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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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344.二日目が終わり





 もうじき、陽が暮れる。


「――ありがとう」


 朱色と藍色が同居するグラデーションが美しい、そんな時間。


 クノンはロジー邸の前にいた。


「急なことで驚きましたよ」


 と、荷物を持ってきた侍女リンコが言う。


「ごめんね。僕も昨日の朝聞かされたから。泊まりとは知らなかったんだ」


 大まかな実験期間はわかっていた。


 しかし、まさかの四六時中付きっ切りで、である。

 泊まり込みになるとは思わなかった。


 ディラシックを離れない。

 だから夜は帰れる、と思っていたのだが。


 ――で、だ。


「先輩は?」


 侍女の隣には、意外な人が立っていた。


「大した理由はありません! 偶然彼女と会っただけであります!」


 彼女はイルヒ・ボーライル。


 狂炎王子ジオエリオンの護衛であり、友人である。


「お久しぶりです! ここ最近顔を見ていなかったので、ぜひクノン殿のご尊顔を拝しておきたいと思いまして!」


 ハキハキした口調と、大きな声。


 まさにクノンの知っている彼女である。


 ――そういえば、とクノンは並ぶ侍女とイルヒを見る。見えないが。


 この二人は面識があったな、とクノンは思った。


 ジオエリオンの立場からして、付き合う相手は選ぶ必要がある。


 彼は正真正銘の皇子である。

 本人はあまり気にしないが、どうしても許されない対人関係もある。


 その関係で、クノンの人間関係や周辺環境くらいは調べたそうだ。


 その際、侍女リンコとも顔見知りになったとか。


「……そうですね。結構長く会ってませんでしたね。手紙だけは出してましたけど……」


 イルヒと、ではなく。


 ジオエリオンと会えていない。


 例のヒューグリア遠征で、約一ヵ月。

 それから魔人の腕開発実験へ。


 あまり間を置かず続いている。


 遠征と実験の間は、だいたい十日くらいだったか。


 遠征中の不在で溜まった雑事があり。

 それを片付けていたら、すぐにこの実験である。


 結局、会いに行く時間が作れなかった。


 いや。

 そもそも――帰りに寄れると思っていた。


 この開発実験の帰りに、彼の屋敷を訪ねようと思っていた。


 夕食を一緒に取りながら。

 遠征中の積もり積もった話をしたい。


 どうせ一度の訪問では話し切れない。


 それこそ、実験がある間は、毎日寄ろうとさえ思っていたのだが。


「一応、節目節目でジオエリオン先輩には手紙を出してるんですけど……」


 クノンだって会いたいと思っていた。


 ただ、やることを投げ出して会いに行っても。

 ジオエリオンはいい顔をしないから。


 責任感の強い彼だけに、無責任なことは嫌うのだ。


「存じております! でも手紙じゃ足りないじゃないですか! あの人ずっとクノン殿を待ってましたよ!」


 待たせているのか、とクノンは思った。


 立場上、向こうから会いに来るのは難しい。

 そんな時間がないことも含めて、だ。


 だから、会うならクノンから行くしかない。


 お互いそれをちゃんと理解しているだけに……待っている、そうだ。


「……直接謝りたいから、会いに行けなくてごめんなさい、って伝えないでくださいね」


「はい! 直接謝りたいと仰っていたこと、確かに伝えておきます!」


 謝罪の言葉ではなく。

 ならば、問題ない。


 ――まあ、ともかくだ。


「すみません、今ちょっと忙しくて……。

 あと五日か六日くらいで一段落つきますから、そうしたら会いに行きますね」


 侍女はともかく。

 イルヒの……というか、ジオエリオン関係の人と会ったのは、予想外だった。


 だから、ここらで切り上げることにした。


 このままだと話し込んでしまいそうだ。





「――すみません、お待たせしました」


