327.アイオンの条件
非常に背が高い女だ。
淡いピンクローズの長い髪。
どこか焦点が合っていない、青い瞳。
そして、左目には花びらを思わせる呪紋。
シロトが集めた情報通りの人だ。
「アイオンさん、会えてよかった」
ここで会うとは思わなかった。
きっとクノンが探してくれて。
シロトに会うよう、説得してくれたのだろう。
本当に頼りになる下級生だ。
軽薄だが。
「今度の実験、あなたに手伝ってもらうようロジー先生から言われて、探していました」
「うん……」
大きな身体に見合わず、彼女の声と態度は小さい。
人見知りが激しいのか。
小心者なのか。
なんだか臆病な小動物のようだ。
「ロジー先生からの話なら、造魔関係かな……?」
「はい。
私の右腕を造りたいのです。今の物は、あくまでも間に合わせですから」
「……」
アイオンの視線が、シロトの右腕に向けられる。
服や手袋の下にある、右腕に。
「条件が揃ってるのかな? 少し前に、神花が手に入ったって、聞いたけど……」
「はい」
「……魔人の腕?」
「はい」
アイオンは頷いた。
「――わかった。私も興味があるから、手伝うよ」
「ありがとうございます」
交渉は成功した。
ひとまず、これで準備はすべて整いそうだ。
「――ごめんなさい、ちょっと条件があるんだけど……」
来た、とシロトは思った。
すんなり行き過ぎた、拍子抜けするほどに。
そんな気持ちがなくもなかった。
交渉は、まだ終わっていなかったようだ。
「報酬なら一千万ネッカ。実験の手伝いなどであれば、可能な限り手伝います。三ヵ月はこき使っていただいて構いません」
無論、シロトも考えていた。
出せる交換条件のカードくらいは用意していたのだ。
シロトは今度の実験に賭けている。
いや。
この開発実験をするために、魔術を磨いてきたのだ。
これさえ叶えば、後は……。
まあ、後のことは、後で考えればいい。
少なくとも、魔人の腕を手に入れた後は。
何も気兼ねすることはなくなる。
興味があること、やりたいことを、遠慮なくできるようになる。
生涯を賭けると決めた目標だ。
ある程度は克服していたので、後回しにしてきたが。
今やるべきだ、というタイミングが来ている。
そう思ったから、乗り出したのだ。
ひとまずこれをこなしたい。
次の目標は、それからだ。
「いや、そういうのじゃなくて……特定の情報の秘匿、なんだけど……」
「……はい?」
アイオンの返答は、意外な……というか。
予想もしていなかったことだった。
「クノン君に、私のことは、話さないで。……一緒に実験するんでしょ?」
「……」
クノンにアイオンのことを話すな。
シロトは少し考えて、言った。
「無理じゃないですか? その……私の要求はわかっていますか?」
「わかってるよ。一緒に実験するんだよね? ちゃんと手伝うよ」
それがわかっているなら、条件がおかしいだろう。
一緒に実験するのだ。
一緒に実験するのだから、話さない、というのは無理だろう。
いや、むしろ。
話くらいできないと、一緒に実験など不可能だろう。
「ああ……そうじゃなくて……あの、私の昔のこと。知らない?」
昔のこと、と言えば。
昔のアイオンと、クノンが関係すること、と言えば。
「ゼオンリーとの関係ですか?」
災約の呪詛師アイオン。
彼女の情報を集めれば集めるほど、どうしても聞く名前があった。
それがゼオンリー・フィンロールだ。
近年の魔術学校においては、最高等級の問題児。
今は世界に名が広まる天才魔技師。
彼が卒業して何年も経っている。
だが、それでも。
今でも彼の逸話はたくさん残っている。
そして、彼の逸話を集めると、たまに聞く名前がある。
それがアイオン。
目の前の彼女のことだ。
「そう、それ。
クノン君、私とゼオン君の関係、まったく知らないみたいだから……ちょっとバレるの恥ずかしいし……」
恥ずかしい。
予想外の理由で、予想外の交換条件を出されているわけだが。
「いまいちよくわからないのですが……クノンの師匠の友人だとバレるのが恥ずかしい、と?」
「違う。違うの。なんというか……」
アイオンはなんだかもじもじし始めた。
「……」
シロトは待った。
「…………」
続くアイオンの言葉を、じっと待った。
「……………………」
しばしの間、もじもじする大柄の女を見守っていると。
「…………」
意を決したのか、ようやく。
本当にようやく、顔を上げて、話し出した。
「……ゼオン君の話なんて聞いたら、私、我慢できなくなるから……」
我慢ができなくなる。
「……あの、それもいまいち、よくわからないんですが……」
何が我慢できなくなるのか。
こんなに待たされた挙句。
よくわからないことを言われても。
正直、困る。
――だが、本当に困ったのは、続く彼女の言葉だった。
「私の目標はね、ゼオン君を迎えに行くこと、なんだよ……。
ゼオン君が好き。付き合いたい。結婚したい。
そのために腕を磨いているんだ。
――あの子、自分より強い魔術師じゃないと、絶対に振り向かないから……」