「偶発症」という隠されたリスク

しばらくして男性に腹膜播種はしゅという、がんの転移が確認された。それでも治療を受けながら仕事を続け、耐震補強プロジェクトの完成に漕ぎ着けた。

「最後は家にいたい、というのが主人の希望でしたので、緩和ケアで痛みをとってもらいながら、自宅で穏やかに過ごして、家族全員で看取りました。

今でもなんで死んじゃったんだろうと思います。なんで夫はいないのかなって。悔やみ続けていても時間は戻りませんし、残された家族3人で毎日を生きるのに精一杯でしたが、いま改めて聞かれると、胃がん検診は何のためにあるのだろうかと思います」

どのような検査にも限界はあるが、がん検診を受ける目的は、早期発見で自分の命を守ることであり、検診学者が唱える死亡率減少効果は、結果論に過ぎない。

また、バリウム検査には、「偶発症」というリスクも隠されている。最も多いのは、バリウムが気管に入ってしまう「バリウム誤嚥ごえん」で、毎年1000件前後が発生している。

これは、誤嚥によって肺の中にバリウムが入り込んでしまうもので、呼吸困難や感染性肺炎、アナフィラキシーショックなどが起きる。しかも除去することは難しい。肺の中でバリウムが固まって、長期間滞留するケースもあるという。

バリウム検査の翌朝、刺すような痛みが襲う

この他、急性アレルギーが起きて入院したケースなど、様々な偶発症が起きている。

バリウム検査を受けると、数日のうちに白い便が排出されるが、大腸などにバリウムが滞留してしまうと、腸閉塞や、穿孔せんこう(穴が開くこと)を起こす場合があるのだ。次に紹介するのは、バリウム検査を受けて、九死に一生を得た男性のドキュメントである。

「もう無理だ。救急車を呼んでくれ!」

午前6時過ぎ、顔面蒼白の男性(当時61)は、声を振り絞って妻に告げた。下腹部の奥から、刺すような強い痛みが断続的に襲ってきた。前かがみに身体を折ったまま、ソファから動けない。全身から吹き出る汗で、パジャマがぐっしょり濡れていた。尋常ではない痛みに、目をつぶって耐えた。

思い当たる節はあった。前日、男性は自治体の胃がんバリウム検査を受けたのだ。渡された下剤はしっかり飲んだが、トイレで何度いきんでも何も出なかったのである。