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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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337.使用人三号





「――先生ー? いますかー? 予定通りやってますかぁー?」


 コツ、コツ、と足音が近づいてくる。


 聞き慣れない男の声とともに。

 階段を下りて、誰かがこちらにやってきている。


「あ、いたいた」


 巨大な実験室と化している地下室に、来客があった。


 やってきた彼は仮面をつけていた。


「やあ、使用人三号君。上は何事もないかね?」


 今クノンらに講義していたロジーが、彼に呼びかける。


 使用人三号、と。


「特にないですね。――あー、またこのアレのやつですか。全然わかんねぇや、ハハハ。大変ですね、先生も」


「可愛い生徒のためだよ。

 変更はない。だいたい一週間で済むと思うから、よろしくね」


「了解です。

 それじゃ食事を運んでもいいですかね?」


「もうそんな時間か。では頼むよ」


「わっかりましたー」


 と、仮面の男は足取り軽く階段を上っていった。


 やたら軽い男だった。

 まあ、あれが、ロジーの言っていた臨時の使用人なのだろう。


「先生、今の人は?」


 クノンが問うと、予想通り「短期の使用人だよ」と返ってきた。


「彼は魔術師で、魔術学校の卒業生でもあるんだ。


『臨時採用助手』という職業を名乗っているから、正確には魔術師の助手が仕事になる。

 他言しない、簡単な魔術の手伝いができる、多少の危険なら自力で切り抜けられる、という触れ込みでね」


 臨時採用助手。

 つまり、お金で雇える魔術師、ということだ。


 それだけ聞くと魔術師の冒険者っぽいが。

 職業で「助手」と付けただけあって、実験や研究に比重を置いているのだろう。


「彼は多才で、急に人が必要な時はとても重宝する。


 ちなみにあの仮面は向こうの要望だよ。

 顔が割れすぎると、やりづらくなるらしい。


 ――まあ、個人的に言わせてもらうと、彼は知りすぎているからね。


 いつでも逃げられるよう、できるだけ自分の情報を明かしたくないんだろうね」


 わからなくもない、とクノンは思った。


 いろんなところで助手をする。

 ならば当然、その実験や研究を知ることになる。


 場合によっては、根幹に触れるような深いところまで。


 まあ、それでも。


 急に呼んで動いてくれる魔術師というなら、需要は高そうだが。


「彼のことは使用人三号と呼んでくれればいい、らしいよ。

 ちなみに今回は一号と二号も雇っているから、いずれ会うかもしれないね」


 とにかく、三人の短期使用人を雇ったと。

 そして彼らが屋敷のことと、食事などを用意してくれると。


 そういうことらしい。


「クノン君、自宅の使用人に宛てた手紙は書いたかね?」


「あ、はい」


 時間だけはあったので、とっくにできている。


「じゃあ彼に渡すといい。届けてくれるから」


 ならば、とクノンは懐に入れておいた手紙を出した。


 と――


「お待たせしましたー」


 タイミングよく、助手あらため使用人三号が戻ってきた。


 トレイを持っている。

 上に乗せた包みが、今夜の食事になるようだ。


 ゆっくり食事を楽しむ余裕はない。

 いつ異界から何かが出てくるかわからないから。


「あ、シロトじゃん、こんちには。今日も可愛いね。今度デートしない? しない? する? するしない? バーとか行かない? しない? ……しないかー」


 彼はトレイに乗せた包みを各々に配っていく。


「――あれ? もしかしてアイオンさん? うわ久しぶり、前に一度会ったけど俺のこと覚えてない? 覚えてる? 覚えてない? 覚えてない? でもほんとは? ……覚えてるけどデートしないかー」


 そして、最後にクノンのところへやってきた。


「あ、君ってクノン君? 噂は聞いてるよ」


「あ、はい。初めまして」


「すごいねー。二年生だろ? 二年生でこの実験に参加するって大概だよ? 俺なんて難しすぎて全然わかんねぇもん。何この魔法陣。複雑すぎて見てたら頭が痛くなるよ」


「は、はあ」


「――三号君、彼の手紙を頼むよ」


「――あ、了解でーす。これをこの住所に届ければいいんだね? 了解、了解」


 彼は陽気に言うだけ言って。

 手紙を持って、「じゃあ失礼しまーす」と行ってしまった。


 クノンは思った。


 軽い人だな、と。


 あんなに軽く女性をデートに誘うなんて。

 彼は紳士じゃないな、と。





「もう夜のようだ」


 受け取った紙包み越しに感じる熱。


 それを開くと、できたてのサンドイッチが入っていた。


 チーズはとろけ、ベーコンは薄めだ。

 薄いベーコン。

 でも嫌いじゃない。


 もう夜らしい。

 そう言われると、昼食は食べていないことになる。


 なるほど腹も減るわけだ。


 思ったより空腹だったことに、クノンはここで気づいた。


「外の様子が見えないし、警戒態勢も解けないこの状況だからね。すでに時間の感覚がだいぶおかしくなっていると思う。


 使用人が運んでくる三度の食事は、時間に正確にやってくる。

 それに沿って、我々の生活スケジュールを立てたいと思う。


 ここから約七日だ。

 常に警戒態勢にある以上、休める時に休むのは鉄則だよ。

 そうじゃないと続かないからね。


 そして、生活スケジュールを決めておかないと、同じタイミングで四人全員が寝ている、なんてミスを犯しかねない。


 まあ、要は休む順番を決めようって話だ。

 トイレや風呂で外すのも仕方ないが、これもタイミングを見てってことになるからね」


 そう、この状態は約七日続くのだ。


 今日はまだ、一日目。

 あと六日ある。


 ――言われてみると。


 思ったより疲れている、とクノンは己の状態を確認する


 いつ何が起こるかわからない。

 常に、すぐに魔術を使えるよう構えている。


 そんな警戒態勢は、思ったより負担になっていたようだ。


 これが一日目。

 あと六日続く。


 七日。

 この状態が七日間続く。


 もしかしたら、この実験は、とてつもなく大変なものなのかもしれない。





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