359.長かった七日間が終わり
「えっ!?」
クノンは驚いた。
「どうやら終わったようだ。……今回も長かったな」
驚いたが、ロジーの反応を見るに、これでいいらしい。
突然、魔法陣が機能を失ったのだ。
発光していた線が消え、魔力の反応もなくなってしまったのだが。
――これで終わり、らしい。
開発実験が終わった。
だから魔法陣の機能がなくなったのだ。
「……はぁ」
喜びより、感動より。
何よりも真っ先に思ったのは、「疲れた」だった。
シンプルに、疲れた。
予定通り、だいたい七日。
それを超える長丁場の実験だって何度もしてきたが。
これが一番つらかった。
断トツで一番つらかった。
怪我もした。
全滅の危機も感じた。
己の実力不足も痛感した。
神経をすり減らし、不安で心を削られた。
疲れた。
そして、完了したことに安堵する。
実力的に見て、クノンは足手まといだった。
過程はともかく。
結果として成功して、本当によかったと思う。
――それに、実力差があっただけ、得るものが多かった。
今は何も考えたくないが。
落ち着いたら、経験した全てをレポートに残しておきたい。
クノンの記憶を整理するためにも。
そして、己に足りないものを、学ぶべきだろう。
中級魔術にも慣れておかねば。
やるべきことは山積みだ。
今は何も考えたくないが――
これでまた、クノンの知る魔術の世界が、広がる。
できることが増えるはずだ。
時刻は夕方。
もうじき夜、という時間帯だった。
その日は解散となった。
誰もが皆、今すぐ休みたいと思っていたから。
全ては、落ち着いてから。
そういう話となり、クノンらは地下室を出た。
魔人の腕が育った水槽は、置いて行く。
安定と定着のためだ。
完成はした。
だが、やはり、すぐは動かさない方がいいらしい。
もっと言うと、重いし培養液の処理もあるので。
今はそんなことはいいから休みたい、と。
誰もがそう思っていた。
こうしてクノンは、へとへとの身体で帰宅した。
やるべきことは明日。
いつでもいいから、再びロジー邸に集まることになっている。
だから今日は休む。
とにかく休みたい。
何も考えず、なんの心配もせず、ベッドでゆっくり眠りたい。
そして家に帰ると――
侍女リンコはすごく豪華な夕飯を用意して、異国の酒を開けていた。
彼女は帰ってきたクノンを見るなり、
――「クノン様これは違うんです! ちょっと贅沢したい夜だっただけで、一番好きなのはクノン様と食べる食事なんです信じて! こんな食事ただの遊びですから! 気の迷いですから!」
などと言った。
焦りながら。
なんだか浮気がバレた人の言い訳みたいに聞こえたが。
クノンは疲れていた。
だから、正直、もう何も気にならなかった。
「欲望に忠実な女性って欲望に忠実だよね」と。
そう言うだけで精一杯だった。
――そうして、一夜。
帰るなり爆睡して。
起きたのは夕方で。
クノンがロジー邸へとやってきたのは、夜だった。
いつ来てもいいと言っていたので、お言葉に甘えた。
だってシロトとアイオンは、ロジーの屋敷に泊まったから。
クノンもそうしたかったが。
家で待っている侍女が心配で、帰ることにしたのだ。
心配はいらなかったが。
侍女は侍女で飲食を楽しんでいたので、帰らなくてもよかったかな、自分も泊まればよかったかな、と少し思ったが。
まあ、でも。
今日は、泊まることになると思う。
そのつもりでやってきた。
それくらい話すことがあるし、共有したい情報もあるから。
「――では始めようか」
七日間。
ずっと一緒にいた四人が、ロジー邸の応接間に、再び集まった、
これから各々が残したレポートやメモについて、話し合う予定だ。
あの実験で気になることは、たくさんある。
果たして一晩で終わるだろうか。
終わらないにしても、いい。
昨日までの七日間と違い、命の危険はないから。
どれだけ気を抜いていても、異界のモノがやってくることはないから。
親愛なる婚約者様へ
寒い日が続いていますね。
春が待ち遠しい昨今、いかがお過ごしですか?
この手紙を書いている頃は。
あなたと過ごし別れた時から、あまり日は経っていません。
話すべきことは直接話した。
だから、今回はあまり報告することがありません。
大掛かりな実験が終わった節目として、これを書いています。
これまでそうしてきたから。
僕の習慣の一つ、なのかもしれません。
でも、なんだかペンが進みません。
なんだか言葉に尽くすのが陳腐に思えるんです。
あなたの微笑みが、まだ、余韻となって心に残っているからです。
ついこの前別れたばかりだから。
あなたと比べたら、重ねる言葉なんて、どうしても見劣りしてしまう。見えないけど。
ヒューグリアで、一ヵ月近く、ずっと一緒にいられた。
その想いは、未だ僕の心に満ちています。
あなたもそうだと嬉しいのですが。
少しだけ実験の話をします。
今回は、ちょっと大変な七日間を過ごしました。
いつも僕の教室を片付けてくれる、人のお世話が大好きな尊敬する女性の先輩と。
長身で綺麗で少し内気な、でも実はすごい実力のある人だった女性。
あと魔術学校の先生。
そして僕の四人で挑みました。
四人でずっと同じ部屋にこもり、寝食を共にし、付きっ切りの日々を過ごしました。
本当に大変でした。
具体的な内容は書けませんが。
力を合わせて、なんとか乗り切ることができました。
僕はまだ未熟で、実力不足で。
だから、誘ってくれた女性の足手まといになっていたかもしれません。
せっかく誘ってくれたのに。
僕を見込んで誘ってくれたのに。
あんなにも貴重で大事でデリケートで、大切な実験だったのに。
悔しかった。
僕はまだ、彼女たちの隣に立つには、少し早かった。
でも、必ず、あの人たちの隣にいて、不足のない男になります。
あなたの姿が、表情が、僕の中に残っています。
言葉にすればするほど。
文字に起こせば起こすほど。
僕の中に残るあなたが、過去になって。
思い出という箱にしまい込まれてしまいそうだから。
だから、今回はこれでペンを置きます。
もう少しだけでいいから、僕の傍にいてください。
あなたのクノン・グリオンより あなたの記憶を抱きしめながら
追伸
リーヤより、そちらの魔術師様によろしくお伝えください、とのことです。
それと、ハンクが作った燻製肉を送ります。
自信作だそうです。
肉関係であなたと少し交流した、と聞いて驚きました。
僕以外の異性とあなたが仲良くするなんて、ちょっと嫉妬しちゃいますね。
第十章完です。
お付き合いありがとうございました。
よかったらお気に入りに入れたり入れなかったり入れたりしてみてくださいね!