238 落ちる時は落ちるもの
◆ ゼルヴァのキャラバン ◆
ゼルヴァさんの商団の食事事情は、なかなかに凄惨な状態だった。
まず人数が人数。戦闘員非戦闘員合計で総勢102名、この内10人分ぐらい食べる千代ちゃんみたいなのが3人も居るから毎日実質130人分ぐらいのご飯が必要。なのに全員料理スキルはなかなかに壊滅してて、料理人を雇うにもゼルヴァさんの旅はなかなかにハードなので、完全なる非戦闘職になるとかなりのもの好きしか同行は不可能。そもそも130人前以上も毎日毎日毎食毎食作ってられないし、作るような時間もない。
つまり、ゼルヴァさん達は簡単に食べられる物しか食べられていない。その日狩った獲物をまともに血抜き出来ずに捌いて食べる、保存食を食いつなぐ、陸地の移動が多いので魚は絶望的でとにかく肉。肉。肉。肉。肉。この生活が続けられるのはどん太ぐらいだと思う。
『うぅ~……!! うぅぅ~~~……!!!』
「はい、あ~~ん」
『師匠ぉぉ~~~!!!』
『諦めて負けを認めなさい、リーリ』
『リーリ、早くこっち側に来るべきかな。そう、来るべき』
『いつまで意地を張ってるんですかリーリ!! あ、リーリの分が無くなっちゃうかも』
『あぅぅぅうう~~!!! わぅぅぅうう~~~!!! あむっっ!!!』
「あ、食べた」
そして今、遂に最後の一人が陥落しました。リーリちゃんは『一対一でも負けて、総力戦でも負けて、食べ物にまで負けたくない!』って激しい抵抗を見せていたんですけどね、まず真っ先に生産職の『深緑の龍姫・ニオ』ちゃんが何の躊躇いもなくマカロンに食いついて、『極彩術師・ナウダ』ちゃんが一瞬迷ってから食いついて、赤い翼の生えた『火の鳥を食べた少女・シャースータ』ちゃんが黙々と食べ始めて、そしたら他のお弟子ちゃん達もマカロン争奪戦になりましたね。
『美味しい!!! 師匠、美味しい!!!』
『リンネさんにお礼は?』
『あっっっ…………。リ、リンネさ……あり、ありが、と……』
「今いっぱい焼いて貰ってるから、遠慮しないで食べて良いんだよ」
『ほんとぉ!!??? リーリの、まだいっぱいある!?』
「あるよ~」
『わぁぁぁぁぁ~~~!!! だいすきっ!!!』
『あいがと、ごじゃまひゅ…… (もきゅっ……もきゅっ……)』
『シャス、口に物が無くなってからちゃんとお礼を言いなさい』
『………………』
「あっ、シャースータ殿は此方と同じですね。物がなくならないので喋れません」
「ええ……」
リーリちゃん、最後まで抵抗してた割に一度陥落すればこれよ。今ね、ハッゲさんが丁度手が空いてたからギルド倉庫にマカロンを大量投入して貰ってるんだけど、生産速度が尋常じゃないはずなのに消耗速度も尋常じゃないんだよね。このキャラバンに臨時倉庫と臨時ギルド倉庫が設置されてて本当に助かったわ……。まあ、忘れ物があった時にいちいち戻ったりしないようにっていう運営の配慮だったんだろうけど、別の使い方になっちゃったわ。
『リンネさんが来なくなったら、もう食べられないと思うと残念ですねっ』
『あっっっっ…………』
『…………!!!!!』
『あら~~あら~~~……ニオは悲しくなってきました~……』
『大丈夫。今後、安定した食事を提供して貰うための方法をリンネさんとお話しました。この件で私は一時的にキャラバンを離れますが、ちゃんといい子にして待っているんですよ? もちろん、その間模擬戦は無しです。予想外の大怪我をして対応出来なくては困りますから』
『はい、師匠~!!』
『………… (こくりこくり)』
『わかりました、リーリが暴走しないか見張ってますっ!』
『まあまあまあ~~!! その間、マカロン食べ放題ってことですか~!?』
『ニオ、リンネさんが居なくなるからマカロンはなくなるのよ!』
『あら~~~~~…………』
そう、というわけで一旦ゼルヴァさんと一緒にローレイに向かって、カヨコさんとクックさんに会わせなければならないんですね。カヨコさんは既にフレンドメッセージ (一応カヨコさんに対する念話みたいな扱いになるらしい) を送ってローレイに来て貰ってるから、後はクックさんとあって貰って料理の供給量とか方法を決めて貰う感じかな。それでゼルヴァさん達の酷い食事事情は解決するってこと!
