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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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332.開発スタート





 シロトが合流したので、一階の執務室へやってきた。


 クノンは地下を離れたくなかったが、


「――始める前に、いくつか説明をした方がいいだろう」


 というロジーの言葉に、大人しく従った。


 そう、知らない魔法陣も気になるが。

 今回の造魔実験の全容も、とても気になっている。


 いや、気になるというか。


 まだ目的以外を知らされていないのだ。

 だから説明はほしい。


「まず、今回の開発実験だ」


 と、ローテーブルを囲む若人たちに、ロジーが語り出す。


「目的は『魔人の腕』の作製。

 より正確に言うと、シロトに合わせるための右腕、だね。


 ――シロト、造型を見せてくれたまえ」


「はい、こちらに」


 シロトは懐から、布に包んだ棒状の物を出した。


「君の右腕の型だね?」


「はい。私の細胞を元に、ある程度右腕の形に整えたものです」


 つまり――今回作る右腕の素体、だ。


 造魔学の基礎であり基本である、生体パーツの生成。

 その延長線上にある技術だ。


 すでにクノンは、その辺の造魔学には触れている。

 実物を見なくても布の中が想像できる。


「これを特殊な培養液に浸して、肉が付き育っていくのを待つ。これが今回やることだ」


 ここまではいい。

 ここまでは、想像がつく流れだから。


「とりあえず話すべきことは、二つかな?」


 そう、二つだ。


「魔人と異界、ですね……」


 アイオンが小声で言うと、ロジーは頷く。


 クノンも「それそれ!」みたいな顔で、興味津々で頷く。


 魔人。

 異界。


 魔術に携わると稀に見る単語だが、詳しく書かれている書物は皆無だ。


 大まかには知っている。

 しかし、それが正確ではない可能性もある。


「現代における魔人は、大昔の人体実験の産物のことじゃないかな?


