333.五重構造の魔法陣
「では、最後に確認しておこうか」
これで大まかな説明は終わりだ。
詳細は、実験室となる地下で聞けばいいだろう。
だがその前に。
「シロト、必要なものは全部揃えてきたね?」
「はい」
「それでは、この開発に必要不可欠となる神花を見せてくれ」
クノンは驚いた。
神花。
ここでその名が出てくるなんて思わなかったから。
だが、そう。
逆に考えると納得できる。
なぜシロトが、今まで魔人の腕を造ろうとしなかったのか。
開発に着手しなかったのか。
それは素材が揃わなかったから。
時間さえ掛ければ入手できる素材ではなかったから、だ。
それが神花だったわけだ。
きっと、以前クノンが追い掛けた、あの花だ。
「――こちらです」
と、シロトはハンカチをテーブルに出し、広げた。
そこには、ほのかに光る花弁が一つ。
神花の花びらだ。
「うん、大丈夫そうだ」
状態を確認すると、ロジーは太鼓判を押した。
「私は神花を見たことがないのですが……これが神花ですか……?」
アイオンは見たことがなかったらしい。
「花びら一枚でいいんですか? 私は丸々一本持ってくるのかと思っていましたが……」
確かにその辺はクノンも気になるところだ。
「腕一本くらいなら、これで充分だよ。
それより神花がこの状態にあることが大事なんだ」
と、ロジーは立ち上がった。
「講義ならこれからたっぷり時間を取れるから、準備を始めよう」
そう、話なら実験中にできるだろう。
何せしばらく一緒にいるのだから。
具体的には一週間くらい。
必要な物が揃っていることを確認できた。
ならば、さっさと動くべきだ。
全員が立ち上がる中。
「あ、すみません」
ここしかないと思い、クノンは声を上げた。
「僕、泊まりになることを家の使用人に伝えたいんですが」
何せ一週間魔法陣から出られない、らしいから。
出る方法もあるようだが。
あまり当てにしない方がいい、とも言われたから、そのつもりで考える。
「ああ、そうか。
これからしばらく、この屋敷に使用人を入れることになっている。私たちの食事や細々した用事を頼んだんだ。
もし伝言という形でいいなら、手紙を書いたらどうかな? 届けさせるよ」
「あ、じゃあそれで」
クノンは侍女リンコに手紙を書くことにした。
「この魔法陣は五重構造になっているんだ。内側から説明するよ。
一、異界に繋ぐ。
二、造魔生成。
三、こちらとあちらの空間を隔てる障壁。
四、間接的干渉領域。
五、この世界と魔法陣内を隔てる障壁。
これらの内容を、八柱円陣と十二星天陣を混合することで成立させている。
詳細は後でね」
移動しながらも、非常に気になる話が続いていた。
クノンはメモを取っているし、アイオンもたぶん真剣に聞いている。
「シロト、準備を」
そうして、再び地下にやってきた。
シロトは中央に向かい。
素体や培養液といった、造魔生成に必要なものを設置していく。
「私たちはそれぞれ四隅に待機することになる。
そこが間接的干渉領域……魔法陣内部に干渉できる唯一の場所だよ」
つまり。
異界から何かが出てきた時に対処するための場所、というわけだ。
障壁となる魔法陣が二つあるだけに。
外側からは干渉できないわけだ。
「――そこに生首があるだろう?」
部屋の四隅には、椅子や寝袋などがある。
その他には、手のひらサイズの生首があった。
ロジーの好きなやつだ。
「それが一時離席する時に身代わりになるものだ。魔力を吹き込んで、目が光ったら君たちの代わりになる。
それを設置しないと、干渉領域に戻れなくなるんだ。
つまり出たらもう入れなくなる。
そして、四隅にいる魔術師の存在も、魔法陣完成の相互関係にある。我々も魔法陣の一部となるからね。
もし一人でも欠けたら、その時点で魔法陣は効力を失う。実験は失敗になるから注意してほしい」
自分たちも魔法陣の一部。
一人でも欠けたら、魔法陣は機能しなくなる。
これは確かに、ここから離れられない、と思った方が良さそうだ。
「随分大掛かりですね……」
アイオンが言うと、ロジーはほろ苦く笑った。
「フフ……単純に言えば、召喚魔法と造魔生成を同時にやるようなものだからね。どちらも面倒だろう? 面倒と面倒が掛け合ってより面倒になっているんだよ。
私だって娘の頼みじゃなければ、こんなややこしい魔法陣なんて描きたくなかったよ。面倒だからね」
まあ、面倒だと思うくらい複雑ではあるが。
「しかも一週間付きっ切りの実験もつらい歳だ」
それは単純につらいと思う。
「――先生、終わりました」
そんな話をしていると、シロトの準備が終わった。
「よし、それでは始めようか」
一人ずつ四隅に移動し、中央を向く。
まだ起動していない魔法陣。
一見何もない空間のど真ん中に、水槽と……淡く光る花びらが一枚。
これから長丁場の実験が始まる。
「クノン」
と、右隣のシロトが声を掛けてきた。
「私がおまえを誘ったのは、おまえが私と同じ立場だったからじゃない。
おまえを一人前の魔術師と見込んでのことだ」
クノンは思った。
急になんか褒められた。
これは間違いなくデートのお誘いだ。
「デートのお誘いなら、僕の答えは決まっていますよ? 可憐なお嬢さん」
「いや違う」
違うそうだ。
「これから魔法陣を起動させる。
神花がそのスイッチとなるんだ。
だから――クノン、おまえの『水球』で神花を動かしてほしい」
「はい?」
「水球」で神花を動かす。
それはどういう意味だろう。
つまり、攻撃しろとか、そういう……
「言い換えよう。
神花を核として、水の身体を与えてくれ」
神花を核にして。
水の身体を与える。
「――わかりました」
正しいかどうかはわからないが。
クノンは真っ先に、師ゼオンリーの自動土人形を思い出していた。