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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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347.本が落ちてきた





「すまないが、休ませてもらうよ」


 と、ロジーは水ベッドで意識を手放した。


 怪我こそ治した。

 だが、体力の消耗はかなり激しかったのだろう。


「この場を離れられない、というのもネックだな」


 シロトが言う。


 その通りだ。

 本当なら、ロジーはちゃんとした部屋とベッドで休ませるべきなのだろう。


 だが今は実験中。

 それも、ここから離れられない類のものだ。


「風、もういいんじゃない?」


 アイオンが言うと、シロトは「そうですね」と頷いた。


 吹いていた風が止んだ。

 こもっていた熱気を逃がしていたのだ。


 クノンも、室温を下げるべく。

 たくさん浮かべていた氷の水球を解除する。


 もう充分過ごしやすい室温になった。


「あ、そういえば」


 ふと気づいた。


「水槽は大丈夫ですか?」


 ついさっきまで、室温はとんでもないことになっていた。


 魔法陣の中央は、「火法円環(レッドリング)」という熱源の真下にあった。

 つまり、熱源に近いところに水槽があったのだ。


 魔人の腕が育っている水槽が。


 あの高温の中、果たして何の被害もなかったのだろうか。


 見た感じ、異常はなさそうだが……。


「魔法陣が問題なく機能している。だから大丈夫だ」


 シロトの言葉から察するに。

 水槽に異常に比例して、魔法陣にも異常が現れるのだろう。


「物理的、魔力的、熱や冷気、ついでに雷も。

 あの水槽は、あらゆることに耐性がある素材で作った特注品だ


 知っての通り、異界の生物はよくわからないだろう?

 生体に一貫性がなく、どんな影響を与えるものかもわからない。


 だから頑丈に作る以外の対策がないんだ」


 まあ、確かに。

 異界のモノは一貫性がないし、何をするかもわからない。


 いや、それどころか。


 そもそも生物なのかさえ怪しいくらいだ。


「だが、それでも壊された事例がある。油断はできない」


「そうなんですか……」


 まあ、さっきの「火法円環(レッドリング)」の件もある。


 あれと同じか。

 もしくはあれ以上に危険な生物も、いるのだろう。


 しかしまあ、今のところは大丈夫らしい。


「ぜひとも成功させたいですね」


 もし今回失敗したら。

 恐らく、次はクノンは外される。


 いや。

 己から遠慮するだろう。


 ロジー、シロト、アイオン。

 三人と自分の実力差を、しっかりと感じてしまったから。

 

 失敗すると失うものが多い。

 高額かつ貴重な素材もそうだが、その上、命にまで関わるのだ。


 誰も足手まといなど入れたくないだろう。

 クノン本人でさえ、入れるべきではない、と思う。


 こうして幸運にも実験に参加できたこと。

 高度すぎる実験だけに、学ぶことばかりだ。


 この経験は、この先の魔術師人生の、大きな糧になるだろう。


 だから。


 できることなら、このまま無事に開発できることを祈るばかりだ。


 失敗から学ぶことは多いが。

 今回の失敗は、失うものが多すぎるから。


 だから成功してほしい。





「――こんばんはー夕食ですよー」


 と、軽薄な仮面の男がやってきた。


 使用人三号である。


 もう夕食時らしい。

 時間の感覚がわからないだけに、時間の経過が早いような、遅いような。


「先生、大丈夫ですか? なんかやらかしたらしいっすけど」


「大丈夫じゃないねぇ。もう歳だ。徹夜も長丁場も堪えるよ」


「はは。生徒をかばって名誉の負傷でしょう? 立派なもんだと思いますよ」


「そういう無粋なことは言うものじゃないよ」


「あー……無粋でしたか。失礼しました」


 軽妙なやり取りもそこそこに、三号は地下室を出て行った。


「交代まで寝かせてくれ」


 運ばれたサンドイッチを食べて、ロジーはまた眠りに着いた。


火法円環(レッドリング)」が片付いてから、彼はずっと寝ている。


 もしかしたら。

 見た目以上に消耗しているのかもしれない。

 

「先生の夜番は私が代わる。だから先生は寝かしておいてくれ」


 シロトも同じことを考えたようだ。


 夕食の後は、夜番になる。

 まだ寝るには早い時刻だとは思うが、そういうことになっている。


「ロジー先生の分は、三人で分担すればいいよ」


 と、アイオンが提案した。


 一人ずつ夜番の時間を伸ばして、ロジーの時間をカバーしよう。

 そういう話だ。


「クノンは嫌……?」


「全然。いいと思いますよ」


 クノンは即答する。


 別に女性の提案だから、というわけではない。

 実力的に足りない部分は、できることで補いたいと思ったからだ。


「僕が素敵なレディの提案を断るとでも? 紳士なのに?」


 まあ、女性の提案であることも、含んでいるが。





 ――その夜、恐らく深夜のことだった。


 ゴト、という何かが落ちる重い音がして。


「っ!」


 クノンは飛び起きた。


 元々眠りが浅かっただけに、瞬時に覚醒した。


「シロト。今の音、何?」


 同じく、寝ていたアイオンも起きたようだ。


 寝ているのはロジーだけである。


「静かに」


 と、夜番のシロトが声を抑えて言い。


 あらぬ方を指差した。


「……え? 本?」


 魔法陣の中に、赤い表紙の本が落ちていた。


 間違いなく本である。

 どこからどう見ても本である。


 結構真新しい感じがするが――いや。


 魔法陣の中にあるなら。

 それは、異界からやってきたもの、ということになる。


 物質は通さないから。


「クノン」


 シロトに呼ばれて、意識を向ける。


「ロジー先生のベッド、防音機能を強くしてくれ」


「え?」


「こいつは大丈夫だ」


 シロトが言った瞬間、赤い本が浮かび上がった。


 動いた。

 本にしか見えないが、やはり生物らしい。


 そして、捲れる。

 強風に晒されているかのように、ぱらぱらと捲れて。


 そんな中――ページがちぎれていく。


 一枚ずつ、一枚ずつ。

 激しく吹かれて魔法陣内を飛び回る。


「これは……」


 一体なんだ。


 そう問う前に、舞い上がっていたページが発光し始めた。


 紋章だった。


 激しく飛び回っているので、正確かはわからないが。

 ページの一枚一枚には、確かに、紋章が見えた。


 紋章。

 それは魔術を放つために必要なもの。


 つまり。

 ページの数だけ、紋章があるなら。

 

 魔法陣内で、ありとあらゆる属性の魔術が発動し出した。


 荒れ狂う魔術。

 それはこの世の終わりのような嵐のようだった。





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