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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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340.アイオンの魔術





 ――さて、どうしようか。


 言わずとも態度で示すかのように、ロジーは腕を組む。


「先生、漁を提案します」


 すかさずシロトが言う。


 逃げる光。

 増える光。


 それに対する答えは、漁。


「光を魚に見立てた漁法だね? やってみようか」


 この光点のような生物は、ロジーも知らない。


 異界のモノ。

 存在から現象から、何もかもわからないものが多い。


 それだけに、思いついたことは全部試したい。


 成功も失敗も、全てが情報だ。

 後進に伝えるべき大事な情報だ。


「クノン、一面がない箱を用意できるか?」


「はい」


 シロトがどうしたいか、クノンにもわかった。


 水で作った箱で捕まえよう。

 光点を箱の中に捉えてしまおう、という策だ。


 どれだけ早く動こうとも。

 逃げ場さえ塞げば、捕まえたも同然だ。


「こういうの、前にもあったなぁ」


水球(ア・オリ)」で生き物を捉えたことがある。


 神花を探しに行った時だ。

 あの時とは、かなり状況は違うが。


 そう、奇しくも捕まえたのは神花そのものだった。


「こんな感じでいいですか?」


 神花の花びらから吊るすような形で、「水箱」を構成する。


 見た目は六面体の大きな箱だ。

 増えていっている光点全てを捕まえられるサイズである。


 もちろん、注文通り、底の一面だけ抜けている。


 このまま落とせば。

 光点を捉えることができるだろう。


 幸い光点の反応はない。

「水箱」が発生しても、お構いなしだ。


 恐らく、近づく攻撃は避けるのだろう。

 それこそ雷の速度でも。


 もしかしたら反射的な行動なのかもしれない。


 しかし、この感じだと。

 箱の中に捉えて縮小すれば、きっと捕獲はできる。


 その先のプランは……まあ、その時考えればいいだろう。


 まずは捕まえる。

 そして増えないようにする。


 目指すのはその二点だ。





「クノン、上に追い込む。入ったら蓋をしてくれ」


「え? あ、はい」


 てっきり箱を落とすのかと思ったが。


 シロトは、追い込み漁を考えていたらしい。


 箱を動かすのではなく、光点を移動させるのだ。


 ――いや、それはそうか。


 光点の動きによっては、「水箱」を床まで下げる必要がある。

 そうなれば、魔法陣に触れるかもしれない。


 魔法陣を壊すわけにはいかないので、追い込みの方がいいだろう。


「――『「風竜流(フ・リゥル)』」


 シロトの声に従い、大気が動く。


 風魔術は見えない。

 しかし、動く魔力は感じる。


 増える光点を覆うように、周囲に渦巻く風が発生する。

 それは少しずつ小さくなっていく。


 真綿で首を絞めるように、ゆっくりと。


 光点が風に吹かれてふらつく。

 広がりつつあった点が、風に押されて一ヵ所に集まる。


 少しずつポジションや光点の位置を調整し。


「クノン、行くぞ!」


 シロトの合図とともに。

 風は一気に中心へ向かい、上へと吹きあがる。


「おっ、と」


 思ったより強い風に煽られ、「水箱」が吹き飛ばされそうになった。

 小さな空気穴を空けて空気を逃がす。


 そして――小さな上昇気流に乗って、風で集められた光点が、箱の中に飛び込んできた。


 すかさず底にも面を発生させて。

 無事、捕獲に成功した。





 第一段階は成功だ。


 密閉した場所だ。

 どんなに素早く動けても、もう逃げられない。


 そこで、次の問題である。

 ここからどうするか。


 光点は、「水箱」の中で増えて行っている。

 何事もなく。


 閉じ込められたことに、気づいてさえいないかもしれない。


「これは……」


 しかも、光点にしか見えないそれには、物質である身体が備わっているらしい。


 今はまだ余裕があるが。

 このまま増えて行けば、いずれ物量が「水箱」を圧迫するだろう。


「アイオン、頼んでいいかね?」


 ここからの攻撃手段は……と考えていたクノンだが。


 すでにロジーには計画があるらしい。


「わかりました――クノン、私の魔術が通過するから」


「あ、はい」


 囁くようなアイオンの声に返事をし、クノンはその時を待った。


 いや。

 待つ必要は、なかった。


「……すごい」


 気のせいかと思ったが、違う。


 今、確かに、「水箱」にアイオンの魔術が触れた。

 そして通過した。


 クノンが操作するまでもなく、易々と。


 驚いたのは、その魔術の魔力量だ。


 弱かった。

 己が使う「水球(ア・オリ)」よりも、弱い魔術だった。


 強い魔術で壊されるのは、わかる。

 強い魔術を、クノンが操作して通過させるのも、わかる。


 そのどちらでもなかった。


 そもそも「水球(ア・オリ)」に何の抵抗もなく干渉した、その魔術だ。


 一体何の魔術が通ったのか。

 クノンには、わからなかった。


 そして。


 わからないままに、「水箱」の中には、黒点が生まれている。


 今通過した、アイオンの魔術である。


 強力な魔術だ。

 恐らくは中級だと思う。


 クノンの「水球(ア・オリ)」に干渉したのは、弱い魔術だった。

 それは確かだ。


 しかし。


 箱の中に発生した黒点は、非常に強い魔力を帯びている。


 そして――光を吸い込んでいる。


 光点から、線や糸が伸びる。

 それらは黒点に吸い込まれている。


 光を吸い込む、闇。

 そんな表現が相応しいだろうか。


 何だ?

 何の魔術を使った?


 いや、そもそもの話。


 あれは魔属性の魔術なのか?

 まるで闇属性にしか見えないが。


 魔であんなこともできるのか。


「……やっぱりすごい人なんだ」


 グレイ・ルーヴァの直弟子アイオン。

 その肩書は、やはり本物だった。


 クノンの弱い「水球(ア・オリ)」に、まるで抵抗感なく触れる技術力。


 軽く中級魔術を使用できる実力。


 しかも、覆う「水球(ア・オリ)」にまるで影響を与えない制御力。


 あの魔術一つとっても。

 どれもがクノンとは段違いの実力であることを証明していた。





 程なく、光点は消えた。


 吸い尽くされたのだ。

 そして、役目を終えた黒点も消えた。


 これで対処完了だ。


「今回は魔術師のバランスがいいね。楽できそうだ」


 ロジーはのんびり言うが、それどころではない。


「アイオンさん、今のは!?」


「あれは魔属性の魔術ですか?」


 クノン、シロトともに。

 今の魔術はとても気になった。


「う、うん……ごめんね、あんまりぺらぺらしゃべるなってグレイに言われてるから……」


 しかしアイオンの返事は思わしくない。


 グレイ。

 グレイ・ルーヴァ。


 その名前が出たら引き下がるしかない。


 まだ知るのは早い。

 そういう類のものなのだろう。


「でも、私としては、クノンの『水球(ア・オリ)』の方が気になるけど……」


「え?」


「あれって何? 私の魔術に抵抗したよ? 構造上ありえないはずなのに」


「え?」


「私の魔術、わかったよね? わかったってことは抵抗を感じたってことだよ。……感知されるなんて思わなかったよ」


「……そんなに高度なやつだったんですか?」


「下級魔術と比べればね。そもそも同調する属性でもあるから……」


 元々が小さい声なだけに。


 続けられた「ゼオン君の弟子か……」という言葉は、さすがに聞こえなかった。


「もう一回見たいな! アイオンさんの華麗で素敵な魔術、もう一回見たいです!」


「……華麗で素敵じゃないから、ダメ……」


 と、アイオンは顔を背けた。





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