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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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353.悲しい手

2024/04/05 修正しました。





「おはようございます」


 使用人一号がやってきた。

 朝食を持って。


 つまり、夜が明けたということだ。


「これで五日目だね」


 ロジーの言う通り、五日目である。

 この実験もあと二日だ。


 サンドイッチを配り、彼女は地下室を出て行った。


「――行ってきます」


 しばし間を置き、シロトが部屋を出て行った。


 すぐに戻ると、入れ替わりで今度はアイオンが。

 次はロジーだ。


 五日目ともなると、自然とルーティンが確立していく。


 朝である。

 できれば顔を洗いたいし、着替えもしたい。


 クノンがいればその辺も問題はないが。

 しかし、やはり、一日一回は外の空気を吸いたい。


 ずっと地下室にこもっているのは、さすがに精神に来る。

 おまけに四人一緒なのだ。


 いつ何が起こるかわからない実験中だ。

 でも、ほんのわずかでも、一人きりになれる時間。

 

 全員が必要だと思ったそれは。

 こんな極端な生活の中、自然と生まれ、大切にされてきた。


「――お待たせ」


 身だしなみを整えてきたロジーが戻ると。


「僕も行ってきますね」


 最後はクノンが立ち上がった。





「――んんー!!」


 屋敷の外に出て、大きく伸びをする。


 いい天気だ。

 朝陽が気持ちいい。

 風が、空気が新鮮だ。


 造魔犬グルミが戯れてくる。

 造魔猫ウルタが距離を置いて見ている。


 身体を伸ばし、腰をひねり。

 凝り固まった身体をほぐしていく。


 グルミを追い掛けたり追いかけられたりして、身体を動かしておく。

 短時間だが、思いっきり。


 軽く汗が出たところで、風呂代わりの「水球」に頭から飛び込む。


「君は変わってるね」


 グルミは、首だけ地面に置いて。

 身体はクノンと一緒に「水球」の中だ。


 思いっきり尻尾を振って大暴れしているので、本人はこれで問題ないのだろう。


 身体がバラバラになる造魔犬。

 生態は、ただただ「不思議」の一言である。


 まあ、楽しそうで何よりだ。


「君も入る?」


 遠巻きに見ている巨大な猫にも声を掛けるが、目を合わせたまま無視された。


 まあ、いつも通りである。


「……あ、そうだ」


 クノンは眼帯を外した。


 この五日、ずっと着けっぱなしだった。

 予備もあるし、クノンなら自分で洗えるので、特に問題なかった。


 クノンにとっては、これも一種のルーティンになっているのだろう。


 これがある時は、外で魔術師をしている時。

 ない時は、リラックスしている時だ。


 今は昼夜問わず実験中なので、外すことなど考えなかったが。


 まあ、なんか。

 普通に蒸れるし風通しも悪いので、ちょっと外してみた。





「――誰だ?」


 しばし羽を伸ばして地下室に戻ると、シロトに言われた。


「誰だ?」と。


「やだなぁ、シロト嬢。あなたの心の紳士の僕じゃないですか」


「……そうだよな」


 それは本人もわかっていたらしい。


 まあ間違いようもないだろう。

 眼帯がないだけで、格好はクノンそのままなのだから。


「おまえが眼帯を外している姿は初めて見た」


「そうでしたっけ? まあ外ではあまり外しませんからね。……紳士の素顔、見ちゃいましたね? どきっとした?」


「いや別に」


 どきっとはしていないそうだ。


「意外と地味だと思った」


 地味だと思ったそうだ。


「そうみたいです。眼帯姿は奇妙なくせに顔は地味、って言われたことありますよ」


 でも、いいのだ。


 クノンの思い描く理想の紳士像に、派手はないから。

 地味でも品がある方がいい。


「アイオンさんはどう思います? 僕の素顔」


「え? ……それより今日のサンドイッチおいしいね」


