽制をしばらくの間ベルナデッタ殿に任せるとしましょうか」
「無茶振りいいい!? いやいや、ベルだけじゃできませんよ!」
「死ぬほど辛いのとここで死ぬのでは前者の方がマシでしょう? 今は貴殿に期待していますよ」
「んぎゃあああみんな撃ちまくって倍撃ってえええ!!」
並んで魔法を放っていたヒューベルトが何らかの策を講じるべく持ち場を離れたので、その分を補うためにベルナデッタが頑張ることになったらしい。
いきなり二倍に増えた仕事に涙目になりながら弓を引く隊長を支えるため、弓兵達は次々に矢を放ち続けた。
ヒューベルトが言うように準備のための時間がなかったことも苦戦の理由ではあるのだが、それ以外にも問題はあった。
本来なら数で勝っているはずの帝国側が、セイロス騎士団に数で劣っているのだ。
ここでエーデルガルトの政策が仇となった。
それは五年の間に行った帝国内の変革の一つ、早天馬のことである。
ペガサスナイトの多くを兵役から外して各都市間の流通に当てたことにより、帝国内の連絡網が大きく強化されたのはいいが、兵役から外したのだから当然戦力はその分落ちた。
貴重な空中戦力を補うようにドラゴンナイトも鍛えられたが、抜けた穴は大きく、元通りにできたとは言い難い。
この空中戦力の低下が響いていた。
単純に数字で表すなら、以前の帝国ではペガサス100、ドラゴン100とバランスよく配備されていた。それがペガサスを20まで減らされ、急いでドラゴンを130に増やしたものの差し引き150。
対してセイロス騎士団はペガサスもドラゴンも変わりなく100ずつ運用できているので、これまで通り合わせて200の飛行兵を有している。
戦争とは基本的に数のぶつかり合いだ。数の差がそのまま戦力の差になる世界。
それでも防衛側であり、ガルグ=マクという堅牢な都市で受けて立つこともあって並の戦力なら今の帝国でも撃退できただろう。
セイロス騎士団ほどの強敵相手にはそうはいかなかったのだ。
地上でも厳しい戦いが繰り広げられていた。
アロイスを筆頭に帝国側が押し返せそうになっても、即座に力を取り戻した騎士団によって逆に押し返される展開が何度も続いているのだ。
その原因は、戦場となった市街を走り回るフレンの存在だった。
「治します──ライブ!」
前衛で怪我をした騎士を走り抜け様に回復魔法で癒し。
「近付かせません──リザイア!」
後衛に迫ろうとした帝国兵から走って距離を保ちながら攻撃魔法を撃ち。
「みなさんしっかり──レスト!」
押し込まれて動揺した騎士団の味方に走り寄って浄化魔法で落ち着かせ。
まさに八面六臂の大活躍である。
先ほどセテスが言ったように、セイロス騎士団の中でも指折りの魔法使いへと成長したフレン。その特徴は他にはない戦い方だ。
彼女はとにかく走る。走って、走って、走りまくって、足を止めない。そうして足を止めないまま自分の周りに白魔法を振り撒く。これは魔法を使う者からすればとても真似できない驚異的な戦闘スタイルなのだ。
魔法とは深い集中を以て発動し、この世に神秘をもたらす術である。なので普通、使う時には足を止める。そうでなくては集中なんてできないし魔力と時間の無駄だ。
なのにフレンは走り回りながら必要な魔力を操り、動きながら魔法を放つという離れ業をやってのける。彼女の極めて高い白魔法適性が為せる業か。
しかしそれ以上に、魔力のみならず凄まじい体力がなければこんな動きが続くわけがない。
あのフレンが。
セテスに守られて大修道院に引き籠っていたあのフレンが。
授業で外周を走れば吐くほどひ弱だったあのフレンが。
今や屈強な騎士団の誰よりも走る健脚の持ち主へと成長している。
それは彼女の中に刻まれた教えの一つ。
『いいかフレン。苦しくても、遅くなってもいいから足を止めるな。どんなに遅くても前進を続けていれば必ず目標に近付ける。止まることだけは、やっちゃだめだ』
あの日、ベレトから教わった心得。
彼の教えがフレンの中で結実した形。
(みなさんをお守りする、その目標に近付くために、わたくしは止まりませんわ!)
「しっかりしてくださいませ! 今治します──リザーブ!」
ヒューベルトが講じた火攻めの策で受けたダメージも、すぐに走り寄ったフレンが放つリザーブによってまとめて癒された。魔力が届く範囲内の味方全てを回復させる上級回復魔法で崩れかけた騎士団はすぐさま立て直される。
前線を走り回り、各所で白魔法を放ち、戦場でどこまでも止まらないフレンはセテスに並ぶセイロス騎士団の柱と言えた。
拮抗していた戦況も、徐々に傾いてきた。流れはセイロス騎士団が握りつつある。
「好機だ! 全体を押し込め!!」
機を見逃さないセテスの号令で騎士団が活気づく。
タイミングは見事であり、素早く動いた部隊に帝国兵が押されるところを見たエーデルガルトは空中でドラゴンを飛ばしながら歯噛みする。
まずい。
本当にまずい。
このままでは負ける。
指揮に専念するべきだったかとも考えたが、飛行兵の穴を埋められるのが他にいないので自分がドラゴンに乗って戦うしかなく、この采配は間違っていないはず。
アロイスもバルタザールも頑張ってくれている。最前列で体を張って、数が劣る帝国側をその戦いぶりで鼓舞してくれた。
戦力差がある空中戦を持ち堪えさせてくれたのはベルナデッタの対空射撃だ。それもこれ以上長く続かない。彼女の狙撃力があっても範囲が広すぎる。
乾坤一擲の策だったヒューベルトの火攻めも、出だしをフレンの活躍で抑え込まれてしまい、ほとんど効果が出せなかった。
(負けるの? せっかく
私にはできないことだったのか。
彼の手が少し離れてしまっただけでこれだ。
ガルグ=マクも、帝国も、フォドラも、私には何も守れないのか。
にわかに湧いた不安と恐怖が胸を過ぎるが、斧と手綱を握り締めてエーデルガルトはドラゴンに加速を指示。
諦めるな。そんな弱気は彼から教わっていない。
信じるの。最後の一時まで戦うのはずっと決めていたことだ。
(……師!!)
