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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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336.水を舐めた





「――あ、先生ちょっといいですか?」


 少し時間をくれ、と。


 長考に入ろうとロジーにクノンは言う。


「これ、ただの水じゃないみたいです」


「何、本当かね?」


「はい」


 魔法陣内に溜まっていく水。


 障壁に阻まれているので濡れることはないが。

 すでに、クノンの腰の高さまで及んでいる。


 そして、更に増えていっている。


 考えるにしろ対処するにしろ、あまり時間はないだろう。

 すぐに魔法陣内が水で満たされる。


 ――で、だ。


「かなり弱いのでわかりづらいですが、魔力を帯びてます。

 だから動かせません。


 ただの水なら蒸気にできるんですけど」


 これは抵抗する水だ。


 この感じは知っている。

 水魔術師が使用している水を操作しようとした時と、酷似している。


 無理すればできそうな気もするが。

 しかし、この水の量に対処するなら、かなり消耗してしまうだろう。


 まだ実験は始まったばかり。

 ここで疲れているようでは、残り日数を戦えない。


 そう、戦えない、だ。


 これは開発実験ではない。

 開発実験という名の実戦だから。





「ふむ……――アイオン」


 ロジーが呼びかけた。


味光(みこう)の説二十六、三印。できるかね?」


「はい……」


 聞きなれない言葉に、アイオンは魔術を唱えた。


 見た目は、わからない。

 何をしたかもわからない。


 魔属性。

 物質や特性を変化させるという、魔術の中でも特に異質な効果を持つ。


 一年生の後半。


 長く一緒に過ごした「実力の派閥」ジュネーブィズから、いろんなことを教えてもらった。

 彼も魔属性だから。


 彼が言うには、魔属性は使用者からしても効果がわかりづらく。

 そして、かなり細かく調整ができる、ということだ。


 先のロジーの言葉は、魔術の調整の名称なのだろう。

 数字が示すのは、その調整項目の振り幅だ。


 二十六、三印。


 察するに。

 きっと全てを数えるなら、千を超えるほどの調整ができるに違いない。


「……っ!」


 クノンは驚いた。


 ほんのわずか。

 ほんのわずかだけ、水の色が変わった。


 そして、増水が止まった。


 今やクノンの背丈ほどもある水。

 ピタリと凪ぎ、水面が揺れる。

 

「見事だ、アイオン。随分成長したね」


「……恐縮です、先生」


 何が何だかわからないが。

 とにかく、対処はできたらしい。


「クノン、おまえから見て左下だ。……ああ、見えないか」


 シロトに言われて、意識を向け――また驚いた。


「なんか丸いのがいますね」


 水の中、球体の生物がいる。


 そう、生物だ。

 意識を向けるとわかる。

 これも異界の生物なのだろう。


 かなりわかりづらい。

 水と同じ色をしているらしい。


 だが、水の色が変わったことで、保護色が効かなくなったのだろう。

 かろうじて、何かがいるかも、くらいは見えるようになった。まあクノンには見えないが。


 加えて、この水は魔力を帯びている。

 クノンの魔力が通らないので、「鏡眼」でしかわからなかった。


「クノン君、槍」


「はい」


 ロジーの応え、上方に退避させていた神花水球を槍状に変化させる。


 すかさず、それは金属に変化する。

 ロジーかアイオンの仕事だろう。


「穴を空けます」


 シロトが、水の中に空気を送り込む。


 まるで水の中に試験管を入れるかのように。

 まっすぐに、細長く。


 その空気の筒を、槍が下りていく。


 丸い何かを貫くと……その丸い生物と水は、消滅してしまった。





「やはり異界の生物は興味深いな」


 水滴一つ残っていない。

 その現象に、ロジーは関心している。


「あの水さえも、生物の一部だったのかもしれないな……スライム的なものだろうか。記録に残しておかねば」


 まあ、記録に残したいのはクノンもだが。


 それよりだ。


「先生、さっきは何をどうしたんですか?」


 クノンは問う。


 水の色を変えた。

 単純に見ればそれだけだが、もちろんそれだけじゃないはずだ。


「うーん。魔属性じゃない者に説明しても――」


「先生、私も気になります」


 確かに魔属性ではないクノンが聞いても、わからないかもしれない。


 だが、同じように、シロトも気になったようだ。


 きっと気持ちも同じだろう。


 理解できるできないはともかく。

 できるだけ、疑問は解消しておきたいのだ。


「シロトも気になるのかい?

 二人も気になるなら、軽く説明くらいはしておこうか」


 さすがロジーだ、とクノンは思った。


 ロジーはとても紳士的だと思っていた。

 だからこそ、女性の要望を聞かずにはいられないのだろう。


 見習うべき紳士らしさである。


「簡単に言うと、さっきの水を舐めた」


「は……?」


「正確に言うと、アイオンが味覚による調査を行ったんだ。


 味が均一かどうかを調査して、唯一違う点……つまりさっきの丸いのを発見した。 

 色を変えたのは、彼女が私の意図を汲み取ったからだね。


 そして私が生物の周囲の温度を下げて、動きを封じた。

 

 ……なんて、説明してもわからないだろう? この辺は魔属性の感覚の話になるから、理解できなくても無理はないよ」


 確かに、ちょっと、わからなかった。


 味覚?

 水を舐めて確認した?

 魔術で?


「なぜ味覚で調査しようと判断したんですか?」


 シロトが問うと、ロジーは今の現象をメモしつつ応える。


「水が魔力を帯びている、とクノン君が報せてくれたから。


 だとすれば、魔術による調査がしづらい。

 つまりそちらでは効率的に調べられない可能性が高い。


 目視ではわからなかっただろう?

 魔術以外、視認以外の何かで調べるべきだ、と思ったから」


 つまり――なんだ。


「魔属性って五感に即した調整もできるってことですか?」


 魔術に色や香りを付けられるのだ。

 逆に、味がわかる魔術があってもおかしくないだろう。


 まあ、魔術で感知できても。

 それを術者が感知できるかは、別問題な気がするが。


 しかし、面白い発想である。


 魔術で味を感じる。

 クノンにはなかった発想だ。


 また少し、「水球(ア・オリ)」でできる幅が増えるかもしれない。


「お、いいとこ突いたねクノン君。だいたいそんな感じだよ」


 だいたい。

 正解とも、ちょっと違うのかもしれない。


 しかしまあ、なんだ。


「面白いですね!」


 魔属性も興味深い。

 その一言に尽きる。





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