「お姉ちゃんが、また新しい女とデート……」
「リア殿、そんなに気になるのでしたら同行すればよろしいのでは?」
「なんでちよちよは嫉妬したり焦ったりしないんですかっ! お姉ちゃんが新しい女に取られちゃうかもしれないのに!!」
「愛している方を信じて待っている時間って、ときめきを感じませんか?」
「えっ」
「ふむ、なんだろうな。貴族で言うところの正室の余裕というやつに似ているな。リアちゃんは、慌てる側室だな」
「なんですか~! マリにゃんまで~~!!」
「……? リンネ様、ちょっとだけお出かけだよ? すぐ帰ってくるよ?」
「慌てること自体を不思議がってる……!? え、私ってもしかして、ティアにゃんより余裕が、ない……?」
『(;´∀`)』
『わう』
「えっ。えっ」
「あ、行きましょうかゼルヴァさん」
『え? あ、はい……?』
リアちゃんがにゃーにゃー喚いてるけど、たった今一番気が短い従者ランキング1位になったことに気がついてショックを受けたようなので、ショックを受けているうちにササッとローレイに行こうと思います。この、マリちゃんに作ってもらったテレポータルモジュールを使って!! 使い方は簡単、テレポータルモジュールについてるボタンをポチッと押すと魔術陣が足元に広がるんで、後はモジュールに必要な分のパナシーアクリスタルをつなげるか、直接マナを魔術陣に支払うだけ! MP50万ぐらい? 私はMP200万近くあるから、2往復出来ますね~!
「じゃ、離れないでくださいね。すぐ帰ってくるから~」
『おお、凄いですね。こんなに大規模な転移魔術陣が使えるので――――』
あ、じっくりと見たかったかなゼルヴァさん。すみません、急がないとリアちゃんが復活しそうなもんで、つい……。
◆ ◆ ◆
【剛拳の狼獣人・リーリ】
ゼルヴァの自慢の弟子の一人。戦うことがとにかく好きで負けず嫌い。戦闘スタイルはスピードタイプのインファイターで、魔術で身体強化も行う。性格は笑顔が明るく基本的にとてもいい子。
【極彩術師・ナウダ】
ゼルヴァの自慢の弟子の一人。非常に仲間想いな悪戯好きの術師。全属性の魔術を使うが、パニックになると同じものを乱発する。リアちゃんが気になる。
【火の鳥を食べた少女・シャースータ】
燃える鳥を食べてしまった少女。運悪く村近くの火山が噴火し、火の鳥の祟りだとされ生贄にされかけていたところをゼルヴァに拾われた。表情からは何を考えているか読み取れないが、大体9割以上の確率で『お腹すいたな~』としか思ってない。戦闘スタイルは意外にも遠距離型で、炎の槍や矢などで攻撃する。常に燃えているわけではなく、普段は小さな赤い羽が出ているだけ。千代ちゃんの大食いっぷりに驚いていた。
【深緑の龍姫・ニオ】
アホ代表のリーフドラゴン。警戒心が皆無と言って良いレベル。ドラゴンなのだが戦闘にはまるで向いておらず、防具やアクセサリーなどの生産職に特化している。そちら方面に全ての能力を割いたと言っても過言ではない。かなりの味音痴で、しょっぱい甘い辛い酸っぱいは極端なほど良いと思っている。テレポータルモジュールやその他機械系の道具に興味津々。
【偉大なるマスターゼルヴァ】
100名を超えるキャラバンを率いる超越者。毎日の肉生活の食事に悩むママ。かなり似た境遇のリンネについポロリと悩みをこぼす内に意気投合し、気がつけば『お友達』になっていた。登録時に出た名称は『理解者』。
食方面では割とポンコツだが、その実力は途轍も無い。元々は中立派だったが、食事面以外にもあれこれと手を尽くしてくれたバビロン陣 (主にリンネ達) に恩を感じ、今ではリンネとの出会いを感謝する祈りを魔神バビロンに捧げる信徒になった。