胸に溢れるものを押し流すようにエーデルガルトは無言で叫ぶ。
今一度、彼を信じると決めた。それだけでいくらでも戦える。
彼は、ベレトはきっと応えてくれる──
「止まれええええええええええ!!!!!」
──ほら、来てくれた。
それは凄まじい大声だった。ガルグ=マク全体に響く鐘の音にも負けないくらい、戦場となった市街にも轟く大音量。
帝国兵も、セイロス騎士団も、そこにいる全ての者の耳に叩き込まれた制止の声。
それに真っ先に反応したのは人ではなく、
「
「
「
空を飛び交うドラゴン達だった。
空中戦の只中であったはずの飛行兵、その中でドラゴンばかりがまるでパニックでも起きたように忙しなく喚き出したのだ。
途端に制御を失ったドラゴンナイト達は驚き、戸惑いながらも手綱を握って落ち着かせようとするのだが恐慌に陥ったドラゴンは言うことを聞く様子はなく、中には騎手を振り回すくらい暴れるものもいた。
そしてほぼ同時に、ドラゴンの中でも一部だけが違う反応を見せる。
「
「「「
「
「「「
エーデルガルトが騎乗するドラゴンが大きく鳴くと、周りの帝国ドラゴンが盛んに吼え立てた。
声の出所を探ったエーデルガルトが見たのは、ガルグ=マクで最も高い塔の上。強風に外套をなびかせたベレトがそこから飛び降りる姿だ。
「師!」
「エーデルガルト!
「了解!」
彼の声に即答したエーデルガルトは手綱を引く。急な方向転換の指示なのに驚くほどスムーズに応じたドラゴンは、空中で混乱する他のドラゴンに向かって飛んだ。
泣き喚くドラゴンを落ち着かせようとしてもパニックが治まらないばかりか、ついにはその背に乗せた騎兵のことを振り落とす個体がいた。
当然、飛ぶ術を持たない人間は空中に投げ出されれば落下するしかない。
「う、うわああああ!!」
為す術もなく墜落死するしかなかった騎兵。
しかしその下にエーデルガルトのドラゴンが滑り込み、その者を助けてみせた。
片手で襟首を掴んで助けた彼はセイロス騎士団の一人だった。
「わああ! わ、あああ!」
「落ち着きなさい! 暴れると落ちるわ!」
「え……お、お前は、エーデルガルト!?」
助けられたことに遅れて気付き、見上げた彼がエーデルガルトに驚く。
敵である自分を何故助けたのか。そんな視線を向けられてもエーデルガルトは答えず、近くの家屋に飛ぶようにドラゴンに指示を出す。
「命は大事にしなさい!」
「わあ!?」
家屋の屋根に乗るように騎兵の襟首を放す。落とされた彼は尻餅をつく痛みの他は何も傷を負うことなく生き延びた。
呆然をする彼を置いてドラゴンを飛ばしたエーデルガルトが見たのは、遠くで立体機動で飛び回るベレト。
縦横無尽に空中を動き回り、ドラゴンから振り落とされた人を次々に助けていく。すくい上げるのが間に合わなくても天帝の剣を伸ばし、直接ワイヤーを巻いて体を引き上げ、屋根なり地面なり安全な場所に置いては再び誰かを助けに飛び上がる。
エーデルガルトが一人助ける間に彼は十人助けていそうな勢いだった。
全員。そう言った通りにベレトは帝国もセイロス騎士団も関係なく、ドラゴンから振り落とされた人を全て助けようというのだ。
「帝国の勇士達よ、ガルグ=マクを無用な血で染めるな!! 私に続け!!」
真意は分からない。だが彼の言葉であればエーデルガルトに疑いはない。
活気づいた帝国飛竜隊にも指示を出してベレトの後に続いた。
ベレトが現れ、彼の一声でドラゴン達がパニックに陥ったことで戦況は一変した。
空中戦は大混乱だ。喚くドラゴンから落とされたり、自己判断でドラゴンから飛び降りたりした騎兵達を帝国兵が捕縛していくと、飛行兵の数は目に見えて減っていった。
エーデルガルトのドラゴンように言うことを聞く個体に乗る者は空中で救助に向かい、時には暴れるドラゴンを抑えつけて鎮圧を試みる。
そうして空中戦が停滞に陥ると地上戦の方でもセイロス騎士団の優勢は変わり、戦場の動きまでもが止まってしまう。
それが勝負の分かれ目だった。
同じく暴れるドラゴンから振り落とされたセテスは、上手く着地して空を睨む。
体一つで上空を飛び回るベレトを認めると苦々しく表情を歪めた。
「ベレト……ついに来たか!」
今まで現れなかったのは機を見計らっていたからか。そう考えるセテスに味方の騎士が近付く。
「大変ですセテス様!」
「何事だ?」
「東より帝国軍の別動隊が現れました! 【進撃の砦】です!」
「カスパルか!」
報告されたのは敵の増援。ガルグ=マクの東側にカスパルが参戦したことだった。
ベレトと一緒に潜んでいたのか。カスパルの性格からしてそういった手は取りそうにないが、ベレトの指示なら彼も従ったのか。
そして頭の中で戦場の位置関係を把握したセテスは焦りを覚える。
「いかん! この状況は……」
ベレトが現れる直前までは、空中戦と地上戦のどちらもセイロス騎士団が押していた。好機と見たセテスが押し込む指示を出したことで騎士団の各部隊は敵に向かって突撃する隊形を取っていた。
そこにベレトが現れ、空中戦を乱し、地上戦も合わせて止めてしまった。騎士団は今、突撃のために隊列が縦に伸びている。
同時に現れたカスパル率いる帝国の増援は東に、縦に伸びたセイロス騎士団の真横に位置しているのだ。
これが何を意味するか。
「よっしゃあ、いくぜお前ら!! 飛び込めええ!!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
両の拳を合わせて気合いを入れたカスパルを先頭にして、ベルグリーズ戦団とジェラルト傭兵団が戦場に雪崩れ込んだ。
縦に伸びて固まった敵勢の横っ腹に向けて一斉突撃。
突進攻撃が戦果を上げるには最高の条件を満たしたタイミングで彼らは参戦した。
完全に虚を突かれたセイロス騎士団はまともに突撃を食らってしまい、飛び込んできたカスパル達によって次々に倒される。
カスパルを筆頭に、ベルグリーズ戦団の肉弾戦で敵ごと押し倒す猛攻が並み居る騎士達を昏倒させていく。
足並み揃えたジェラルト傭兵団も同じく戦い、押し倒し踏み倒し殴り倒すだけに留めて走り抜ける。
彼らは
戦場を横一文字に突っ切る彼らが次に遭遇したのは騎士団の柱。
「カスパルさんですのね……!」
突然現れて戦場を止めたベレトに続き、突撃を仕掛けてきたカスパル達に気付いたフレンはすぐに魔力を集める。戦う覚悟を決めたからには相手の別は関係ない。元同級生と言えど、敵ならば戦うだけ。
そうして白い魔力を込めて身構えるフレンに、一団の先頭に立つカスパルも同時に気付く。
「フレンか、やる気だな!?」
「わたくしも引いてはいられないのです──エンジェル!」
