350.見えないし見えないもの
「中級かぁ」
そう言われると、クノンも思うことはあるわけで。
恐らく、そろそろ夕方である。
ロジーの復帰から、めっきり雰囲気が明るくなり。
なんだか話も弾んだ。
アイオンに問い詰められたり、シロトにも問い詰められたりと。
いろんなことを質問された。
クノンは初めてだった。
誰かにこんなに聞かれたことなど、今までなかった。
己の紳士らしさが仇になったか、と少し思ったくらいだ。
彼女らの質問の中心となった話題は。
やはり魔術についてだ。
まあ、この場の全員が魔術師である。
世代も性別も違う四人の共通項なので、当然かもしれないが。
「魔術学校に来てから、たくさんの魔術を見てきました。もちろん中級魔術も見てきました。まあ見えないんですけど」
真っ先に思い出すのは、やはり狂炎王子との勝負だ。
あれは見ただけではなく。
この身で経験したことである。
だからこそ印象に残っている。
めちゃくちゃ痛い目に遭ったことも含めて。
――それでもいつか再戦はしたいな、とは思うが。
また怪我をすることになっても。
彼との勝負は、楽しいから。
次は、二級クラスへ行った時に会った生徒。
アゼルとラディアだ。
特に、先に対戦した三ツ星の水魔術師アゼルは。
クノンの知らない水魔術を、たくさん見せてくれた。
あれはすごかった。
容赦なく中級魔術を放たれた。
惜しむらくは、練度不足。
魔術自体もすごいし、魔力量も多かった彼だが。
唯一、魔力操作が甘かった。
彼の放つ魔術は、全て奪い取ることができた。
あれに魔力操作さえ伴えば、それこそ特級クラス入りはたやすいだろう。
次に対峙したラディアは、魔力操作も上手かったが。
それでも、まだ練度不足が否めなかった。
でも、細かい操作がよくできていた。
彼女はきっと、クノンと同じく、大技より小技の方が好きなタイプだろう。
――と、過去を振り返ってみたが。
「僕、中級魔術は向いてない気がするんですよね」
まず、だ。
「ロジー先生も、シロト嬢も、アイオンさんも、三ツ星でしょう?
僕は二ツ星なんですよね。
才能はともかく、三ツ星と比べると魔力量が違うって聞いたことがあって」
中級魔術は、魔力の消耗が大きい。
これは水だけに限らず、他の属性でもそうだと思う。
小さな魔術をたくさん使うクノンである。
負担の大きな魔術は、あまり向いていない気がするのだ。
普段使いするようなものでもないし。
普段使う分には、強い魔術なんてあまり必要ないし。
そういう意味でも。
ジオエリオン、アゼルの中級魔術連発はすごいと思う。
「感覚的に、四回か五回くらい使ったら、たぶん魔力が尽きると思います」
と言いつつ、クノンはもう一人思い出す。
「合理」のサンドラだ。
彼女は魔力量も多いが、とにかく出力が異常に強いらしい。
どういうことか、と聞けば。
初級魔術でも中級くらいの規模になるとか、ならないとか。
要するに、嫌でも強く出てしまうらしい。
代わりに、魔力操作が絶望的に苦手らしいが。
小技が得意なクノンと真逆で。
サンドラは大技が得意なわけだ。……得意と言っていいのかはわからないが。
「だったら尚更早く覚えないと」
「え?」
思いがけないアイオンの言葉に、クノンは驚く。
「それって僕が紳士だから?」
「うんそう」
相槌が早すぎる。
もはや反射的のような返事の早さだ。
「それから、魔術は使えば使うほど、身体に馴染んでいく。もっと言うと魔力にね」
「あ……そう、ですね」
――魔力の変質化のことだ。
クノンにとっては非常に馴染み深い現象だ。
魔力の変質化により、魔力視という視覚要素を得たのだ。
それがどんなに重要か。
日常的に感じている。
「中級魔術も同じ魔術、ってことですね」
だったら、確かに、そうだ。
使えば使うほど馴染むだろう。
その魔術を使いやすくなるよう、魔力の質が変わるのだから。
「最初は大変かもしれないけど、いずれ慣れるのか……」
どうやら、少しばかり本気で習得を考えた方がよさそうだ。
「――夕食の時間です」
使用人一号がやってきて、夜の訪れを告げた。
事務的にサンドイッチを配り、さっさと帰っていった。
「そろそろ何か来て欲しいところだ」
ロジーの言う通りだ。
前に来た異界のモノは、「悪夢の書」だ。
やるだけやって、何も成せず、消えて行ったあの本だ。
クノンはあれを思い出すと少し切なくなる。
まあ、それはいいとして。
三日目の深夜から明け方に来た。
このまま一夜を明かせば、丸一日間隔が空く。
できればその前に何か来てほしい。
さすがに、もう大物は勘弁だ。
「火法円環」のような危険生物とは遭遇したくない。
あの時はロジーが盾になり。
そのまま注意を引きつけ続けて、その間に処理した。
下手をすれば、怪我人はロジー以外にも出ていたかもしれない。
その筆頭はクノンだ。
実力不足ゆえに、狙われたら対処できるかどうか怪しい。
「――来た」
何気なく口にしたシロトの言葉に、三人の視線が向く。
「というか……もう来てます」
もう来ている?
どこに?
魔法陣内に変化はない。
何か生き物が来た、あるいは何かが増えたようにも見えない。
何もないはずだ。
しかし、シロトはじっと魔法陣内の何かを見ている。
その視線の先には……やはり、何もない。
ない、はずだ。
「先生、何かが何匹います。
わずかに空気が動いていますので、間違いなく」
いるのか。
何もないのに。
まあ、それ以前に、クノンは見えても見えなくても見えないが。
「透明な生き物……『無色の妖精』かね?」
「恐らく――あっ」
ロジーの言葉にシロトが頷いた瞬間。
魔法陣内に光が生まれた。
魔法陣だ。
それは縦横無尽に、ありとあらゆる方向へ向いており――黒いものが飛び出した
ガガガガガガガ
それは金属の棒。
鉄槍のようだった。
魔法陣から発生した鉄槍は、障壁や床、天井へと放たれた。
しかも、一本どころか二本三本と、続けざまに飛び出している。
「まずい!」
呆気に取られている中。
鉄槍の一つが、魔法陣中央に安置されていた水槽に当たった。
密閉された容器が、弾かれて、宙を舞う。