友人はいなかった…「恒心教」が満たした承認欲求 元大学院生の後悔

 大学への爆破予告や弁護士に対する懲戒請求書を偽造したとして、元東京農工大大学院生の佐藤直被告(23)に対する判決が13日午前10時、東京地裁で言い渡される。公判で語った動機は「恒心教を広めたかった」。なぜ「恒心教」にのめり込んでいったのか。公判での被告の言葉から探る。

 「本当に申し訳なく思っております」

 5月にあった被告人質問。黒いスーツにネクタイを身につけた佐藤被告は、こう述べて約10秒間頭を下げた。

 被告は23年1月、無職の大熊翔被告(27)=威力業務妨害罪などで公判中=と共謀し、東京音楽大学に爆破予告のファクスを送ったほか、弁護士への懲戒請求書を偽造して提出▽恒心教関係者の自宅マンションに侵入▽アニメ動画など112作品の動画ファイルをファイル共有ソフトに送信して公開、など計五つの事件で起訴された。

 被告人質問での話によると、被告は子どものころからパソコンやインターネットに熱中だった。他人から褒められた経験はなかった。友人もいなかったという。

「とんとん拍子の人生」 その一方で・・・

 「親からも褒められた記憶はない」とも語った。一方で、「人生で苦労した経験がない」とも述べた。

 事件当時は東京農工大の大学院生。サイバーセキュリティー人材を育成する国立法人のプログラムにも高い倍率の選考を突破して参加していた。

 「とんとん拍子の人生か」と弁護人に問われると、「はい」と答えた。

 順調に見える人生だったが、望んでいたのは、「誰かに認められる機会」だった。

 その機会を提供したのが、「恒心教」だった。

恒心教とは

 恒心教とは、特定のネット掲示板を利用する人たちの行動について、2010年代前半から使われている言葉だ。

 掲示板に書き込みをした人の個人情報がさらされた件で対応にあたっていた弁護士を標的に、揶揄(やゆ)するなどした動きが始まりとされる。

 被告は法廷で、恒心教について「特定の人に対して嫌がらせをするインターネット上の団体」と説明した。

 大学への爆破予告の文書には、恒心教の初期段階から中傷され続けている弁護士の連絡先も記入した。「問い合わせがいくことで嫌がらせができると思った」という。

掲示板に並んだ「有能」「すごい」

 なぜ、こうした「嫌がらせ」が「誰かに認められる」ことにつながるのか。

 被告によると、嫌がらせをネット上の掲示板に投稿すると、ほかのユーザーから「有能」「すごい」という反応が返ってきた、という。

 被告は、その後も、中傷されていた人の自宅マンションに侵入し表札などを撮影したほか、この弁護士への懲戒請求を偽造するなどの攻撃を繰り返した。

 そして、掲示板で報告するたびに、被告を評価する書き込みが並んだ。

 恒心教とは一見、無関係にも思えるアニメ動画の違法アップロードも行った。「恒心教を広めるため」だった。

 過去には恒心教を名乗る人たちが、爆破予告をしたり、グーグルマップの地図表記を改ざんしたりもしていた。被告は「方法は出尽くしていて、新しい方向を考えているなかで(違法アップロードに)気づいた」と語った。

 ただ、ネット空間で「有能」ともてはやされた行為は、現実には犯罪だった。

 「やめようとは思わなかったのか」。検察官から問われると、「やめないといけないと思っていたがやめられなかった」とし、さらにこう語った。「歯止めがきかなくなってしまったんです」

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