苦し気に表情を歪めながらもフレンは光の中級攻撃魔法エンジェルを放つ。それに合わせて彼女の周りの魔法兵も、炎の集団魔法を発動させる。
複数の魔法がカスパルに襲い掛かると、彼も両手を白く光らせて迎え撃った。
* * *
十日ほど時間を遡る。
「それで先生! これから何を鍛える特訓をするんだ?」
「魔法だ」
「え、魔法? 俺が?」
「そうだ」
煉獄の谷アリルのすぐ近くで拠点作りをベルグリーズ戦団に任せ、主立って動くカスパルとベレトは二人でこれから始める特訓内容について確認していた。
そこで告げられたのは、カスパルは魔法を鍛えることだった。
ちなみにジェラルト傭兵団はアリルに着く前に一度別れ、ザナドに寄って『使えそうなもの』の確認をしてから合流することになっている。
「でも先生、俺って魔法はからっきしだぜ」
「全く使えないわけではないだろう。腕がなくて武器が持てないから武器を使うのは諦める、とかそういう状態じゃない。君にも魔力はある。鍛えればちゃんと使える」
「いやまあ、そりゃそうだけどよ……」
ベレトの言葉に、カスパルは首を傾げた。
彼の指導の腕前はよく知っているので特訓は望むところではあるが、告げられた内容がすんなり呑み込めなかったのだ。
肉体的な能力なら自信はある。その手の戦闘指導なら喜んで受けるところだが、これが魔法面となると話は別である。
士官学校に行くより前から分かっていることだが、カスパルは魔法が苦手なのだ。
苦手分野に挑むことに尻込みしてしまうと言うより、苦手だと分かり切ったことに今さら手を出したところで強くなれるか、どうしても疑問が先に立つ。
「カスパルの得意分野にこれ以上俺が口を出す必要はない。君の力は知ってるし、これまでの戦績も確認したから戦い方も分かってる。その上でカスパルの長所を伸ばすためには魔法を鍛えるのが有効だと思った」
「先生がそう思ったんならそうなんだろうけど……あ、先生が思う俺の長所って?」
「戦場で【進撃の砦】とまで謳われるほどの打たれ強さだ。突撃の先陣を務めたり、撤退する時は
「そ、そうか? へへっ、先生に褒められると嬉しいぜ!」
「その打たれ強さをさらに強化させる。魔法はそのための手段だ」
褒められたことに嬉しくなって鼻を擦るカスパルだが、続いた魔法という言葉にやはり首を傾げてしまう。
「よく分かんねえや。だって俺の魔法、飛ばないんだぜ?」
士官学校の授業もそうだが、入学する前の実家でも貴族に生まれたカスパルは貴族として一通りの教育を受けている。当時から体を鍛えるのは好きで、頭を使う勉強は嫌いだった。同時に、彼は魔法の素養も調べてある。
その時にもう判明している。カスパルに魔法を使う才能はない。
もう少し具体的に言うと、彼には魔法を
この点については自他共に理解していることだ。いっそ絶望的と言っても過言ではないくらい彼の使う魔法は飛ばないのである。
魔法は魔力の強弱に由らず行使そのものはできるので、カスパルもまるきり使えないわけではない。士官学校の理学の授業で、実際に放つところをベレトも見たことはある。
10メートルほど離れた的に向けて、長めの集中の末に放ったカスパルのファイアーは瞬く間に霧散してしまい、何の成果も上げられなかった。
その距離、なんと50センチ弱。放てたと思ったら1メートルも飛ばず目の前であっさり消えてしまった火の玉をカスパル本人が笑い飛ばしたほどだ。
そんな魔法を当てようと躍起になって近付くくらいなら、同じく近付いて殴るなり蹴るなりした方がよっぽど早い。
この時点でカスパルが魔法を鍛える利は薄いとベレトも判断し、斧術や格闘術を重視するよう伝えていたので、流石先生話が分かるぜとカスパルも喜んだものだ。
それを今さらになって鍛えることになるとは、はてさてどういうことか。
「その説明をする前に、君の長所についてもう少し話しておく」
「おう」
「二つ名を付けられるほどの打たれ強さとなれば、戦場で様々な攻撃を受け止めてきただろう。俺が思うにカスパルの打たれ強さは士官学校の同期の中でも随一だ」
「んー、そこまで言ってくれるのは嬉しいけどよ、ラファエルとかドゥドゥーには敵わねえと思うんだよな。あいつら体でっけえし」
「そんなことはない。君の防御力はラファエルとドゥドゥーより上だ」
「え? でも俺ってあいつらより体小さいぜ?」
「体格はそうでも体質は違う」
今話題に上がったラファエルもドゥドゥーも、平民の生まれながらその体格は非常に恵まれており、それに比例して肉体的な防御力が優れている。半面、魔法的な防御力はと言うと明らかに弱い。
この二人は魔法で攻められると弱いという明確な弱点がある。
「あ、俺は生まれが……」
「そうだ。君はベルグリーズ家の出身だ」
その二人に対し、紋章こそ発現していないものの、平民生まれの二人とは違って貴族の生まれであるカスパルはその身に確かな魔力的素養が眠っている。
これは貴族の権力云々などの付加価値ではない。生まれによる差、血筋による違いであり、確かな利点だ。
戦場で受ける攻撃が武器一辺倒であるはずもなく、魔法による攻撃も今まで数多くあった。味方を守ろうと身を挺したこともあった。そんなカスパルが砦と称されるほどの二つ名を付けられたのは、守備のみならず魔防の打たれ強さもそれだけ優れていることに他ならない。
武器と魔法、どちらも受け止められる総合的な防御力がカスパルの長所なのだ。
「おお……こうして言葉で説明されるとより実感が湧くなあ」
そういやあ魔法もけっこう受けてきたっけ、と呟いて自分の体を見回すカスパル。
「あれ? それがなんで俺が魔法を鍛えるってことになるんだ?」
「今から説明する。これから君が鍛えるのは白魔法だ」
思い直したカスパルが改めて首を傾げ、ベレトが少し遠回りになってしまったと話を戻す。
それから特訓の内容、修得する技術、目指す型を説明され──
「ということで、カスパルには今からライブを使いまくってもらう」
「………………なあ先生、まさかアリルに来たのって」
「火傷を治す回数には困らないだろう。部隊を動かす指揮練習もしながらできるぞ」
「やっぱりかよ! どんだけ使うことになるんだ!」
「君も一緒に走り回るからな」
「俺も!?」
「いつも部隊の先頭に立って戦うんだろ? 君の火傷は俺が治すから心配いらない」
「だよなあ! 俺いっつもそうやってるもんなあ!」
程なくして合流したジェラルト傭兵団と拠点作りを終えたベルグリーズ戦団を引き連れ、気合いを入れた無表情のベレトと引きつった表情のカスパルが率いる彼らはアリルへと足を踏み入れた。
そんなこんなで始まったアイスナー式ブートキャンプ。
一部、声だけ本邦初公開。
「二人追加」若ぁ……すみません……
