ロアナプラより愛をこめて   作:ヤン・デ・レェ

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*つまらない話です。全然面白くはない話です。


Return policy:Slave trade II(fin)

 

 

 

 

「妙な話だ…気に入らねえな」

 

ロアナプラに針路を取りつつ、ダッチが呟いた。奴隷市場に向かい、積み荷の少年を届けるだけの簡単な仕事だったはずだ。

 

それがどうだろう…ロックが少年から聞き出した話によれば、彼は孤児でも貧民でもなく、南米十三家族の一つ、ラブレス家の次期当主であり現当主ディエゴの一人息子、ガルシア・ラブレスその人らしい。

 

「おいおい、同情すんなとは言わねえが、そいつを理由に都度メシのタネを逃してみろよ、信頼できない運送屋なんざにゃ誰も金を払わなくなるぜ?」

 

「食いっぱぐれるなら手前一人でしなよ」とは、レヴィの言だ。確かに無断で荷を逃がすような業者だったら、それこそアウトローの中さえ無法者扱いを受けるに違いない。レヴィの言葉は間違いではない。日向の道理とも相いれないが、そもそもロックとて見習いとはいえアウトローだ。郷に入っては郷に従え、従えないなら死ぬか出て行けと、まぁそう言う訳だった。

 

「まぁまぁ、少し不安になるのも仕方ないさ、ホテル・モスクワも大概だけど、彼らは統制された暴力さ。カルテルの連中はもっと野蛮だからね」

 

アウトローにも程度があるらしい。ベニーから見ると、おっかない軍隊よりもおっかない破落戸の方がボーダーラインが読み難い所為で、理不尽に見えるのかもしれない。

 

「ベニーの言葉にも一理あるぜ。バラライカは得体の知れないところがあるが、金払いも好かった。隠し事ってのとはまた別だ」

 

「だが」と前置きしてから、ダッチは言った。

 

「マニサレラ・カルテルの連中はハッキリと孤児って言いやがった。隠し事も困るが、嘘吐きは騙された方が悪いって寸法だ。となると、割を食うのは俺たちだ」

 

ダッチはロックに向き直ると、信頼するに足る根拠を求めた。

 

「ロック!そのガキの言ってることは本当なのか?根拠があるなら教えてくれ」

 

「あぁ、それならあるよ。会社じゃ資材調達部にいたからね、南米課の交友関係や現地の有力者なんかに関する資料を見る機会があって。プライベートな部分までかなり細かく書いてあったんだ。そこに含まれていたラブレス家の情報と、あの少年の話には矛盾が無かった。…あの少年はラブレス家で飼われてる犬の犬種と名前まで知っていたんだ。レアアースの知識を持っていることも孤児にしては不自然だ…」

 

「なるほどな…OK。御手柄だぜ?ロック。どのみち港に一旦戻るとして、細かい所はバラライカに頼んでおく。詳細が分かるまで時間が空くが…そうだな、イエローフラッグでアフタヌーンティーと洒落込むか?」

 

「賛成!」

 

ダッチからの提案に真っ先に手を上げたのは、ベニーだった。ただでさえ暑い日に、面倒な案件だ。逃げたくなる気持ちも分かった。

 

「あたしも賛成!」

 

「じゃ、じゃあ、俺も…」

 

ベニーに続いてレヴィとロックも賛成に回ったところで、全会一致でイエローフラッグでのアフタヌーンティーへの参加が決まった。

 

魚雷艇は白波を立てて、行よりも遥かに足取り軽く、港に向けて船を走らせた。誰も彼も、好き好んで行く末の気の毒なガキを運んでいたわけでも無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エクストラオーダー社との死闘が繰り広げられた爆心地(GROUND ZERO)ことイエローフラッグは、一か月後には営業を再開していた。ロシア系資本の建設業者『リーベンダウアー社』によって、窓ガラスや床板から、カウンターに至るまでを改装され、何とか営業にこぎつけたのだった。突貫工事にしては、以前の面影を再現できている所に、リーベンダウアー社の本気度が伺えた。ともあれ、酒があり、金を払う客がいて、座るところがあり、店主のバオさえ元気ならば、やってできないことはなかった。というわけで、イエローフラッグは今日も鋭意営業中である。金払いのいい客は歓迎。金払いが好くてお行儀のいいお客様は大歓迎である。

 

「ペプシを一本」

 

ほらここにも一人お客様が…と思えば、聞き覚えのある声にバオが顔を顰めた。

 

「なんでぇ、いきなりらしくねえなぁ…あ!?レヴィ、まさか手前、ガキでもこさえたか!?」

 

酒を飲まない理由がそれくらいしか思いつかなかったバオである。今日はタイミングよくレイジがいなかったのだ。

 

「ンなワケあるかあッ!バカッタレ!」

 

誰の子かなどバオもレヴィも察している。故に成立する言葉遊びだったが、案外レヴィは純情乙女だ。顔を怒りと羞恥で真っ赤にすると、カウンターに差し出されたコーラの缶とグラスをふんだくって背を向けた。

 

「んじゃ、どしたい?子連れのダチでも来んのかい?手前のダチなら金輪際お断りだぜ」

 

「ダチでもねえよ。積み荷だ積み荷!」

 

面白い反応を示すレヴィに、店をローストされたことを根に持っているバオも意趣返ししたつもりだった。とはいえ、レヴィはあの騒動の際は一発も弾く機会がなかったのだが。

 

「ベビーシッターにでも転職したのかよ?」

 

「ガキの面倒はあたしの仕事じゃねえっつのに…」

 

バオの疑問を相手にせず、ぶつくさ言いつつコーラをテーブルに置いたレヴィは、そのままどっかりと椅子に腰かけた。

 

「随分根に持たれてるね」

 

「バオの野郎、尻の穴と器の小ささだけはロアナプラ一だぜ」

 

ロックからのフォローとも言えない一言に、レヴィは呆れた様子で小言を付した。

 

「それで?…このガキ、どーすんだ?ガキの世話なんてあたしは御免被るぜ?」

 

レヴィが言うや、被せるように少年…ガルシアが声を張った。

 

「ガキじゃない!僕の名前はガルシアだ」

 

一瞬静まると、レヴィは感情を感じさせない目で、淡々と返した。

 

「そうかよ、ガキのガルシア」

 

「ガルシアだ」

 

レヴィの態度にガルシアもムキになるが、その眼は真直ぐにレヴィのことを見つめていた。レヴィも目を逸らすことはなかったが、その瞳には何の感情も含まれていなかった。ガルシアの態度からは、何も隠すべきことも恥ずかしいこともないという、堂々とした姿勢だけは感じられた。

 

「まぁまぁ、落ち着いてよ…ほら、コーラでも飲んでさ、ね?」

 

「ふんッ…」

 

キャビンで少し話したからか、はたまたそのサラリーマン風の見た目の所為か、ロックに対しては比較的警戒心が薄いようだ。ガルシアは不満げな顔を隠そうともせずに、缶に手を伸ばした。それは正義感故か、自負ゆえか、矜持ゆえか…はたまた、恐怖心を誤魔化すためなのか。或いはその全てが該当するかもしれない。複雑な心境だろう。胆力だけは認めるが。

 

