342.全員寝た
「――おや、なんだ? 風呂かね?」
うとうとしていたロジーが起きて、少し驚いた。
「水球」に包まれる女性陣を見たせいだ。
立ち上る泡で、どんなものかはすぐに察したようだが。
そんなこんなで彼も風呂に入れて、一息ついた。
「……却って眠くなった感じかな」
クノンを除いて、全員寝た。
適温の環境。
食後すぐ。
そして、身体すっきり。
眠くならないわけがない。
眠気覚ましに、と言っていたシロトも。
むしろ眠気に拍車が掛かったのではなかろうか。
さすがに横になっている者はいないが。
三人とも椅子に座ったまま、まどろんでいる。
……まあ、問題ないだろう
全員寝たら大変だが。
最悪、警戒態勢は一人でも続けられる。
居場所が離れるわけでなし。
起こそうと思えばすぐ起こせる距離だ。
もっと言うと。
クノンは今は眠くない。
むしろ冴えている。
「さて」
クノンはメモした魔法陣と、実際の魔法陣とを見比べる。
だいたい写し終わった。
ロジーの説明を聞きながら、なんとなく理解しつつ描き切った。
あとは、間違いがないかの確認だ。
確認できたら、次は解析である。
解析。
これが一番難しく、また楽しみである。
まだ全然理解できないが、部分的にはわかるところもあるのだ。
この辺が解析の足掛かりになるだろう。
きっと。
「……」
と、その前に。
全員が寝ている今なら、少しだけ――
「……へえ」
ずっと待機させている、神花の花びら入り水球を操り。
魔法陣中央の水槽に近づける。
そして、一瞬だけ「鏡眼」にして、至近距離で観察した。
少々薄暗い地下室だ。
仔細に観察するには距離があり、よく見えなかったのだ。
ぜひ、見ておきたい。
魔人の腕の現状と、どのように成長しているかを。
まあ、見えないが。
「……」
白骨の右腕が浮かんでいる。
そこに、赤い肉が発生している。所々。
言い方がまずいかもしれないが、骨付き肉を食べた後の食べ残しのようだ。
「……ふうん」
見慣れた人体パーツとあまり変わりはない。
明確に違う点を上げるなら。
受肉している肉体組織の色くらいだろうか。
妙に赤いから。
なんなら少し発光しているかもしれない。
二日目の育成度としても、成長の仕方からしても。
通常のものとほぼ同じだ。
むしろあれだ。
あくまでも、素材と作り方が違うだけの生体パーツ、と捉えるのが近いかもしれない。
――観察はこれで終わりだ。
もう少し見たかったが。
「鏡眼」のことは話せないので、見つかる前に即やめる。
それにしても面白い変化はなかった。
がっかりしたような。
でも、これで良かった気もするような。
珍しい現象が起こっていたら、それこそまた観察したくなるから。
「――こんにちは、ロジー先生」
恐らく昼食時なのだろう。
この地下室に、仮面をつけた人がやってきた。
女性だった。
クノンは嬉しくなった。
「お、おお。いや、すっかり気分よく寝てしまった」
ロジーを始め、シロトとアイオンもハッと覚醒する。
「こんにちは、使用人一号君。昼かね?」
「はい」
彼女が使用人一号らしい。
声からして、若い女性だと思う。
十代後半くらいだろうか。
「どうぞ」
「ありがとうレディ。……あれ?」
サンドイッチの包みを受け取るクノンは、彼女に違和感を覚える。
「もしかして……」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもないです。あなたが素敵すぎるから何を言いたいか忘れてしまいました。その神秘の仮面の下にはどんな美しい乙女の秘密を隠しているのかな?」
「ありがとうございます」
と、使用人一号は、クノンの横を通り過ぎて行った。
目も合わせないような素っ気なさである。
クノンは目を出してないが。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
そしてさっさと行ってしまった。
二号より素っ気ない。
まあ、彼は紳士じゃないから、あんまりアレだが。
しかし、それよりだ。
「……ふうん」
意味も理屈も特になく。
本当に、ただ普通に働いているだけ、なのかもしれないが。
彼女は背中に、真っ白な盾を持っていた。
――恐らくは光属性だ。
「なんか豪華だなぁ」
ここには魔属性が二人。
そして臨時の使用人は光属性。
この実験には、希少属性持ちが三人も関わっているわけだ。
非常に豪華で贅沢である。
異変がやってきた。
「――先生」
それぞれ昼食が終わって、すぐ。
アイオンが呼びかけ、全員が立ち上がる。
「これは……ネズミか」
素早く床をよぎる何か。
それは一匹かと思えば、二匹いて。
二匹かと思えば四匹いて。
黒、赤、青、白、黄と。
色とりどりのネズミたちが、縦横無尽に駆け回る。
「まずいな。早く対処しないと」
床を走る。
即ち、魔法陣が壊されるということだ。