「うおおおおお! 手が足んねえええ!!」
「四人追加」レト坊……てめえ、覚えてろよ……
「あぢいいい! 溶岩避けらんねええええ!!」
「三人追加」これが【灰色の悪魔】の訓練なのか……
「だああくそおおお! せめて片手で使えりゃ二人ずつできんのに──あ、できた」
「六人追加」シテ……コロシテ……
「ああああああ! お前ら二列に並べえええええ!!」
さらにザナドへ場所を移して。
「巨狼が出た。部隊を左右展開」
「「「「「抑えろおおおおお!!」」」」」
「巨鳥二体、東から出現。対空警戒」
「「「「「走れえええええ!!」」」」」
「はぐれ魔獣は俺が相手する。毒のブレスに巻き込まれないように」
「「「「「避けろおおおおお!!」」」」」
「北から巨狼、巨鳥、計三体。足を止めるな」
「「「「「止まったら死ぬううううう!!」」」」」
ジェラルト傭兵団が予めこの地に住み着いた魔獣を調べ、それを相手に立て続けに戦うという、
死地と呼んでもおかしくない戦場を生き延び、その間にあったハプニングも乗り越えた彼らは自信と実力(とベレトへの畏怖)を備え、ガルグ=マクへと帰還したのである。
* * *
「来いやぁ!!」
迫る魔法に向けて、白く光る拳を振るうカスパル。
エンジェルの光弾を殴り落とし、返す拳で続く炎を散らす。続けて引き絞った正拳を次々に繰り出し、自分達に襲い掛かった魔法の全てを先頭の彼一人が拳でかき消してしまった。
「……はぇ?」
一瞬、目の前で起きた事が理解できないフレンが気の抜けた声を漏らす。
受け止めて耐えるのはなく、避けてやり過ごすのでもない、力尽くで相殺するやり方で防いだカスパルが信じられなくて困惑してしまう。
走り続けてきた彼女が足を止めてしまうほど衝撃的な光景だったのだ。
しかしすぐに思い当たる。今のカスパルの動き、魔法の防ぎ方をフレンは知っている。
(あれは……先生のやっていた防御ですわ!)
向けられた魔法を、瞬時に発動させた自分の魔法で相殺する。敵の狙いを一瞬で把握し、魔法も含めた戦闘の流れに精通していなければできない高度な防御法だ。
そういった高度な魔力操作をカスパルは修得したというのか。いや、似ているが少し違う?
「はっはあ!! 俺は止まらねえぞ!!」
魔法を打ち消した両手に軽い火傷を負った程度で碌なダメージも見られないカスパルは、その白く光る拳を振るって突撃を再開した。
ようやく突撃に対応して隊の向きを変えられたセイロス騎士団だったが、敵の勢いを止めることはできず、続けて襲い掛かるカスパル達によって同じように殴り倒されてしまう。
素早く距離を取れたフレンは突撃に巻き込まれずに済んだが、敵に勝手を許したことが悔しくて顔を歪めた。
それでも目を背けず、カスパルの戦いぶりを観察して気付く。
敵勢に一斉突撃、それも先頭に立つカスパルが無傷でいられるわけもなく、一瞬すれ違ったフレンの目でも分かるくらいのダメージはあった。
そんな彼が白く光る拳を振るう度に自分にも親しみのある魔力が弾け、傷を癒す回復魔法の効果が表れているのだ。
(まさかあれは、リザイア!?)
カスパルが魔法を苦手としているのは知っている。士官学校の同級でなくても彼を知る人なら誰でも覚えているだろう。
そのカスパルが初級とは言え、白魔法を使って戦っている。その事実がフレンには驚きだった。
魔法を遠くに飛ばせないなら近付いて使えばいい。
近付いて使うならそのまま殴ってしまえばいい。
馴染みのある接近戦で使えば、手で殴るか、足で蹴るか、魔法で戦うか、体の使い方の問題だと捉えて苦手意識も薄れたようで、新しい型として定まった。
接近してリザイアの魔力を拳に込めて殴る──ドレインブローという新しいスタイルが生まれたのだ。
砦の防御力は補給があればさらに盤石なものとなる。
戦闘でどうしても負ってしまうダメージを自己回復で補えるようになった今のカスパルは、まさに【進撃の砦】の名に相応しい動く要塞だった。
今や地上戦はぐちゃぐちゃだ。戦場を突っ切ったカスパル達の部隊がセイロス騎士団を大量に昏倒させたせいで、それらを助けようとどうしても騎士団の動きがそちらに向く。
しかしながら空中ではドラゴンこそ大混乱に陥ったものの、ペガサスナイトは健在である。
「怯むな、敵陣を先に制圧しろ! 空から攻めるのだ!」
セテスの指示に従ってペガサスナイト達が動いて隊列を組み直す。
ベレトの声の影響がないペガサスなら圧倒的にセイロス騎士団が優勢だ。エーデルガルト達がドラゴンナイトの救助に手を取られる横をすり抜けて、ペガサスナイトの部隊が大修道院に迫った。
焦ったのは守りを任されていたベルナデッタだ。弓を引きすぎてヒリヒリ痛む指を休ませられるかと思っていたところに、一気呵成に襲い掛かるペガサスナイトの部隊を見て慌てて矢を構える。
「ほぎゃあああ来ましたまた来ましたああ!! 私だけじゃもうだめえええ!!」
「諦めないで! 僕も手を貸します! 当てなくても追い払うだけでいいので戦いましょう!」
「ああはいありがとうございます! 助かりましってどなたあああ!?」
そこに颯爽と現れ、ベルナデッタに並んで弓を構えた一人の青年。
強弓から放つ矢でペガサスの鼻先を掠らせたり翼を傷付けるだけに留めるなど高い技量がうかがえる攻撃は、この危機的状況でも不殺を貫こうという意志が見える。
「急に参戦してすみません! 故あって、帝国に味方します!」
「あ、アッシュさん!!??」
それはファーガス神聖王国に所属しているはずのアッシュだった。
帝国と敵対している王国にいた彼が何故? 話す余裕がないアッシュは、目を剥いて驚くベルナデッタに一言だけ伝えて対空射撃に加わった。
倍加した矢の数はペガサスナイトの接近を阻み、セイロス騎士団は空中戦でも足止めを余儀なくされる。
また、アッシュが連れてきたガスパール騎士団が地上の戦場に雪崩れ込み、帝国側が押された状態で止まっていた戦線を大きく押し返してみせた。
「これ以上ガルグ=マクを好きにさせるな!」
「セイロス騎士団だからってやりすぎだ!」
「アッシュ君に続け!」
かつてロナート卿が鍛え、率いた精鋭部隊がアッシュの意思に従いセイロス騎士団に牙を剥く。
五年前。教団の決定の下、セイロス騎士団に蹂躙された鬱憤を晴らすかのように、今度こそ率いる将に勝利を捧げようと彼らは声を上げて戦った。
そんな様相はすぐにセテスへと報告される。
「馬鹿な! 何故アッシュが帝国に付く!?」
「わ、分かりません! ですがあれは間違いなくアッシュ殿かと……」
報告した兵も困惑を見せる。その部下の前でも動揺を隠せないセテスは思わず空を睨んだ。
(君なのか……これが君の導きだというのか、ベレト!)