「ベーコン厚めですからね。非常に僕好みです」


 などと言いながら、クノンは持ち場に戻った。


 眼帯を巻いて、準備完了だ。


「お待たせしました」


 五日目が始まる。





 何事もなく、昼食を迎えた。


「そろそろ来てほしいですね……」


 アイオンが呟く。


 前に来た異界のモノは、昨日の夕食後だ。


「そうだね。そろそろ来てほしいね」


 ロジーは穏やかに相槌を打つが、内心切実だ。

 すでに痛い目に遭っているから。


 一日以上、異界から来るモノの間隔が空くと、大物が来る可能性が高くなる。


 今回で言えば、タイムリミットは夜までだ。


 実験の残り日数を加味すると。

 あと三、四回来てくれると、安心できそうだ。


 もちろん、何が来ても油断はできない。

 異界の生き物は、皆、非常に癖が強いから。


 じりじりしながら時を過ごしていると――


「――来たか!?」


 シロトが言うと同時に、三人も立ち上がった。


 今回は魔力を感じた。

 だから全員がほぼ同時に反応していた。


 それに、見える。


 それは――手だ。

 手首から先の、手のひらだ。


 ビタン!


 落ちるようにして、それは床に手を着いた。


 ゆっくり持ち上がる。

 床に、赤い手形が刻まれていた。


 ビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタビタ――


 手が増殖した。

 いや、個々の手が大量にやってきているようだ。


「――『群生する手(クランプスハンド)』だな」


 ロジーの声は穏やかで冷静だ。


 目の前で、手と手形が増えて行っている。

 なのに、特に指示は飛んでこない。


「昔はこれも危険だった。

 この生物の厄介なところは、手形。これは魔法陣を描く線と同化して乱し、壊してしまう。この数だから対処法が確立できなくてね。


 ――おっと、そういえばクノン君には教えていなかったかな?


 現代技術の結晶であるこの魔法陣は、ある程度の物理要素と魔力が伴わないと壊せない。消せない作りになっている。

 どちらかではダメなんだ。


 だから『悪夢の書(デビルブック)』の魔術では影響が出ない。

 あれは魔術で生み出した物質か、魔術。

 そのどちらかだけで攻撃する。


無色の妖精(スプライド)』の鉄槍もだ。

 あれは物質だからね。


 一番最初に出てきたネズミ……あれは『七色鼠』というんだが。

 あれは壊す。

 本体という物質と、本体がまとっている魔力。

 この二つが伴っているからね。

 まあ、物理的重量が軽いし小さな生物だから、早めに対処すれば問題ないかな。


 ちなみに水が増えるアレは、初遭遇だからわからない。

 推測するに、水が帯びていた魔力が低かったんじゃないかと思う。

 もし水が含む魔力が高かったら、全部流されていたかもね」


 急に長々と講義が始まってしまった。


 物理と魔力。

 この二つがないと、魔法陣は壊せないらしい。


「この『群生する手(クランプスハンド)』も、『悪夢の書(デビルブック)』同様、現れたら実験中止を覚悟しなければならなかった。


 昔は、ね」


 今は違うということか。

 ゆっくり講義する時間があるくらいには。


「強化された魔法陣は、手形の影響は受けないようになった。あとは落ち着いて対処すればいい」


 つまり、無力。

群生する手(クランプスハンド)」は攻撃力不足で魔法陣が壊せない、ということらしい。


「……なんだか少し悲しいですね」


 今もビタビタやって、魔法陣内を赤く染めているのだが。

 それは無駄らしい。


 水槽に手形を付けられても、ロジーは何も言わない。

 そのくらいの相手だということだ。


 落ち着いて対処すると、赤い手形ごと、綺麗になくなった。

 問題なく。





 問題は、この後だった。


 五日目の昼。

群生する手(クランプスハンド)」がやってきた。


 そして、これ以降、異界のモノは来ず。


 七日目を迎える。





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