「まぁ、コイツのことは置いといて。なぁベニー、なんか聞いてるか?」

 

「うーんそれが…今、ダッチがバラライカさんに掛け合ってるんだ」

 

「へー…ま、暫くは待ちだな」

 

ガルシアにはまるで無関心な様子のレヴィ。どちらかというと、子供の身の置き場所よりも、自分の近くに置いておきたくないという嫌悪感に裏打ちされた希望のほうが強いのかもしれない。そんなレヴィの不機嫌を察しつつ、気づいたそぶりも見せずになるべく触れもせずに、ベニーが端的に今の状況を説明した。

 

説明に満足したのか、そもそも興味が無いのか、レヴィは外方を向きつつ、テーブルに肘をつくと、グラスに注いだラムを啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レヴィたちから離れた所で、ダッチが受話器を手に取り、例の女に電話をかけていた。

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

ダッチの声は乾いていたが、ビジネスライクな冷静さがあった。

 

「あら、ダッチ…冷却期間は終わったのかしら」

 

対して、バラライカの反応はいつも通り。メンツも何も、彼女は気にしない性質なのか、仕事を断られた直後だと言うのに声には怒りも素っ気なさも無かった。ただ、淡々としていることが、寧ろダッチを不安にさせた。

 

「ちょいとな…仕事を断っといてあれだが、調べ物を頼みたい」

 

「構わないわ」

 

バラライカの快諾を受けて、ダッチは慎重に言葉を選び直した。

 

「マニサレラ・カルテルとラブレス家の詳細についてだ。何時までに上げられる?」

 

「遅くとも明日の朝までには」

 

「わかった。これでチャラだ。またご贔屓に」

 

これで貸し借りは無しだということを強調すると、最後にやっとバラライカが苦笑を漏らした。

 

「次からレートはお任せするわ」

 

「大盤振る舞いは怖いからやめてくれ」

 

バラライカの冷徹だが凪いだ穏やかな声は、ダッチを不安にもさせたが、同時に張り詰めた緊張感を弛緩させもした。

 

「正当な報酬と言ってくださるかしら?」

 

「ああ、次からはそう呼べることを祈ってるぜ」

 

軽口を最後に交わすと、どちらからともなくそこで通話を切った。

 

不通になった受話器を数秒見つめてから戻すと、ダッチは静かにテーブルへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうだった?」

 

席に着くなりベニーに聞かれ、ダッチは作ったような不機嫌を振りまくレヴィに首を傾げつつ、ベニーの方へと意識を戻した。

 

「詳細が明日の朝までには届く。子守も長くて半日の辛抱だ」

 

「その半日が長えってんだよ…」

 

レヴィの愚痴にガルシアが顔を歪めたが、他の三人は苦笑いを浮かべただけだった。厄介ごとは誰でも御免だった。

 

「別に手前の家に上げる訳でもねえだろうに」

 

「じゃあ、事務所にでも置いておくのかい?」

 

ダッチの気休めに対して、ベニーが半目で言葉を返した。

 

「…それはそれで、誤解を招きそうだな」

 

「バレてもみれば、カルテルの連中に因縁を付けられるに決まってるね」

 

紛糾するテーブル。きな臭い状況に眉をしかめていたバオの顔が、ふと緩んだ。

 

「おう、今日は来ないかと思ってたぜ」

 

視線の先では酒場の扉が開いていた。三人の人影が現れた。女、男、女の三人だ。

 

バオが真顔でNo.7の瓶とグラスを差し出した。供のメイドが受け取ると、彼はいつものカウンター席ではなく、何やら困り顔のラグーンの面々の隣のテーブルに腰を落ち着けた。左右をチャイナドレス姿の妙齢の美女とメイドに挟まれていたが、見る者からすれば羨ましさより窮屈さが勝っていた。

 

「あー…レイジ、これは仕事でなぁ…」

 

レヴィがバツの悪い顔で言うと、この店の常連でもある彼は気にした様子もなく、手を振り応えた。仕事中は邪魔するつもりが無いと言う意思表示だったが、彼やレヴィの思惑とは裏腹に、厄介ごとは向こうからやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう!邪魔するぜえ!」

 

ドバン!と扉が開かれて、三人組入店から間をおかずに、子分をぞろぞろ引き連れたガラの悪い男達が入店してきたのだ。

 

「朝見た顔だぜ」

 

「めんどくせえことになりそうだな…」

 

レヴィの言葉にダッチがボヤキで応えた。朝見た顔というのは、先頭切って入店してきた男のことだ。ロアナプラのマニサレラ・カルテルを率いるボスであり、他でもない今回の厄介な仕事を依頼してきた張本人であった。

 

「おい!ラグーン!どうしてこんなところに居やがる?速達で頼んだ覚えがあるが、俺の記憶違いか?」

 

厄介ごとの匂いに敏感な、特に小心の客連中は既に粗方店から出て行った後だ。込み入った話も多少は出来る。

 

「さてはて、なんて答えりゃいいもんかねえ…なあ、ロック。ネゴ(交渉)担当はお前さんなんだが…今回はちぃっと、荷が勝ちすぎる気もするぜ」

 

マニサレラ・カルテルの連中がイエローフラッグに入ってきた。バラライカからの情報よりも足が速い。アブレーゴがチクったようだと、ダッチは見ていた。港に入ったラグーンの魚雷艇を見て知らせに来た部下から報告を受けたからか、或いは想定していたのかもしれないが。何れにしろコロンビア・マフィアの連中が横のつながりを律儀に守っていることが知れて、その絆の強さに感動で涙が出そうだった。

 

「おい!聴いてんのか?俺だってなあ、こんな小商いにゃ興味がねえ。だがなあ、本国の上の連中にゃ目も耳もある。お互いの尻に火が付く前に、きっちり仕事を熟そうぜ?なあ?」

 

「お宅の言いたいこともご尤もだぜ。組織ってのはそう言うもんだからな。同情するぜ。だがなあ…実際にこの荷物を運ぶのは俺たちで、隠し事の一つや二つは合っても別に構わねえ。そこは疑っちゃいねえ。ただな、詮索するつもりじゃないんだが、嘘を吐かれちまうと、そいつが時限爆弾だった時に吹っ飛んじまうのは俺たちの方だ。ピザの配達とはわけが違うんだ。手前が運ぶ荷物がピザか爆弾か確認は大事だろ?荷物の蓋の開け閉めくらいは許してもらいてえもんだ」

 

ともかく、運送屋は運送屋の仕事をしろというのがカルテルの言い分だった。

 

しかし、運送屋にも言い分があった。嘘を吐くほどの火種なのかと、訝しむのも仕方がなかった。

 

「ごちゃごちゃ噛みつくのは賢明じゃねえぜ、ダッチ?」

 

「俺だって好きで噛みつきゃしないさ。ただ、命が惜しいから念のためってやつだよ…どうだ?お互いに確実な仕事の為にも一日準備期間を設けるってのは?」

 

「バカ抜かせ!しくじったら終わりなのはこっちも同じだ!手前の場合は一日待っても済む話かもしれねえが、俺にはその一日が命取りなんだよ!さっさとそのガキを()()()にでも売っぱらって金に換えて来いって命令なんだよ!根なしの運び屋と違って、組織じゃ一日だって惜しいもんでね」