 侍女、イルヒらと別れて、クノンは地下室へ戻ってきた。


 荷物を受け取りに行くだけ、のつもりだったのに。

 少し話をしてしまった。


「問題ないよ」


 ロジーの言う通り、異界からの何かは来なかったようだ。


 クノンは急いで干渉領域へ戻り、身代わりの生首を解除した。


 これで一仕事終わりだ。


「荷物は足りているか?」


「大丈夫だと思います。どうしても必要って物はありませんから」


 シロトに応えつつ、クノンは受け取った荷物の中を確認する。


 ――急に七日の泊まり実験と知らされたクノンは、宿泊の準備をしていなかった。


 侍女に頼み、着替えや日用品を届けてもらったのだ。


 まあ、様々な泊まりがけを経験してきたクノンである。


 かつては決まった寝間着じゃないと眠れないとか。

 枕が変わると嫌だとか。


 色々とこだわりがあったが。


 今やそういうのもすっかりなくなっている。


「第一、シロト嬢とアイオンさんがいますからね。

 そう……僕にとって一番必要なものは、最初からここにあったんですよ」


 シロトはクノンから目を逸らした。


 もういいや、とばかりに。


「――先生、ちょっと間が空いてませんか?」


「――そうだね。昼過ぎにネズミが来て、今は夕食が終わったところ、か。今夜何か来ることを期待しよう」


 何の話だろう。


 クノンはそう思ったが、後で聞くことにした。

 まずは荷物の確認だ。


 まあ、本当に。

 なければないでなんとかなる物ばかりだが。





「――クノン君、ちょっとまずいことになった」

 

 恐らく、もうじき朝である。


 二日目の夜が静かに終わり。

 そろそろ、臨時使用人が朝食を持ってくる頃だろう。


 交代で夜番をして、全員が一巡した。


 身体は充分休めている。

 だが、警戒態勢が続いているので、神経はやや疲れているだろうか。


 そんな最中、ロジーが言う。


「異界からやってくるものは、一日に二回から四回が目安だ。

 私が知る最多記録は、一日七回というものもあるが……多い分には問題ないんだ」


 クノンだけに言うのは。

 この法則を、クノンだけが知らないからだ。


 元々、クノンにはまだ早い、高度すぎる実験なのである。

 だから知らなくていいことも多いのだろう。


 きっと、この法則も。

 必要がなければ、話すことはなかった類のものだ。


 もっと言うと。


 話すということは、緊急事態なのかもしれない。

 ロジーが穏やかなだけで、実は結構大事なのかもしれない。


「問題があるのは、その逆の場合。

 なんと言えばいいか……長く時間が開いた場合、大物がやってくる可能性が高い」


 大物。

 そう言われると、確かに。


「これまでに遭遇したのは、小さい生き物ばかりでしたね」


 黒い木。

 水を産む球体。

 光点。

 ネズミ。


 黒い木は例外か?


 いや、大元は小さいのではなかろうか。

 そこから大きく広がっていくだけで。


 それこそ、根本は種や球根が本体だったりしないか。


「それが通常だね。そして今がちょっと異常なんだ。

 間が空いたら、大物がやってくることが多い。統計的にね」


 まあ、ロジーが嘘を吐く理由はないだろう。


 結局聞かなかったが。

 昨夜もシロトが心配していたのを、憶えている。


「丸一日空くと、かなり危ないと思ってくれたまえ。

 まあ、できるのは心構えくらいだけどね。


 本当にいざという時は、実験を破棄して脱出するから。


 号令が掛かったら逃げてね」


「わかりました」


 貴重な素材も、時間も。

 たくさん使用した実験である。


 神花という、通常手に入らない物も使っているのだ。


 できることなら棄てたくはない。


 が。


 それでも、さすがに人命が最優先、ということなのだろう。


 ……まあ人命云々の前に。


 魔法陣中央の水槽が壊されたら失敗なのだから、その時も逃げることになるだろう。





 程なく朝食がやってきた。

 異界からは、まだ何も来ない。


 二日目が終わり、三日目が始まった。





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