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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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325.クノン、教える





 その話は、一気に広まった。


 ――クノンがあの水ベッドを教えてくれる。


 出所は、教師から。

 水属性の教師サトリ・グルッケから、である。


 ならばこの話は嘘ではない。


 信頼のおける教師からの話である。

 ならば本当だ――ゆえに特級クラス界隈で一気に広まった。


 いつ教えるのか。

 明日だ。

 急すぎないか。

 だが、行く価値はある。


 実はあの水ベッド、需要ありと判断した者は多かった。

 というか、だ。


 更に需要があったのだ。

 クノンが「需要がありすぎた」と認識した以上に。


 特級クラスの水魔術師なら、誰もが一度は試すほどに。


 それは周り意見や圧。

「おまえあれ憶えてよ、開発してよ」という友人知人の声に応えて、再現を試みた者たち。


 あるいは、実際に一度寝てみて。

 その素晴らしい睡眠効果に魅了された者たち。


 もしくは――挑戦だ。


 特級クラスなら誰もが使える基礎、初歩の初級魔術。

 そんなものであれを構築したという、新入生の才覚を見極めるため。


 いかほどのものか。

 あのゼオンリー(・・・・・・・)の弟子だ、と鳴り物入りでやってきた新入生は、どれほどの実力があるのか。


 そんな気持ちから、遊び半分で試して……ちょっとプライドが傷ついた者たち。


 ――結論から言うと。


 あの水ベッドを完全に再現できた者は、いなかった。


 時間を掛ければなんとかなるとは思う。

 だが、そればかりに構ってはいられないのだ。


 あくまでも「使えたらすごく便利」止まりの魔術だ。

 習得に一ヵ月も二ヵ月も掛けるのは、さすがに勿体ない。


 ひとまず「似たようなもの」が作れるようになったので、そこで一旦満足していた者が多かった。


 そこに、この話が回ってきたのだ。


 クノン自らが教えてくれる、という話が。


 ――当人が知らぬ間に生まれていた因縁が、プライドが、集束する。





「あれ? 結構多いな」


 その日も、クノンは昼まで己の作業をしていた。


 そして、呼びに来たジェニエに連れられて、第十一校舎の多目的教室に移動する。


 ここは実戦用の実験室である。

 二級クラスで実戦訓練をした、何もない白くて広い部屋とほぼ同じだ。


 教室には、四十人くらいの人がいた。


 クノンは驚いた。

 本当に驚いた。


 多くて十人くらいだと思っていたから。


 なのに、予想に反してこの数である。


「――あ、クノンだ」


「――クノン君だ」


 やってきたクノンを見て、彼らは静まり返った。


「えっと……レディたちとその他の人たちには、今日の主旨は伝わってますか?」


 クノンが教室に踏み込みつつ問うと。

 言葉は違うが、多くの肯定の返事が返ってきた。


 教室にいるのは、特級クラスの生徒ばかりだ。


 女性は全員知っている。

 その他の人たちも、面識くらいはある。


 準教師ジェニエも学びたいということで、少し離れたところに佇んでいる。


 まあとにかく、主旨は伝わっているようだ。


「あの、じゃあなんで水以外の人もいるんでしょうか?」


 まず、「実力」代表ベイル・カークントン。

 一緒に開発実験を行ったこともある彼は、土属性だ。


 次に「合理」のカシス。

 今日も挑発的なミニスカートを穿いている彼は、風属性だ。


 しれっと同期たちもいる。

 火属性のハンク・ビートと、風属性のリーヤホースだ。


 他にもいるが。

 いちいち上げるにはちょっと多すぎるくらい、他属性も混じっている。


「土でも再現できねぇかと思って」


「空気ベッドとかできないかと思って」


 ベイル、カシスがそんな言葉を返した。リーヤも頷いている。


「なんか得るものがあるかと思って」


 と、ハンクが言う。


 さすがに火属性の参加は少ない。

 というか、彼だけだろうか。


 ――そんな彼らに、クノンは笑った。


「いいですね! 僕もすごく興味があります! 他の属性でどこまでできるんでしょうね!」


 今ここで再現できなくてもいいのだ。

 ここで教わったことが、いつか完成に繋がればいい。


 そしてそれは、水属性だけに限らない。


 クノンの水ベッドじゃなくてもいいのだ。

 それに比類する、あるいは超える何かが生まれたら、それはそれで素晴らしいことだと思うから。


 特にハンクだ。


 火属性でベッドが作れるのか。

 それとも、まるで違う何かができたりするのか。


 非常に興味がある。





 さて。


 集まった人数に面食らったりもしたが、一応意思確認はできた。


 あの水ベッドを教えてほしいと言っている。

 これだけの数の人が。


 そして、きっと。


 そこから先。

 クノンが考えつかなったことを考え、独自に発展させる人も出てくるだろう。


 特級クラスは、クノンより実力も才能もある人が、たくさんいるのだから。


 だから、楽しみである。


「それじゃ始めます。

 皆さんは特級クラスですから、基礎は全部できていることでしょう。だから余計な前置きはせず、一気に本題に入りますね」


 特級クラスの生徒は、一人前の魔術師である。


 だから、わかり切っている初歩の話なんて、しない。


 その証拠に、皆自信満々の顔である。

 それでいい、とばかりに。


 ――さあ言ってみろ、全部再現してやる。

 

 そんな内なる声が聞こえてきそうだ。


 ちなみに、基礎ができていないのは、むしろクノンの方である。


 まだ基礎、初歩となる水魔術を。

 全部覚えていないから。


 そして、クノンは言った。


「――重層三十六段」


 その言葉に、何人かの顔が凍りついた。


「使うのは柔化紋様と三度傾斜魔法陣、虚回路(イマジナリーコード)、流動砂漠紋様、香化温紋様」


 何人かが、うめいた。


「ここからは細かい調整になります。まず『温度で溶ける』、『厚みで留まる』、『表面を乾燥させる』――」


 クノンは諳んじる。


 生徒たちの顔から、どんどん自信がなくなっていく。





 初級魔術である。

 どんなに特殊に見えても、水の魔術師が初期に覚えるような、簡単な魔術である。


 なのに。


 なぜ。

 なぜクノンは、ただの初級魔術を、こんなにも複雑にしたのか。


 その理由はわからないが――しかし。


 クノンの水ベッドが特別な理由は、よくわかった。





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