上空を飛び回る姿に、陽光ではない理由で目が眩みそうになる。
何人もの弓兵が矢を射かけても、それらを避け、時に斬り払うだけで反撃もせず空を翔けるベレトに如何なる縁が集まっているのか。
昏迷のフォドラに突如現れ、王を助け、国の行く末を変え、人々の心を集め、世界に新しい導きをもたらす──そのような者を、人は英雄と呼ぶのだ。
しかし……しかし、それでも! 彼は戦わなくてはならない敵なのだ!
ガルグ=マクを侵した大罪人に味方するなど、決して許してはいけない!
君は敵だ! 私にとって敵のはずなのだ!
そう必死に自分に言い聞かせて揺れる心を抑えようとするセテスを置いて、戦況は動き続ける。
ドラゴンナイトを粗方助けられたと判断したベレトは行き先を変えた。落としたサンダーを足裏で受けて急降下し、地面を跳ねることで騎士団を避ける。
そうして走る先にいるのは、次の魔法を使おうと魔力を練るフレンだった。
「フレン!」
「先生……!」
悲しげに表情を歪めても戦うことはやめない。手に魔力を維持したまま、ベレトから間合いを保つように走り出す。
「悲しいけれど……退くわけには参りませんの!」
フレンを守るためにベレトの前に立ちはだかる騎士達の後ろで魔力を高める。
ベレトの強さは自分より上。生半可な魔法では通用しない。
手に持つ母の形見、カドゥケウスの杖の力も借りて、今撃てる最強の一撃を!
現れた白の魔法陣の模様が複雑さを増し、放つ準備ができたのとほぼ同時にベレトの姿を捉える。騎士達をやはり蹴飛ばすだけで、ここでも殺そうとしない彼を引き付けて放つのは決意の一撃。
「──アプラクサス!!」
天から降り注ぐ光の奔流が敵を圧殺する、光の最上級攻撃魔法が放たれた。
狙い過たずベレトに命中する。彼のこの戦いにおける初めての被弾。
(あ、当たりましたですわ!)
手応えを感じて驚くフレンに対して、目の前でベレトが大魔法のクリーンヒットを受けたのを見た帝国兵が色めき立つ。
ヒューベルトに並んでエーデルガルトを支えるベレトの活躍は兵の中に知れ渡っているのだ。彼がどれほど皇帝に重用されているか、どれほど帝国に尽くしているか、この数節だけのことでも多くの人が理解している。活動を共にした者も少なくない。
人柄だけでなく、腕も立つ彼が帝国兵から注目されるのは自然なことで。
軍内から流れた噂とエーデルガルトの態度によって、皇帝陛下って実は可愛い説の原因とも言えるベレトが人気を集めるのは早かった。
そのベレトが強力な魔法をまともに食らったのを目の当たりにして、帝国の地上部隊はいきり立つ。
「先生が危ないぞ!」
「先生を援護しろ!」
「あの魔法使いを狙え!」
今ではすっかりベレトの愛称として浸透した先生呼び(エーデルガルトを始めとして、縁がある人がみんなして先生と呼ぶものだから定着してしまった)をして彼らは急ぐ。
ベレトを案じてフレンに狙いを定める地上部隊が前に出ると、セイロス騎士団の方も部隊を動かし、両者は激突する──寸前、
「手を出すなぁ!!」
アプラクサスの衝撃で舞う土埃を切り裂いて、制止をかけたベレトが現れる。今まで聞いたことのない彼の怒鳴り声に思わず足を止めてしまう帝国兵の前で、次にベレトは高く跳び上がる。
魔法のダメージは大きいようで珍しく顔を歪めながら空中で天帝の剣を振る。伸ばした剣先がセイロス騎士団の前衛をしたたかに打ち、部隊の前進を止めてみせた。やはりここでもベレトは殺そうとしない。
困惑しながらも次の魔法を撃つために魔力を集めるフレンの前で、今度は空中を横移動して側面に回ったベレトが家屋の壁にファイアーを当てた爆発で一気に距離を詰めてきた。
飛んできたベレトに向けて咄嗟にリザイアを撃つフレンだが、それを読んでいたベレトは自身のリザイアで相殺。速度を緩めることなくフレンに迫ると、なんと勢いのままに彼女を抱えて再び跳び上がったのだった。
「ひゃうう!?」
「しっかり掴まってろ!」
「せ、先生、何を、わあああ!?」
フレンをかっさらったベレトは止まることなく立体機動を続ける。伸ばした天帝の剣を使った振り子運動。ファイアーを弾けさせる加速。二人分に増えた重量を物ともせず空を翔ける。
かつてない高速移動で慌てるフレンはベレトの腕にしがみついた。肌を切るような風が恐怖を煽る。未体験の超速度は思考する暇を与えなかった。
そうしてベレトに捕まり、彼に抱えられたフレンを見てセテスは大いに焦った。二人が戦場で自分より先にぶつかったのに気付き、駆け付けようと思った矢先の出来事である。
ドラゴンに乗っていればすぐに近付けたのにと歯噛みしたのだが、なんとそのまま跳び上がったベレトが立体機動でこちらに向かってくるではないか。
まさか……自分のところにわざわざ連れてきて、見せしめとして目の前で殺そうというのか? それで騎士団の士気を挫こうと?
(だめだ! それは、それだけは絶対に! 絶対にさせん!)