 

今にも火を噴きそうな状況で、一人、手を挙げる者があった。レイジである。

 

「誰だてめえは…イワンみてえな恰好しやがって…」

 

縞々を着た彼の言い分はこうだった。

 

カルテルは奴隷を売りたい。

 

ラグーンは奴隷を運びたくない。

 

じゃあ、僕が今ここで買い上げよう、と。

 

そうすれば誰も損が無いじゃない、と。

 

論理的には間違っていないように思えたが、しかし、問題はそこからだった。

 

「仮にだ、てめえに奴隷を売ったとして、一体全体何に使うつもりだ?」

 

カルテルの幹部が何のために奴隷を買うのかと問えば、彼曰く、「何の罪もない子供が売り物にされているのを見るのは不愉快」らしい。更には、「僕の知り合いの知り合いの子供だから、元あった場所に一刻も早く戻してしまいたい」という魂胆だと彼は正直に答えてしまった。

 

正直は美徳だが、力が伴わないと美徳だと周囲に認めさせることに支障がある。この場合、まさにそうだった。

 

「お、おう…おうおうおう…ブッ!ぎゃははははは!お、驚いた!何だこの野郎、イカレてやがる!一等酷い粉でも吸い込んじまったのか?え?おい!今度からウチのを下ろしてやるからよ、次からはシラフになって出直して来い!」

 

きょとんとして、何を言われたのか理解できていない様子だったが、粉と聞いて何を意味するのか理解した彼が答えた。

 

「薬はやらない。健康に悪い」

 

彼が言うなり、ちらっと隣に座って居るシェンホアの顔色を窺ったことに気が付くことが出来たのは、この場では視線を送られたシェンホア本人とメイドとレヴィだけだった。

 

「そーかいそーかい…よぉ~っく!理解したよ…よし、そのクソ度胸に免じて今回はてめえに売ってやろうじゃねえか…どれ、そうだな…手始めに1万ドルから始めるか?おい野郎共!お前らの中でこのガキが欲しい奴ぁいるか?競り落とした奴に売ってやるぞ!」

 

「なら俺は2万!」

 

「それなら3万だ!」

 

「そうきたか、なら4万!」

 

「まだまだ甘いぜ、6万だ!」

 

端から売るつもりなどないカルテルのボスは、部下を使って茶番を始めた。払う気もナシにどんどん値を釣り上げるカルテル。

 

「じゃ、じゃあ、僕は7万!」

 

そんな連中と真面目に競り合った結果、あっという間に彼のお小遣いはスッカラカンになってしまった。だが、カルテルは止めないし、彼も止まれない。途中から、彼も含めて数字を言い合う遊び感覚で楽しんでいたが、額が50万ドルの大台に突入すると、流石の周囲も唖然とし始めた。彼が、この男が可笑しいことにカルテルの男たちが気付きだしたのだ。

 

「よ、よし!締め切りだ!締め切りだ!ここまでだ!」

 

「60万!」

 

至極真剣な表情で、彼が言う。

 

「やめ、やめろ!もうダメだ!」

 

「70万!」

 

カルテルのボスの嘆きも無視して彼が言う。

 

「は!?も、もうダメだ!お終いだと言ってんだろうが!」

 

「80万!」

 

怒りよりも、イラつきよりも、得体の知れないものに対する恐怖が勝っていた。

 

「ん、んな、舐めやがってえええええ!」

 

「90万!」

 

限界に達してカルテルのボスが叫んだが、あと一歩遅かった。

 

「おい!誰か!コイツを黙らせろ!摘まみだせ!」

 

「100万!100万はどう?ねえ、早く売ってよ!もう誰もいないよ?」

 

しんと静まり返る店内で、カルテルの屈強で冷酷な男たちが本気で引いていた。

 

「あ、あ、ああ…イカレてやがる!!」

 

貧相な風体の小男一人に対して、カルテルのボスは膝を屈した。へなへなと椅子に腰かけると、ぼそぼそと言った。

 

「い、いいだろう…払えなかったら承知しねえぞ?100万ドルだ!キャッシュ以外は認めねえが、いいんだろうな?今更払えねえはナシだぜ?おい!逃がすなよ!ガキもイカレポンチもだ!」

 

言葉尻に向かって声を張り上げた。咄嗟の命令に我に返った部下たちが、彼の身柄を取り押さえると、その身包みを剥がしだした。

 

「金目のもんは全部出すんだ。いいな?ここまで舐めた真似をしやがったんだ…どのみちハッピーエンドは許されねえことくらいは、理解した上での行動だろ?」

 

カルテルの男たちが、恐怖と不安を包み隠すように冷たく下卑た笑みで顔を縛り上げた。このままでは、彼は遠からずに肉塊に生まれ変わってしまうだろう。

 

「現金が1万ドル分あるが…おい!残りの99万ドル、何処に隠してやがるのか…是非とも教えて欲しいもんだ」

 

いい加減に払うものがなくなると、我が意を得たりとカルテルが息を吹き返した。万事休す!

 

「おい!少し待ってろよ、30分も待てばお目当てのもんが届くはずだぜ?」

 

しかし、ここで思わぬ場所から助け船が出されたことで、彼の運命は残念ながら破滅へと向かわずに済むこととなる。

 

「おいレヴィ!てめえ、どういうつもりだ!?」

 

助け船を出したのは、何を隠そうレヴィだった。どっから見ても、カルテルのボスよりも金を持ってる風には見えない女だ。100万ドルをポンと出せるようには見えなかった。冗談抜きで、見えなかった。

 

「手前が立て替えるってのか!?このボンクラの為に!?」

 

「騒ぐんじゃあない。あたしの金なんだ、あたしの好きにするのが変なもんかよ?え?」

 

「…い、いいだろう…このクソったれ共め!嘘だったら覚悟しろ、これが最後の機会だ。30分だけてめえらの茶番に付き合ってやる」

 

信じられないことだが、当のレヴィには気負う素振りも見えなかった。何よりも、嘘でも真でも、即金で100万ドルは大きすぎた。犬のクソほども気に掛けていなかったガキが、金の卵を産んだのだ。可能性を捨てるには、余りにも美味い餌だった。何より、全てが終われば全員を始末して総取りしてしまえばいいと言う打算があった。100万ドルとガキを売った功績でロアナプラでの利権を拡大し、本国での立場も上がれば気分上々だ。カルテルの旨味にしかならない、そんな茶番に彼らは夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「ほら、きっちり耳を揃えて100万ドルだ。数えたんなら、さっさとそのガキをこっちに渡しな。金は払った。文句はナシだろ?」

 

レヴィがラムを啜りながら、何処ぞへと電話を飛ばしてから、きっかり30分経った頃だった。爆速で酒場の前にテクニカルに囲まれた一台のCash Truck(現金輸送車)が停車するや、台車ごと100万ドルの現金をその場に降ろして、来た時と同様に爆速でその場を後にしたのだ。

 

グラスをタンッ!と軽妙に鳴らし、椅子から腰を上げたレヴィが直々に台車をカルテルの方へと押しやった。誰も彼もが金に釘付けで、そんな大金を雑紙や段ボールなんかを繰り出すみたく、何の未練も感じさせずに押しやったレヴィの異常さに気が付かなかった。彼女の同類と、ロックを除いて。

