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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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335.幸先は良くないのかもしれない





 黒い木の対処は終わり。

 再び、静かな実験室へと戻る。


「――ああ、なるほど」


 言われて、クノンは納得した。


 いつかロジーが言っていたことを思い出す。


 あの時は確か――変形する金属球、生物兵器、とか言っていたか。


 そういうものを作りたい、とかなんとか。

 恐ろしいことを言っていた。


 そっちはまあ、思い出す必要はないとして。


 なるほど。

 球体。


「人型である必要はないんですね」


 シロトが「神花に身体をやれ」と言ったから、クノンは水人形を用意したが。


 そう、別に人型じゃなくていいのだ。

 むしろクノンの手間が増えるだけ、無駄な造型であり、無駄な細工である。


 凛々しいイコは好きだが。

 今は見た目より、利便性と効率を求めるべきだろう。


「確かにそっちの方がやりやすいか……」


 ロジー、アイオンの腕がいい。

 だから水人形に合わせてくれたが。


 冷静に考えると、水人形の一部分だけに性質変化を付与する。

 それはきっと難しいだろう。


 逆に言うと、いきなり合わせられた二人がすごいのだ。


 しかし、そう。

 基本は「水球」そのままの球体でいいだろう。


 さっきの黒い木なら、身体はいらない。

 剣そのものに変形して飛ばせば、それで済むじゃないか。


 基本は水球のまま待機させて。

 必要に応じて変化させればいい。


 クノンは水人形を操る手間が省けるし。

 ロジーらが狙って魔術を掛ける必要もない、全体にかければいいから。


 まだ始まったばかりの実験だ。

 長丁場を覚悟するなら、温存しながらやらねばならない。


 余計な手間暇をかけずに。

 効率的に。


「じゃあこれからは球体に」


「ねえクノン君……」


 水人形を解除しようとしたその時、アイオンの囁くような声が聞こえた。


「その、その、……人型のやつ。他の人には変えられないの……?」


「他の人? ああ、一応できますよ」


 かつてはヒューグリア王城、黒の塔で披露したことがある。


 あれ以来誰かに見せる機会は、ほぼなかったが。


 あの時より、よりリアルになったと思う。


「鏡眼」を憶えたからだ。

 あれのおかげで、一部を除いて、人の顔立ちなどはちゃんと見えるようになったから。

 

 そのおかげで、クノンなりに改良を加えてきた。

 毛なしデカネズミなどの動物たちを再現する傍ら、一緒に開発してきたのだ。


 もちろんというか、当然というか。

 練習がてら、身近にいる人は再現してきた。


「あの、あの……じゃあ、君の尊敬する人とか、そういう感じの人には、変えられない……?」


 尊敬する人。


「うーん……僕が尊敬する人と言えば父上になりますね。でも残念ながら父上はちょっと難しいですね……」


 クノンは父アーソンを思い出した。


 真っ先に思い浮かんだ、尊敬する人である。

 あの人がいなければ、今生きていることさえ叶わなかったかもしれない。


 目が見えないクノンを、人並みに育てようとしてくれた人だ。

 見捨てることなく。


 離れて暮らすことで、より強く実感してきた。

 両親のありがたみを。

 父親の存在を。


 しかし残念ながら。


 あの人は「鏡眼」で見えない一部の人だ。


 何せぼんやりしていたから。

 髭が似合うセクシーでハンサムな紳士かどうかさえわからなかったから。


「あ、うん。じゃあお父さんはいいかな。

 魔術師で尊敬する人、と限定したら、どうかな……」


 魔術師で尊敬する人。

 ならば、真っ先に思い浮かぶ人は、一人しかいない。


 ――かなり小さく「頭にゼの付く人とかいないかな……?」と付け加えられた、アイオンの言葉は聞こえなかった。


 水人形は姿を変えた。


 今度はメガネの女性である。

 キラキラしている。

 加味の輝きが神々しい。


 クノンが輝かせているのだ。

 キラキラと。

 無駄に高度な細工である。


「尊敬する人は、僕の師匠のジェニエ先生ですね。僕、この人がいなかったら、今ここにいないと思います。美しくて可憐で、そして美しい……こんなにも可憐で美しい女性はそういませんよ。まあここに二人いるけど。美しいですよね。僕はこの人のメガネになりたい。メガネ拭きでもいい」


