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小林よしのり、ケネス・ルオフ『天皇論「日米激突」』 : 〈知識人〉小林よしのりの限界

書評:小林よしのり、ケネス・ルオフ『天皇論「日米激突」』(小学館新書)

決して「激突」にはなっていない。むしろ非常に紳士的な議論的対話となっており、好感のもてる一書である。
そして、主にこの功績は「自分とは意見の違う者とも積極的に対話をして、お互いの認識を検証し合い、高め合おう」という姿勢を持ったルオフの、「大人」な態度のよるところが大きい。
全体としては、やんちゃで自己顕示欲の強い小林が自論を展開し、それに対し、ルオフがウンウンと小林の意見を受けとめた後に「しかし、こうも考えられるのではないですか」とか「しかし、それでもわれわれはそこで諦めるべきではないのではないですか」と、自身の立場を表明して、おだやかに小林に再考を促し、小林を知的に導こうとするのである。

したがって、本書の読みどころは、二人の「天皇論(天皇理解)」や「天皇に関する知見」そのものにではなく、「物事に、真摯に向き合い、思考する」ということの意味を「反省してみる」ところにあるのではないだろうか。
もちろん、「天皇に関する知見」として両者から教えられることは多いのだが、単に「知識」を得て、それを「自分の趣味・願望によって取捨選択する」だけでは、「現実」と向き合う「知性」を持ち、それを「働かせている」とは、とうてい言えないからである。

そして、そうした点から言えば、小林よしのりという人は、決して悪い人ではないし、よく勉強もしているのだが、しかし、その「自己愛(ナルシシズム)」の強さの故に、充分に知性的な態度を採りえていない憾みが否定できない。自分の「個人的な趣味」で、物事を理解してしまっているのだ。
そして、こうした「趣味性の強さ」が、小林を「左派とも右派とも、単純には決めつけがたい人」にしているのだと言えよう。小林が自称する「個人主義」の本質とは、そういうものでしかないのである。

例えば、小林は、天皇を崇拝し「天皇制は、日本人の知恵であり、日本人には必要なものだ」と説くが、しかし、「安倍晋三」周辺の「日本会議」や「神社本庁」あるいは「ネトウヨ」が信じている(とアピールする)ような「天皇家の万世一系の神話」などは、まったく信じておらず、それは「日本人をまとめるために必要なフィクション」に過ぎないと、歯切れよく公言して見せる。
しかし、こうした潔い断言の裏には「わしは、そんな非科学的な話など信じないし、それでも天皇を支持できる。だが、知的に劣る大衆には、そういうわかりやすい神話的フィクションが必要なのだ」という「大衆統治論」がひそんでいるのも明らかだ。つまり、小林は自身を「知的エリート」であり「統治者」の側において、国民大衆を見ているのである(その意味では、「安倍晋三」周辺と大差はない)。

だが、小林は、自身のそうした立ち位置に、必ずしも充分に自覚的ではない。
だからこそ(「安倍晋三」周辺とは違って)、次のように、正直に語ってしまう。

『 そういう客観的な記述(※ 神話否定の学術的説明)をやっても、わしはかまわないと思いますよ。ただ、その土地の人はそれ(※ 天皇の神話的フィクションや伝承)に誇りを持っていたりするし、たぶん観光資源にもしているだろうから、(※ 野暮な、神話否定の学術的説明の追加には)反対するんじゃないかな。それに、神話は神話、伝承は伝承ということがみんなわかっていれば、(※ 神話的フィクションや伝承を、あたかも歴史的事実のように紹介するような場合があっても、それは)そんなに大きな問題ではないような気もする。宮崎県の天の岩戸を見て「おお、ここに天照大神が隠れたのか!」と本気にする人はいるわけがないし(笑)。』
 (本書P36、※は引用者補足)

