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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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346.まだ早いことがよくわかった





 アイオンの宣言通り。

火法円環(レッドリング)」はゆっくりと光を失っていった。


 そして、消えた。

 何の痕跡も残さず。


 いや――地下室内に異様な熱を残して行った。


「先生!」


 シロトが駆け寄ったのは、彼が倒れたからだ。


火法円環(レッドリング)」の攻撃は、ロジーに集中した。


 そして、その状態を維持したまま、戦闘は終わった。


「……すごい人だ」


 クノンはちゃんと理解している。


 ロジーがやられた。

 だが、これで最小限の被害だったと思う。


 今の脅威は、死の予感を感じた。


 真っ先にクノンが狙われていたら。

 たぶん、死んでいたと思う。


 いや、違うかもしれない。


 それでもロジーやアイオン、シロトがどうにかカバーしたと思う。

 間違いなく。

 それくらいは当然のようにこなす、優秀な人たちだから。


 だが、問題はそこからだ。

 その後が怖い。


 もしクノンを助けるためだけに、皆がクノンを守ろうとした場合。


 一手遅れる。

 その一手で、地下室の温度が急上昇させられただろう。


 それこそ、人が過ごすことができないほどの高温になっていたと思う。


 そうなれば――全滅していた、かもしれない。


「一号を呼んでくる!」


 ロジーに駆け寄ったシロトは、状態を確認すると。

 すぐに上階へと向かった。


「一号……あ、なるほど」


 あの仮面の彼女は、光属性。

 治癒魔術が使える。


 彼女も、この実験に折り込み済みの人材だったわけだ。


 ロジーの様子は気になるが。

 しかし、持ち場を離れることはできない。


「クノン、よく頑張ったね」


 地下室の温度を下げるため、いくつかの氷の水球を出していると。


 アイオンが褒めてくれた。


「そうですね」


 クノンは堂々と頷き、その言葉を甘受した。


「我ながらすごくよくできたと思います」


「そ、そう……」


「――さっきので、この実験が僕には相当早いってことが、よくわかりましたから」


 悔しいけど、レベルが違う。

 言葉ではわかっていたが、今度はちゃんと実感した。


 だけど、さっきの自分は。

 この高レベル帯の皆と、同じくらいの働きができたと思う。


 我ながら、自分を褒めたいくらいに。

 見事にやったと思う。


 足を引っ張らないくらいで上等、というくらいのレベル差がある。

 さっきの一戦で、それがよくわかった。


 特に、やはり。

 ロジーだ。


「やっぱり先生ってすごい人ですね」


「うん。ロジー先生は相当腕がいい魔術師だよ」


 ――さっきの一戦。


 真っ先に狙われたのがロジーでよかったのだろう。

 本人も同じ感想を抱いているはず。


 きっと。

 これが一番、被害が小さい結果だったのだ。





 シロトが使用人一号を連れてきた。


「いやはや、情けない。失態だったよ」


 そして、彼女の治癒魔術で、ロジーが復帰した。


「クノン君、庇ってくれてありがとう。あと数秒遅かったら死んでいたよ」


「水球」の差し込みのことだろう。


 我ながら自画自賛したいくらい、見事な動きだったと思う。

 アイオンにも褒められたし。


 まあ、それはそれとして。


「――何言ってるんですか! 僕の方こそ先生がいないと死んでましたよ!」


「水球」で触れていたクノンには、ロジーの魔力の動きがわかった。


 血液まで沸騰するかのような。

 そんな強烈な熱波に晒されていた彼は、それでも。


火法円環(レッドリング)」の気を引くために、何かしらの魔術を使っていた。


 自分だけに攻撃を集中させていたのだ。

 矛先が他所に向かないように。


 しかも、熱が拡散しないよう抑え込んでもいた。


 更には、己を覆うクノンの「水球」の温度を下げて、己の身をも守っていた。


 クノンも最大限まで温度を下げていたが。

 それでも足りなかったのだろう。


 死の熱に晒されている時、その判断ができたという事実。

 そして、そんな極限状態でも、安定して魔術を使用していた精神力。


 もしクノンが狙われていたら――


 恐らく、そんなことはできなかったと思う。


「そう言ってもらえると救われるなぁ。――一号君もありがとう。手間を取らせたね」


「お気になさらず。給料の内なので」


 と、使用人一号は一礼して、


「しばらく上の扉は開けておきますので、空気の入れ替えをしてください」


 そう言い残して、上階へ戻っていった。


「先生、大丈夫ですか?」


 アイオンが声を掛ける。


「全身火傷だね。もう治ったよ。

 血液を失わなかったことは、不幸中の幸いだったかな」


 シロトの手を借りて、椅子に座るロジー。


「血液……」


 何気ない言葉だったが、クノンは引っかかった。


 血液を失う。

 即ち、それは外傷のことだろう。


 八柱円陣と十二星天陣。

 それらが作り出した強力な魔法陣は、異界のモノを通さない。


 温度は通るようだ。

 しかし物質は通らない、はずだ。


 ならば、怪我をすることなど、あるのだろうか。

 何が原因で怪我をするんだろう。


「それよりアイオン。随分『呪い』が上達しているようだね」


 呪い。


 また気になる言葉が出てきた、が。


「そうじゃないと困ります。私には魔術しかありませんから……」


 そう言ったアイオンに、クノンは反射的に言った。


「あなたには美貌と背の高さもありますよ。魔術に並ぶ魅力だと思いますよ」


「……うん」


 ――本当に性格は似てないな、とアイオンは思った。


 それを言われたいのは、クノンの師に、だ。





 大物の襲来。

 遭遇した時間こそ短かったが、確かに、命の危機を感じた。


 異界の生物。

 謎が多いのも当然ながら、危険度の振り幅も大きい。


 興味深い。

 だがその前に危機感が立つようになった。


 今日で三日目。

 残り四日。


 できることなら、もう来ないでほしいところだ。





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