 

「は、ははは!…こいつはおもしれえ!全く気分が上がるぜ!俺にもようやくツキが回ってきたようだな…おい!金は貰うが…それとこれとは話が別だ」

 

案の定ゴネ始めたカルテルに対して、レヴィは無言だった。ただただ、温度の無い眼で見つめていた。まるで話の先を急かすように。

 

「おい、ガキは売ってやれん。だがな、先に散々舐めた態度をとったのはてめえが先だ。そういうわけで、だな…命まではとらないでおいてやる。だから、ここは黙って身を引け」

 

「やだ」

 

ボスに対して彼は即答した。

 

「おい、やれ」

 

ボスが言うが早いか、カルテルの構成員が彼の膝裏に蹴りを叩き込み跪かせ、そのまま拳銃のグリップの底で彼の頭を殴りつけた。

 

「ぐえっ」

 

ぼぐ!なんて音がして、後頭部が切れて血が飛び散った。底の鋭い金属部分が入ったようだ。首筋まで、血が垂れてくるのはすぐだった。

 

血が出た瞬間。変化は二つあった。一つは眼に見えて空気が変わったこと。もう一つは、それが何を意味するのかを理解した人間が動いたこと。前者は女が三人。微動だにせずとも醸し出していた。後者は、ここまで居残っていた図太いお客を店の外に追い出して、渦中のラグーンの男衆三人とガルシアをバオが銃を抱いて閉じこもるカウンターの裏に誘った。

 

ここまで来て、それでも彼女らが動かない理由は本当に些細なことだった。過剰反応は、陳腐で、劇的で、嫌われるから。それだけだった。彼が傷つけられている現実は耐えがたいが、感情を制御できないヒステリー女だとか、物語の中だけにいるような些細な理由で力を振るう、そういった愛を勘違いしたニトログリセリンのような面倒臭いだけの女だと思われることのほうが、余程我慢ならないからだ。必要とあらば何でもするが、望まれてもいないのに無闇矢鱈と言葉を弄し、力を弄する人間を、彼は殊の外嫌悪していることを、誰よりも知っているからだ。ただそれだけだった。

 

「もう一度だけ聞いてやる」

 

狂った女たちの気持ちも知らないカルテルのボスが、そう前置きをして銃を抜いた。遂に、銃を抜いた。抜くだけならいざ知らず、銃口を明確に殺意と共に彼に向けてしまった。既に決まったようなものだったが、レヴィは椅子を前後にロッキンチェアのように揺らして、高みの見物と洒落込む素振りに徹し、シェンホアは震えを堪えながらも興味なさげに爪磨きに終始し、メイドに至ってはそもそも初期位置から微動だにしていなかった。瞬きすらしているのか怪しかった。

 

そんな中で、カルテルのボスはレイジの額に銃口を押し付けながら、嗜虐的な眼差しで問いかけた。

 

「ガキも金も手放せ。換わりに、てめえの命を見逃してやる。断れば…命も手に入らない。俺の言ってる意味がわかるな?」

 

ハンマーに指が懸かる寸前に、突然レヴィが口を挟んだ。

 

「あたしからも最後に聴いてやる。ガキのことは知ったこっちゃねえが…金はあたしのもんだろうが。それに…なあ?テメェがど突いたせいで手前の男を傷物にされてんだよコッチは。カルテルお得意のメンツってもんが、あたしらにだってあるって話だ。そもそもコッチは言い値で買ったんだ。先に吹っかけたのはそっちだろ?そっちは既に二枚落ちだぜ、どうすんだよ、え?おい」

 

勢いよく椅子から立ち上がったレヴィは、この段になってようやく銃を抜いた。

 

くるりくるり。

 

ゆっくりと銃を回しながら、彼女は顔を見下げるように傾けて、常ならぬじっとりとした視線を向けた。

 

「…何度も言わせんじゃねえ。手前のメンツとうちのメンツ、比べるまでもねえ話だろ?それこそ金で解決しやがれ。俺のポケットから幾らか色つけて返してやろうか?」

 

「話にならねえな。テメェが流した血はな、床に零していい様な代物じゃあなかったのさ。ちぃっと高くつき過ぎたのさ。今ならまだ赦してやれる。ガキは貰うが…金はくれてやるさ。諦めて金を持って帰んなよ」

 

死んだ魚のような瞳だった。片手で火付けを済ませた煙草のフィルターに牙を立てるように、吐き捨てるようにレヴィが言った。薄い笑みを浮かべていた。

 

「いい度胸だぜ、このクサレアマ!紳士の時間はおしまいだ。後悔するなよ、レヴィ?」

 

「先に嘘こいたのはそっちだろうが。テメェこそ、後悔するなら今しとくんだな。」

 

怯んでしまったことを悟られないようにと、啖呵を切った端から、カルテルのボスが後悔する出来事が起きた。

 

「花、持ってきてないや」

 

そう言って、額から鼻先にずり落ちてきた銃口にレイジがキスをして見せた。啄むようなものだったが、とても自分を殺すかもしれない銃口に対して出来るものではない。

 

「っこんのッ!キチガイ野郎が舐めやがって!」

 

レイジはカルテルのことを舐めてこんな振る舞いをしたわけではなかった。純粋に、危害を加えませんよという意志表示だったのだが、結果的に逆効果になってしまった。カルテルのボスの堪忍袋の緒が切れて、反射的にトリガーを引いてしまったのが運の尽きだ。

 

「うぁ…」

 

発砲音に遅れて、気の抜けた声が聞こえた。咄嗟にカルテルのボスの表情を伺おうと顔を傾げたお陰で、レイジの頭にどでかい穴が開かずに済んだ。だが、逆を言えば発射された弾丸が、彼の白皙の頬を深く抉り取ってしまったとも言えた。彼の頬には終生、男らしい一文字の傷が遺るだろう。

 

結果、この一発の砲声が戦闘開始のゴングとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どろりとした血が噴き出して、息を呑んで頬を抑えた彼が蹲った瞬間に、先の砲声を搔き消すように一挙にけたたましく銃声ががなり立てた。蜂の巣にされたカルテルのボスが膝をつくより早く、枷を外された二頭の狂犬が解き放たれてしまった。自由を得た彼らは、躊躇なく、しかし淡々と、頭を失った蛇を屠った。

 

「シェンホア!向こうから追い込め!あたしはこっちを掻き回す!行け!」

 

「レヴィ、ご主人の安全が先よ」

 

「わーってる!」

 

ほぼ同時に踊りかかったレヴィとシェンホアが得物を振るいながら言葉を交わしていた。二人ともばかすか弾を撃ち込みながら、手当たり次第に膾切りにしながらだ。手際は鮮やかだが、一発一発、一振り一振りに憎悪や怨念が込められていた。莫大な感情が、嫌に冷静に、かつそのままの質量を伴ってばら撒かれていた。

 

「メイドはレイジをひっこめろ!シェンホアはあたしと狩りだ!」

 

庭先の草むしりをしてくるとでも言うように、レヴィがカトラスのマガジンを換えながら叫んだ。

 

「言われずとも」

 

「残すと後が面倒よ。逃がすはナシね」

 

案の定仕込み傘を担いだロザリタとククリを抜いたシェンホアから、景気のいい返答が返ってきた。

 

