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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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331.知らない魔法陣





 話をしていたら、あっという間だった。


「――おはよう、グルミ。ウルタ」


 ロクソン邸に到着した。


 門を開けてくれたのは、久しぶりに会った造魔たちだ。


 造魔犬グルミ。

 造魔猫ウルタ。


 相変わらずグルミは人懐っこいし、ウルタは距離を置いている。


 造魔ウサギは、今はいない。


 クノンらと行った遠征からまだ帰っていない。

 兄弟子カイユと別の場所にいるはずだ。


「あ、アイオンさんはここに来たの初めてですよね?」


 だからクノンが案内を頼まれたのだ。


「うん。でも彼らのことは知ってるよ」


 アイオンは、家主であるロジー・ロクソンと面識がある。

 だから情報としては知っているようだ。


「この可愛い犬がグルミで、あの可愛い猫がウルタです」


「そうなんだ」


「あなたの可愛らしさには敵いませんけどね」


「あ、うん……それってみんなに言ってるの?」


「はい! 紳士ですから!」


「無駄にいい返事……」


 グルミにつきまとわれながら、屋敷のドアを開けると。


「やあ。待っていたよ」


 すぐそこに、造魔学の教師ロジーがそこにいた。


 どうやら椅子を用意して、玄関ホールで待っていたらしい。


「おはようございます、ロジー先生。お久しぶりです」


 クノンは挨拶する。


 一ヵ月ぶり。

 遠征が終わって以来の再会だ。


 今回の件がなくても、近く挨拶には来ていたと思う。


 一応、兄弟子であるカイユにも、様子を見るよう頼まれているから。


「久しぶりだね、クノン君。――アイオンも、久しぶりだね」


 ロジーが目を向けると、アイオンは目礼を返す。


「ご無沙汰しております、ロジー先生。一年ぶりですね」


「もうそんなに経つか。以前は……何で会ったかな?」


半幽魚(ジェリーフィッシュ)の骨の採取です」


「ああ、やったね! そうだそうだ、あれ以来か!」


 いきなりか、とクノンは思った。


 造魔学の教師であるロジー。

 彼の知り合いであるアイオン。


 きっと造魔関係の気になる話をするだろう、と予想はしていたが。


 まさか出会い頭に始めるとは。


 半幽魚(ジェリーフィッシュ)

 幽体、幽霊の魚。


 物質として存在しないそれから、どうやって骨を採取するのか。

 そしてその骨を何に使うのか。


 話の内容が非常に気になるが……クノンはぐっとこらえた。


 紳士らしく構え、口は挟まない。

 話す機会は、後でいくらでもあるだろうから。


「――ああ、いかん。こんなところをシロトに見られたら怒られてしまうな」


 客人を案内もせず、立ち話で時間を費やす。


 出会ってすぐに、周囲も考えず、魔術の話を広げてしまう。

 魔術師の悪い癖だ。


「まず、今回の実験室に案内しよう」


 と、ロジーは立ち上がる。


「先生、足……」


 車椅子に乗るロジーしか知らないアイオンは、立ち上がった姿に驚く。


「その話も追々しよう。こっちだよ」





 ロジーが案内したのは、地下室である。


「広い……」


 それも酒蔵や貯蔵庫という感じでもなく、ただただ広いだけの部屋だ。


 学校の教室くらいあるだろうか。

 頑丈そうな石積みで、薄暗い。


 そして何もない。


 いや――ある。


「魔法陣ですね」


「さすがクノン君だ。わかるかね」


 わかる。


 この、何もない部屋。

 壁は石積みだが、床はよくよく見ると、金属製のプレートを敷き詰められている。


 凹凸がない。

 その上に、描かれている。


 いや、まだ描かれてはいないのか。


 魔力で何かが描いてあるが。

 まだ、傍目には、何もない。


 いわゆる「下書きが済んでいる」という状態である。


「異空性物質交換の法を使うための魔法陣だ。

 今はまだ稼働させていないから、描く必要がないんだよ」


 しげしげと観察するクノンの横で、アイオンも床を見詰める。


 左目の呪紋が淡く輝く。

 が、クノンはそれに気づかない。


「大掛かりですね。八柱円陣と十二星天陣のミックス、ですか。下手をしたらこのお屋敷ごと異界に呑まれそう……」


「えっ」


 八柱円陣。

 十二星天陣。


 とんでもなく高度な魔法陣だ。

 師ゼオンリーに名前だけは教えてもらったことがあるが、それだけだ。


 魔道具に落とし込みたい技術だ、みたいな話をしていたが。

 難しすぎて使えない、と言っていた。


 しかも合わせてあるのか。

 難しいのと難しいので。


 ゼオンリーでも扱いきれない技術が、ここにある。


 ――魔法陣は、魔術に変化を与える技術だ。


 クノンの「超軟体水球」も、いくつかの魔法陣技術を加えて、成立している。


 知らない魔法陣。

 それは即ち、新しい魔術の源とも言えるのだ。


 これらを使った魔術は、どんなものになるのか。

 ぜひ試してみたいが……


 まあ、師でも持て余すような技術だ。


 クノンには逆立ちしたって使えないだろう。


「クノン君にはさすがに早いと思う……クノン君?」


 ロジーの声は聞こえている。

 だが、クノンはそれどころじゃない。


 跪き、舐めるように床を観察する。


 ロジーの言う通りだ。

 ここまでの技術、クノンにはまだ早い。


 これは高度すぎる。

 まるで理解できない。


 だが。

 それは興味を抱かない理由にはならない。


 どういったものなのか。

 どこまで複雑で、どんな法則で成り立っているのか。


 気にならないわけがない。





 結局、シロトが荷物を持ってやってくるまで。

 クノンはその場から動かなかった。


 



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