『神話は神話、伝承は伝承ということがみんなわかっていれば、そんなに大きな問題ではないような気もする。』
一一ここが問題なのである。

なぜなら「神話的フィクション」というのは、基本的に「大衆に信じられてこそ、統治的拘束力を持つ」ものであって、誰もが小林のように『神話は神話、伝承は伝承ということがみんなわかって』しまっていては、当然のことながら「私はそんな馬鹿馬鹿しいお話を信じられないし、したがって天皇の権威も認めない」と考える人が少なからず出てくるし、そうした立場を否定することも出来なくなるので、おのずと「国民を束ねる」ことも難しくなるからである。

つまり、「天皇家の神話的フィクション」が「大衆統治的フィクション」である以上は、「国民大衆に受け入れさせなければならない(信じてくれるのがベストだが、最低でも〈信じているふり〉をしなければならなくする必要がある)」ものなのであり、小林が言うような『神話は神話、伝承は伝承ということがみんなわかっていれば、そんなに大きな問題はないような気がする。』といったような、「ぬるい」もの(政治的施策)ではあり得ないのだ。
だからこそ、国民の結束が特に必要とされた戦時には、「天皇は現人神である」という「荒唐無稽なフィクション」を、それを「信じていない統治者が、それを信じない国民大衆にまで、有無を言わさず強制した」のである。

そして、なぜ小林が、この程度のことにも気づかないのかと言えば、それは彼が「自分を基準にして」物事を評価しているからである。
つまり「わしは神話的フィクションなんか信じとらんが、それでも天皇は敬愛できるし、現にしとる」から「(他)人も(馬鹿でなければ)そう出来るはずだ」と考えているのである。しかし、これは「他者」というものが見えていない、「ナルシシズム的世界観による誤認」でしかないと言えるだろう。
小林にとっては「そのくらいできるだろう」ということなのだが、現実はそうではないからこそ「神話的フィクションという欺瞞的手段(政治的策略)」が講じられるのである。

また、小林のこうした「ナルシシズム由来の弱点」の具体例として、小林の言説には不必要な「自慢話的自分語り」が少なくない、という点が挙げられよう。
「わしが、こうなのは」親がどうであったとか、どういう環境で苦労してきたとか、馬鹿を相手に一人で闘ってきたからだとか、そんな「自慢話」がやたらに多いのだが、天皇を語るのに、なぜこうも「自慢話」が多いのかと言えば、小林の「天皇支持」とは「わしには、物事の本質が見える。だからこそ天皇も支持するのだし、だとしても幻想にしがみつく必要などないわけよ」ということだからである。

しかし、同じ「自分語り」にしても、ケネス・ルオフのそれは「身近な実例」として持ち出されるだけで、決して「自慢話」ではない。そしてここに、両者の「自己批評性」の有無という、明白な差異がある。
そしてさらに言うなら、「自己批評性=自己相対化」の無い人には、批評対象を正しく相対化する(客観視する)ことも出来ず、結局は、自身の「ナルシシズムの投影」的評価しか出来なくなってしまうのだとも言えよう。つまりそれが「趣味的評価」ということなのだ。

もちろん、人間誰しも「自分は賢い」と思いたいし、ましてそれなりの知識を持ち、人から「先生、先生」と呼ばれるような立場や肩書きを持つならば、自身を「ひとかどの人間」だと考えてしまうというのは、ごく自然なことで、ことさらに責められるべきことでもない。
けれども、「小林よしのり」という人を「一人の知識人・言論人」として客観的に(突き放して)評価するならば、やはり「ぬるい」としか言いようがないし、人情的には不本意ながら、「二流」という厳しい評価も避けられないのである。

個人的につき合えば、小林よしのりという人は、きっと「明るくて元気で楽しいおじさん」なのだと思う。「クセが強い」とは言え、「人情味のある人」なのだろうとも思うが、しかし「知識人としては二流」という評価は、どうにも避けがたいのである。

初出:2019年10月22日「Amazonレビュー」

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