「この人じゃない」


「はい?」


 なんかやけにはっきり否定されたが。


 クノンにはその返答の理由がわからない。





 そんな無駄話もしながら、ゆっくり時間が過ぎていく。


 基本的には待つことしかできない。


 魔法陣の中央にある、魔人の腕が育つまで待つ。

 時折異界からやってくる何かに対応し、魔法陣を守る。


 するのはこの二つ。

 続けるのは約一週間。


 要するに、時間だけはあるわけだ。

 やることがない間は暇だから。


「講義かね?」


「はい」


 クノンはロジーに講義を求めた。


「してもいいけど、私は造魔学しか教えられないからなぁ……そしてクノン君は講義ではなく、たくさん実験をする段階にある。


 今君に教えられることは、あまりないんだよ。

 実験して、成功や失敗を積み重ねて、そして力を付けていく段階だ」


「そうですか……」


 楽しみにしていたのだが、がっかりである。


「あ、じゃあ、この魔法陣のこととか聞いてもいいですか?」


「うーん……わかるのかね?」


「全然! だから聞きたいんです!

 頑張って一週間で半分くらいは理解できるようになりますから! お願い先生!」


「はっはっはっ、素直だなぁ。

 ……よし、せっかくの機会だから教えようか。君がどこまで理解できるかも興味があるからね」


「やった!」


 少し距離があるのでやりづらいが、ロジーは講義を始める。


「……」


 シロトはいつの間にか、持ち込んだ本を読んでいる。


「……」


 アイオンは「寝る」と宣言して、ごろごろしている。


 第二の師は水人形で再現できない、と聞いてから。

 ずっとそんな感じだ。


 ――俗に言う不貞寝の状態であるが、クノンはそれに気づいていない。


 きっと疲れてるんだな、と思うばかりだ。


 しばし、それぞれ自由に過ごす。

 気が付けば、アイオンもロジーの講義を聞いていたり、シロトも本を閉じて耳を傾けていたりもしたが。


 そんな時間は、唐突に崩れた。





「――準備!」


 異質な魔力を感じると同時に、ロジーが警戒の声を上げる。


 クノンは慌てて筆記用具をしまい。

 シロトは椅子から立ち上がり。

 アイオンも飛び起きた。


 四人は魔法陣の中央を凝視する。


「ん――うわっ!?」


 最初は、水漏れだった。

 培養液を満たした水槽から漏れている、かのように、少しずつ床に水が広がり……。


 クノンがそれを見ていると、水は一気に溢れ出した。


 そう、一気に。

 まるで噴水のように。


 一気に吹き出した水は、大きな波となって広がり、この部屋を――いや、魔法陣の中を満たしていく。


 魔法陣は、障壁で閉じている空間だ。

 だから水さえも通さない。


 魔術師たちだって間接的にしか干渉できない領域なのだ。


 魔人の腕が育っている水槽は、密閉している。

 だから、多少の水の流れや水圧では壊れないだろう。


 しかし――放置していいわけがない。


 この分だと、すぐに魔法陣内が水で埋め尽くされる。


 その結果、魔法陣が壊れるかもしれない。

 あるいは、何らかの水棲生物が現れるかもしれない。


「先生、対処方法は!?」


 シロトが問う、と。


「水か。このケースは初めてだね」


 ロジーは顎を撫でながら、楽しそうに言った。


「いくつか方法は思いつくけど、少し時間が欲しいな。考えさせてくれ」


 唯一この実験の経験者である、ロジーが知らない事象。


 つまり。

 対処法が確立されていない問題が起こっているわけだ。


 まだ実験は始まったばかり。

 さっきは幸先が良いと思ったが、そうでもないかもしれない。





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