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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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334.ファーストコンタクト





  ブンッ


 羽虫が耳元をかすめたような音がして、床一面が発光する。


 曲線、直線。

 真円、古代文字。


 複雑な紋様を描くそれらは、重なり、絡み合い。


 しかし、一見雑多なそれは、様々な法則の上で成り立っている。


 八柱円陣。

 十二星天陣。

 それらが複合した魔法陣による、異空性物質交換の法。


 クノンの胸は高鳴った。


 目の前から足元に至るまで。

 床一面に広がる、見たことのない魔法陣。


 目が離せない。

 見えないが。


 しかし、床を見ているのはクノンだけだ。


「――アイオン、魔法陣から出ないように」


「――あ、はい。しかしこれは……」


「――完全な人型、か……やはりクノンを呼んで正解だったな」


 ロジーらは、魔法陣のど真ん中に佇む者を見ている。


 突然現れた人。

 使用人の格好をしている女性だ。


 ――クノンの魔術を初めて見たアイオンには、より衝撃が強かった。


 近くで観察しようと歩み出ようとして、止められた。


 そう、魔法陣はもう起動している。

 もう動けないのだ。





「噂には聞いていたけど……」


 間近に来てもらった(・・・・・・)使用人を、アイオンはまじまじと見詰める。


 ――クノンの「水球(ア・オリ)」は初級魔術を超えている。


 そんな噂は聞いた事があった。

 ゼオンリーの弟子、ということで、気にしていた面もあるが。


 細かい。

 できることの幅が広い。

 あれ一つでたぶん三十種以上の魔術になる。


 動物が出せる。

 雨を降らせる。

 温度や匂い、味覚さえも自由自在。


 総じて、初級魔術を超えている、と。


 しかしこれは。

 実際に見ると、噂は本当だったと認識せざるを得ない。


 目の前に佇む使用人は、人間にしか見えない。


 これが「水球(ア・オリ)」で再現した水の人形だなんて、信じられないくらいだ。


 いや。


 脈や鼓動まで聞こえてきそうだが、あくまでも聞こえてきそうなだけ。

 ピクリとも動かず、瞬きもしない彼女。


 使用人服の再現まで含めて人そっくりではあるが。


 人として見るなら、やはり、違和感はあるだろうか。


「先生、人型でもいいんですか?」


「私は悪くないと思うよ」


 使用人の水人形。

 クノンが「名前はイコですよ」と教えてくれた、イコという彼女。


 彼女の胸は、心臓の代わりに光が鼓動を打っている。

 神花の花びらが埋まっているのだ。


 魔法陣内で干渉できるのは、魔術と神花だけだ。


 ――シロトがクノンを呼んだのも、この辺が理由である。


 魔術だけでは対応できないこと。

 それを、神花を介してするのである。


「見ての通り、クノンの『水球』なら、この魔法陣さえ描き切れると思います」


 この細かく複雑な魔法陣。

 これは、異界からやってくる何かの影響で、壊れることが前提となっている。


 その修繕をするための媒体。

 それも神花の役割だ。


 神花は仮初の命そのもの。

 魔術を帯びて、それを身体として維持する。


 そして、この魔法陣を起動させるだけの魔力。

 それもあの花で補っている。


「そうだね。この実験で必要なのは、魔術を細かく動かせること、だろうからね」


 クノンなら、きっと。

「水球」にペンを持たせて筆記さえできるだろう。


 それだけ細かいことをできる魔術師が、どれだけいるか。


 威力に特化した者。

 複雑な重奏を得意とする者。

 魔力量の多さや、出力に自信がある者。


 そんな者たちも貴重だが。


 ここまで細かく自在に使える技術、というのも充分貴重である。


 何かを作る、という実験では、特に重宝されるだろう。


 ――当のクノンは、魔法陣をメモするので忙しいようだが。









 クノンの手が止まった。


 感じたからだ。

 今まで感じたことのない類の、強い魔力を。


「来たな。よく見ておきたまえ」


 魔法陣の中央には水槽がある。


 その少し上に。

 いつの間にか、その辺りに黒いもやが発生していた。


 あれはなんだ。


 四人は黒いもやに注視し――それは一気に膨れ上がった。


  ザワ ザワ


 木の葉を揺らすような音とともに。

 膨れ上がった黒いもやが、形になっていく。


 それは黒い木だった。


 ものすごい勢いで枝を伸ばし。

 葉を揺らし、大きく成長していく。


「……ルルォメット先輩の……」


 クノンの小さな呟きは、誰にも聞こえなかった。


 あれは、そう。


 あの黒い木は。

 まるで「合理の派閥」代表ルルォメットの背後にある、アレのような――。


「クノン君、鉈か斧か剣の形を!」


「あ、はい!」


 凛々しいロジーの声に、クノンは反射的に返事をする。


 いつもの危険さを帯びた穏やかさではなく。

 厳粛そうな教師の声だった。


 魔法陣の中で佇む水人形。

 その右手に、剣が生まれる。


 性格には「剣の形の水」だ。

 あれも、あくまでも、水人形の一部である。


 その剣が、光り輝く。


「斬りなさい!」


「はい!」


 水人形を操作し、黒い木に剣を振る。


 手応えはない。

 だが、斬れる。


 斬れた先から霧散し、黒いもやとなって消える。


 黒い木の伐採を続けると、やがてそれは消え失せた。

 何も残さず、痕跡もなく。


 どうやら、異界の何かは、どうにかなったようだ。


 倒したとも思えない。

 だが、魔力はなくなった。


 だからどうにかなったのだと思う。


 水人形の操作と。

 ロジー、アイオンの魔属性による、剣部分のみ光属性への変換。


 即席チームだが、うまくかみ合ったようだ。


 幸先は良い。

 ひとまず、このチームは機能しそうだ。


「うん」


 クノンは頷いた。


「凛々しいイコも素敵だな」





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