「ったりめえよ!」

 

レヴィはそう言うやロザリタを援護し始めた。その間のロザリタは傘を開き銃弾の雨を凌ぎつつ、負傷してぐったりした主人を抱えてカウンターの裏まで避難することに徹していた。互いに自分の仕事を熟すだけで、連携自体は乏しいものだったが、目的が常に一致しているだけ無駄が無かった。功名欲しさも、出世欲もないのだから当然と言えば当然だ。だが、そのことが分からない人間からすれば、すれ違っただけの通行人がいきなりターミネーターに変身したかと思えば、連携しながら全力で殺しにかかってくる恐怖である。

 

「なんなんだこいつら!?どうなってやがる!?あの野郎、一体全体何者なんだよ!?畜生め!」

 

既にカルテルのボスの命はなかった。トリガーを引いた瞬間に、レヴィが一息に蜂の巣にしてしまったからだ。10mも無かった至近距離で、9mm弾を少なく見積もって15発も叩き込まれてしまえば死んでいて当然だった。吐き気を催すほど濃密な憎悪が籠っていたのか、被弾箇所が頭部に集中していて、顔の判別がつかない程だった。

 

頭を食いちぎられたカルテルが右往左往しながらも、淡々と、驚くほど機械的に三人の女に処理されていくのを、ラグーンの男衆三人とガルシアとそれから店主のバオが引き攣った顔で見守っていた。一部始終は、軍での教本で使うには野蛮過ぎたが、にしても手際のいい仕事だったと軍人なら口を揃えて言っただろう。

 

ともかくも、あっという間のことだった。それもそうだ、向こうが銃を抜こうが、距離関係なく身軽に斬り込んでくる本業の殺し屋であるシェンホアと、近接を前提にカトラスで大立ち回りをするレヴィが暴れまわっているのだから。そして極めつけはメイドのロザリタだ。誰から教えて貰ったのか、イエローフラッグの各所から何処からともなく引っ張り出したミニミ機関銃を構えて、防弾板を仕込んだカウンターの裏から、レヴィとシェンホアの討ち漏らしを無慈悲に磨り潰していた。拳銃と機関銃では勝負にならなかった。両脇から混乱させて、追い込んで、遮蔽物の無い店の中心に集まったところで一息に薙いでしまうのだ。シンプルだが効果的な追い込み漁だった。中心で分断されているから仲間の援護もできなければ、逃げようと出口に殺到した順に挽肉に変えられてしまうのだから。

 

「コイツは酷え…ベトコンにだって慈悲はあったぜ」

 

レヴィが瀕死の生者を冥府に送る、散発的な銃声のみが聞こえてくる段になってから、カウンターの裏からそろっと顔を出したダッチが、死屍累々の店内を見渡して呟いた。一面が血の海だった。カウンターの内側も、機関銃の薬莢が転がっていた。踏みしめるとカリカリと金属音を鳴らした。

 

「終わったぞ!おいロック!ぼーっとしてねえでガキを連れてきやがれ!」

 

シェンホアと仕留めたボディカウントで競り合いつつ、念入りに死体撃ちを熟したレヴィがけろりと言った。

 

「れ、レヴィ…えっと、いいのかい?これ、かなりマズいんじゃ…」

 

「話はそれだけか?マズいウマいは後でもいいじゃねえか。今は先ず、ガキと怪我人を安全なとこに運ぼうぜ」

 

レヴィの言葉は素気なかった。ロックの脳裏には、感情もなく淡々と…スポーツ選手がベストを尽くすように人を撃ち殺していたレヴィの姿がこびりついていた。反論の気も起きず、ロックは言葉もなく不安と興奮という混沌とした感情を抱えながら腰の抜けたガルシアを立たせた。

 

「うん。レヴィは今、珍しくマトモなこと言ったよ。僕も賛成だ。安全なとこに行こう。さっさと、こんなキリングフィールド(殺戮現場)から離れよう」

 

「同感だぜベニー・ボーイ、さ、車を回してくれ。向かう先は」

 

「向かう先はリップオフ教会さ」

 

突然聞こえた声に、ダッチに言われて車を取りに行ったベニーが立ち止まった。恐る恐るズタボロの扉を開くと、待ち構えていたかのようにシスター・エダが、完全武装のコンボイを背後に急造の墓地と化したイエローフラッグに足を踏み入れた。手を上げてエダを出迎えたのはレヴィだった。

 

「おう!遅かったじゃねえか…もう終わった後だ。始末は頼むわ…それよか、このガキを早いとこ元居た場所に戻してくれよ」

 

「へえ…殊勝なことを言うじゃないか。なんだい?何かに触れちまったか?」

 

エダがレヴィの顔を厳しく覗き込んだが、レヴィは暗い目で睨み返した。

 

「あたしじゃねえよ。レイジの方だよ」

 

「ははあ…な・る・ほ・ど…理解したよ。相性が悪いんだろうさ。鏡を見てるみたいで辛いんだよ…」

 

レイジと聞いて、脳みそからガルシア・ラブレスの人となりまで情報を引っ張り出したエダは直ぐに納得した。彼は、不愉快で仕方ないのだろうと。八つ当たりだと理解しつつも、そのことが尚のこと悩ましいのだろうと。

 

「ふん…そうかよ。ロザリタ!レイジを車に運んでくれ」

 

レヴィの反応は芳しくない。彼が傷ついた姿が余程堪えたようだ。ロザリタも彼のこと以外は眼中にない様子だ。平素と変わらない気もするが、几帳面であるにも関わらず、今回ばかりは機関銃をほったらかしたまま、ぐったりした彼のことを担いで忙しなく車に乗り込んだ。エンジンのかかる音と共に、彼を乗せた車列が一足先に動き出したようだ。

 

「詳しい話は後だよ。ま、死にゃあしないが、傷は遺るわな…」

 

「別に、今日のことは引きずらないさ。そう言う玉でもない。もう全部済んだことだしな」

 

エダがしんみりと言うと、レヴィもぼんやりと血で溢れた床を視ながら呟いた。彼女たちが見ていたのは、恐らく、彼が流した血の跡だけだ。血の海の中の、ほんの一滴だけだ。

 

「狂ってる…ど、どうかしてるよ…」

 

殺戮に興じていた割に、弛緩した空気が生温く漂っていた。信じられない光景に、ガルシアは無意識にロックの手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、ガルシア・ラブレスは何事もなく自分の家に帰った。一晩をリップオフ教会で守られながら過ごしてから、ラグーンとホテル・モスクワの協力でベネズエラの故郷まで送り届けられた。

 

それだけの話だ。

 

敢えて、ガルシア・ラブレスと言う少年に関するこれ以上の物語は省いてしまうことにする。怪我一つなく、綺麗なままに帰って行った彼の話は。正義だけを、この街に残して行った彼の物語は。

 

代わりに、一人の悲観主義者の話をしたい。

 

つまらない話かもしれないが…どうか、聴いて欲しい。

 

これは凡愚な人間の物語だ。才能の無い人間の話だ。ガルシア・ラブレスのような、高潔で努力が出来る立派な人間の話ではない。割り切れる話ではない。弱く醜い、生臭い話だ。

 

