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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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326.こんなところで





「すみません、先生ちょっと気絶してました」


 ふー、と深く息を吐いてメガネを拭くジェニエ。


 ――恐ろしいものを垣間見た。

 

 想像もしていなかった。

 まさか、師サトリが同僚教師と話すような内容が飛び出すとは。


「気絶……?」


 声を掛けてきたクノンには、よくわかっていないようだが。


 ジェニエはもう、最初の一言から眩暈がしていた。

「重奏三十六段」と言った時点で。


 そこから先は、ちょっともう、よくわからない。


 気が付けばクノンが目の前にいて、ちょっと心配げな顔をしていた。


「まあ何にせよ、大丈夫そうでよかったです。声を掛けても微動だにしないから心配で心配で」


「心配はいりませんよ。大丈夫ではないけど」


 そう、大丈夫ではない。

 断じて。


 軽い気持ちで参加しようなんて思わなければよかったと、少し後悔している。


 ――しかし、さすがだ。


 説明を終えたクノンは、参加者たちの質問に少し答えて。

 それで、レクチャーは終了した。


 かなりの短時間で済んだ。

 あとは、生徒たちの自主訓練となる。


 ジェニエと同じように固まった生徒も多かったが。


 そこは特級クラスだ。

 すぐに我に返り、練習を始めた。


 皆、そこかしこで試行錯誤を重ねている。


 その姿は、そう――


 学生時代、ジェニエが経験していたことそのものだ。

 満足に習得できなかった魔術を、ああやって練習して、身に着けてきた。


 やはり、そうなのだ。


 二級クラスのトップ勢も。

 特級クラスに入るような天才や秀才でも。


 こうやって努力していたのだ。


 それを知らず、比べて、できる他人とできない自分を比べて。

 ジェニエは努力をやめてしまった。


 天才だって努力している。

 素質だけなら、自分とそう変わらない、はず。


「あの頃も充分できていたと思うけれど、今はもっと複雑なのね」


 虚回路(イマジナリーコード)や流動砂漠紋様、香化温紋様辺りは教えていない。


 きっと次の師ゼオンリーから学んだのだろう。


 おかげで、当時すでに複雑だったクノンの「水球」が、更に複雑になっている。


「そうですね。まあ僕は何年も掛けて改良してきましたから、いきなりやれって言われると戸惑うかもしれませんね。戸惑う女性も魅力的だと思いますけど」


 ……一つ二つならまだしも、あれだけの紋様を重ねる技術。


 クノンは当時も恐ろしかったが、今も充分恐ろしい。


 だが。


「――負けてられないか」


 いつまでも年下の天才たちの背中など見ていられない。


 追い抜かれてばかりなど、許されない。

 追わなければ。


 追い抜けなくても。

 実力で勝てないまでも、気持ちまでは負けていられない。


 少なくとも、努力はしたい。


「クノン君、悪いけどもう一度教えてくれる?」


 今度は大丈夫、気絶などしない。


 ペンと紙を用意する。

 今ここで習得できなくても、いつか必ず。


 必ず習得する。


「お望みのままに、レディ。――もう一度説明しますけど、聞きたい女性は集まってくださーい」


 その辺で練習していた、生徒たちの半数以上が集まってきた。


「あ、メモか」


「賢い。俺も取ろっと」


「正直説明聞いてる途中で気を失ってたわ、私」


 ペンと紙を持つジェニエを見て、何人かが同じように懐から取り出す。


 ――さすがの特級クラスでも、一度では覚えきれなかったようだ。


 それくらい複雑怪奇な話だったから。





 ただの初級魔術。

 そこに、とんでもない技術を詰め込んだもの。


 クノンが教えた「超軟体水球」のメモが出回り、特級クラスが騒然とした。


「――これはしくじりましたね」


「合理」代表ルルォメットは、メモを見て後悔した。


 やはり参加するべきだった、属性が違っても行くべきだった、と。


「――あーあー。こりゃ再現できないはずだ」


 教師サトリは苦笑する。


 想像以上に複雑だったことが判明して、もはや半分呆れた。


「――うんうん、だろうねぇ。カッカッカッ」


 不眠症気味の教師ウィーカーは、自分の予測を上回る複雑さに満足げだ。


 クノンの商売を重宝していた、ヘビーユーザーの彼女である。

 使い手が増えてくれると、とても助かるのだ。


 寿命的な意味でも。









 そんな話題で盛り上がっている頃。


「――こんばんは」


 もうじき夜、という時間帯だった。


 仲間たちと寮に戻ってきた「調和」代表シロト・ロクソンは、声を掛けられた。


「……誰だ?」


 非常に背が高く、目深にフードを被った、見るからに怪しい……いや。


 魔術師らしい人物だった。

 背は高いが、華奢な女性である。


 恐らくここでシロトを待っていたのだろう。


 だが、面識がない相手である。


「あなたが探していた人、だと思うよ……」


 小声で、囁くように、言った。


 その言葉に、シロトは一瞬考え込み。


 心当たりに辿り着く。


「……まさか、いや、少しお待ちください――先に行ってくれ」


 一緒に帰ってきた派閥の仲間たちと別れ、二人きりになった。


 まさかこんなところで、いきなり会うとは思わなかった。


 しかし、不満はない。


「――アイオンさん、ですか?」


 シロトが問うと、彼女はフードを脱いだ。


 左目。

 花の紋様が入っている。


 聞いていた通りの特徴である。


「……呪詛師アイオン」


 そう。

 この人こそ、シロトが探していた人物。


 災約の呪詛師アイオンだ。





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