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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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338.一日目の夜が過ぎていく





「便利! 君には失礼かもしれないが、君は本当に便利だ!」


 珍しく興奮するロジーに、


「失礼どころか光栄ですよ。魔術は便利な力ですから」


 クノンはいつも通り穏やかだ。


 簡単に、ではあるが。

 クノンらが過ごす一日のスケジュールを立てた。


 実験が。

 もっと言うと。異界から来るモノへの対処が最優先だ。

 だから予定通りいかないこともあるだろう。


 それでも、なくてはならない指標だ。


 ――そこで光るのが、クノンだった。


 いざ休むとなれば、クノンの水ベッドが大いに役に立つ。


「寝袋などいらなかったね」


 初めて水ベッドに横たわるロジーは、すでに少し眠くなっている。


 寝袋など、ここで就寝する道具類は用意したが。

 こちらの方が断然いい。


 ――感触も温度も申し分ない。


 この水ベッド。

 教師たちにも利用者が多かったらしく、ロジーも噂は聞いたことがあったが。


 なるほどこれは商売になる、と納得する。


 時間調整で消すこともできるし、何より――


「少々乱暴だが、解除すればすぐ起きられそうだね」


 就寝中の緊急事態において。

 

 いきなりベッドが消えたら、嫌でも目が覚めるだろう。

 

 安心して身を預ける寝具が、急になくなるのだ。


 安眠から奈落の底へ。

 それくらい、乱暴で横暴な起こし方ではあるが。


「まあ、声を掛けても起きない時はそれで」


 だが、そんな乱暴な起こし方、クノンだってしたくない。


 だって怒られたことがあるから。

 当時の使用人イコに。しこたま。本当に本気で怒られたから。


 ちょっとした調整ミスで水ベッドが消失し、思いっきり床に落ちた彼女。


 その時の彼女の怒りは……思い出したくない。


「では諸君、老骨は先に休ませてもらうよ」


 というわけで、最初に休むロジーは早々に眠りに着いた。





「なるほど、こんな感じか」


 クノンは元の場所まで戻ってきた。


 持ち場を離れてロジーの近くまで行ったのだ。

 水ベッドをだすために。


 身代わりの生首を使って。


 一応、遠隔で出すこともできる距離ではあるのだが。

 しかし事前に身代わりを試しておきたかった。


 椅子に乗せていた生首を持つと……目に宿っていた赤い光が消え失せた。


 なるほど、これでいいらしい。


「結構大変ですね」


 無駄に高度な水ベッドである。

 あれには、眠りを阻害する要素を防ぐ効果がたくさんついている。


 たとえば、消音機能とか。


 かなり大声じゃないと、水ベッドに横たわるロジーには聞こえないだろう。


 無駄に高性能だから。


「そうだな。……おまえの腕を見込んで頼んだが、少々軽率だったかもしれない」


 すまないクノン、とシロトが言う。


 ――言っても意味はない、と本人もわかっていて。


 しかし、言わずにはいられなかった。


「レディが気に病むことはありませんよ。紳士の僕が自分で決めたことですから」


 予想通りの返答だ。


 言葉は違えど、クノンはそうしか言わないだろう、と。

 思った通りだった。


「貴重な体験だと思いますよ。

 ここまで特殊な実験なんて、なかなか参加できませんからね」


 クノンの言葉は本心である。


 シロトの引き合いで造魔学に触れられた。

 もし彼女が誘わなければ、きっと、造魔学には一切触れずに卒業していたと思う。


 ちゃんとわかっている。


 これは貴重な機会であると。

 大変かもしれないが、苦労に見合う体験であると。


 更には、予想していなかった利もある。


「素敵なレディが二人もいるので、僕は平気ですよ。

 それに、ロジー先生に付きっ切りで教えてもらえるのも嬉しいし。貴重な時間です」


 何せ動けないのだ。

 だからこそ、ロジーが講義してくれるのだ。


 たとえ、彼にとっては、暇つぶし程度のレベルの低い話をしているにしても。

 それでもクノンには学びが多い。


 魔術学校の教師から一週間しっかり教えを受けられる。

 生徒冥利に尽きるの一言だ。


 きっと、お金に換算すれば、何千万もの価値があると思う。


「そこは同感……」


 と、アイオンが囁くような声で言う。


「私にとっても、かなり、興味深い……」


「ですよね!」


 クノンは力強く頷いた。


「女性がいれば頑張れますよね! アイオンさんも女性だけど女性が好きなんですね!」


「そこは同感じゃない」


 結構はっきり言われた。





「――いや、本当に多才だ。これはいいね」


 交代の時間が来て、仮眠していたロジーが起きた。


 起床時間ピッタリだ。

 何せ、交代の時間が来れば、水ベッドが消えるよう調整してあるから。


 少しずつ気化していき。

 時間が来れば完全に消失し、床で寝ている。


 そんな優しい起こし方(・・・・・・・)である。

 間違っても急に消えたりはしない。


 商売でやっていた頃も、起こし方でクレームは付かなかった。


 まあ、疲れ切った上に寝不足の人は。

 それでは起きなかったりしたが。


「今回は楽できそうだ。

 よし、交代しよう。次はシロトかな」

 

 一日目の夜が過ぎていく。

 この夜、異界からは何も出てこなかった。





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