239 どうにもならないもの
◆ 加賀利島 ◆
バイタルに異常まではね、行かなかった。快適な船旅ともね、行かなかった。
『とうちゃく、でちゅわー!』
『HAHAHA!』
『あしもとに、きをつけて~いってらっしゃ~い』
『わ、う……』
『)ヽ´ω`(』
『では、かえりまちゅわ~~!!!』
『HAHAHA!!』
『ねんりょうよーし、しゅっぱつしんこー』
レーナちゃんには後で、あの子達の改良をお願いしよう……。出発からここまで、ほぼエンジン全開で来ましたよ……。文明の利器のパワーは凄いね、本来天候が良くても2日かかるらしい航路を2時間で突切りましたよ。お陰様でモンスターに出会うこともなく、海旅を楽しむ暇もなく、ただただ命綱なしの海上ジェットコースター。正直もう乗りたくない。
「大丈夫ですか、リンネ殿。さ、此方が支えになりましょう」
「あ、りがと、千代ちゃん……。暫く支えてて……」
「暫くと言わず、ずっと支えても構いませんが」
「いや、このぐらいなら大丈夫……だよ」
「そうですか?」
「うん……」
うう~……千代ちゃんに遠慮なく寄りかかって歩いても、千代ちゃん全然ビクともしないよ……。すごく体幹がしっかりしてる、あそこで死んでるマリにゃんヌとは大違いだわ……。
「マリにゃん……。しっかり、して……うぇ……」
「…………着いた? 着いたか。そう、うっ……」
「おめめがぐるぐるです~……」
『わ……ぅっ』
『(;´x`)』
この暴走超特急ジェット漁船に乗って、千代ちゃんだけが全くのノーダメージ……どうなってるの、あれで酔わないって……。全員ダウンしてんだけど。
「ああ、久しぶりですね。ここは加賀利島の西側ですから、ここから20分も東に歩くと此方達の国の西門が遠くに見えると思います」
「あ、そこで到着じゃないんだ……」
「はい。加賀利城はかなり遠くに――――皆様、暫く休まれた方がよろしいのでは?」
「…………」
千代ちゃんに言われて皆の顔を見たら、全員無言で頭を縦に振ってますね。そうか、耐え難いレベルでキテるか……。
「戻るがよい……」
『わうぅ (ありがと~……)』
「すみませ、これは、ちょ……と」
『(´;x;`)』
「操縦を、任せたのが、間違いだった……テレ、ポータルの、起点だけ……」
「後で到着したらそこにしよう、ね」
「う、むっ……」
「リンネしゃま、ごめんなひゃぁい……」
『【姫千代】以外のアンデッドを死体安置所に戻しました』
いざって時に何かあったら大変だけど、まあ千代ちゃんと私ならカヨコさんみたいな化け物が出てこない限りはなんとかなるでしょ。いや待って? むしろ私が表に出てる方が足手まといになる可能性高いな? 潜ったほうが良くない?
「――今思ったんだけど、アビスウォーカーで千代ちゃんにダイブしていい?」
「え、あ、うぅ~ん……。少し残念ですが、道中おしゃべりぐらいできますよね? ね?」
「うん、おしゃべりぐらいなら……」
「では、城まで此方が走りましょう!」
潜ったほうが良いわ。ごめんね千代ちゃん、故郷の国までちょいっと走って貰って……よろしくおねがいしまーす!!
◆ ◆ ◆
「――――これは、酷い……」
「…………」
崩壊した門、焼け焦げた跡が残る地面、加賀利の国を徘徊するモンスター、黒く乾いた血の痕跡、非日常の光景……。千代ちゃんの故郷の国、加賀利の国は…………廃墟になっていた。
「穿て! カーススピア!!」
『狂い獅子(Lv,99)に2,350Kダメージを与え、撃破しました。経験値 1 獲得』
「此方が、残りを始末して参ります」
「あ……うん……」
この門が見えるまでは笑顔だった千代ちゃんの顔には、何もなかった。ありとあらゆる感情を押し殺して、何もない表情のお面を被ってた。ただ黙々と、国を荒らしているモンスターを始末していくだけ。淡々と、黙々と。
どん太達はかなり重症、こんなことなら最初から引っ込めておけば今頃千代ちゃんと一緒に殲滅出来たろうに、まだ『極度の船酔い』から回復してない。それにこの状況で土地勘のない者が大勢で動けば、万が一にも余計なものを刺激して更に状況が悪化する可能性もある。状況が把握しきれない内は、千代ちゃんと私だけで動くべきだろう。
「――――片付きました」
「ん……お疲れ様……」
「…………よしよしは、後にしてください。耐えられなくなりそうです」
「ん…………」
「確かめなくては」
お面の下は、もう崩壊寸前らしい。今崩壊したら、確かめられるものも確かめられなくなってしまうから、今はやめて欲しいと。
「私も一緒に行くよ」
「……ありがとう、ございます」
