339.雷光について
「――おっはようございまーす」
朝が来た。
朝食を運んできた使用人三号。
彼の声で、静かだった夜が終わった。
時間の感覚がわからない地下室では、彼の訪問が経過を教えてくれる。
「おはよう、三号君。朝かね?」
「ええ。実験は一週間くらいでしたよね? まだまだ先は長いですねー」
軽妙にロジーとやり取りしつつ、包みを配っていく。
「――あ、何それ? ベッド? いいねぇ、俺も一緒に寝ていい――ごめんなさい指構えないで」
シロトに警告の指を向けられたり。
「――おはようアイオンさん。今日も左目が綺麗だね。ずっと見ていたいな。……あ、はい失礼します」
アイオンに「呪っていい?」と静かに威嚇されたり。
一切の紳士らしさがない軽薄なる使用人三号は、最後にクノンの傍へやってきた。
「おはようクノン君。君の使用人から伝言を預かってるよ。
できれば毎日生存報告の手紙が欲しい、だって」
「あ、はい」
まともなことを言われた。
まあ、彼は仕事はきっちりやるタイプなのだろう。
軽薄だが。
三号は行ってしまった。
「クノン、水ベッドを消してくれ」
と、シロトが言う。
最後に休む番であるシロトは、ついさっきまで寝ていた。
彼女の干渉スペースには、クノンが出した水ベッドがまだ残っている。
「もうすぐ消えるので、それまで休んでいてもいいんじゃないですか?」
夜は休む。
そう決めてはいるが、基本は待つしかできないのだ。
正直、休むのはいつでもいいと思う。
頑張って全員が起きている必要もないだろう。
――後半は、きっとそうなるだろうし。
「できるだけスケジュールには合わせたいんだ。
これは寝心地がよすぎる。近くにあると誘惑に勝てない」
「わかりました」
クノンは、シロトの傍にある水ベッドを消した。
できるだけスケジュールに合わせたい。
それはクノンも同感である。
前半はスケジュール通りだろうが。
疲れが溜まっていくにつれ、予定通りになんていかないと思う。
きっとグダグダになる。
気が付いたら意識を失っている、寝ている、なんてこともあるだろう。
長丁場の実験は、そうなるものだから。
「――ねえ、さっきの指って何?」
それぞれ朝食を広げていると、アイオンがシロトに問う。
「雷の警告です」
そう、三号に指を向けたあの構え。
あれは雷を出す時の構えだ。
まあ、構えなくても出せるが。
クノンは食らったこともあるが。
「ああ、雷光……」
二つ名を呟き、アイオンは納得した。
雷光のシロト。
学校関係者や魔術界隈に拘わる者なら、一度くらいは聞いた名である。
「雷って難しいんでしょう?」
と、すかさずクノンが質問してみた。
雷は、風属性の上級魔術と言われている。
幼少の頃から今まで、クノンも水で再現したかった現象だが。
こればっかりはどうしてもできなかった。
そもそも雷がなんなのかがわからない。
この身で味わってもわからなかった。
だから、何をどうすればいいのか。
まるで見当もつかない。
機会があれば聞いてみたい、そう思っていた。
そして、その機会は、今である。
「雷か……これは私にもわからない」
「え?」
「私の雷は、たぶん固有魔術に近い。上級魔術にある雷とは少し違うものだから」
固有魔術。
そう言われて真っ先に思い出したのは、聖女の「結界」だが。
「違うんですか?」
「上級魔術の雷は強力だ。人に放てばきっと死ぬ。
だが私の使う雷は、基本的に弱い。言うなれば下級魔術の雷なんだ。
しかし、風の下級魔術に雷はないからな。
ひどく珍しがられて、だから評判にもなった。
これは使おうと思えば勝手に使えるんだ。
私にも理屈がわからない。
教師たちも解明しようとしたが、依然わからないままだ」
なるほど、とクノンは頷いた。
「同期の聖女もそんな感じのことを言ってました」
彼女の「結界」も、似たような感じだと思う。
使おうと思えば使える。
そう言っていたから。
使い方や、なぜ使えるかなどの理由は、本人もわかっていないそうだ。
ならば。
シロトの雷も、固有魔術なのかもしれない。
「つまり、レディのミステリアスな謎……ということですね?」
「そうだな」
ミステリアスな謎。
いつか解かれる日が来るのだろうか。
そんなことを思いながら、クノンは朝食のサンドイッチにかじりついた。
「――来たな」
朝食が終わり。
昨日同様、ロジーに講義を頼もうとしたその時。
異界から何かがやってきた。
「これは……」
小さな光点。
魔法陣内の空中に、光る点が打たれた。
異質な魔力を感じる。
あれは、きっと、何かの生物だ。
「シロト、牽制の雷を。反応を見たい」
「はい」
ロジーの声に応え、シロトは指を構えて――歪な線を描く光を放った。
速い。
光線は一瞬で走り、放つと同時に光点を捉えた。
いや。
「えっ」
「鏡眼」でちゃんと観察していただけに、クノンにも見えた。
光点がズレた。
明らかに雷を避けた。
その上、増えた。
二つに増えた。
四つに増えた。
八つに増えた。
光の点が増えていく。
きっと、すぐに魔法陣を埋め尽くすだろう。
しかも雷の速度を避ける反応を見せた。
あの生き物はなんなんだ。
「なるほど、水同様に増えていくパターンか。これも見たことがないやつだね。実に興味深い」
ロジーはやはり穏やかに言った。
――実験二日目が始まった。