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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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351.無理だと思ったけど誤魔化せた





「――まずい!」


 ロジーが声を上げた。


 虚空に出現した魔法陣から、鉄槍が飛び出す。

 

 注意深く見ていたロジーは、角度と射線を追った。

 その結果、軌道が見えた。


 ほんの一瞬だけ早かった声。

 しかし、対策を講じる時間はなかった。


 飛び出した鉄槍の一つが、中央に安置されていた水槽に当たり。


 宙を舞った。


 幸い割れていない。

 頑丈な容器だけに、そう簡単には破損もしないらしい。


「クノン、水槽を確保! シロトは槍を防いで!」


 いつにない覇気漲る声を張り上げたのは、アイオンだった。


 どう手を打つか。

 見えない生物に、どう対処するか。


 ――これこそ「呪術」の出番だろう。


「先生、強化をお願いします!」


「わかった!」


 アイオンの左目が、怪しく発光する。





「水球」が動かない。


「……っ」


 クノンは戸惑っていた。


 水槽が床を転がり、降り積もる鉄槍に埋まりそうになっている。


 それに、近づけない。


「水球」は水の塊だ。

 隙間のある物質なら、いくらでもすり抜けられる。


 今は神花の花弁が入っているが。

 そのくらいなら問題ない。


 床を這うように。

 積もる鉄槍の隙間を、花弁ごとすり抜けていけるはずだ。


 問題は――


「何かに邪魔されてます! 動かせません!」


 いつもなら自由自在に動かせる「水球」。


 それが、宙に浮いたまま。

 動かせない。


 何かに捕まっている。

 魔術の操作を乗っ取られているだの、そういうものではない。


 物理的な干渉を感じる。

 そう――それこそ球体の容器に閉じ込められているかのような。


 硬質な何か。

 ガラスの膜のようなものに覆われている。


 見えないだけに、何が起こっているのか――


  ガン! ばりん


 戸惑っていると、鉄槍が飛んできた。

 見えない膜を貫き、「水球」に突き刺さった。


 明らかに、何かが割れる音がした。


「クノン急げ! また捕まるぞ!」


 言ったのはシロトだ。

 彼女が風で鉄槍を飛ばしたのだろう。


「はい!」


 自由を取り戻した「水球」を操り、転がる水槽を包み込む。


「『氷面(ア・エゥラ)』!」


 そして、凍らせる。


 転がる水槽と、鉄槍。

 それらごと凍らせて、床に固定する。


 これで水槽は守れる。

 鉄槍が直撃して壊れることもないだろう。


「――ぅ」


 その瞬間。

 水槽を固定し、守りを固めた瞬間。


 魔法陣内に、嫌なものが満ちた。


 重く、禍々しい魔力。

 まるで毒ガスのような。

 少し嗅いだだけで、生命の危機を感じるような。


 そんな危険な魔力だ。

 今まで感じたことのない、不吉と表現したい類の魔力だ。


「クノン」


 知らず冷や汗を搔いていると、アイオンが名を呼んだ。


「そのまま。水を動かさないで。

 私の『呪い』は魔力をも蝕むから」


 さっきの凛々しさはなく。

 いつもの囁くような声だった。





 しばらく硬直状態が続いたが、ふっと、鉄槍が消えた。


 飛び交っていたものも。

 床に振り持っていたものも。


「終わりました」


 アイオンが言うと同時に、魔法陣内に満ちていた魔力が消えた。


 見えない何かはいなくなったようだ。


「……呪い?」


 クノンは呟く。


 あの重い、不吉なやつ。

 何らかの魔術だったのは間違いない。


 それで排除したのだろう。


 アイオンが使った魔術だ。


 呪い。

 さっき、確かに、アイオンはそう言った。


 呪い。

 呪術。


 それは固有魔術だ。

 特定の者しか使えない、聖女の「結界」のような特別な魔術だ。


 そう――


「呪詛師……?」


 思わず呟いた声だったが。


 ちゃんと三人に聞こえていた。


 ――ついにクノンにバレてしまった。





 バレない方が異例なのだ。


 アイオンの左目。

 それは一目瞭然の身体的特徴だ。 


 特異な左目は、どうしても注目を集めてしまう。


 たとえ魔術師じゃなくても。

 呪詛師という職業を知らなくても。


 そう、クノンだけなのだ。

 アイオンと会って、見分けがつかなかったのは。


 異界の生物がやって来た時。


 クノンには、戸惑いと躊躇いがあった。

 いろんな意味で、よくわからない生物だったからだろう。


 見えないクノンに。

 見えない生物に。


 見えないの相乗効果で、何が何だか分からなくなったのだと思う。


 だからこそ、アイオンは安心材料として、何をするかを告げた。

「呪い」という言葉を使った。


 下手に動くと本当に危ないから。


 いつもの弱いものならともかく、全力で「呪術」を使った。

 しかもロジーに強化もしてもらった。


 無抵抗かつ無自覚で「呪術」に触れたら。

 クノンの身が危なかった。


 精神衰弱、身体疲労、魔力欠乏。

 その他弱ることのほとんどが彼を襲っていただろう。


 彼の操る「水球」を辿って。


「呪術」の効果範囲を、「水球」だけ避けたのだ。

 だが、不意に動かれたら対処できない。


 ――「無色の妖精(スプライド)」は、衰弱死させた。


 率直に言うと呪い殺した(・・・・・)


 見えなかろうが。

 何匹いようが。


 行動範囲全てに「呪術」を蔓延させれば、そんなものは関係ない。


「……」


 クノンにバレた。

 

 これで、クノンが「災約の呪詛師」の名を知っていて。

 かつゼオンリーと関係があると知っていたら。


 もう、観念するしかないだろう。


「アイオンさんって――」


 来た。


 クノンは素直な少年だ。

 それは聞くだろう。


「……呪詛師、だったり、します?」


「ううん。違うよ」


 否定してみた。


 やはり一度くらいは誤魔化したい。

 悪あがきしたい。


 ゼオンリーとの思い出は、あまり話したくない。

 自分の胸だけにしまっておきたい。


 大切にしたいのだ。


 誰かに話せば、その分、気持ちが減りそうな気がするから――


「あ、やっぱりそうですよね」


「えっ」


 今、あの少年は、なんて言った?


「呪詛師なんて珍しい人、なかなかいませんよね」


 誤魔化せた?

 誤魔化せたのか?


「あ、でも、じゃあさっきのは……」


「呪術」だ。

「呪い」だ。


 アイオンがはっきり言った。


「……あ、いや、やっぱりいいです。

 この実験も含めて、僕が知るのはまだ早いことが多いみたいですね」


 それは、まあ。

 そうかもしれないが。


 でも、さっきの件は、そういう問題じゃない類のものではなかろうか。


「なんでも教えてくれ、なんて虫がいいですからね。いずれ自力で解明します」


「そ、それでいいの?」


 否定したのはアイオンだが。

 こうも疑われないのも、なんというか。


 罪悪感があるというか。


「いいんです」


 しかしクノンは、言った。


 もういい、と。


「あなたのような素敵な高身長レディが嘘をつくとは思えませんからね。僕はあなたを信じます。紳士ですから」


「……はい」





 なんだか知らないが、誤魔化せたようだ。


 素直な少年を騙したようで、アイオンは少しばかり罪悪感を憶えた。


 ……というか。


 あれで誤魔化せるクノンも、少々問題なのではなかろうか。


 将来女に騙されるのではなかろうか。





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