ここに来る道中、千代ちゃんと沢山お喋りをした。おいしい食べ物の話から始まって、小さい頃はシャケのおむすびが大好きだったとか、妹が居て城をこっそり抜け出してはよく城下町で遊んだとか、あのお団子屋さんが美味しかったとか、刀を勝手に触って怒られたとか…………。いっぱい……いっぱい……。
「――――あの辺りに、団子屋があって……。おばあちゃんが作る、みたらし団子が、美味しくて……。ほら、あそこがよく妹と遊んだ、空き地で……。独楽を回したり、竹とんぼを作ったり、追いかけっこしたり……」
「うん…………。うん…………」
――――全てが焼け、原型が無くなっていた。
「…………」
「確かめないと。千代ちゃん」
「はい、はい……」
時折立ち止まってしまう千代ちゃんの手を引いて、城へ向かう。どうか、バビロン様……。私の考えている最悪の状態にだけは、なっていませんようにと祈りながら。
「どうか……どうか……」
◆ 加賀利城 ◆
『――――姫千代様…………?』
『姫千代様!! 姫千代様がお戻りになられたぞ!!!』
『姫千代様ーーー!!!!』
「ああ……っ! ああ、皆……っ!!」
加賀利城の中はかなり被害を受けてはいたものの、城下町とは異なりまだ国民が生きていた。千代ちゃんの姿を見るなり死人のような表情から一転し、救世主が現れたかのように生気を取り戻した。しかし一部の者は立てず、一部の者は寝床に伏せたままだった。
――――細い。
それが、加賀利城の人々を見た瞬間の第一印象。妖狐族の女性も、鬼人族の男性も、ゲッソリと痩せ細っていた。千代ちゃんは『妖狐族も鬼人族も体格が良い者が多い』と言っていたから、この状態は間違いなく、異常なのだろう。
これはもはや船酔いがどうとかこうとか言ってる場合じゃない。申し訳ないが、ちょっと皆に働いて貰わねば。
『アンデッド【どん太】を【死体安置所・どんどん】から召喚しました』
『アンデッド【オーレリア】を――――』
『な、なんだ!?』
『姫千代様、お、お連れの方は、一体!!!?』
「静かに。皆、此方の主の従者です。さあ、貴方達は暫く休みなさい……その体では、立ち上がるのも辛いでしょう」
『し、しかし……』
見えないところで出すべきだったかな、いやでも緊急事態だから……。
「全員、辛いところ悪いのだけど、緊急事態なの」
『ガゥ…… (嫌な臭い……!)』
「どうやら、そう、みたいですね」
『…………』
「これは……。リンネ、すぐにローレイから皆を呼び込むべきじゃないか?」
「あ……。あ……っ……畑と、同じ、みんな、細くて――――」
「聞いて。現在加賀利の国は襲撃を受け城下町は壊滅、この城も籠城する蓄えが尽きて絶望的なの。加えてこのマナの嵐、テレポートなんてしたらどこに吹っ飛ぶかわからない――――」
全員に加賀利の現状を説明して行く。まず、加賀利は謎の勢力の襲撃を受けて城下町が壊滅、なんとか城に逃げ込んだ人々は籠城したものの備蓄が尽きて生存が絶望的、国中をモンスターが徘徊している状況。更にステータス異常の欄にずーーっと表示されてる『マナの嵐』、これのせいでテレポートや遠距離魔術スキルが暴走する可能性があって、このマナの嵐の根源を修復する必要があるみたい。
「どん太、リアちゃん、マリちゃんはマナの嵐の根源を突き止めつつモンスターの殲滅。おにーちゃん、ティアちゃんは出来る限りの食料の回収。予想外の強敵に出会った際には迷わず逃走すること。質問は!」
「…………」
『…………』
「行動開始! 行って!」
『わう!!』
「よし、乗せてくれ。それぞれの感覚で探してみよう」
「どんどん、最初はできるだけ揺れないようにゆっくり、おねがいします……!」
『(`・ω・´)』
「よろしくおねがいしますっ!」
マナの嵐の根源は嗅覚に優れたどん太、目が良いマリちゃん、マナと言えばリアちゃんのトリオで。食料はインベントリがあるおにーちゃんと、狩りが得意だったティアちゃんのペアで。私と千代ちゃんは――――。
「――――八百は……? 八百はどこですか?」
『…………あぁ』
『八百姫様は……』
『…………』
「千代ちゃん、妹さんは……?」
「…………案内、してください」
千代ちゃんの妹さんのところに、行かないと。
◆ ◆ ◆
『八百姫様は、押し寄せる人攫いの化け物達と戦い、命を落としました……』
『立派な、最期でした……。子供たちを守りながら、幾百もの化け物を倒して……』
「…………」
城の一番上の部屋の真ん中。不格好な木の箱の中に、千代ちゃんの妹さん……八百姫様は眠っていた。外で野ざらし、薄い布を掛けられただけの他の人からすれば、とても立派なものだった。きっと、八百姫様を慕う人達が、ありあわせの材料で作ってくれたのだろう。
「リンネ殿……。可能、でしょうか……」
ティアちゃんで最後にしようと、思ってたけど……。あれは撤回する必要があるみたい。