けれども、もしも君が、一度でも、たった一度でもこんな風に思ったことがあるのならば。どうか読んで欲しいとも思うし、読まないで欲しいとも思う。

 

命が惜しいのに、生きていたいとは思えなくなってしまう瞬間に、苛まれたことがあるのなら。

 

死にたくなんてないのに、どうやって生きたらいいのか希望が持てなくて眠れなくなってしまったことがあるのなら。

 

結局のところ、これは恥深い一人のダメ人間の物語なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に好きでも無い子供だよ。同情とかでも無いし。同情なんていったら、そいつは欺瞞だね。自分に酔っているのかな。僕の場合は自己満足だよ。たまたま僕の目の前で子供が売られそうになってて、それがたまたま知り合いの知り合いの子供で、ついでに今日はせっかく気分が良かったのに、ここでほっといたら変態の餌食になるとか聞かされたから、気分が悪くなった。見て見ぬ振りしたら僕の胸糞が悪いじゃ無いか。君も君だ、君が捕まって売られるせいで僕の気分は最悪だ。汚いものを見せてくれちゃってまあ…。だから、返してくる。目障りだから。それに、正直言って邪魔だ。君のように綺麗な人間がいると、僕の大切な人が目移りするかもしれない。君のように清廉潔白で正義を心の底から信じちゃうようなキラキラした人間がいると、僕は僕のことがますます嫌いになってしまう。だから元居たところに帰ってくれないか?自力で帰れないと思うから、お金を払って人に頼んでおくから。だから、一刻も早くこの街から出てってよ。自分の家が恋しいでしょ?自分の家にゴキブリが出たら嫌でしょう?それとおんなじさ。君にとって、この街はゴミ溜めでゴキブリの巣窟かもしれないけど…僕にとっては君がそれさ。君たちがそれさ。正業に就いていても、まともな人生を歩んでいても、誰のことも傷つけていなくても、毎日毎日…罪悪感に押しつぶされそうになりながら生きてるような人間の方がずっとずっと人間らしいよ。僕は彼らの方がよっぽど好きなんだ。

 

ここはね、汚いだろう。醜いだろう。でもね、だからこそここにしか僕は居場所がないんだよ。僕の居場所をとらないで。折角見つけた僕の帰る場所を選ばないでよ。君は自分の世界を選べるだろう?少なくとも自分で選べることを疑っていない。そうさ、君は間違いじゃない。君は間違いなく正しい。君が正義だ。君のそれは正義だ。正しいことだ。でも、だったら何なんだろう。君はそれを言って、どうするんだろう。君は、いや、君たちはいつだってそうだ。人間を説き伏せることが素晴らしいことだと勘違いしている。人間を説き伏せて、その先で何をしようとしているのか考えてごらんよ。自分の思い通りに動かそうとしている。暴力で、言葉で、過程の違いが全く異なる結末を招くことがあるように、時には素晴らしいと思い込んだ手段が、結果的により陰湿で最悪の結末を招くことだってあるんだ。それは僕も君も、よくよく理解していることじゃないかな。或いは、理解した気になっていたんだろうか。

 

善良な人間を殺すのが悪だとすれば、いつだって悪を殺すのは同じ悪だ。善良な人間なんかじゃないよ。殺し合って勝った方が、死んだ方の悪が殺した正義の死体から剥いだ皮を被ったのさ。善良な人間がいなくなってから、彼らの目のないところで振るわれる暴力によって、悪は殺されてきたんだ。勝者だけが歴史を紡ぐわけでも、敗者だけが悪かったわけでもない。今までだってそうだ。これからもそうだろうな。だからね、僕に君の正義を振り翳さないでくれ。君が遮っているのは僕の太陽だ。僕は太陽を浴びたい気分なんだ。だからそこを退いてくれ。君が堂々と胸を張ってここに立っていればいるほどに、僕は心底不愉快なんだ。君が堂々と仁王立ちでいるせいで太陽を遮っているんだ。だからそこを退いてくれよ。ロアナプラが君にとってどんな場所であれ、僕にとってここはとても暖かい場所なんだ。安心できる場所なんだ。安心して、野垂れ死んでもいいと思える場所なんだ。だから、僕からこの場所を取り上げないでよ。ここには悪しかいない。それが楽なんだ。まともな社会でまともな人間だけが生きている世界では僕は毎日苦痛なんだ。やれ誰が殺されただの、事故で親子が死んだだの…まともな人間が死ぬのは辛いことだもんね。知ってる。そういうふうに教えられてきたんだから。

 

だからね、僕にとってこの街は最高なんだ。どこで誰が死んだと聞いても、結局のところここにいるのは悪人だけだからね。だから、誰が死んだと聞いても胸が痛まない。気分は良くないさ、明日は我が身だからね。でも、罪悪感は抱かなくていい。僕がどんな場所でどんな手段でどんな死に方をしても、まともな人間には誰一人として迷惑をかけなくて済む。死んでまで迷惑をかけずに済む。迷惑をかけることは悪いこと、でしょ?そうでしょ?でも、ここなら気にしなくていい。みんな、堂々と誰かに迷惑をかけながら、世に憚りながら逞しく生きている。美しいじゃないか。だから僕は安心できる。無理に迷惑をかけるつもりはないよ。でも、迷惑をかけてもいいんだって…そう思うと気持ちが楽になったんだ。自分とは関係のない人間がどれだけ傷ついてもどれだけ死んでも、この街では罪悪感を感じなくて済むんだ。表の世界でマトモなふりをした連中だって、ここに来ればそういう判定になる。考えるまでも無くて、だから、何て素敵なシステムなんだと感じるんだ。

 

この島が丸ごとガス室に変えられても、僕は誰も恨まずに済む。

 

この島の真上である日突然核が爆発しても、僕は誰も憎まずに済む。

 

ある日突然、この日常が途切れてしまっても、僕も、彼らも、全員揃いも揃って悪人だから。みんな違って、皆悪党だから。

 

悪と言う括りに、一緒くたにされた無辜の人間たちが、統計上の数字として殺戮されることは耐えがたい。でも、ある意味で言えば、ここに居る限り、この街がある限り、そんな間違いは僕の目の前では起こり得ない。確実に、悪でしかないからね。

 

僕は、自分と言うものを悪党だと認識している。恥ずかしいことだが、心底申し訳なく思っているが事実だろう。ロアナプラの表の顔のリゾートに入り浸る連中も、裏の顔の犯罪都市で暮らす人々も同じだ。

 

どうせやるなら徹底的にしてくれ。審判を下してくれ。僕たちが悪だと言うのならば、どうか神罰をこの世界に見せつけてくれよ。善良な人間が巻き添えを食らわないように、神の手間を省いてやったのだから。僕に神を信じさせてくれ。正義は確かに存在し、悪には必ず天罰が下るのだと。聖母マリアでもいい。天使の誰かでもいい。塵取りにまとめておいてやってるだろ?この街を呑み込んでくれよ。そんなふうに、僕はずっと思っていた。

 