ちなみに弟子達も美味しいご飯を食べられるようになり、食後には全員魔神バビロンに感謝の祈りを捧げるまでになった。
◆ ◆ ◆
『ワールドアナウンス:【隠しワールドクエスト:偉大なるマスターゼルヴァの悩み】がクリアされ、マスターゼルヴァを含めゼルヴァのキャラバンのNPC全員が【無所属】から【バビロン陣営】に移りました』
『ワールドアナウンス:メルティス陣営はサービスを受けられなくなることはありませんが、以降立ち振舞には十分注意してください』
『ワールドアナウンス:バビロン陣営は今後マスターゼルヴァとキャラバンのNPCとの良好な関係を継続するよう心がけましょう――――』
――――いや~~……。良い人だったなぁ~ゼルヴァさん……。
「どうしようリンネ、上手く操縦出来るか心配だ……」
「大丈夫、レーナちゃんがメカちびちゃんズ貸してくれたから!」
『(*´∀`*)!』
「こんなにも早く完成するとは、此方の故郷に戻る時が来たのですね……!」
「船って、揺れるんですよね……? 大丈夫でしょうか、私! 実は砂上車でも酔うんですけど!!」
「わあ~~~!! これに乗って行くんですねっ!! 楽しみです、リンネ様~!」
なんか隠しワールドクエストっていうか、ゼルヴァさんの食事情とか野営施設の設備強化とか、魔界側のモンスタークラフト技術とか機械技術の紹介をしたらね、ゼルヴァさんが嬉し涙を浮かべながら凄まじい量の商品を購入してったよ。カヨコさんと会った瞬間とかお互いに得体の知れないシンパシーを感じたらしくって、『後でお茶でも、どうですか?』『いいですね。後で行かせて頂きます。リンネさん、良き人を紹介してくれましたね』なんて即意気投合して握手してたもん。
それで、諸々の用事を済ませてみたら『試練ですか? あ、良いですよリンネさんはパスで』って試練スルーで報酬の【★★★偉大なるマスターの素材選択箱】なんてのを10箱も貰ったし、キャラバンが設営状態なら即移動出来る無制限チケットとかも貰ったし……。お陰様で、何百Gってかかるはずだった真地獄晶石が4個も、更に精錬ヒヒイロカネインゴットも10kg、そして残り5箱は全部超圧縮パナシーアクリスタル集合体5個にしちゃったよ。これで死を渇望する魔呪指輪の超越が微妙に近づいた気がするね! 気がするだけ。多分大問題なのはもっと上の素材だね……。
『リンネしゃん、しゅっこーじゅんび、できましたわ!』
『ごめーれーを、おねがい、しましゅ!』
「ん゛っ゛!! じゃあ、配置について貰おうっかなぁ~!」
そう、レーナちゃんから貸してもらったメカちびちゃんズ……! ちっちゃくしたギルドメンバーの容姿をしてるちっちゃい自律人形で、普通のペット枠じゃなくてこういう移動用の機械系の操縦とかも手伝ってくれるのね! 今回貸して貰ったのはメカちびペルちゃんと、メカちびエリスちゃん、メカちびハッゲさんだね! ちょっとした修理とかもやってくれる、らしい! とても可愛いの!
「……よし、私も大丈夫だ」
「じゃあ、千代ちゃんの故郷の島目指して! 出発進行ー!!」
こんなゆる~い感じで、軽い気持ちで出発して良いものなのかな……! と言うか最初に行くのが私達だけで、本当に良いんですか?! いや確かに皆言ってた『万が一海上で死亡した時、アイテムロストする可能性がある装備がまだあるから怖い』ってのは理解出来るけど、それ外して一緒に行こうよ~~…………って、私には言い出せませんでしたね。ぐうぅぅ~~……。
『しっかり、つかまっていて、くだちゃいましーー!!』
「わ、わ――――!?」
え、ちょ――――初速からアホみたいに速――――…………ッッ!!?