「どうか、どうか……」
「大丈夫、ダメだったらバビロンちゃんに全て差し出してでもどうにかして貰うから」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
『姫千代様、一体何を……』
『それに先程、その者を主などと!』
「……皆、部屋を出なさい」
『しかし――――!?』
「出なさい」
千代ちゃんが千紫万紅に手をかけ、殺気を放つ。見たこともないであろう千代ちゃんのそれに動揺しながら、理由も聞けずに加賀利城の兵達は下がっていった。
「…………行くよ」
「お願いします」
今まで、私はノリと勢いで皆を起こして来た。その場凌ぎだったり、興味本位だったり、ゲームだし自由気ままに考えもなく。でもそれはティアちゃんの時から変わった。この行為がどれだけの人に影響を与え、どれだけの事象を捻じ曲げているのか、考えるようになった。
ティアちゃんの時は良かった。カヨコさんが幸せな気持ちになり、純粋なティアちゃんに癒やされたりグサッと刺さる一言で己を省みるきっかけになったり、畑のことを知って、それがキッカケでゼルヴァさんにメルティスを敵視させるような情報を与えることが出来たり、メルティスの悪逆非道さをまた更に知ることになったり……。
この子を起こしたら、どれだけの人にどれだけの影響を与えるだろうか。皆は八百姫様は『立派な最期だった』と言っていた。私はこの子の覚悟を踏みにじる行為をこれからしようとしているのでは? 思いを受け継いだ人々の気持ちを踏みにじろうとしているのでは?
「リンネ、殿?」
「…………やらぬ後悔よりもする後悔って、いうもんね」
――――考えても考えても答えは出なかった。なぜなら浮かんでくる疑問の答えの全ては、行動しなければ得られないものだから。なら、死の先にある世界へ進み、答えを得るべきだろう。
「起きろ」
私はそれが出来る、赦される、死霊術師なのだから。
『アンデッド作成が発動し、対象アンデッドを復活させ――干渉――女神メルティスから直接介入――その者の蘇生は許しません――超越者の権限を止めることは出来ませんでした。女神メルティスの介入が失敗しました。対象を復活させました』
『召喚巫女が貴方の従者になりました。名前を――――名前は【八百姫】です』
「…………ねえ、さま……?」
「や、お……!」
「姉さま……? やおは、夢を見ているのですか……?」
「いいえ、いいえ……!!」
…………メルティス。いつか、必ず――――
『干渉によるマナの暴走が発生中…………』
『妖狐族の少女・瑠璃音が復活しました』
『妖狐族の戦巫女・恋子が復活しました』
『鬼人族の少年・大門が復活しました』
『鬼人族の戦士・黒猪が復活しました』
――――ん゛!? ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……!!????
『妖狐族の戦巫女・空鈴が復活しました』
『狼獣人族の戦士・メトスが復活しました』
『鬼人族の――――』
え、ちょ、ちょ、待って、待って、なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで????? 待って????? どうしてこんなアホみたいに効果範囲が広いの!? 嘘でしょ、いや嘘でしょ!? これ、城内全域!? 全域か!?
「リンネ殿……?」
「姉さま、この御方は……? 随分と、慌てておられるようですが……」
「は、え、え、え、え……」
『妖狐族の戦巫女・海乃が復活しました』
『鬼人族の戦士・烈斗が復活しました』
『狼獣人族の拳闘士・波動のラーラが復活しました』
止まらない、止まらないんですけど、止まらないんですけど!!! ああああああああマナの嵐の影響かまさかこれ、なあ!!! 暴走してるのん? 暴走してるのぉお!? これえええ!?
『鬼人族の英雄・百萬力の剛烈が復活しました』
『妖狐族の英雄・千人斬りの百姫が復活しました』
あああああ!!!!! 千代ちゃんのパパぁあああ!!! ママぁあああああ!!!!
「リンネ殿、リンネ殿、どうなさったのですか!?」
「はっ……!? はあ……!? はっ……!?」
「もしや、此方と八百の抱き合う姿に、興奮を……!?」
「ちが、ちが――――」
「姉様ぁ……!」
「大丈夫ですよ八百、もっとよく見せてあげましょう」
「姉様ぁ……!?」
違う、違うんだって、勘違いしてるから! 違うからあ!!
『妖狐族の大英雄・邪龍滅殺の零姫が復活しました』
アァアアアアアアアア…………ゴセンゾサマーーー…………ゴセンゾサマダァー…………モ、モウダメダァ…………。
――――もう、どうにでもなれ……。