挿絵表示切替ボタン
▼配色






▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
342/365

341.便利





「――ゼオン君の弟子か……」


 異界からやってきた光点を片付け、そして朝食を取る。


 それからはまた待機である。


 魔人の腕開発実験、二日目。

 クノンがロジーに講義を乞い、彼の声を聞き流しつつ。


 アイオンはさりげなくクノンを見ていた。


 ――ゼオンリーの弟子。


 アイオンにとってのクノンは、ただそれだけの存在だった。


 それを除けば、ただの多数いる特級生。

 特に注目することもない。


 そういう意味では、シロトも似たようなものである。


 二年後、三年後はわからないが。

 今はまだ、知識も実力も、そこまで気になるものではなかった。


 図書館で再会した(・・・・)のも、ただの偶然。


 背伸びして、必死になって上の棚の本を取ろうとしていた下級生クノン。

 たまたま通りがかった上級生アイオンが、それを助けた。


 出会いはそんなものだ。

 ゼオンリーの弟子だから接触したわけでもない。


 それから、会えばクノンは声を掛けてくるようになった。


 立場上、アイオンはあまり色々しゃべれない。

 だから特に突っ込んだ話もしなかった。


 クノンの活躍も、それなりに聞いていたが。

 顔見知りではあっても、それ以上の関わりはなかった。


 一番有用な情報と言えば。

「自由の派閥」に所属していることを明かした、くらいだろうか。


 正確に言うと、アイオンは生徒ではないのだが。


 まあ、その辺はどうでもいい。


 あのゼオンリーの弟子。


 水属性で二ツ星。

 英雄の傷跡で目が見えない。

 特級クラス入りするくらいには優秀。


 情報だけ聞けば、特に気になることはない。

 強いて言えば、視覚の代用をどうしているか、くらいだが。


 それこそ、アイオンにはそこまで引っかかることはない。


 己の目に異常はないから。

 左目に入っている呪紋以外は。


 ただ。

 いや。

 冷静に考えれば。


 あたりまえじゃないか。

 あのゼオンリーの弟子が、ただの特級生なわけがない。


 干渉値0に限りなく近づけた魔属性を、感知した。

 それだけでも恐ろしい。

 とてつもなく優れた感知能力である。


 ――危なかった。本当に。


 魔属性の奥に隠した、ほんの小さじ一杯ほどの闇属性。

 それに気づかれるところだった。


 もし気づかれたら、グレイ・ルーヴァに怒られるところだ。


 もうめちゃくちゃ怒られたことだろう。

 きっと泣くほど怒られた。

 クラヴィスにすっごいイヤミを言われたりもしただろう。


 想像もしたくない。


「……」


 心なしかロジーと目が合う。

 気のせいだと思いたい。


 アイオンが肝を冷やしていることを、見抜いている……はずはない、と、思いたい。


 とにかく。


 迂闊な魔術は使えない。

 特に、クノンの魔術に干渉する時は要注意だ。


 違う意味でも、アイオンは気を張る必要がありそうだ。


「――アイオン、何か悩み事かね?」


 急にロジーに名前を呼ばれて、嫌な意味でドキッとした。


 前触れなく声を掛けてくる辺り。

 やはりロジーには見抜かれているかもしれない。


 彼には、アイオンが焦る理由が、わかっているから。


「いえ別に……」


 見抜かれていないことを信じるしかない。


 …………。


 これが終わったら。

 グレイ・ルーヴァや彼女の直弟子たちには言わないよう、口止めを頼んでおこう。


 一応、念のために。





 昼食が済み、しばしの時が流れた。

 講義に疲れたロジーが黙ると、地下は静かなものである。


 いい感じに腹が膨れて。

 気疲れで神経が疲労していて。

 冬ではあるが、空調が聞いているので寒くもない。


 これらの条件が揃うと。

 やはり、ちょっと眠くなってくる。


 実際ロジーは、椅子に座り、頬杖をついてうとうとしている。

 本を読んでいるシロトも、何だか眠そうだ。


 アイオンも、かなり眠い。


「……」


 元気なのはクノンだけだ。

 今は床一面の魔法陣を書き写すのに忙しいらしく、メモに必死だ。


 若い子は元気だな、とアイオンは思った。

 思った後に、自分の年齢を自覚して、少し後悔した。


 ――早く彼を迎えに行きたい。

 ――迎えに行かないと。

 ――年齢的に、彼の子供が産めなくなるかもしれない。


 まあその時は養子でもいいか。なんならゼオンリーと二人きりの老後でもアイオンは構わない。いやむしろそっちの方がいいかもしれない。彼と二人で暮らし、大きな犬でも飼えばいい。田舎で二人きりでもいいが、都会の方が彼には合っているだろうか。その場合は全財産をはたいて屋敷を買って使用人でも雇おう。でもゼオンリーに色目を使う使用人は全員アレだ。アレしてやる。そして――


「クノン」


 眠気を帯びた妄想が、まるで夢のようにめくるめいていたその時。


 シロトがクノンを呼んだ。


「少し眠くなってきた。眠気覚ましに風呂を頼んでもいいか?」


「風呂?」


 寝ぼけていた頭でも、気になるフレーズだった。


「いいですよ。僕の魔術であなたが綺麗で美しく、そしてたくましくなるのなら」


 たくましくはならないだろう、とは思うが。

 綺麗で美しくはなるだろう。


「――ありがとう」


 シロトの干渉範囲に発生した、大きな「水球」。

 温かそうな湯気が立っている。


 彼女は躊躇なく、その中に入った。


「あぁ……立ったまま服を着て入れる風呂は、面倒がなくていいな」


 シロトが「水球」に入ると、ごぼごぼと吹き上がる泡で満たされた。


 あれは洗浄魔術の「洗泡(ア・ルブ)」だろうか。


「……クノン、私も……」


 見ていたら、というか。

 一目見て羨ましいと思ったアイオンは、自分にもくれと注文してみた。


 長丁場の実験だ。

 まともな風呂など諦めていたのだが。


 入れるものなら入りたい。

 たとえ、普通の風呂ではなくとも。


「どうぞ」


 すぐ横に発生した「水球」に、まず手を入れる。


 素晴らしい。

 少しぬるめで、人体に優しい温度だ。


「これ、脱がなくていいの……?」


 入る時はいいだろう。

 しかし、出た後が大変だ。


 幸いここには風魔術師がいるので、髪を乾かすのは楽なものではあるが。


 しかし、服まで乾かすとなると。


 掛かる手間が多すぎる。

 一応警戒中でもあるのだから。


「大丈夫ですよ。服や髪の乾燥までがセットですから」


 乾燥までが風呂。


「便利……」


 もう躊躇う理由はない。

 アイオンは水球型の風呂に飛び込んだ。

 

「洗い物なんかも一気に済むんですよ、それ」


「便利……!」


 シロトがクノンを誘った、本当の理由。

 それはきっと、これだ。


 いや。

 これも含めて、か。


 生活に密着した、自由自在の水。

 それがこんなに有用だなんて、今まで知らなかった。


 長丁場に、クノンは欲しい。

 素晴らしい人選だと言わざるを得ない。


 ――あのゼオンリーの弟子は、あまり派手さはないが。


 とても優秀な魔術師だった。





  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
書籍版『魔術師クノンは見えている』好評発売中!
『魔術師クノンは見えている』1巻書影
詳しくは 【こちら!!】

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