焦燥がアッサルの槍を握る手に籠る。
この命に代えてもあの子を守ってみせると決意が足に漲る。
自身の生きる理由に向けてセテスは走った。
そんな彼の決意を嘲笑うように事態は思わぬ方へ動く。
セテスからも近付いてくることは立体起動するベレトにも見えていた。なので彼の上へ飛ぶように角度を調整して動く。
互いの顔が見えるところまで近付いた時、ベレトはちょうど家屋一つ分の高さの空中にいた。
「セテス!」
そのまま彼は抱えたフレンを腕で振り上げて──
「受け止めろ!!」
──ぶん投げたのである。
「ふぇぇえええええ!?!?」
「フレンんんんんん!?!?」
投げられたフレンと、それを見たセテスが絶叫した。
あまりの出来事に周囲が思考停止で固まってしまう中、反射的に動けたセテスが身を投げ出すように飛び出し、地面スレスレで投げられたフレンを抱き留めることに成功した。
「フレン……しっかりしろ! 大丈夫か?」
「は、はいぃぃ……」
衝撃に軽く目を回した彼女を見て、ひとまず無事なのが分かりホッとする。
次いで、暴挙に及んだベレトに怒りと、微かな戸惑いが湧いた。
「ベレト、一体全体君は何を考えているのだ!!」
フレンが怪我をするところだったではないか──敵同士で戦っている最中にも関わらず、そんな言葉が口をついて出た。
それはまるで昔のような、五年前に修道院の食堂でセテスがベレトに突っかかっていったみたいに、フレンを守りたいがためにぶつかった二人のような。
そんなセテスの怒声を聞いて、着地したベレトは即座に応えた。
「ごめん!!」
「……~っ!」
そうじゃない……!
そうなんだけど、そうじゃない……!
そうかもしれないけど、そうじゃない……!
セテス以外にも、ベレトの謝罪を聞いたその場の全員が声もなく悶える。
そのたった一言だけで戦場だったガルグ=マクはいつの間にか静まり返っていた。唖然としてしまった、とも言う。
無理もない。彼のすることは何から何までデタラメだ。
ドラゴンを乱しておきながら騎兵は敵味方関係なく助ける。エーデルガルトまでもが救助に動いたのはベレトの指示だと推察できる。
戦場に飛び込んでおきながらまともに戦おうとしない。カスパルやジェラルト傭兵団も、セイロス騎士団を叩きのめすだけで殺してはいない。これもベレトの指示か。
そしてフレンのことも、彼女の魔法攻撃を受けておきながら反撃もせず、こうしてセテスに投げ渡すなどという暴挙に及ぶ。
意味が分からなかった。
ところが。
「うふふふっ……」
「……フレン?」
セテスの腕に抱えられたままのフレンが急にクスクスと笑い出す。楽しそうに、何やらすっきりしたような雰囲気で。
体を起こしたフレンがベレトの方を向くと、笑顔のまま問いかける。
「先生!」
「どうしたフレン」
「先ほどのわたくしの魔法、どうして食らったんですの? 先生なら避けられたはずでしょう? あえて避けなかったのですわよね」
ベレトの強さを知るフレンには分かっていた。自分の魔法をベレトはわざと体で受けたのだと。
アプラクサスは最上級の攻撃魔法。いくら高い白魔法適性があるフレンと言えど、使うには相応の溜めが必要となる。
高速戦闘を得意とするベレトがそんなあからさまな隙を見逃すはずがない。ああして綺麗に命中したことにフレンの方が驚いたのだ。
「あの魔法は、避けたらいけないと思ったんだ」
「まあ! わたくしの渾身の魔法、如何だったかしら?」
「すごく痛かった。強くなったな、フレン」
「うふふ、ありがとうございますですわ!」
やはり彼がわざと食らったのだと分かり、フレンは嬉しそうに笑う。
「あ、でもさっき、投げ飛ばしたのはいただけませんわ。わたくし、死ぬかと思いましたのよ?」
「すまない。でもセテスなら受け止めてくれると信じていた」
「それは、そうですわね。お兄様なら守ってくれますわ。けれどそれなら普通に届けてくださってもよかったのではなくて?」
「敵の俺に抱えられたフレンを見たらセテスも騎士団も黙ってなかっただろう。そうしたら何かの弾みで君が怪我をしていたかもしれない。ああすれば無事に届けられると考えたんだ」
「うーん、そういうことでしたら仕方ありませんわね。許してあげますわ」
にこにこと朗らかに笑って締めたフレンが振り返ってセテスを見上げる。
「お兄様、お聞きになりまして? 先生はやっぱり先生でしたわ」
「ふ、フレン?」
一連の会話を聞いていたセテスだが、ポカンとしたままである。
今まで戦っていたにも関わらず、先ほどからこの場に流れる空気が妙に穏やかというか、戦場らしからぬ日常感があるというか、とにかく緩い。
ベレトの謝罪発言を皮切りに、フレンとの会話がそれまでの緊迫感を洗い流してしまったようで、まるで五年前に戻ったかのような……
「大丈夫ですわお兄様。先生は先生のままでしたの」
フレンに言われ、改めてベレトを見る。
敵対しているのは間違いない。現に彼は天帝の剣を納めることなく立ち、戦闘の緊張を解いていない。
なのに斬りかかることなく、それどころか後ろからやってきた帝国の部隊を制止するように手を広げて自分より前に出ようとするのを抑えている。
もう一度フレンを見る。柔らかく微笑んだ彼女はそれ以上何も言わず、一度しっかり頷いてみせた。大丈夫、そう言うように。
笑みに背中を押されたのを感じて視線を戻す。ベレトは剣を持ったまま、しかし、やはり戦おうとしない。
「……ベレト、聞かせてくれ」
「どうしたセテス」
「何故、フレンを殺さなかった。君ならできたはずだ」
言いながら胸が高鳴る。まさかと思い、否定した考えが脳裏に浮かぶ。
ベレトほどの戦士にとって決して難しいことではなかっただろう。魔法をわざと受けたりせず、高速移動で近付いて一刀の下に斬り捨てることができた。天帝の剣なら近付かなくても遠間から、魔法発動の隙を突いて斬り払うこともできた。
わざわざ抱えるくらい近付けたなら剣の一刺しでいいし、高所から落下させたり、いくらでも殺す手段はあった。
【灰色の悪魔】とさえ謳われたベレトが、戦場で冷徹に敵を斬り殺せる彼が、それでもフレンを斬らなかった理由。
「俺がフレンの先生だからだ」
当たり前のように放たれたその返事は、セテスの中へ穏やかに納まった。
『フレンを守れ! 私のように、全てに優先してまでとは言わん……君に叶う限りの力で、この子を守ってくれ!』
『もちろんだ。フレンは俺の生徒になった。だったら守るのは当然だ』
──ああ、そうか。
分かってしまった。揺るぎない確信だった。
ベレトは変わっていない。
フレンを守れという願いに即答を返し、彼女を指導していたあの時から……いや、他にもいる生徒を導く教師になってから、何も変わっていない。
彼はずっと──私の友のままだったのだ!