 魔術師に魔力増幅装置を身体に埋め込んで、より強力な魔術が使えるようになった存在……とか、そんな感じかな?」


 それだ。

 クノンが大まかに知っている魔人とは、そういうものだ。


 だが、ロジーの口調からして。


「実際は違うんですか?」


 クノンが問うと、ロジーは頷く。


「そうだね、実際は違うんだ。

 実際は――異界の寄生生物を宿すことで魔力を増幅させた存在のことだね」


「え……」


「埋め込むと、寄生させる。

 人体に入れるという点はちょっと近いかもしれないね。でも意味合いが結構違うんだよ」


 つまり、だ。


「これから造る魔人の腕って、寄生生物……ということですか?」


「それもちょっと違うんだ。

 大昔の魔人技術と現代のそれとは、だいぶ変わったんだよ。


 昔の技術は使用者に大きな負担を与えた。

 命に拘わるほど危険なものだったが、現代においてはそうでもない。


 当時と今。

 技術と進歩の分だけ、安全度が違う。


 もう寄生生物なんて使わない。

 それこそ基本の生体パーツとそう変わらないんだよ。


 まあ、気軽に造れないくらい複雑になってしまったがね。

 そして性能も大きく変わってくる」


 そういうものか、とクノンは頷く。


 生体パーツは割と作りやすい。

 必要な素材も多いが、結構集めやすいものばかりだ。


 でも、今回の魔人の腕は違う。


 シロトは半年かけて準備をした、と言っていた。

 そしてさっき見た魔法陣。


 その二つを取っても、かなり特殊で高度である。


「普通の生体パーツと何が違うのかと問われれば、浸透性と適合率だね。

 現代の魔人技術は、とにかく人間の体に馴染みやすい。


 今回のシロトで言えば、完全に一体化する右腕となる。

 血が通い、神経が繋がり、シロトの意志に従い細かく動かせる。


 おまけに通魔率……魔力の通り(・・)がよくなり、より魔術が使いやすくなる。


 要するに、シロトにとっては一生物の腕になる。

 苦労して作る価値があるわけだ」


 ちなみに、とロジーは続けた。


「私は魔人のパーツを造るのは、今回で三回目になる。

 経験はあるが、十全に慣れている、とは言えない回数だからね。


 できれば細かく記録を付けてほしい。

 後々きっと役に立つ。君たち自身にも、後進にもね」


 若干不安が残る言葉である。


「次は、異界か。

 これに関してはあまり話せることがないな。専攻もしていないから、今どのくらい解明されているのかな」


 そんな前置きをして、ロジーは語る。


「異界。

 まあ、この世界じゃない世界のことだね。


 魔力を介して繋がることがある別世界で、精霊、魔力、幻獣などなど、魔力と密接な関係がある、と言われている。


 魔力という正体不明の力を解き明かす鍵は、異界にある。

 これが魔術界で根強く語られる定説だね。


 実際どうなのかは私にはわからないが、関係はしていると思うよ」


 残念ながら、だいたいクノンが知っている話だった。


 やはり異界。

 長年研究は進められているはずだが、未だよくわかっていないだけに、話せることは少ないらしい。


「今回行う異空性物質交換の法。

 理屈は複雑なんだけど、まあ大雑把に言えば、異界と繋げることが目的になる。


 異界と繋げる。

 異界にある魔力をこちらに呼ぶ。

 その魔力で生体パーツを育てる。


 行程はこんな感じだね」



 


 これで大きな要素の説明は終わりだ。

 あとは細々した部分になる。


 ――が。


「あ、注意点が二つ」


 と、ロジーが付け加えた。


「まず気を付けるのは、魔力以外のものだ。


 こっちとしては、異界から魔力だけを呼び寄せたい。

 でも、向こうから魔力以外のものがやってくることがある。


 それは生物だったり、物質だったりする。

 これらが魔法陣を壊したら、ちょっと厄介なことになる。

 

 詳しくはその時が来たら説明するけど、危険があることだけ留意しておいてね」


 なんだか不穏な話である。

 危険は、あるらしい。


「あと一つは、一度実験が始まったら魔法陣から出られない。だいたい一週間くらいかな」


「えっ!?」


 クノンは驚いた。


 魔法陣から出られない。

 だいたい一週間。


 つまり、帰れない、ということか?


「ああごめん、先に言うべきだったね」


 言わずとも、ロジーはクノンの躊躇いを理解してくれた。


「魔法陣から出られないけど、君の身代わりを置けば大丈夫だから。これに関しては用意してあるから安心してほしい。


 ただ、身代わりを置かずに出たら、ちょっと困ることになる。


 だから『出られない』と認識してもらった方がいいと思う。要は外出手続きが必要ってことだよ。


 ……ちなみに言うけど、できる限り魔法陣から出ないでほしい、っていうのはあるからね。だからあながち間違いでもないよ」


 なんと。

 ならば、クノンの認識は、間違っていないのか。


「基本的には魔法陣の中で生活することになるけど、身代わりがあれば一時離脱はできる……くらいの気持ちで?」


「ああ、そのくらいの気持ちでいてほしいかな。基本的に出ない、が一番いいと思う」


 ――どうやら大変な実験になりそうだ。





 いや、とクノンは思い直した。


「一週間くらいで終わるんですか?」


「右腕一本だからね。それくらいだよ」


「そうですか」


 なら、あまり問題はないかもしれない。


 この実験、クノンにとっては高度すぎて理解できないものばかり。


 つまり、全てが興味の対象で。

 全てが知りたいことなのだ。


 一週間付きっ切りになる。

 悪くないだろう。


 それだけ学ぶ時間がある、ということだから。


 あの難解な魔法陣だって。

 一週間も調べる時間があるなら、少しくらいは理解できるかもしれない。


 それに、絶対に魔法陣から出られない、というわけでもないらしい。

 ならば最低限人間らしい生活はできるだろう。


 それに――何より大事なことがある。


「ロジー先生、一つとても大事なことを質問したいんですが」


「何かな」


「シロト嬢とアイオンさんも一緒なんですよね!? だったら僕は構いませんけど!!」


 女性が一緒。

 そうであるなら、クノンはそれでいい。


 地下迷宮へ行った、あの時とは違うのだ。

 神花を探しに行った、あの時のがっかりメンバーとは違うのだ。


 二人もいるのだ。

 四人中二人も女性だ。


 それだけでクノンのやる気は三十三倍くらいは上がる。上がる!


「そうか。なら問題ないね」


 ロジーは頷いた。


 呆れているような。

 もう何も言う気になれないのか。


 どちらとも取れそうな、穏やかな微笑みを浮かべて。


 ――こうして、魔人の腕開発が始まった。





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