この街は最低で最高だ。僕はここでの生活が心底恐ろしくて、心底悲しくて、心底苦しくて、心底落ち着くんだ。ここには醜悪な僕から目を逸らさずに、その上で受け入れてくれる人がいるから。赦してくれる人がいるから。僕は心置きなく自分というものを憎むことができる。無理に励ますこともしなくていいんだ。励ます必要なんてない。だって黙って隣にいてくれるんだから。抱き締めて貰えるから。だから、僕はお陰様で幸せだよ。この上なくね。怖くて怖くて気が狂いそうになりながらも。いつの日か必ず、この幸せが奪われる日が来ることも理解してる。だから、毎日毎日現実逃避に忙しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的に何一つ労せずに、ディエゴの元へとガルシアは帰っていった。身に一つの傷を負うこともなく。1ドルの出費もなく。ディエゴとガルシア。善良な二人がしたことといえば、警察に駆け込んだこと。飼い犬に悲しみと憤りを溢したこと。息子を案じて、父を想って、理不尽な悪の撲滅を心から祈り、正義の鉄槌が下されることを祈り続けたくらいだ。もしもこの、ある意味で言えば宿命的な、運命的な、ご都合主義的で予定調和的な展開を、物語の結末を、その原因をディエゴとガルシアの善良な振る舞い、人徳、人間的魅力に求めるのであれば、カルマの軽重や多寡に求めるのならば、それもまた一つの答えだろう。間違いでも悪でもないだろう。だが、純粋な足跡を辿れば、そこにあるのはレイジとレヴィの欲望、そしてロザリタとラブレス家との関係性だけである。これが神の導きだと言うならば、残念ながらガルシアはロアナプラという街とそこに住まう人間への正常で常識的な嫌悪を強めるに留まった。

 

恐怖が弛緩すれば、危害を加えられないと理解する段に至れば、ガルシアは最も簡単に沈黙を破った。それは動物として、また社会的な生物である人間としても何らおかしなことではない。ガルシアは、自分の人生が間違っていないことを証明し、また原始的な負けず嫌い、要するに闘争本能とマウンティングへと無力感や怒りを転換したに過ぎない。ありふれた行為だ。罪ではない。ただ、恥には違いなかった。安全な家に帰ればアドレナリンの低下により冷静になれる。愛する家族である父親と再会の抱擁で肌が触れ合えばオキシトシンの増加に伴って心が安定して、自分を客観視できるようになるだろう。更には価値観を同じくする善良で清廉な人間と活発に議論を重ねることで、ガルシアは自分の立ち位置を固めて、より確かな生き方をする上で、政治や倫理に照らして正しい論理的な根拠を手に入れることができるだろう。

 

ただし、それは相手が悪人ではなければの話だった。

 

悪人。そうなのだ。彼らは悪人だ。間違いなくアウトローだ。認められてはならない人間だ。まともに生きていない。まともな仕事をしていない。まともに生きられなかった人間だ。彼らを擁護することはできない。彼らの生き方を受け入れることもできない。それは倫理的にも政治的にも論理的にも…極めて都合が悪かった。圧倒的多数の、常識的で、まともな人間にとって都合が悪かった。そういった人間を統制する人間にとっても、都合が悪い存在だった。それは罪だろうか。否、罪などではない。だが、罪ではないと言い切ることもまた性急だろう。曖昧模糊としていて、雲を掴むような話だが、それでも我が身に近づけて考えて見なければ、その境遇に生まれなければ理解できないものがある。

 

無論。許すことなど出来ない。

 

「どうして家族を作れるんだ?どうして父親ぶれるんだ?どうして母親ぶれるんだ?どうして自分の家族が傷つくとそんな風に悲しめるんだ?恥ずかしげもなく怒れるんだ?」

 

彼らが幸せになることなど受け入れられない。

 

「なんで笑っていられるんだ?友達や仲間と、どうしてそんな風に楽しそうに会話が出来るんだ?食事を囲めるんだ?」

 

彼らが楽しそうにすることが我慢できない。

 

「なんで僕よりも高い腕時計をしているんだ?僕よりも高い服を着て、僕よりも高い車に乗り、僕よりも高いものを食べられるんだ、僕よりも高いお酒を飲み、僕よりも高い家に住んでいるんだ?」

 

彼らに贅沢が許されることが不愉快で堪らない。

 

「どうしてそんな風に教会に通えるんだ?神社に行けるんだ?寺に行けるんだ?何を祈っているというんだ?僕たちと同じ神に、一体何の用事だろう?」

 

彼らが穏やかに暮らすことなど許せない。

 

「どうしてその腕に子供を抱けるのか、僕にはわからない」

 

人権を吐き捨てた罪人が、国や法からその人権を守られていることが理解できない。

 

人殺しや性犯罪者が、五体満足で出所して、また人生を再開できることが心底恐ろしい。

 

殺された人間にはやり直せるだけの人生が残されていなくて、遺族への補償だって、法律が決めた金額を機械的に払っているのと同じだろう。

 

犯罪者は持っている物を、無理のない程度に支払うのに対して、何の過失も無い遺族からは、思い出も未来も希望も、金も時間も、根こそぎ奪っていくんだな。それが許されているんだな。

 

社会に出ればネットを使って何でも言えてしまう。遺族を馬鹿にしようが、犯罪を自慢しようが自由だ。見えないところでやる分には、許されるとでもいうのだろうか?

 

いじめだって、結局のところ同じだ。脅迫罪で暴行罪で名誉棄損で殺人罪で。名前を換えれば別人になれるのか。引っ越せば新天地での未来を切り拓けるのか。

 

そういう奴らでさえ檻を出れば、年金も生活保護も貰えるだなんて、嗚呼、悪夢みたいだ。

 

なんで、連中は野垂れ死なないんだ?おかしいだろう?そんなの、まるでマトモな人間の人生じゃないか。罪は何処へ行ったんだ?

 

マトモに生きていることが、まるで馬鹿みたいになるじゃないか。悪口も言わずに、暴力も振るわずに、素直に頭を下げて、謝って謝って。僕たちは、そんなにも悪いことをしてしまったのかなあ…。でも、そうでも考えないと、心が死んでしまう。マトモでいることが正しいことだと、彼らを貶すことで自分に言い聞かせているのか。

 

奴らは一時の快楽に人生を狂わせたが、僕達にはその一時の快楽ですら許されていないじゃないか。

 

これは突き詰めれば、あからさまな嫉妬なのか。不満の矛先を、悪と言う偶像に向けているだけなのか。

 

わからない。でも、辛い。悔しい。奴らが偉そうに振舞うことがムカつくんだ。僕たちは、こんなにも些細なことで心を蝕まれて病んでばかりいるというのに。

 

なんで?どうして?