その性根は五年前と何も変わっていない。
無表情でも誠実で、いつだって生徒を守り、導こうと尽くしていたあの頃と。
少しずつだが僅かに顔を綻ばせるようになったあの頃と。
守るべきものを守ろうと戦う彼は、自分が信じてみようと思った彼のままだった。
(背負ってくれるのかベレト……フレンを、君の敵になった者でさえも、導いてくれるのか……)
一度思えばもうセテスの目にはベレトは敵に見えなくなってしまった。自分に言い聞かせようとしても無理だった。
邪心に惑わされたのではないベレトが何らかの意志で帝国に味方するのなら。
これが友の判断であるのなら。
「っ……撤退だ!!」
「せ、セテス様?」
「もはやこの戦いに得るものはない!! セイロス騎士団全部隊に告ぐ! 今すぐ撤退せよ!!」
驚く騎士に重ねて命じたセテスは最後にベレトを見る。
セテスの号令に驚いている帝国兵の前に立ってこちらを見るベレトはいつも通りの無表情に見えるが、その目がどこか凪いだように映る。
安堵してくれているのか。セテスの方から矛を収めて、これ以上戦わずに済んだことを。
視線を切って部隊に追加の指示を出すセテスの隣でフレンが笑顔で手を振る。
「先生! どうかお達者で!」
短く別れを告げたフレンが走り寄ってくる。隣に立った彼女を優しく抱き寄せて、大切な宝が生きていることにセテスは感謝した。
こうしてセイロス騎士団はいくらか困惑しながらもセテスに従って兵を引いた。
ガルグ=マクを去る彼らを追撃しようとした一部の帝国兵はベレトに抑えられ、終わりを宣言したエーデルガルトによってこの度の籠城戦は終結したのだった。
(ベレト、君の行いを今は信じよう。君が己の信念に基づいて動いているのなら、私も弱音を吐いていられん。覚悟を決めねば……)
レアと話そう。
腰を据えて、彼女と向き合って。
話した結果、もし必要があれば──自分が彼女を止めるのだ。
ガルグ=マクから撤退する騎士団を率いてセテスは意志を固めた。
フレンを守り、自分の胸の虚ろを晴らしてくれたべレトへの恩に報いるにはそれしかない。
それが同じ眷属である自分の使命だと信じて。
「まさか貴方が手を貸してくれるとはね……」
「お久しぶりです、エーデルガルト。皇帝陛下と呼んだ方がいいでしょうか?」
「別に今は構わないわ。仕えているわけでもないでしょう」
戦いが終わり、落ち着きを取り戻したガルグ=マク大修道院。
謁見の間でエーデルガルトと向かい合っているのは先の戦いに駆けつけたアッシュである。
「セイロス騎士団に弓を引いたということは教団と敵対するということ。それはもう分かっているわね?」
「はい……やっぱり僕は、ロナート様や義兄さんを殺したセイロス教団を心から信じられないんです。セイロス教の全てを否定するわけじゃないけど……」
大きな決断による疲弊を滲ませつつもアッシュの口調は強いものだった。
清く正しい騎士を志していた彼にとって、セイロス教の教義は精神的な支柱と言ってもいい。それを司る教団に逆らうとなれば心中穏やかでいられるものではない。
そんなストレスを背負ってでも離反を決意したのはアッシュの原点、彼が誰よりも尊敬する騎士から教わった正義、ロナート卿の背を見て育った彼の正義感が己を突き動かしたからだった。
「いくら教団が決めたからって、人々の心の支えになってるガルグ=マクを攻めるなんて間違ってる。やっと再興してきたガルグ=マクがまた襲撃されると知って、居ても立ってもいられなくなったんです」
「最初にガルグ=マクを攻め落としたのは帝国だけれど、そこに思うところはなかったの?」
「それは、全くないとは言いませんけど……今は違うんでしょう? 先生が何かを教えてエーデルガルトを変えた。だから帝国は急に方針を変えて、セイロス教を盛り立てることにした。違いますか?」
言い当てられたエーデルガルトは思わず同席しているヒューベルトと一緒に同じく同席するベレトを見る。それをどう感じたのか、視線を受けたベレトはアッシュと再会した経緯を話すことにした。
「会ったのはほとんど偶然だったよ。アリルでセイロス騎士団の部隊と戦ってるアッシュを見つけて、それでガルグ=マクに危険が迫ってると知れたんだ」
アイスナー式ブートキャンプをするベレト達は、まずアリルでカスパルの魔法を鍛え、次にザナドで魔獣相手に実戦、そしてもう一度アリルに戻り『仕上げ』を行おうとしたところでアッシュを見つけた。
ガルグ=マクに攻め入ろうと分かれて進行していたセイロス騎士団の部隊の一部を止めるため、アリルで戦っていたアッシュと彼に率いられたガスパール騎士団。彼らを助けるために参戦したベレト達は、図らずも実戦形式で『仕上げ』ができたことになった。
そうして助けたアッシュからガルグ=マクの危機を教えられて大急ぎで帰還したというわけだ。
ちなみに、ガルグ=マクの危機を知ってブートキャンプを予定より早く切り上げたことで、ジェラルト傭兵団とベルグリーズ戦団から猛烈に感謝されたアッシュが困惑したのは余談である。
「そういうことなら私からも感謝するわ。ありがとうアッシュ。貴方のおかげで師が間に合って、ガルグ=マクを守ることができたわ」
「お役に立てたようで何よりです。ガルグ=マクはフォドラの人々にとって大事な場所。五年前のようなことを繰り返させちゃいけません」
「でもこれで貴方はファーガスからも離反した扱いになるわ。帝国に手を貸した今、ディミトリが貴方をどう見るかは……」
「分かっています。僕はもう王国には戻れません。一度でも帝国に味方した僕を、陛下は決して許さないでしょう。それでも、ここで動かないわけにはいかなかったんです。例えファーガスに剣を向けることになっても……」
「アッシュ……」
「もしロナート様が生きていたら、喜んでくれたはず……僕は、そう信じています」
「貴方の決断に感謝するわ。改めて、ありがとうアッシュ」
引け目はあるのだろう。王家に忠を尽くすのが騎士の本懐、そういう憧れを捨てたわけではないのだから、やはり悔いはある。
それでも静かに微笑むアッシュの中には、単純な忠義よりも大切な何かを守れたことへの誇らしい気持ちが確かに生まれていた。
「私としては些か問題が残る決着でしたが……」
笑顔でアッシュと握手を交わすエーデルガルトの横で、ヒューベルトが小さく不満を漏らす。
それを聞いたエーデルガルトが視線を向けた。
「セイロス騎士団との戦いが途中で終わったこと?」
「はい。ガルグ=マクは守れましたが、敵戦力はさほど削れておりません。今後の教団との戦いを見据えれば、将官を討てる内に討っておきたいところでした。無論、数の差を考えれば長引くとこちらの被害も増えていたでしょうが」
帝国側がガルグ=マク大修道院を守ることに集中したおかげで、住民を含めて死傷者をかなり少なく抑えられたのは大きな戦果と言っていい。
反面、セイロス騎士団が戦場の主導権を握ったこの戦い、騎士団側の被害も少ないまま終わっている。ベレトが混乱させたドラゴンも落ち着けば元通りになったし、捕縛された騎兵のドラゴンナイトも送還された。
激しくなりがちな帝国対セイロス騎士団の戦いにしては、今回はどちらも非常に少ない被害で終わったのだ。
いずれ必ず起こる教団主力との決戦を考えれば、戦える内に少しでも敵を削っておきたいと考えるのは不思議ではない。
そんな風に言うヒューベルトだが、そこにベレトから待ったがかかる。
「そうでもない。むしろこの結果は理想的だ」
「ほう、先生はそうお考えになりますか」
「敵を殺し尽くす殲滅戦が目的なら削れる内に削るのは正しい。だが今の帝国が目指すものを思うなら、こうして被害が少なく済んだことを喜ぶべきだ」
セイロス教を盛り立てて教団の間違った姿勢を咎める立場になった帝国は、長引いている戦争を少しでも早く止めて、少しでも犠牲を減らさなければいけない。
もちろん「やーめた」と言ってすぐに止めるのは不可能である。そんな言い分がまかり通るほど戦争とは軽いものではない。
それならそれで、起こる戦いの犠牲を減らし、早めに切り上げ、一つでも被害を食い止めることが大切になるのだ。
そうした後、会談なり交渉なり、戦いとは違う形で戦争を終結させる。
そのために必要なのは人である。人がいなければ話し合うことも通じ合うこともできはしない。だからこそ犠牲を減らし、生き残る人を増やすのだ。
「そういうことでしたら確かに生き残るのが一人でも多い方がいいですね……ふむ」
「ヒューベルトに無理を言ってるのは分かる。それでも君が頼りだ」
「私からも頼むわヒューベルト。教団を打倒する意味も、その先の展望も、以前とは変わったの。けれど貴方の力が必要なことに変わりはないのよ」
「いえ、私の理解が浅かったようです。これからもエーデルガルト様を支える気持ちは揺らいだりなどしませんよ」
ご心配なく、と慇懃に一礼するヒューベルトの姿はいつもの彼と同じで安心できるものだった。
「僕からもお願いします。エーデルガルト、この戦争を何とか平和に終わらせてください。僕みたいな平民には国同士の因縁をちゃんと理解できてませんけど、それでもきっと道はあるはずだと思います」
「分かっているわ。アッシュも言ったでしょう? 師に教えられて私は変わったの。フォドラをこれ以上乱すことはしないし、させないわ」
アッシュの嘆願に対しても鷹揚に頷くエーデルガルトの表情は明るく、自然とも言える自信に満ちていた。言葉の通り、彼女の内面はベレトによって変わったのだ。
それはアッシュのような平民からすれば親しみを持てる穏やかなもので、喜ばしい変化だと感じた彼も明るい表情になれるものだった。
そうして二人が向かい合う傍ら、無表情を僅かに固くしたベレトに気付く者はいなかった。
「おーい! 話は終わったか?」
「わーわーカスパルさん降ろして! 降ろしてください! 抱えられなくてもベルはもう自分で歩けますよおおお!」
「カスパル、ベルナデッタ!」
「ベルナデッタのやつ、アッシュに礼を言いたいんだってさ。こいつを援護してくれたんだろ。俺からも礼を言うぜ、ありがとうな!」
「ふふ、いいんですよ。僕なんかでお役に立てたなら」
「そういやアッシュはこれからどうするんだ? 王国に戻れないっぽいことは聞いたけど……あ、そうだ。ガルグ=マクで働くってのはどうだ! ここにはアロイスさんもいるからアッシュも守備兵になったりしやすいんじゃね?」
「そうですね。一緒に着いてきてくれたガスパール騎士団の人達のことも相談しないと」
「……その件は早急にまとめましょう。私の方で話を伺います」
「ほあああヒューベルトさんごめんなさいいい! お尻越しにお邪魔してごめんなさいいいい!」
「落ち着いてくださいベルナデッタ殿。顔を合わせない方が話しやすい貴殿はそのままで結構ですよ」
「いやあああ恥ずかしいですうう! カスパルさんもう降ろしてえええ!」
ノックもなく入ってきたカスパル(と抱えられたベルナデッタ)を交えて途端に謁見の間が賑やかになる。
学級を超えた友人と再会できてはしゃぐ彼らを見たエーデルガルトは、これもまたベレトが結んだ絆の賜物かと目を細めた。
「まさか師がアッシュを連れてくるなんてね……おかげでガルグ=マクを守れたし、被害も少なく終えられて、本当に助かったわ。ありがとう師」
「……」
「師?」
「……ん、ああ。会えたのは偶然だったけど、アッシュが決断してくれたおかげだ。俺も彼に会えて嬉しかったよ」
傍らのベレトに話しかけても反応が悪いので覗き込むと、いつもの無表情でもどことなく固い気がする。何となく、一瞬そう感じる程度ではあるが。
「疲れているのかしら? 流石の師でも、修行明けにいきなりあの戦闘は辛かったでしょう。フレンの魔法を受け止めたことも聞いてるわ。しばらく休んでいいのよ」
「そんなことない。エーデルガルトのためにやれることはいくらでもある。君のために俺ももっと頑張るよ」
「もう……師ったら」
相変わらずの調子で返してくるベレトの言葉に嬉しくなり、つい顔が緩んでしまうエーデルガルトである。
彼の変わらない態度に安心できたので、目の前でぎゃあぎゃあ騒ぐ者達をまとめるべく足を向けた。
だから。
その背に注がれるベレトの視線を見逃してしまった。
まるで痛ましいものを見つめるような彼の表情に気付けなかった。