 

そう思う。心底、そう思うよ。

 

けれど、彼らの大半はサイコパスでも何でもない。生まれが悪くて、教養がなくて、平凡で…乱暴な言葉を使えば、運が悪かった僕たちだ。サイコパスの大半は立派な仕事に就いている。人を顎で使い、散々搾取できる立場に居座れる人間がほとんどだ。それこそ、欺瞞だ。思い込みだ。僕たちは悪人に夢を見ている。悪に憧れが過ぎる。僕たちは、悪というイデオロギーを崇拝している。正義と悪の凹凸がピッタリ嵌まることにばかり夢中になっている。悪を憎む割には、悪人がどんな人間なのかだなんてこれっぽっちも興味がない人間がほとんどだ。それもまた、事実で、当たり前のことに近い。平凡で、つまらない、しょうもない現実を受け入れられないからね。受け入れたくないからね。悪人と自分の違いが、運の良し悪しや、それこそ行動に移したか否かの違いでしかなかっただなんて、気持ち悪くて吐きそうになる。途端に、自分という人間の価値に自信が持てなくなる。貶して、コケにして、馬鹿にして、そうでもしないと堪らない。でも、そうやって貶すほどに、現実からの乖離が酷くなっていくんだね。犯罪者は理解できない化け物に交換してしまうんだ。内面化された犯罪者像を組み立てて、再構成して、必然性を求めて、計画性を求めて、物語と非人間性を突き詰めていく。そうして、出来上がった化物で悪を飾りつける。でも、心のどこかにこびりついた欺けない現実が視界の端でちらついて、だから僕らは決して手を出されない安全な場所から知性と理性のマウンティングに勤しんでしまう。テレビの中の人間になら、好き放題悪口を言える。揚げ足も取り放題で、政治家のことも堂々と馬鹿に出来る。

 

ある意味、それは正しい行為だ。

 

連中の方が、センセーショナルな殺人事件や事故の犯人なんかよりも、よっぽどイカれた連中だ。言葉を使って、簡単に人間だろうと何だろうと、壊してしまえる連中だ。その上、政治と倫理と法律が守ってくれる特権的な立場にいる。権威に守られたことがないから、権威を憎むことしかできない僕たちにとって、彼らの存在こそがまさしく憧れの悪でなければ何だというのか。僕たちは才能にばかり目がいく。才能のない人間の、些細な悪戦苦闘に対して、ゾッとするほど冷酷だ。君は、僕はどちらなのか。どっち側の人間なのだろう。考えてみるのも一興だ。ただ、少なくとも事実として圧倒的多数の人間は、僕も含めて才能のない冷酷な人間の側になってしまっている。どうしようもなくて、でも、それは決して変なことでも悪いことでもないのだ。ただ、そんな自分から目を逸らし、雄弁に正義や正論を振りかざすことの恥ずかしさを忘れてはいけないのではないか。僕が思うのはそればかりだ。

 

ガルシア・ラブレス。彼が、要するに、彼との一度きりの邂逅が、ずっとずっと秘めてきた僕の狂気を解放に導いてしまったのだと思う。あの、清廉潔白で正義感に溢れた子供に、純粋だった自分の姿を見た。見てしまった。その姿から、目を逸らすことなどできなかった。正気でいられる最後の砦までもがこうも否定されては、彼は生きていけない。

 

だが、僕も、君も、苦しんでいて、消えたいと思う時がある誰しもに概ね言えることだと思うが。この時の彼もまた、命は惜しいのに、生きていたいとは思えなかった。死にたいわけじゃないんだ。けれど、生き続けることに希望を見出せないと感じることの、なんと多いことか。

 

自分の人生に意味を見出すためのハードルが余りにも高すぎたのかもしれない。何か、諦める理由が、探せばあるのかもしれない。けれど、彼の目の前に現れた少年は、結局のところ最後まで恵まれていた。才能に恵まれて、運に恵まれて、人に恵まれて、生まれに恵まれて、努力にも恵まれて…持つ者は最期まで持ち続けることが出来るが、持たざる者は最期まで何も手に入れられないと言われているみたいで、そのことが彼の心を締め付けた。果たして、彼と同じようには生きられなかった。同じように生きたいわけではなかった。けれど、どうしてそれほどに胸を張れるのか、彼には終ぞ理解できなかったのだ。

 

ドイツ系ユダヤ人の血にアメリカ人の血が混ざり、その血に日本人の血が混ざった。血に縛られると言う言葉は、言うまでもなく幻想だ。歴史も、宗教も、民族も、伝統も、全てが幻想だ。正義も悪も同じで、幻想に過ぎない。個人は個人でしかない。被害者と加害者の螺旋も、延々と続いていくことだろう。誰が最初に罪を犯したのか、結局そこに行きつくのか。

 

小学校で喧嘩の仲裁によく使われた喧嘩両成敗の理論は、彼の正義感を燃え上がらせつつも、結果的に著しく損じた。キリスト教的な原罪の意識は、彼の心に一生遺る柵を残した。

 

一人の悲観主義者にとって、自らが生きる幻想こそが現実だった。現実が手出しできない水の中でしか、彼は息が出来なかった。だから、少年が持ち込んだ非現実的な正義が、高潔な精神が、結局のところは彼の生きる幻想を殺してしまったのだ。とどめを刺してしまったのだ。愚かだった頃の自分をまざまざと見せつけられて、彼の心は音を立てて磨り潰されてしまった。足の先から頭の天辺までを、紙細工のように簡単に、無残にも。息が出来なくなった彼は、それでも死にたくはなかった。不思議なことに、水の外でも息は出来たが、それだけだった。置いてきたはずの価値が彼に追いついてしまった。死にたくないけど、どう生きたらいいのかわからなかった。だから、彼は自分の中に封印しておいた狂気に縋る道を選ぶより他になかった。生まれて初めて、彼は自ら生き続けることを選びとった。それは称揚されるべきことでも、何でもなくて。生活を営むことが出来ない彼が出来る、唯一の方法だった。人間理性の敗北を目撃して、瓶の底には好き嫌いだけが残ったのだ。

 

この日から、レイジは今再び破滅願望を抱く様になってしまった。ガルシア・ラブレスの罪は、正義なき世界に正義を持ち込んでしまったことである。完成されていた幻想に、正義と言う欺瞞を持ち込んだことである。一人の少年の、罪に非ざる罪が、結果的に一人の悲観主義者を狂人に至らしめた。完璧な世界は分裂し、混沌として掻き混ぜられて、その色を不気味に明るい極彩色へと変えた。低く這うようだった彼の安寧は、今や激しくのたうち回り、遂には正義や権威と言う憎悪の的を手に入れてしまった。破滅願望と言う、歪な目的を手に入れたことは、皮肉なことにレイジに一人前の物欲や趣味を齎した。欲望や我儘が発露することは、彼の女たちにとっては好都合だった。だから、もう、否、初めから誰にも止めることなどできなかった。誰も、彼を止められる人間はいなかった。彼の望み通りに、死ぬまで生きることだろう。幸福に野垂れ死ぬその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









深く反省していることがあります。ついつい、どうしても原作のガンアクションを挿入しようとしてしまったことです。よく考えたらすぐにわかる事でした。ヤンデレを書きたいのに、軽快なアクションは喰い合わせが好くないことくらい。今回から修正しましたが、難産でした。いっそ、ヤンデレに振り切るべきだと判断しました。先に打ち明けておきますと、今後とも原作:BLACK LAGOONなのにアクションはほぼ書きません。彼女たちが格好良く銃を撃ったり、人を沢山殺してしまうことは、原作を読めば済んでしまいますから。折角小説で二次創作を赦されるのなら、死んでいる人間よりも生きている人間について書きたいので、次話からは丸っきり、Blue Bayouまでの作風に戻します。ヒロイン視点中心でミチミチに詰め込むのでご理解ください。話の概要解説や新ヒロイン登場の回のみ、主人公視点と第三者視点での構成になると思います。もうしばらく続きますので、どうぞ宜しくお願いします。




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